4話:学校に行こう
可能性は、ゼロじゃない。
「ど、どうしよう。私、お義姉様に冷たくしてたんだよね……!?」
『アメリア、大丈夫?』
お義姉様は優しくしてくれた。
だけど、アメリアからの嫌がらせに傷ついて、トラウマになっていたりするかもしれない。むしろ、あの優しい顔の裏でめちゃくちゃ憎んでいたりするのかも。アメリアが具体的に何をしたのかは、日記に書いていなかったからわからないけど……。
ていうか、今ってもう本編の時間軸だったりする? だとしたらもう、いろいろと手遅れだったり……?
だらだらと脂汗を掻く。転生した瞬間にバッドエンド確定とか、そんなのはあんまりだ。
お義姉様が主人公なのか、本編が始まっているのか。攻略対象は誰なのか――。
わからないことはいろいろありすぎるけど、とりあえず短期目標は決まった。
「悪役令嬢らしい振る舞いはやめて、目立たず、主人公にも攻略対象にもそれ以外の人に対しても優しくする。それと……お義姉様に迷惑をかけずに優しくしまくろう!」
そして、死亡フラグを避ける。
最後の部分は、お義姉様が主人公じゃなかった場合、大きく意味を持たないかもしれないけど……まあ、姉妹に優しくして損になることはないだろう。
それに、あんなに綺麗な人と仲良くなれるのなら――私としてはかなり嬉しかったりするし。
目標を定め、拳を握ったその時。
「アメリア、起きてる?」
「!!」
ドアの外から聞こえてきたのは、やわらかい春風のような声。
エリナお義姉様! ど、どうしよう!?
反射的に寝ているふりをしようかと思ったけど、お義姉様の好感度を上げたいならその選択は不正解だろうし――。
私は息を小さく吸い込んで、口を開いた。
「お、おはようございます。起きています、お義姉様……」
「! そう……体調はどう?」
「ええ、もうすっかり……」
一晩ぐっすり眠ったおかげか、たんこぶに塗った薬のおかげか。頭痛はすっかり引いていた。
「よかった。それなら、学校へは行けそう?」
「学校?」
「うん。昨日で夏休みが終わったからね、今日から新学年になるんだよ」
「……!」
ああ、そっか。それで全寮制の学校に通ってるのに、私もお義姉様も領地の屋敷にいたんだ。
記憶のない今の状態で学校に行くのは不安だけど……悪役令嬢のアメリアが通っている学校ってことは、主人公も攻略対象もそこにいるってことなんじゃ?
だったらやっぱり、一度行って様子を見るべきだよね……?
「行けます……大丈夫です」
「そう……わかった」
どこかほっとしたように答えるお義姉様は、一呼吸置いてから続けた。
「私はひとりで行くよ。アメリアの邪魔にはならないから、安心して?」
「……え?」
何だか物悲しい口ぶりに違和感を覚えるけれど、すぐに気がつく。
アメリアはお義姉様を毛嫌いしている。
であれば、同じ学校に通っていたとて一緒に行きたがることはないだろう。だから、お義姉様は私に気を使ってそんなことを言ったんじゃないか。
『だ、誰がお前と一緒に学校なんて行くかよ』
『妹が乙女ゲームオタクとか……最悪なんだよ!』
それが何だか自分の過去の記憶と相まって、とても切なく思えてしまって――。
「邪魔なんて、全然思っていません!」
「……!?」
「私、まだ記憶が怪しくて……お義姉様が一緒に行ってくださると安心なんです。いかがでしょうか……?」
「…………」
ドア越しに話しているからお義姉様の表情がわからない。感情も読み取れない……。
うう、失敗してない? 滑ってない?
だけどややあって、ドアの外から聞こえてきたのは――。
「ふふっ」
花が綻ぶような、優しい笑い声だった。
「もちろん、いいよ。朝食を食べたら一緒に行こう?」
「! あ、ありがとうございま……」
「制服はひとりで着替えられる? もしも必要なら手伝いを……」
「すっ……」
せ、制服をお義姉様に……? そんなの無理! 同性だけど、恥ずかしくって無理!
「ひ、ひとりで着替えられます! お義姉様に手伝ってもらわなくても大丈夫ですから!」
「手伝いを……メイドに頼んでね、と言うつもりだったのだけど」
「えっ」
あっ、そうだよね!? 伯爵家のお嬢様なら着替えはメイドに手伝わせるよね!?
恥ずかしい……! 穴があったら埋まりたい!
「す、すみませんお義姉様――」
「私の手伝いはいらないのか。ふふっ、残念」
……残念!?
「じゃあ、私も身支度を整えてくるよ。それと……敬語、少しずつでいいから外してね?」
「……!」
「またね」
こつこつと、軽やかな足音が遠ざかっていく。
な、何か妙にドキドキさせられちゃったけど……とりあえず、最初の一歩は踏み出せたんじゃない?
「とりあえず、制服に着替えないと……!」
*
身支度を済ませ、朝食を終えた私とお義姉様は、屋敷を出て馬車に揺られながら顔を合わせていた。
「アメリアは……まだ記憶が怪しいみたいだね?」
「! は、はい……。でも、あと数日もしたら治ると思います」
「そう……?」
不思議そうに首を傾げるお義姉様は、舞台のワンシーンを演じているかのように美しい。
……とか、思っている場合じゃなくて。
「ただ、今日は少し不安なので――学校のこと、簡単にでも教えてもらえると助かります」
「もちろん。……そうだな、本当は一年の時に教わる話なのだけど、この国の歴史から話しておこうかな」
「歴史?」
「そう。この国……フローラ王国が、魔法を使うようになった理由」
そして、お義姉様は話し始める。
◆◆◆
昔々、遠い昔の話。
まだ生まれたばかりの、小さな王国がありました。
豊富な資源を保有しながらも、頼りない武力しか持たない、他国にいつ侵略されてもおかしくないような国でした。
王は娶ったばかりの妻を事故で亡くし、悲しみに暮れながらも、どのように国を発展させ民を守ったものか、常日頃悩んでいました。
そんなある日、王は城の裏の森にある小さな花畑で、それはそれは美しい女性と出会いました。
彼女の名前はフローラ。出自も何もかも不明でしたが、心優しく聡明な女性でした。
王が国を憂いどうしたものかと相談すると、フローラはとても親身に相談に乗ってくれ、有用な策をいくつも立ててくれました。
王様はいつしか、彼女に強い信頼感と愛情を抱くようになります。
フローラもまた、真剣に国と民を思い身を粉にして働く王に惹かれます。
けれど、ある日のこと。王の前に、ヴェールで顔を隠した女が現れました。
女は言います。「私と一緒になり、私の住む国へともに来なさい」と。
当然、王は断りました。国を離れることなどできませんし、フローラとも離れたくはありませんでしたから。
すると女は、みるみる恐ろしい怪物へと姿を変え、国を襲ったのです。
女の正体は、恐ろしい【魔女】なのでした。
王は兵をあげて必死に抵抗しますが、とても勝てそうにありません。
そこにフローラが現れます。そして何と、不思議な力で怪物となった魔女を封印してしまったのです。
彼女は、その時まだ世界にほんの数人しかいなかった【魔法使い】でした。
王は喜びますが、フローラは決してたやすく怪物を封印できたわけではなく。その命を燃やし、亡くなってしまいます。
ですが、王の治める国を守りたいからと、何人かの貴族の赤子に魔法の力を授けました。
王は彼女の死を悼みながらも、彼女への感謝の気持ちを忘れないために、国の名前を【フローラ王国】とするとともに、魔法使いを養成する魔法学校を作り、【フローラ王立魔法学園】と名付けたのです。
◆◆◆
「……これがフローラ王国の【魔法使い】の源流、そして私たちの通う学校が誕生した理由。と、一応語られているんだ」