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おともだち

「あのさ、幸村くん。ひとつ質問してもいい?」


 なんだろう。そんなに改まって言うことなのか。

 俺たちは朝ご飯を食べ終え、並んで皿洗いをしていた。

 俺がやるから大丈夫だと言ったのに、「ご馳走してもらったお礼がしたいから」と譲らなかった。

 ホント律儀だなと思う。

 そんな彼女の改まった態度での質問だったため、少しだけ身構えたのだが。


「……普段、お料理とかするの? ほら、朝ご飯美味しかったし」


 思っていたよりも穏やかな質問だった。

 真面目な顔をして聞いてくるものだから、てっきりもっと深刻な話かと思ったのに。


「まあ……一人暮らしだし、一通りはできると思いますよ」

「へ、へぇ。そうなんだ……」


 なんだか歯切れが悪い。

 改まった雰囲気を出しておいて、何が言いたいのだろう。


「部屋もキレイだし……」

「掃除しますから」

「う、うん……」


 どうにも要領を得ない、そんな花宮はもどかしそうに口ごもった後、意を決したように顔を上げ、俺の顔を覗き込んできた。

 近い。近すぎる。危うく、拭いていた皿を落としそうになった。

 ……人の顔を覗き込む癖でもあるのか?


「あ、あの! よかったら――またご飯食べに行ってもいいかな⁉」


 懇願するように言うものだから、思わず面食らってしまった。

 別に今朝の料理だってシンプルなものだし、いくらかは市販で売ってあるようなものだ。彼女の両親に頼めば簡単に作ってくれそうなのに。

 まあ特に拒否する理由はないし、難しく考えなくてもいいか。


「えと、全然いいですよ」

「ほんと⁉ よかったぁ。断られると思ってたから」


 俺を何だと……いや普段なら断っているんだろうな。


「でも、わざわざ俺に頼まなくてもいいのでは……? ご両親に頼んだりして」

「私も一人暮らしだから」

「なら自分で作ればいいのでは?」

「はぅ……」


 ……はぅ?

 普段あまり聞かないような悲鳴というか嗚咽のようなものが漏れていたが。


「ええっと、私料理とか全然ダメでぇ~? 家じゃ作れないしぃ~?」


 ああなるほど。大方理解した。

 それなら友達の蒼空ちゃんたちにお願いすれば――まあそこまでずけずけと詮索する必要もあるまい。

 それに、あの花宮からのお願いだ。断るのはもったいない気がする。


「リクエストがあれば言ってください。できるだけやってみます」

「やった! じゃあさじゃあさ――」


 目を輝かせて喜ぶ姿を見て、本当に子供っぽいんだなと思う。

 いつもは大人びて見える分ギャップが凄すぎる。

 というか距離感がバグっている。確かに隣り合って洗い物をしていたが、今や文字通り目と鼻の先だ。

 危なっかしいぞこの子……。


「そういえば、昨日はどうしてあの時間に公園に?」


 ある程度落ち着きを取り戻したようなので、疑問に思っていたことを素直に聞いてみる。


「私ね、毎週金曜日の夕方にこの近くでバイトしてるの。あ、えと、昨日は傘を持ってなかったせいで、公園のトンネルの中で雨が止むのを待ってたんだけど……いつの間にか眠っちゃってたみたいで」


 本当にただのおっちょこちょいだった。


「俺が通りかかってなければかなり危険だったと思いますよ」

「それはほんとごめんね」

「なにはともあれ無事で良かったですけど」


 さっきまで嬉しそうに詰めてきていたのに、今度は叱られたようにしょんぼりとしている。

 

「花宮さんって面白い人ですね」

「あ! それ褒めてるの?」


 今度は頬を膨らませた。


「なんかすごく子犬みたいに感じます」

「それ絶対褒めてないよね⁉」


 一喜一憂が激しいな。学校でももう少し今のようなありのままでいればもっとモテるんだろうな。

 上辺だけだがそんなことを考える。

 物静かな、ザ・清楚だと思っているクラスメイト達は一生見られないレア光景なんだろう。

 少し優越感だ。


「幸村くんも結構面白い人だと思うな。全然知らなかった」


 それはお互い様だ。

 というかそもそも、授業での必要最低限な場面でしか誰かと話した記憶がない。

 それほど誰とも関わってこなかったから。

 花宮は楽しそうにクスクス微笑んでいる。

 俺はつい、眩しいものを見た気がして下を向いた。


「もっと学校でお話ししないの?」


 面倒くさいんだよ。友達と呼べるやつはいないし、煩わしい人間関係が嫌なんだ。

 苦虫を嚙み潰す。きっと今、俺はそんな顔をしているんじゃないだろうか。

 でも、これは自衛なんだよ。


「もしよかったら、私を最初のお友達にしてみない? お試しでもいいから」


 なんで、こんな俺なんかに手を差し伸べてくるんだろう。

 友達なんて、クラス内外問わず沢山いるはずなのに。


「私は……私は、そんなに心の広い人間じゃないよ。幸村くんとお友達になりたいと思ったから聞いてるの」


 ……ん?


「やば、全部漏れてた……?」

「うん、人間関係が嫌だーとか、なんで俺なんかーみたいなこと言ってたね」


 しまった気が緩みすぎていた。

 普段なら絶対にしてもらえない提案に、内心すごく嬉しかったのだろう。


「……もしよかったら、私と最初のお友達になってくれませんか?」


 真剣な表情で俺の目を覗き込んでくる花宮に思わず気圧されてしまう。

 そういえば、中学でもこんな正面から友達になりたいと言ってくれるような人はいなかったな。


「はい……」


 頭より先に口をついて出てしまった。

 でも、これが今の俺の本心なのか。

 頭ではわかっている。素直に嬉しいという気持ち。


 花宮が目を細め、淡い微笑みを浮かべる。

 横目でそれを捉えてはいたが、正面から受け止めるには、あまりにも眩しかった。


「はい、握手~」


 俺の左手を強引に掴み、軽く握ってくる。

 ほんのりと温かい。


「……泡」


 俺の左手は、食器を洗っていた彼女に掴まれたために泡だらけ。


「ご、ごめんね~!」


 慌てふためく花宮に、俺は気づかぬうちに笑みをこぼしていた。




「昨日と今日は本当にありがとう! 服は洗って返すね」


 玄関前。

 時刻は午前九時前。


「急がなくても大丈夫ですよ」

「靴も乾かしてくれてありがとう」


 昨夜はそこまで気が回らなかったが、今朝気づいて慌てて乾かした。帰る前に間に合ってよかった。


「じゃあ、また学校でね。バイバ~イ」

「はい。あ、えっと……学校では、話しかけなくても大丈夫、です」


 去ろうとする花宮を、思わず呼び止めた。


「え? どうして?」

「休日明けに急に話してたら、怪しまれるかもしれないし……。俺はともかく、花宮さんまで変な噂が立つかもしれませんから」


 少なからず、この予想は当たるだろう。

 人気者で、男女どちらからも注目を浴びる花宮。

 そんな彼女に嫉妬する者、悪意を持つ者がいないわけがない。

 そこに自分が関われば、必ずなんらかの火種になる。


「う~ん……わかった……」


 不満そうに頷く花宮。

 それでも、頭のいい彼女なら俺の真意をきっと理解してくれるはずだ。


「じゃあ、またね」


 そう言い残して、花宮は軽く手を振り、玄関の向こうへ消えていった。

 ドアが閉まる音が、静かに部屋の空気を切り裂く。

 さっきまで賑やかだったリビングは、まるで嘘みたいに静まり返っている。

 キッチンの蛇口からしたたる水滴が、さっきまでの時間の名残をとどめていた。

 俺は小さく息を吐く。


 リビングには誰もいない。いつも通りの静かな日常だ。

 ――まさか、家族以外の人間をこの家に入れる日が来るなんて。


 友達。

 ……友達、か。


 友達付き合いなんて、誰も知り合いのいないこの学校を選んだ時点で、きっぱりと諦めたはずだった。

 けれど、その閉じきった扉は、花宮にこじ開けられてしまった。

 多少は強引に、けれど優しく。


 ――俺と友達になりたいなんて、物好きなやつだ。


 そう思いながらも、胸の奥では小さな熱がくすぶっている。

 諦めたつもりで、どこかでまだ望んでいたのかもしれない。

 しかし、俺にはネットの向こうで笑う友人がいる。

 だからきっと、完全に止めたわけじゃなかったのだ。

 花宮詩乃。

 彼女はどんな人間なんだろう。

 楽しければ笑うし、イタズラっぽく人を弄る一面もある。

 何より夜中には、まるで子どもみたいに甘える――不思議な子だ。

 俺は彼女に何を感じればいいのだろう。

 答えはまだ、胸の奥で霞のように揺れている気がした。

主人公くんを卑屈にし過ぎてしまった…かもしれない。。

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