表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

第1話 李白、两日(ふつか)過ぎて狂態を現す

 李白は手にしたマイクをもう少しでモニター画面に叩きつけるところだった。杜甫が李白に飛びついた。

「太白、落ち着け! そなたは束縛を嫌い、奔放を求める男だ。が、今、我々は志を同じくして、この部屋を脱出するのでなかったか!」

 李白のあざな、太白が口をついて出るのは杜甫とほの友愛の賜であるが、その太白は羽交い絞めにした杜甫の腕の中で叫んだ。

「俺は閉所恐怖症なんだあぁぁぁ!」

その隙に王維おういが李白の手首をひねり、白居易はくきょいがマイクを奪い取る。李白は吠えた。

「ああ、もう誰が俺たちをこんな部屋に誘いこんだんだ!出てこい!脳天かち割るぞ、ゴルァ!!」


 その時である。部屋の隅で影のように立っていた李商隠りしょういんは白居易からマイクを受取り、自身の代表作『楽遊原』をじっとりねっとり吟じ始めた。壮年の彼は不遇な官僚人生のためか、いささかやつれていた。しかし、持前の幽玄と艶情をずしりと乗せた詠いっぷりは見事だ。


 向晩意不適 (夕刻になって気分はふさぎ)

 驅車登古原 (馬車を駆って、古来の高原に登る)

 夕陽無限好 (夕陽は限りなく素晴らしい)

 只是近黄昏 (それは一層の夕闇が近いために)


完全にアカペラの世界である。吟じ終えて58回目の100点が表示されたところで李商隠はばったり倒れ、「大唐が滅びる、大唐が滅びる」とうわごとを繰り始めた。

 王維が手巾にペットボトルのミネラルウォーターをふりかけ、李商隠の額に当てた。

「さすがに気力が尽きたのであろう。我々はすでに丸2日、ここに閉じ込められているのだ。幸い、食事は注文できるし、厠もある。相手が機械であるのは理不尽だが、さりとて怒りで壊してしまっては本末転倒であろう、李太白よ」

 

 李白は杜甫の腕を振り払い、ソファに突っ伏した。

「俺だって分かっちゃいる。分かっちゃいるけど、自分の詩を自分で詠んで100点出ないのが悔しいんだよぅ~~」

ほとんど泣きっ面である。それを白居易がほっほっと軽くいなした。

「詩仙といわれた李白どのが、こうも面白い男とは」


 白居易は李白の死から10年後に生をうけ、面識がない。反対に李白と杜甫と王維はほぼ同時代を生きた。特に杜甫と李白はともに一年半も旅をするほどの仲だ。3人は唐代玄宗皇帝の世に育ち、開元の治と呼ばれる盛唐の時代、それを打ち壊した安史の乱という地獄を経験してから世を去った。逆に白居易は安史の乱が収束したあとの、ゆっくりと唐が衰退する時期に生きた。


 ちなみにカラオケルームの面々は、王維が699年生まれ、李白が701年生まれ、杜甫が712年、白居易は772年、杜牧とぼく803年、李商隠821年である。


 李白は拗ねてみせる。

「ぺいっ! 俺と違って朝廷にお仕えするのが上手かった楽天(白居易の字)さまに言われたくねえよっ!」


 どうやら世代格差に経歴格差が便乗して、下っ端の官僚を短期間務めただけの李白の憤懣が頭をもたげていた。彼は商人の出自ゆえに官吏登用試験の科挙を受験できなかった。その悔しさは名門出身の白楽天には分かるまい。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ