5話:攻略対象(仮) シリル・オクレール
何ともファンタジックな話だ。
お義姉様の「一応語られている」という口ぶりから、一応そういう建前にしているというだけなのだろうけど。
「このお話の出来事が起こった後、他の貴族たちにも魔法の力は広がって……王侯貴族は魔法を使えないと話にならなくなった。だから、王侯貴族は必ず学園に通うんだ」
「王侯貴族だけ、ですか?」
「うん。魔法は血で受け継がれる。だから基本的に、平民には魔力が伝わっていないんだよ」
お義姉様は続ける。
「貴族しかいない学園ではあるけれど、学園内では暗黙の了解で、階級間による区別はほとんどない。まあ、人によりけりだけれどね」
それはとても助かる。貴族社会や令嬢についての知識がほとんどないから、うっかり失礼な振る舞いをしないとはまるで言い切れないし。
「それと、学園は六年制の全寮制で入学時期は九月。十二歳で入学して十八の年に卒業する」
大体、中学から高校くらいの年の子が通うんだな。なるほど。
「私は……今日で四年生になるんですね」
「うん、私は六年生になる。クラスは一年の時から変わらないから、新しい学年になったとは言ってもあまり大きな変化はないと思うよ」
「ずっと同じクラス……」
大丈夫かな。アメリア、友達とかいるかな?
日記のあの感じ……いないよね? 今は学校生活を楽しむどころじゃないけど、憂鬱だな……。
「……不安?」
「うっ、はい……」
素直に答えると、お義姉様はふんわりと笑顔を浮かべて、唇を開く。
「大丈夫。何かあればいつでも私を頼って? 校舎は違うけれど、来てくれればできる限り力になるから」
「お義姉様……」
なんて優しいの……アメリアは嫌がらせをしていたというのに。
悪役令嬢に転生したのに、最初からこんなに心強い味方がいることってあるんだ。
「ありがとうございます、困ったら頼らせてください!」
「うん、もちろん」
お義姉様の力強い返事に、私の不安はいくらか軽減されるのだった――。
*
馬車はあっという間に走った。
馬車そのものが魔道具になっており、遠い領地からでも王都近郊にある学園にひとっ飛びできるんだとか何とか。
学校は、大学を髣髴とさせる広さだった。
植物の蔦が絡む西洋風の校舎は、何とも雰囲気があっていつまででも見ていられる。
「アメリアの校舎はあっちだね。私は……向こうの森の中にある校舎に向かうから、ここでお別れだ」
お義姉様は遠くを指さすと、続ける。
「荷物はブランシャールの使用人たちが寮に運んでくれているから、そのまま校舎に向かって授業を向けるといいよ」
「わかりました。教えてくれてありがとうございます、お義姉様」
「いいえ。それじゃあ――」
お義姉様はその場を去ろうとする足を止めて、少しばかり鋭い視線を私に向ける。
「……?」
「記憶がないって言っていたから、一応。私のことは……【誰にも】言わないでね?」
「えっ……?」
「またね、アメリア」
お義姉様は意味深な言葉を残し、颯爽と去っていく。
「お義姉様のことを誰にも言わないでって……なんで?」
そもそも、アメリアはお義姉様の存在をなかったことにしたかったみたいだから、誰にも言っていなかったようではあるけど。
それを、お義姉様自身から求めるなんて、おかしな話だ。
「よくわからないけど……言っちゃだめっていうなら、だめなんだろうな……?」
気になるけど、とりあえずそれで納得することにして、私は校舎へと向かった。
*
教室に入ると、ぴたりと喧騒が止まる。
明らかに、生徒たちの視線はアメリアへと向いていた。
な、何……? 悪役令嬢だから嫌われてるとか……?
「ブランシャールさんだわ……。目を合わせないようにしなくちゃ」
「夏休み中も男漁りがすごかったみたいよ。伯爵家の令嬢なのに、品がないわ……」
どうやら、そういうことらしい。
うわあ、これすっごく傷つく。【私】が嫌われてるわけじゃないけど、ここまで白い眼を向けられることってなかなかない。
よっぽどひどかったんだな、アメリア……。
しくしく悲しい思いになりつつも教室の奥へと入る。だけど、よく考えたら自分の席がわからなかった。
どうしよう。聞いて答えてくれる人っているのかな。そう思ってきょろついた瞬間、三人の男子生徒が近づいてきた。
「アメリア様、荷物をお持ちします!」
「えっ!? 別に持たなくていいけど……」
「そうおっしゃらずに」
押されてとりあえず荷物を渡す。すると、私の席らしき場所へと置いてくれた。
ら、ラッキー? でも、この人たちは一体……。
あっ、アメリアをちやほやしてくれてた、伯爵家よりも下の家の子息たちかも?
「アメリア様が好みそうなお菓子を用意しています、どうぞ!」
「アメリア様に頼まれていた予習用のノートはこちらです!」
うん、確定だな。
アメリアは無理やり従わせていたんだと思っていたし、それもあるんだろうけど……彼らはアメリアに夢中だって感じもする。顔はいいもんね……。
何も知らない学校生活においては便利な存在である気もしつつ、こき使うのは申し訳ない。
何より、これからは悪役令嬢らしさを軽減していかないといけないから――。
「ありがとう。でも、これからは私の世話は焼かなくて大丈夫よ」
「「「えっ」」」
断ると、三人は声を合わせてぽかんと口を開けた。
まあ、驚くよね。今までさんざんこき使ってきたお嬢様がそんなこと言ったら。
教室の他のみんなも驚いているらしい。ざわざわしていて、ちょっと気まずい……。
するとタイミングよく、学校のチャイムが鳴った。
「ほら、みなさんも席に座って?」
「「「は、はい……」」」
すごすごと席に戻る三人を見送ると、自分の席に着く。
なんか出だしから不安だけど、学校生活大丈夫かな……?
そんなことを思っていると。隣の席から、感情の籠らない綺麗な声が聞こえてきた。
「君……魂の形が変わった?」