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誘いと断り

 12月24日。

 雪は降らない予報だったが、朝から空気は冷え込んでいる。

 今日は待ちに待った終業式だ。

 学校で話す相手のいない俺には、待ち焦がれた日とも呼べる。陽キャのように友達と会えるから来るという訳でも、部活が楽しいから来るという訳でもない。

 だってそのどっちにも属してないし。

 今日の日程に授業はなく、ホームルームからはじまり、全校集会、学年集会、そして最後に大掃除があるのみ。

 予定では十一時半には下校できるらしい。

 浮かれているのは俺だけではなく、教室に入った瞬間からその雰囲気を強く感じ取っていた。

 そして、その冬休みに浮ついているクラスメイトもいれば、それとは別の理由でソワソワとしているクラスメイトもいる。


 クリスマスだ。


 明日をどう過ごすか。

 誰とどう過ごすか。

 そんな話題があちこちで飛び交っていた。

 特に男子たちの視線がわかりやすい。

 落ち着かない視線、やたらハイテンションな声。

 詳しくはないが、その大体は彼女がおらず、彼女が欲しいと嘆いていたやつらだ。

 こういうやつらこそ大きな目標を望みやすいという勝手なイメージがある。


「ごめんね~シノちゃん。冬休みは入ったら、すぐ帰省させられる予定で~」

「あたしも予定あるからパス」

「バイト入ってて……」


 その証拠と言っていいものがこの会話だ。

 喧騒の中でも一際よく通る声。

 こころなしか男子の大半の意識がそこに集まっている。

 花宮のグループだ。

 女子同士の何気ない会話ではあるのだが。

 

「ううん、こっちこそごめんだよ~」


 花宮はいつも通りな雰囲気でぽわぽわと笑っているが、いくら教室とはいえ男子が聞いている前だ。いくら何でも無防備だろう。

 これでは自らクリスマスに一緒に過ごす相手がいないと公言しているようなものだ。


「……今度埋め合わせするからさ。…………てか、多分予定はあるでしょ? いつの間にかシノも立派になっちゃって」

「え……っ⁉ そうなの⁉」


 稗田雫が、目を丸くして花宮を見る。


「なんで幼馴染の雫が知らんくて、あたしの方が知ってるんよ」


 志崎は足を組み直しながら意味ありげに口元を緩め、花宮を見る。

 その一言で、教室の空気がほんの少しざわついたのがわかる。

 ちなみに花宮と稗田は幼馴染らしい。その手の話は前にも聞いたことがある。

 ということは、地元は二人そろってこの辺りではないようだから、ここまで一緒に入学してきているらしい。

 花宮がマンションで一人暮らしなら、稗田も似たようなものなのだろう。


「そ、そんなことないよ!」


 挙動不審気味に手をブンブンと振って否定する花宮だが、多分相手が悪い。

 志崎はなぜか俺と花宮に関係性があることを見抜いているようだったし、いくら否定しようとその疑いというか、その結論は覆すことはできないだろう。

 机に突っ伏しながらその場面を盗み見ていた俺だったが、ふと志崎の視線と交差した気がする。

 もし以前話した時より深く追及されれば言い逃れはできないだろうな。

 彼女たちが仲が良いということは、傍目から見てもよくわかる。

 それ以外の関係性は詳しくはわからないが、志崎に感じた印象が狼っぽいというのも、やっぱりしっくりきた。

 教室で花宮に話しかけていた男子を、俺はまだ見ていない。

 もちろん、ホームルームすら始まっていない登校してすぐの朝だと、そんなものなのかもしれないが。

 ただ、男子からの手をいなしているのは間違いなく志崎だといってもいいだろう。

 というか志崎だけだろう。

 岸田は興味津々といった風に聞き耳を立て、目を輝かせていたし、稗田に至っては何も考えていなさそうだ。バカっぽい。


 そんな状況を露知らず、教室の中に生徒が三人、闖入する。

 先陣を切って歩く男子生徒は、あまり人の顔を覚えることが得意でない俺ですら知っている。

 あまりいい噂を聞かない二年の先輩だ。後ろの二人もポケットに手を突っ込みながらニヤニヤしているのが気色悪い。

 目指す先は案の定、花宮のグループだ。

 さっきまで彼女らの話に耳を傾けていた教室だったが、より一層静まり返る。

 さっきと違うところは、今度は空気がヒリついているということ。

 クラスの大半がいい顔をしていないし、花宮たちだってそうだ。

 志崎は言わずもがな睨みを利かせ、稗田さえ花宮を守るように肩に手を添えている。

 そんな状況すら気にしない先輩たちは、開口一番、本題を繰り出した。


「花宮サンだよね、明日遊ばね?」


 三人はがたいもよく、喧嘩でもしようものなら、このクラスの男子では勝てないだろう。

 そんな相手でさえ篠崎は臆することはなく、逆に花宮の手を引いてみせる。

 急に手を引かれて困惑する花宮をよそに、志崎は――


「結構です。シノもあたしも彼氏いるんで。もちろんこっちの二人もです」


 と、はっきりと言い放った。

 空気が凍る……とはまさしくこの場面がふさわしい。


「……マジ?」

「マジです」


 思っていた断り方と違い、面食らった。

 こんな問答に定番があるかは知らないが、てっきり、

「遊びに行かね?」

「私たちで遊ぶので大丈夫です」

「じゃあ皆で遊ぼうよ」

みたいに、ねちっこく絡まれるものだと思っていた。

 しかし、全員に彼氏がいるともなれば別だ。

 漫画とかでよくあるような展開には早々ならないだろうし、これ以上絡んだところで状況が好転することもないだろう。

 先輩は三人で顔を見合わせた後、意外にも潔く撤退していった。


「え……? 紗柰ちゃんって彼氏いたの?」


 稗田は、さっきまでの問答を理解していないようだった。


「いないよ。あんなの嘘に決まってるじゃん」


 志崎は苦笑しつつ、稗田の頭を撫でる。すると、気持ち良さそうに目を細めた。

 その二人の空気に触発されてか、ようやく教室の中の雰囲気が軽くなる。

 ところどころ「花宮さんに彼氏いたの!?」などと驚いていたクラスメイトもいたが、十中八九ブラフだろうし、安心すればいいと思う。

  さもなければ週一で俺の家になんて来ないだろ。

 ……なんて、さすがに言えないな。

 ほとんど話さないようなやつが、急にそんなことを言い出したら、恐怖でしかない。

 それはそうと、志崎をはじめ、稗田や岸田も十分美少女をしている。これで彼氏がいないとは、俺も信じられない。

 関係のない、友達ですらない赤の他人の俺が、気にすることでもないな。

 ピリピリとした雰囲気を醸し出していた教室は、ようやく程よい喧騒を取り戻していた。

 待ちに待った二学期の最終日だというのに、嫌な終わり方はしたくないからな。

 それに、まだホームルームさえ始まっていないのに、関係のない俺ですら変に緊張してしまい、気疲れを感じていた。

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