7話:義姉の学友 アレクシ
昼休みになって、何だか気疲れした私は校舎の外へと出た。
「……まさか、こんなにすぐ主人公と攻略対象の一人と接触できるなんて」
確定ではない……けれど、ほぼ確定だろう。
そして、主人公が今日学園に入学してきたということは。今日こそが、『呪われた王子様と救済の魔法使い』のゲームの始点だということなんじゃないだろうか。
やや手遅れ感もするけれど……今後うまくやれば、少なくとも主人公には悪印象を抱かせずに済む。
その結果、悪役令嬢のアメリアの今後もそう悪いものに――ならないといいのだけど。
「とりあえず……今はあがけるだけあがくしかないよね」
終わりの見えない作業は、実はそんなに苦手じゃない。
ブラック企業で企業戦士として勤めていた経験が、こんなところで生きるとは。
なんて、ぼんやりと考え込みながら歩いていると。
「あれ、ここって……?」
学園を取り巻く森の中まで歩いてきてしまったらしい。思わず、絵本の風景のように幻想的な風景をうっとりと眺めてしまう。
綺麗な場所だな……。もしここにお義姉様がいたら、すごく絵になりそう。
そんなことを思いながら歩を進めていると、古びた校舎が目に入った。
私たちが勉学に励む校舎とはまるで違う、ぼろくて小さな校舎だ。
あれ? そういえば――。
『アメリアの校舎はあっちだね。私は……向こうの森の中にある棟だから、ここでお別れだ』
お義姉様がそう言っていた気がするのだけど。ここは、お義姉様のいる校舎ということ?
でも、最上級生の六年生が使うにしては、あまりにも……ぼろい。
「他にも校舎があるのかな……?」
気になってきょろつきながら歩いていた、その時。
「アメリア様……?」
意外そうに響く軽い声が聞こえて振り返ると、そこにはひとりの青年が立っていた。
『気さくな先輩キャラ』を体現したかのような、少しちゃらそうだけど、優しげな雰囲気を纏っている。
けれど、よく見ると顔立ちはとても整っているし、身体も筋肉質だ。
剣を差しているようだけど、騎士か何かなのか……。
「……ぼんやりされてどうしたんです? 体調でも?」
「! あ、いえ……そういうわけでは」
怪訝そうな青年に慌てて首を横に振る。
というか、この人私のことを【アメリア様】って呼んだよね。知り合いなの?
情報がない以上、どう出ていいか迷っていると、彼は小さく息をついた。
「エリナに何か用で?」
「えっ、お義姉様を知ってるんですか?」
「はい?」
あ、しまった。心の声が出てしまった。
なんと取り繕ったものか迷っていると、青年は何か納得するように浅く頷いた。
「まあ、アメリア様にとっては俺なんて記憶に残らない存在でしょうよ」
頭を軽く掻くと、青年は言った。
「俺は、エリナ様の学友のアレクシです。前に一度だけ、ご挨拶したことがあるかと思いますが」
お義姉様の、学友?
じゃあ、やっぱりこの校舎はお義姉様が使っている校舎で、彼もまたここで学んでいるということなのだろうか。
いろいろと疑問が浮かぶ。
でも、一度挨拶したことがある程度の相手にいろいろ突っ込んで聞くのも心証がよくないよね。
お義姉様の学友でアメリアのことも知っているなら、アメリアに好印象を持っているとも思えないし――。
「アメリア?」
私の思考に甘く割って入るような、優しい声が聞こえてきた。
「それに、アレクシも。ふたりで何を話していたの?」
「お義姉様……!」
「朝ぶりだね、アメリア。どうしてここに?」
「あ……散歩していたら迷い込んでしまって。あの、お義姉様はここで授業を?」
「うん。一応前に説明したことがあるけれど……ここは身体の弱い生徒が集まる校舎なんだ」
あ……そういうことなんだ。
じゃあ、六年生全員がこの校舎に集っているわけではないのだろう。
でも、身体が弱いって――。
「お義姉様、もしかしてご持病があるんですか……?」
「……?」
私の質問に、怪訝そうに首を傾げたのはアレクシさんだった。
お義姉様はそんな彼に首を横に振って見せると、私に答えてくれる。
「ないよ。生まれつき少し身体が弱いだけ。それよりも学校生活はうまくいきそう?」
「えっ……ああ、はい。たぶん」
「授業内容もちゃんとわかった?」
「それは……」
わかったと適当に嘘を言えばよかったのに、言葉を濁してしまった。
そんな私に対して、お義姉様はにこりと微笑む。
「少し、勉強していこうか?」
*
「……だから、ここの呪文はこのふたつをかけ合わせればいいんだよ」
「ああ、なるほど!」
話の流れで昼休みの間、お義姉様の通う校舎の空き教室で、彼女が私の勉強を見てくれることになった。
隣り合って座りながら、お義姉様はとてもわかりやすく教えてくれる。
「お義姉様の教え方、すごくわかりやすいです。オクレールさんのもわかりやすかったけど……」
「オクレール?」
「クラスメイトです。確か、すごい魔法使いの家の子だとか」
「……ふうん。友達になった?」
「友達……ってほどじゃありませんけど、これから仲良くできたらいいなとは思います。今年は友達をたくさん作るのを目標にしようかと思って」
処刑フラグ(仮)を避けるためにだけど……。
「いいと思うよ。友達をたくさん作って、世界をどんどん広げて……そのほうがアメリアのためになる」
「私の……」
お義姉様はまだ十七歳だというのに、達観した大人のようなことを言う。
それにしても、普通の生徒とは違う校舎に通ってるなんて。お義姉様は重要なサブキャラクターとかなのかな……?
いや、資料では見かけなかったけど、隠しキャラクターとか……?
でも、本人に聞いたってわかるはずないし、どうしたものか――。
「アメリア」
「!」
その瞬間、鼻先にちょんと指が触れる。
「昼休みが終わってしまうよ、集中して?」
「っ、は、はい……」
目の前にお義姉様の美しい顔があったものだから、息が止まるかと思った。
やっぱり絶対、こんなモブキャラクターいないと思うんだけど……。
*
昼休みが終わり教室に戻ると、私は授業で先生に当てられた。
昼休み前なら確実にわからなかった、魔法学に関する数式。
けれど……今の私には、わかる! 黒板にすらすらと答えを書くと、颯爽と振り返った。
「先生、いかがでしょうか?」
「正解です。よく勉強していますね」
おおっとクラス中から声が上がる。
今のは私に限らず、他の生徒にとってもそれなりに難しい問題だったらしい。
席に戻ると、シャーロットは「すごいです!」と拍手をしてくれる。
シリルはと言うと、怪訝な表情で一言つぶやいた。
「君に何が起こったの」
そんな、天変地異みたいな。
お義姉様に教えてもらったのだと答えようとして、止まる。そういえば、お義姉様のことは言うなって言われていたっけ。
「女神にみたいに親切な人に教えてもらったの」
「はあ?」
だから、そんなわけのわからないこと言いだした、みたいな反応しなくても。
どうやらアメリアはシリルに相当なアホだと思われているらしい。
だけど、嘘じゃないし、お義姉様は女神みたいに親切だし。
「今日の授業はここで終わりです。それと、少々急な話ではありますが、明日は一日かけて実習授業を行います」
教室がざわめく。
実習授業? って何だろう。
首を傾げていると、先生は続けて教えてくれた。
「四年生全員を集めて行う、魔獣討伐の授業です。命を脅かすような危険な魔獣は配置しませんし、我々教師が監督しますから、そこはご心配なく」
魔獣討伐……一気に物々しい雰囲気になってきた。
どうしよう、不安しかない。座学だって怪しいのに。
「魔獣討伐? こんな時期に……?」
隣の席のシリルが、隣の私にしか聞こえない程度の小さな声でつぶやいた。
何? 四年生になったら必ずやる授業ってわけじゃないの?
「一チーム三名で動いてもらいます。チームは教師側ですでに振り分けてありますから、この資料を確認してください」
先生が杖を軽く振ると、私たち生徒の机に一枚の紙がひらりと落ちる。
おお、魔法っぽい。紙を手に取り、さっそく目を通してみる。
私は一体、誰と同じチームなのか――。
「げっ」
目を通す前に、またもや隣の席のシリルがつぶやいた。今度は他の生徒にも聞こえるほど、大きな声で。
シリルは変な生徒と同じチームになったのかな? 一体誰と……。
「ブランシャールさん! 私とオクレールさんと同じチームですよ」
「えっ」
今度は反対隣の席のシャーロットが、嬉しそうにそう言った。
私、シリルとシャーロットと同じチームなんだ。顔見知りと一緒ならちょっと安心。
……って待てよ。シリルは私とシャーロットと同じチームがご不満だってこと?
「チームの振り分け基準に疑問を持つ生徒もいるでしょう。単純です、チーム内の能力が平均して同程度になるように組んでいます」
「他、詳細はすべて資料に記載してあります。明日は互いに協力し、励むように」
チャイムの音と共に、先生が教室を去っていく。
……確かシリルは、ものすごく才能のある魔法使いだとか。たぶん、学年で一番すごいんだろう。
となると、彼と組むのは……才能のない、お荷物のふたりになる。
落ちこぼれの私と、転校生のシャーロットだ。
ああ、それはシリルも「げっ」って言うわ。