6話:主人公 シャーロット・クライン
「へ?」
少しハスキーな声のするほうを向けば、さらさらとした白髪を揺らす、中世的な、人間味がないほど整った顔立ちをしている少年がこちらを見ていた。
うわ、すっごく綺麗な顔をしてる。
この子は男の子だけど、お義姉様と張るレベルの美しさだ。
ただ、彼は柔和さと儚さを感じさせるお義姉様とは違い、感情が抜け落ちているような。
……っていうか、魂の形って?
意味深なことを言われた気がするけど、まさか、転生したことに気がつかれたわけじゃないよね……?
そんなメタっぽいことわかりようもないはず。とりあえず適当に返事をしておいて……。
「…………」
ものすごくじっと見られてる。透き通るような緑の瞳は、【私】の魂の形すらも本当に見透かしてしまいそうで。
「あっ、あはは……」
「何がおかしいの?」
当然、適当なごまかし笑いが通用するはずもなかった。
ど、どうしよう! 隣の席だから逃げられないし。とにかく早く先生が来て授業が始まりさえすれば……!
「――諸君、久しぶりだね」
救いの声が聞こえる。
入ってきたのは、ロマンスグレーの渋い雰囲気の男性だった。このクラスの担任教師らしい。
助かった……!
「新たな学年の始まりに伴い、ひとり転入生が入ってきた。紹介しよう」
えっ……転入生?
先生の言葉と共に、教室のドアが開く。
緊張するように、一歩一歩踏みしめるように中へと入ってきたのは、セミロングの黒髪をなびかせる、愛嬌のある顔立ちの少女だった。
「名乗りたまえ」
「あっ……て、転入生のシャーロット・クラインです。よろしくお願いしますっ!」
転入生? 魔法学園に四年生で?
「ああ、あれが平民なのに突然魔力に目覚めたっていう……」
「だからって四年から転入なんて……何のつもりなのかしら?」
みんなは転入生が来ることを知っていたらしい。
というか、変な時期に来る魔力に突然目覚めた転入生って……主人公じゃん、絶対に!!
「クライン君は……ブランシャール君の左隣の席が空いているだろう。あそこに座りなさい」
「は、はいっ」
緊張した様子ながら、シャーロットなる少女は私の左隣の席へとたどり着くと、丁寧な所作で座る。
それから思わずじっと見ていた私を見やると、照れくさそうに微笑んだ。
「あ……へへっ」
「……!」
可愛い。特別美少女ってわけじゃないけど、素直で素朴な女の子だ。
だけど、そんな彼女に対して周りの空気はとても冷たかった。
「はあ、平民と同じ空気を吸って、魔力が落ちたらどうするんだよ」
「本当、最低……」
「……っ」
シャーロットは気まずそうに視線を落とす。
――こういう空気は苦手だ。そう思った瞬間、私は口を開いていた。
「クラインさん。私の名前はアメリア・ブランシャールです、よろしくね」
「えっ」
「転入したばかりでいろいろと不便だろうし……わからないことがあれば何でも聞いてちょうだい」
私も何もわからないけど。だからひとりでもこう言ってくれる人がいれば、安心はするはずだ。
「あ……ありがとう!」
花が咲くように嬉しそうに笑うシャーロット。心が浄化される笑顔だ、可愛い。
それと相反するように、教室はざわめく。
「ぶ、ブランシャールさんが転入生に親切に……」
「どうしたんだろう、頭でも打ったのかな……?」
悪役令嬢相手だからって、ちょっと失礼なのでは……頭は本当に打ったんだけどね。
まあいい。クラスメイトが冷たいのなら、逆に好都合かもしれない。
今のうちにシャーロットに優しくしておけば、私への好感度は上がりやすいはず!
処刑(仮)を避けるために、どんどんプラスポイントを稼いでいこう。
*
そして、授業が始まった。
始まって、私はぐらぐらと眩暈を起こす。
ぜ、ぜんっぜんわからない……。魔法学の歴史やら、魔法を使う時に詠唱する魔法やら、道具やら……専門用語が多すぎてちんぷんかんぷんだ。
アメリアならわかっていたのだろうかと思いつつ、前の学年の時から使っているらしいノートをめくるけれど、ほぼ白紙。アメリアも全然わかってないな、これは。
そして、ちんぷんかんぷんで困惑していたのは私だけではなく……。
「……? ……??」
あ、シャーロットも苦戦してる……それはそうだよね。
四年生から入学って、中学まで学校に通ってなくて、突然高校の授業を受けてるみたいなもの? それは絶対にしんどい。
でも、私も教えてあげられそうにないし……。
もどかしく思っていると、ふいに右隣のまだ名前もわからない美少年が目に入る。
彼はとても退屈そうに、あくびしながら授業を聞いていた。
これは、どっちだろう。授業なんて余裕でわかるから退屈なのか、わからなさすぎて眠いのか……。
試しに聞いてみることにした。
「ねえ」
「……?」
眠たげな紫色の瞳が向けられる。先生に聞こえないよう、声を潜めながら私は聞いた。
「この授業、先生の言ってる意味わかる?」
「は?」
まるで何を言っているのかわからないとでも言うように、短く返された。
「わかるに決まってるけど、それが何」
わかるんだ! それならラッキー。
授業のチャイムが鳴り、先生が教室を出て小休憩が始まった瞬間に私は言った。
「じゃあ、勉強を教えてよ。私と、クラインさんに!」
「はあ?」
「え……?」
美少年はものすごく怪訝そうに、シャーロットはとても意外そうに声を発する。
「なんで僕が」
同級生の美少年相手なら緊張しただろうけど、相手は十歳近く年下だ。あまり気負わずに図々しくいってみる。
「クラスメイトが困ってるんだから、いいでしょう。あとで何か奢るわ」
「別に要らないし……。嫌だ、めんどくさい」
「そう言わずに」
「あんたと転入生のふたりで勉強すればいいじゃん」
「私たちふたりでどうにかなると思う?」
「…………」
ならないと思ったらしい。
「お願い、とりあえず次の授業のさわりの部分だけでいいから。この通り!」
眼前で両手を合わせる。美少年は根負けしたのか、深くため息をついた末につぶやいた。
「……早く、教科書開きなよ」
「! ありがとう! クラインさんも」
「えっ……あ、ありがとう!」
私とクラインさんは美少年の元に椅子を近づけ、さっそく勉強会を始めた。
「う、うそ。オクレール様があのふたりに勉強を教えてる……」
「フローラ王国に魔法が伝わって以来、魔法使いの天才を輩出し続けているオクレール侯爵家の中でも、別格とされる、シリル・オクレール様が……!?」
うん、全部教えてくれてありがとう。
この美少年の名前は、シリル・オクレールと言うらしい。
それで、侯爵家のものすごい魔法の天才……なるほど。
――そんなの絶対、攻略対象でしょう。
「なにぼうっとしてんの? 自分からねだっておいて、僕の授業を聞かないつもり?」
「ご、ごめん。ちゃんと聞くから!」
「はあ、なんで僕がこんなこと……」
と言いつつも、シリルは短い休憩時間の中でできる限りのことを教えてくれた。
おかげで、次の授業はほんの少しスムーズに聞くことができるのだった。
とりあえず、シリルとも仲良くなれるといいな。
いや、仲良く……っていうのは難しいかもしれないけど。せっかくクラスメイトで席も隣なんだし、嫌われない程度に関係を作っていかないと。