第3話 59回目の100点のあと
カラオケ機は59回目の100点を叩き出した。連続100点は初めてのことだった。
男たちは痺れていた。詩仏と称される穏やかな王維が珍しく感涙にむせび、同じく感涙にむせぶ李白に「すばらしい! 声に出せばこれほどすばらしいとは」と言って抱擁を交わした。それに杜甫が加わり、男団子が出来ていた。白居易と杜牧は余韻に恍惚とし、李商隠に至っては容姿が若返っており、魚玄機に熱い視線を送った。
が、彼女はそれを撥ねつけた。
「先に申し上げておきます、私は嫉妬で侍女を殺した女です。そのため斬刑になりました。何の因果か、ご一緒することになりましたが、私はそういう女だとお知り置きくださいませ」
部屋の温度が一気に下がった。人生の後半生を高級官僚として生きた白居易のしわぶきが「嘆かわしい」と言っていた。魚玄機はずばりと切り返した。
「楽天先生、女子と小人は養い難しなどと孔儒の引用などは無用です。ましてや薛濤女史か李冶女史なら良かったのになどとほざいたら、この熱いおしぼりでぶっ叩きますからね」
李白は思わず拍手していた。
「好好好! 俺は玄宗皇帝の御代に翰林院勤めをしたが、官僚どもの儒者っぷりは今でも大嫌いだ。立身出世に汲々と身を削る奴らの胡散臭さときたら、マジギレものだ。だから俺は宮中はばからず、したい放題に振舞って追い出された。なかなか爽快だったな!」
王維もつい口が滑ったように遠い昔を語った。
「確かに長安の官場は酷いものだよ。派閥争いを避けても、連座しての降格が当たり前にあったからな。嫌気がさして輞川の別宅にこもったこともあった。それに比べたらここは極楽に近い。詩は争うものではない」
生前の李白は王維と親交はなかったが、王維の言葉に肯いた。
「そうさなぁ、あの頃は孟晧然や倭人の阿倍仲麻呂もいて、明け方まで詩を詠ったものだ。子美(杜甫の字)にも会わせたかったなぁ」
その杜甫は魚玄機の代わりに熱いおしぼりを配っていた。
「私の仕官期はほとんど安史の乱でしたからね、飢饉で官を捨てる破目にも会いましたが、まだ志を持てた時代でした。国の安泰は民の安泰、そのために仕官するつもりでしたが、うまくいきませんでした」
杜牧は杜甫の遠縁にあたるが、長安の名家の坊ちゃん育ちに加え、生きた時代が違うためか、話しを聞いていない。魚玄機におしぼりで首の後ろを拭いてと頼んで、平手打ちをくらっている。
「そういうのは男同士でやりさない! 髪も梳いて冠を正しなさい! みっともない姿で詩を詠ずるは無礼です!」
白居易が「ふむ」と髭をしごいた。「気骨のある女子だ」
カラオケルームに三日目の朝の茶が馥郁と香る。魚玄機が注文し、一番若い杜牧と李商隠に手伝わせて淹れたジャスミン茶だ。全員が閉じ込められたことを忘れ、心機一転して残り41回の満点に挑むための静かなひと時だった。
白居易が白髭を撫でつつ意見を述べた。
「これまで自作の詩を自ら吟じていたわけだが、今、魚玄機が加わって、私は刮目した。カラオケ機は女子の声も欲しておるのではなかろうか」