無惨な玉ねぎ刺殺事件
「じゃあ、包丁渡しますね。じゃがいも以外の野菜をお願いしてもいいですか? まず、玉ねぎはみじん切り、きゅうりは輪切り、にんじんは適当に小さめで」
少し注文を出しすぎたか、と一瞬だけ思う。
しかし花宮は間髪入れずに「うん、任せて!」と、ふたつ返事で応じた。
包丁を受け取る手付きにも迷いがなく、自信がそのまま動作に表れている。
本人は料理が苦手だと言っていたはずだが、この様子を見る限り、謙遜か杞憂によるものだろう。
むしろ、こちらが段取りを崩さないよう気を付けないといけないな。
「えい」
そんなことを考えていたのも束の間、短い掛け声とほぼ同時に――ごっ、という鈍い音がキッチンに響いた。
反射的に隣を見る。
玉ねぎのちょうど真ん中あたり。
そこに包丁が、角度も中途半端なまま突き刺さっていた。
思わず目を見開く。
切る、という行為がなんなのかわからなくなる。刺さってるし。
これはちょっと……事件性がありすぎるだろ。
みじん切り以前の問題だ。
「う~ん、包丁って難しいね!」
屈託のない声でそう言われ、俺の中にあった淡い期待が音を立てて崩れ落ちた。
なるほど……。
さっきまでの自信満々な返事は、気合の表明ということだったのだろう。
玉ねぎは無言で包丁を抱え込んだまま、沈黙している。
死んでる……なんて冗談はさておき、だ。
「う~ん、今日はいけると思ったんだけどなぁ」
これは包丁を持たせてはいけないなタイプだった。それどころか油やお湯を使わせることも躊躇うレベル。
「……ケガはしてませんか?」
気を取り直して、まずは状態確認をする。
「うん、大丈夫れ 指もちゃんとあるよ!」
そう言って、手のひらをグーパーする。
切れててたまるか! と内心で絶叫する。もちろん言葉には出さないが。
安心と同時に別の不安が湧いてきた。
この調子で任せて、本当に今日中に夕飯は完成するのだろうか。
俺は静かに息を吐き、無惨な玉ねぎと包丁、そしてやたら楽しそうにしている花宮を見比べた。
これは……料理下手どころか、料理をさせてはいけないタイプの人間だ。
ようやく合点がいった。
どうして「ご飯を食べたい」とあんなにも改まって言ってきたのか。
どうして「たくさん手伝う」と、あれほど自信満々だったのか。
俺の脳内に、着色信号が点灯した。
「包丁、変わります」
できるだけ落ち着いた声で、なるべく諭すように交代を申し出る。
花宮は少しだけしょんぼりしながら包丁を差し出してきた。……理解力が早いのは助かる。
うん、せめて刃をこちらに向けて渡してくるのはやめて欲しい。危ないから。
恐らく、本人は本気で「今のは惜しかった」と思ってるんだろうな。そこが一番怖い。
包丁を彼女の手から預かり、一度それをまな板の上に置く。
「一旦、俺がこの先作るので待っててもらってもいいですか」
「……はーい」
少し俯きながら、明らかにさっきより元気がない。
……楽しみにして来てくれた手前、そんな無碍にするようなことがをできるわけないだろ。
「……! やっぱり! トマトとブロッコリーを盛り付けてもらってもいいですか!?」
多分それくらいならできる……はずだ。
水で洗って皿に盛りつけるだけ。順番的にはちょっと早いがまあ問題はないだろう。
それに、トマトはヘタを取るだけの小振りなプチトマトで、ブロッコリーはカットしたものを買っている。危険はない。
「これ、お願いします」
「うん!」
花宮の元気な返事を聞き、俺は見るも無残な玉ねぎを手に取り、包丁を入れる。
乾いた音と軽快なリズムがキッチンに響く。
さっきのような緊張感が嘘みたいに、刃は素直に進んでくれる。
その横で、花宮は鼻唄交じりにトマトを洗っている。機嫌が直ってよかった。
水を使うだけだし、さっきの玉ねぎ事件に比べれば、圧倒的に安心感がある。
うん。これなら大丈夫そうだ。
俺は胸のうちで安堵し、俺の方の作業に集中する。
キッチンには夕食前の独特な雰囲気と匂いが漂い始めていた。
ハンバーグとかポテサラ作らせてたら文字数多くなったので泣く泣く割愛




