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8話:お泊り会をしよう

 授業を終えて向かった寮は、各生徒に一人部屋が割り振られている、なかなか快適そうな場所だった。

 ブランシャール家でも見かけた私専属のメイドだというマリーは、無口ではあるけれど、かなり有能なようで。長期休暇明けでも何の不便も感じることなく、学校生活を過ごすことができそうだった。

 そのまま夕食までの間は勉強をしようかとも思ったのだけど、周囲の様子も知っておきたいので、少しの間、寮の外を散歩してみることにする。


 そして、人通りの少ない、学校の裏あたりを歩いていると――。


「アメリア」

「!」


 夕方の涼やかな空気と共に現れたのは、お義姉様だった。


「お義姉様……! どうしてここに?」

「散歩していたんだよ。このあたりは人気が少ないから……アメリアがいて驚いた」


 お義姉様は私へと近づくと、柔らかな笑みを浮かべる。


「今日一日、どうだった? 記憶が曖昧な中だと大変だったでしょう」

「はい……。でも、案外どうにかなりそうですよ」


 根拠はないけれど、お義姉様に心配をかけたくもないのでそう答えると、彼女は優美さのある手を私の頭へのせる。


「!」

「今日は頑張ったね、えらいよ」

「え、えへへ……」


 お義姉様、優しい~……。こうして人に褒めてもらえるのなんて、何年ぶりだろう。

 ブラック企業に勤めていた時は、人間関係は悪くなかったけど、みんな疲弊しきっていて、互いに労いの言葉なんてかけなかったし――。

 圧倒的な癒しを感じるのと共に、みるみるやる気が湧いてくる。


「私、もっと頑張ります! たくさん勉強します!」

「…………」


 お義姉様はぱちりと目を瞬かせると、ふっと口から息をこぼして笑った。


「ふふっ……本当に、今までのアメリアとは別人みたい」

「!」


 しまった、素を出しすぎたかも……。少し焦るものの、お義姉様は私を撫でる手を止めずに告げた。


「……今のアメリアのほうが、よほど幸せになれそうだ」

「え……?」

「でも、別人みたいに変わってしまうほど、記憶があやふやなのは心配だな……」

「あ、はは……」


 お義姉様の反応は正常だ。危ない、今後はあくまでアメリアだと疑われない範囲で好意的に振る舞わないと、お医者さんに診せるだとか言われてしまうかも――。


「だから、今日は私の部屋に泊まる?」

「えっ」


 そうなるとは、思わなかった。


  *


「……アメリアは飲み込みがいいね。この調子で毎日続けていれば、ちゃんと授業にもついていけると思うよ」

「本当ですか?」

「うん」


 私は寮で夕食だけ摂ると、マリーにお義姉様の寮に泊まることを伝え、お義姉様の部屋でまた勉強を教わっていた。

 お義姉様はたくさん褒めてくれる。おかげで、やる気の炎がめらめらと燃えてきた。


「でも、遅いからそろそろ眠ろうか。明日は実習なんでしょう?」


 言いながら、お義姉様は嘆息する。


「もう少し知識を積んで、実践の練習をしてからにできるとよかったんだけどね。まあ、同じグループには優秀な子がいるって言っていたし、明日はその子に任せて……」

「いえ、ただ任せるだけなのは悪いですし……実践はぶっつけ本番になってしまいますけど、知識だけは詰め込んでおければと思います」


 私は意気込み、拳を握る。


「お義姉様のおかげで、やる気のスイッチも入りましたし!」

「……スイッチ?」


 お義姉様はきょとんと目を丸くした後、くすくすと笑った。


「ふふっ……せっかくのやる気を削ぐわけにはいかないな。……でも、適度なところで休むんだよ?」

「はい!」


 お義姉様の声そっちのけで、私はがりがりと勉強に励んだ。

 労働に比べれば勉強なんて楽なものだ。やればやるだけ結果がついてくるのもいい。


「勉強をすればお義姉様に褒めてもらえるし、実習でも少しは役に立って、シリルやシャーロットの好感度も上げられるように……頑張るぞ!」


  *


「…………」


 エリナはひとり廊下へ出て歩くと、アレクシと合流する。


「アメリア様を連れてくるとはね」

「昨日から急に様子が変わったんだ。念のため、そばに置いて見ておきたいと思ったのだけど……」

「ああ……珍しく散歩に出たのは彼女の様子を見に行くためですか」

「…………」

「アメリア様、昼に会った時もなんか変でしたね。以前の、我儘でヒステリックなお嬢様って感じじゃなくって、普通のお嬢さんって感じで。なぜか知ってたはずのことも知らなかったですし――」


 アレクシは言葉を止めてから、告げる。


「怪しいですね」

「……魔力の気配は感じない。昨日頭を打ったから、本当にそれで記憶が混乱しているだけなんだとは思う」

「本当に? まあ、それならラッキーですけど」

「ラッキー?」

「以前のアメリア様はひどかった。あなたにどれだけひどい嫌がらせを働こうとしたことか」

「それは……」

「あなたの私物を壊したり盗むのは軽いもので、使用人を使い怪我をさせようとしたことも。まあ、あなたがそんなの軽く躱せないはずもないので、実害はなかったでしょうが――胸糞は悪い」

「…………」

「俺はずっと不思議ですよ。なんであんなお嬢さんに優しくしようとする? 好意を抱いているわけでもないでしょうに」

「……それは」

「……いや、うそです。何となく理由はわかります」


 アレクシは、時折見せる鋭い視線をエリナへと向けた。


「あなたは……アメリア様を憐れんでいるんだ。両親に見放された、可哀想なお嬢さんだと。だから、一欠けらも好意なんて持っていないのに、優しくしようとする」

「…………」


 エリナの沈黙は、肯定を示していた。


「あなたが母親とうまくいかなかったのは、あなたのせいじゃない。だから、お嬢さんと自分を重ね合わせて憐れむのは間違ってます」

「わかってるよ、そんなこと……」

「本当かな」


 小さく息をつく。幼馴染でもあり、自分を守る騎士でもあるこの男に誤魔化しなどは通用しないことを、エリナはよく知っていた。


「ただ……お前の言っていることは、少しだけ違うよ」

「何が?」

「私は、アメリアに好意を持っていなかった。けれど、今のアメリアは……少し面白いと思う」

「面白いって、相手は玩具じゃなくて女性ですよ?」

「わかってる」


 自室のほうへと視線を向ける。

 アメリアは今も、自分に褒められたことを喜んで勉強に励んでいるのだろうか。

 そう思うと、エリナはやはり、少し面白い気持ちになった。


  *


 夜遅くまで勉強に励んだその日。私は、夢を見た。

 顔も朧気な、大切な人が死んでしまう夢。

 夢の中にいる私はあんまり悲しくて、声が枯れるほど泣いていた。


――そういえば、お母さんとお父さんも、私が死んで泣いてるのかな……?


 転生なんてしたせいで、【死んだ】という実感がなかったけれど。

 きっと悲しませているに違いない。会社にも……私のせいで迷惑をかけていないといいんだけどな……。

 お義兄ちゃんは――どうせ悲しんでないだろうし、どうでもいいや。


『おい……泣くなよ』


 どうでも、いい……。



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