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夜中のできごと

「……こんな夜更けに、女の子ひとりは危ないですよ」


 街灯の灯りが雨粒を縫う秋の夜、俺はその声を彼女に投げた。

 白い吐息の向こう、傘もささずに呆然と立ち尽くす少女。

 今でもその姿を鮮明に覚えている。




 秋とは。

 最高だった夏休みが終わり、憂鬱でしかなかった学園祭も終わり、ようやく何もない日常が戻ってきた頃。

 時間は丁度昼休みに差し掛かった頃、俺は誰とも話さず、自分の席に突っ伏して寝たふりを決め込んでいた。

 教室の中は、授業中の静寂とは打って変わってざわついていた。

 俺の頭の上で、ガールズトークがふわりと舞い、彼氏だの新しいメイクだのと軽やかに飛び交う。

 スマホ片手に群れる男子たちが、SNSの更新やいいねの数をネタに笑い合い、隅では多分アニメの話題で盛り上がるオタク連中の声。

 その声たちが俺の睡眠を著しく阻害する。

 耳を澄まさなくても、流れ込んでくるこの雑音たちが、教室という密室の中から無数の波動のようになって、俺の意識を覚醒させ続ける。

 それに、僅かに開かれた窓から差し込む隙間風のせいで、少し寒い。

 閉めるために席を立とうにも悪目立ちしてしまう。

 そんな状況は避けたいのだ。

 そもそも窓近くのその場所にはクラスの一軍男子――いわゆる陽キャという奴らが占領している。

 そんな場所に自ら飛び込むことを俺は好まない。

 めんどくさいし……めんどくさいのだ。

 解決策として外へ逃げればいいのだが、生憎と今日の空模様はとても悪い。

 季節外れの土砂降りにより、出た瞬間に、髪も服も、たちまちずぶ濡れになるだろう。

 空き教室は、大抵どこも先輩たちの溜まり場になっていて入る気になれない。

 ……トイレ、なんて論外だ。

 だから俺は、この時間をこうして机に突っ伏し、眠ったふりでもしてやり過ごすしかない。

 不意に、コツ、コツ、と俺の方へ近づいてくる足音を感じた。

 期待していたわけではない。

 ただ、反射するように顔を上げて、音のする方を見ただけだ。

 案の定、彼女は僕の席の前を通り過ぎ、窓際の真ん中あたりにある自分の席へと戻るだけだった。

 いちいち反応してしまってバカみたいだ。


「あ、シノちゃん。先生からの呼び出し何だったの?」

「ん~? 中間テストの件で手伝ってほしいって~」

「げっ、中間かよ」

「またセンセから顎で使われてる」


 シノと呼ばれた少女――花宮詩乃(はなみやうたの)

 眉目秀麗、文武両道、高嶺の花――まあ、それっぽい四字熟語がいくらでも似合う。

 俺とは違う、まるで別の世界の住人のようだ。

 学校中の人気者。

 入学早々、どこかの部活の先輩に告白されたといううわさも耳にするほどだ。

 特に親しい友人からはシノと呼ばれているようで、彼女の近くで昼食を食べている3人の女子たちがそう。

 右にいる中くらいの背丈のボブが岸田、真ん中の女子の中では背の高いギャルが篠崎、そして左のポニーテールでいかにも真面目そうな見た目のが稗田という苗字。

 どういう経緯で仲良くなったのかは知らないが、よく4人でいるのを目にする。

 まあそんなことはどうだっていい。

 そんなことを呆然と考えながら、ようやく微睡みの膜が俺を包み込み、教室の喧騒が遠ざかっていく。

 その膜に身を委ねながら、俺は瞼をゆっくりと閉じた。




 5限、6限がようやく終わり、解放の鐘が鳴る。

 退屈な古典と数学を並べないで欲しい。

 俺はゆっくりと両腕を高く上げ、大きく伸びをする。

 今日は金曜日。つまり、明日は休日だ。

 友達のいない俺が学校に来るのは単位の為だけだし、することも特にないせいで本当に退屈なのだ。

 念願の休日を前に、俺は浮足立つ。

 中学の頃のように、「全員強制入部」なんて縛りもない。

 高校での部活は任意。素晴らしいことだ。

 足早に部室へと向かうクラスメイトたちを横目に、俺は意気揚々とバッグを肩にかけた。

 窓の外では、まだ雨が降っている。

 昼よりは幾分か弱まったようだが、傘をさしても靴の先くらいは濡れそうだ。

 ……まあ、その程度なら問題ない。

 びしょ濡れになったところで、帰ってシャワーを浴びれば済む話だ。


「皆またね!」

「うん、バイバーイ!」

「わっ、と!」


 どうやら俺と誰かが同じタイミングで同じ扉から出ようとしたらしい。

 俺の背中に、その誰かの手のひらか何かが当たる軽い衝撃を感じた。


「前見なよ~」

「ごめんごめ~ん。あ、幸村くんもごめんね?」


 その誰か――花宮は俺の前に回り込み、軽く頭を下げてから、クルッと身を翻した。

 そのまま足早に廊下を進み、角を曲がっていく。

 あんなに急いで……部活、だろうか。

 と、呆気に取られていても仕方がない。

 俺も帰ろう。

 雨脚が弱くなっているとはいえ、また強くならない保証もないしな。


「……あ」


 俺の名前、知ってるんだな。




 結局あの後、ぶり返すように雨脚が酷くなり、ずぶ濡れになった俺は、家に帰るなりシャワーを浴びる羽目になった。

 濡れた髪にタオルを被せながら、冷蔵庫を開ける。

 中にあるのは、野菜や肉製品といった見事に生鮮品ばかり。

 小腹を満たせるものなんて何一つなく、残念に思いつつ冷蔵庫を閉める。

 仕方なく、横にあるウォーターサーバーの水を一口。

 冷たさが喉を通り抜けて、ようやく息が落ち着いた。

 そういえば、花宮って俺の名前知ってるんだな

 学校一の美少女から名前を憶えられているとは、まあ、光栄なことだ。ただ単にクラスメイトだから、ってだけかもしれないが。

 静かな雨音を聞きながら、俺は寝室へと向かい、パソコンの電源を入れた。

 自分の部屋とはいえ、このアパートに住んでいるのは俺ひとりだ。

 両親は地方の実家で暮らしており、俺は高校進学を機に上京してきただけ。


「……ごめん、遅れた」


 ボイスチャットを起動し、すでにルームに入っていたフレンドたちに声をかける。


「遅いぞ〜」

「何してたんだ?」

「雨でずぶ濡れになってさ。シャワー浴びてたんだよ」

「あ〜、確かに激しかったよね」

「風邪ひかないように気をつけろよ」


 先に来ていた二人のフレンドは、愚痴をこぼしながらも、説明すれば笑いながら納得してくれた。

 彼らとは、とあるオンラインゲームで知り合った仲だ。

 同い年で、住む地域も近く、三人とも男。共通点が多かったせいか、すぐに意気投合した。

 実際に会ったことはないが、現実の友人より気兼ねがなく、むしろ心地いい。


「じゃ、今日は宣言通り――十回チャンピオンになるまで寝かせないからな!


 意気揚々と、フレンドのひとり Arata が叫ぶ。


「うぇ、また無茶なこと言うね……」


 もうひとりのフレンド Yuu が苦笑する。

 ――だから俺は、この関係を、このまま維持したいと思っている。


「ま、やれるとこまでやりますか!」


 俺もそう宣言し、今日の宴が始まった。




「ふぅ……」


 深呼吸をひとつして、俺はヘッドセットを机に置いた。

 結局、沼りに沼った挙句、有言実行するまでにかなりの時間を費やしてしまった。

 達成した直後こそ三人ともアドレナリンがドバドバだったが、ボイスチャットを切った途端、一気に疲れが押し寄せてきた。

 PCの時計を見ると、時刻は十一時半。六時間以上もゲームに没頭していたことになる。

 そりゃ、疲れるか。

 誰に聞かせるでもなく苦笑しながら、俺は椅子から立ち上がった。

 そういえば、今日は朝飯しか食べていない。

 昼は机に突っ伏して眠り、夜はゲーム。そりゃ腹も減るわけだ。

 小腹を満たそうと、キッチンの冷蔵庫を開ける。


「……そういえば、食材しかないんだった」


 今から米を炊いたり、料理をするのはさすがに面倒だ。

 幸い、このマンションから数分も歩けばコンビニがある。今夜はカップ麺か弁当で済ませよう。

 鍵を持ったことを確認し、外へ出る。

 雨はまだ降っているが、気になるほどではない小雨だ。

 一週間前なら、半袖のTシャツ一枚でも平気だった。だが今は、上着が欲しくなるほど肌寒い。

 足早にエレベーターへ乗り込み、一階のエントランスへ向かう。

 外へ出ると、住宅街とはいえ夜も更けているせいか、あたりは静まり返っていた。

 まるで俺だけが、この場所に取り残されたような錯覚を覚える。

 だが、たまに通る車の、濡れたタイヤが路面を滑る音が、俺の意識を現実へ引き戻してくれる。

 いや――俺の意識は、まだ夢うつつなのかもしれない。

 白いワンピースをまとった長髪の女が、立っていた。

 雨にひどく濡れているのか、衣装は肌に張り付き、柔らかな体の線をいやでも際立たせている。

 場所は、公園だ。

 俺の住むマンションから僅かに歩いた先にある公園。

 夜はひっそりとしているものの、昼間は子どもたちの憩いの場。

 外縁を囲むように桜の木が並び、中央にはシーソー、鉄棒、トンネル、そして動物の乗り物が置かれている。

 それだけに、ここでそういった噂を一度も聞いたことはない。

 俺は、宇宙人の存在ならまだ信じられるが、幽霊や妖怪といった非現実的なものには常に懐疑的なタイプだ。

 だが、今日の俺は本来の目的を忘れるほどには俺はこの何者かへと歩み寄っていた。

 さっきまで雲に隠れていた半月が、ふと顔を出した。

 その淡い光を浴びて、彼女の色素の薄い髪が青銀に煌めく。

 夜気に滲むその光景は、あまりにも神秘的で――俺は、息を呑んだまま見惚れていた。

 この女性――いや、この少女は、俺の知っている人間だった。

 近づく俺の気配を感じ取ったのか、彼女の視線がゆっくりとこちらに向く。

 その瞳はどこか儚く、涙を湛えたように潤んでいて――まるで、泣き出す寸前の子供のように繊細だった。


「あ、ゆきむらくんだぁ~」


 儚げな瞳とは裏腹に、その声は驚くほど明るく、口元には無邪気な笑みが浮かんでいた。

 いつもと違うその雰囲気に、俺はしばし言葉を失う。

 やがて我に返り、彼女――花宮詩乃へと声をかけた。

 

「……こんな夜更けに、女の子ひとりは危ないですよ」


 すると、花宮はきょとんとした表情を浮かべた。


「大丈夫だよ~、私お姉さんだから~」


 何の説明にもなっていないが、それはひとまず置いておくとして。


「それに、濡れたままじゃ風邪もひくし……」


 彼女の髪先から、しずくが静かに落ちる。

 街灯の光を受けてきらめくその水滴が、やけに印象的だった。

 近くに立つ花宮は、昼間の彼女とはまるで違って見えた。

 というか透けている。思春期真っ盛りの男子高校生には、あまりにも目に毒だ。

 目のやり場に困った挙句、俺は理性を振り絞り、彼女の姿を視線から切り離す。

 しかしながら、その努力を知ってか知らずか、近づいてきて俺の目を覗き込んでくる花宮。

 距離が――近い。

 体温までも感じ取れそうな距離に、女性経験のない俺は無様にたじろいだ。


「あ、えっと……家は、どっち……?」


 しばし考えた花宮だったが、口から出た言葉はそんなもの。

 腕を伸ばし、人差し指で懸命に説明してみせる。――が、まるで分からなかった。

 指を差した方向的に「あっち」は分かる。だが、「ああ行って、こう」とは一体どこでどう曲がるのか。


「……も、もし良かったら、送りますよ?」


 我ながららしくないことをしている自覚はあった。

 しかし、夜道に女の子ひとりというのは、どう考えても危険だ。

 明日は土曜日。俺にとってはただの休日だ。そのため、夜更かししたところでどうということはない。

 それに少しくらい善行を積んでも、罰は当たらないだろう。


「ほんと!? わ〜い!」


 ――ダメだ。ヤバい。本格的に、無理……!


 彼女の濡れた体が俺の腕に密着する。

 思考がショートする。

 心臓が目まぐるしく高鳴り、息が荒くなる。

 人間、過度な緊張や刺激を受けると防衛本能が働くというが――今の俺はまさにそれだ。


「お〜い、ゆきむらく〜ん?」


 再び顔を覗き込んでくる花宮の瞳が気になるどころか、近いはずの声すら遠く聞こえる。

 なんとか、かろうじて残った理性で震える腕を動かし、花宮の体をそっと引き離した。


 あ、雨だ。


 空模様はさっきまでの晴れ間が嘘のように、急激に暗くなる。いつのまにか見えていたはずの半月は雲の裏に姿を隠している。

 今日の天気は移ろいやすい――そう思った時には、もう土砂降りだった。

 俺の家は、二車線の道路を渡ってすぐ。

 そう、走ればすぐなのだ。

 仕方ない。……これは、仕方がない不可抗力。


「……こっち!」


 反射的に、俺は彼女の手を掴んでいた。


「わっ……!」


 雨音の中、俺たちは一斉に駆け出していた。


初めまして、水といいます。

今回が初めての投稿になり、なんなら処女作になります_(._.)_

お試し半分の投稿になるため、音信不通だったり削除したりする可能性もありますので、気楽にお願いいたします。

もし、誤字脱字、あるいは矛盾等ある場合は教えたいただけると嬉しいです。

改めてよろしくお願いいたします(*´˘`*)

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