テスト勉強
放課後。
俺は誰もいない閑散とした教室で、ひとりノートと向き合っていた。
夕暮れの教室。
この時間なら普段聞こえてくるはずの運動部の掛け声や、吹奏楽部の楽器の音は聞こえてこない。
夕日が窓の縁からわずかに顔を出し、机に伏せた俺の顔を赤く染めていた。
日直の仕事である日誌は、もうとっくに提出済みである。
では、何をしているのかと言うと――中間テストの勉強である。
もう来週に迫った中間テスト。家に居ても集中できないと思ったからこうやって居残っている。
テスト勉強といえば図書室、というのがいつもの流れだ。
だが、この季節になると事情が変わる。俺と同じように切羽詰まった連中が一斉に押し寄せ、席は埋まり、空気は騒がしく、落ち着くどころじゃない。そんな場所で勉強なんてできるはずがない。
対して、教室はというと——意外なほど人がいない。
そのおかげで、今ではすっかり穴場になっている。
クラスメイトが忘れ物を取りに来るようなことはあっても、誰かと話す必要もないし。というか誰もわざわざ話しかけに来ないだろう。
現在、俺が開いているノートとテキストは数学Aのもの。
6限のテスト対策プリントがちんぷんかんぷんだったせいで、まずいと思ったからだ。
多分このままいくと、一番赤点に近いのがこの数学A。親元を離れて生活させてもらっている手前、赤点は流石に許されない。
だが、ペンは思うように動かない。
勉強ができないやつの典型例というか、やる気はあるのだがどこをどう書けばいいのかわからない。
そのせいで俺は、ペンを握って、また置いてを繰り返している。
一度大きく伸びをして、深呼吸をする。
「あれ、珍しいね」
教室の扉の前に花宮が立っていた。俺は慌てて姿勢を正す。
「……花宮さんもこんな時間まで残ってるんですね」
花宮もテスト勉強だろうか。優等生だし、毎回掲示板に貼り出される学年順位はほぼ確実に5番以内。ならば日が暮れるような時間まで学校に残って勉強していても何ら不思議ではない。
「君が知らないだけで、いつも残ってるんだけどな~」
「あー……なるほど」
優等生はテスト期間だけ優等生ではないらしい。
俺なら毎日こんなことをしていればすぐにでも疲れてしまいそうだが……さすがは花宮だ。
「へぇ、数学やってるの? ……あ、さっきのとこだ」
近付いてきた花宮が俺のテキストと教科書、最後にノートを覗き込む。
垂れたサラサラの髪が、視界の端でふわりと揺れた。
「……全然進んでないね」
俺のノートは、情けないほど真っ白だった。
「一応やる気はあるんですよ……」
「ふーーん」
なんだか含みのあるような相槌だったな。花宮は何か考えるように一度黙り込む。
俺はその横顔に見続けるわけにもいかず、再び視線を教科書へと移す。
「じゃあさ、私が教えてあげよっか?」
唐突な提案に、俺は思わず勢いよく彼女の方を振り向いた。
「うわっ! びっくりした。意外と機敏だね」
愉快そうににこにこと笑っているが、どこか表情の奥が読めない。
そもそも、なぜおれにそんなことを言うのか。
「不思議そうにしてるね~。だって友達を助けるのは当然でしょ?」
ああ、そういえばこの前、友達になったんだった。
半ば強引な流れだったとはいえ、まさか花宮と友達になる日が来るなんて思ってもみなかった。
「じゃあ……お願いします」
「任された!」
力こぶを作って叩いてみせる花宮は、本当に楽しそうだった。
独りでやってもどうせ進まなかっただろうし、ちょうどよかったのかもしれない。
「……そういえば、どうして教室に?」
「君と同じだよ〜。この時期の図書室は人が多いからね」
ああ、なるほど。
では、彼女の勉強時間を奪ってしまったことになるのではないだろうか。
「あ! 今変な勘違いしてるでしょ? 教えることだって自分の身になるんだよっ!」
……見透かされていたらしい。
そう言われても、ほんの少しだけ申し訳なさが残るな。
それでも彼女の声色はとても軽くて、責めるような雰囲気は全く感じられない。
「よし! じゃあ始めよっか。まずはどこがわからない?」
俺の前の席に腰を下ろした花宮は、いそいそと筆箱を開け、手のひらに収まりそうな可愛らしいデザインのシャーペンを取り出した。
彼女が座っただけで、対面の距離がやけに近く感じる。
そのまま身を乗り出すように俺のノートへ目を落とし——マンツーマンの授業が始まった。
眠気が超ウルトラグレートデリシャス大車輪山嵐




