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1話:悪役令嬢 アメリア・ブランシャール

 二歳年上の義理の兄は、一言で言うなら最低・最悪のノンデリ人間だった。

 どのくらい最低かと言うと、私が乙女ゲーム好きなことを馬鹿にして、同級生の前で晒し上げるくらい。


『俺の妹、乙女ゲーム? とか好きなんだよ。はは、キモいよな!』


 あの時のことは、今思い出しても腹が立つ。

 だけど、親の教育方針のせいで学生のうちから家を出ることは許されず……。大学を卒業して大好きな乙女ゲームメーカーの事務職に就いたところで、ようやく独り立ちできた。


 絵心も何もなかった私はクリエイター職には就けなかったけれど、大好きな乙女ゲームに間接的にでも携われていることに喜びを感じて、懸命に仕事をした。

 懸命に、懸命に――ブラックな環境で入社時にいた社員が一人、また一人といなくなり、仕事量が増え続けてもなりふり構わず懸命に。


 そして、自社開発の新作ゲームが発売された日。深夜に帰宅した私は携帯ゲーム機を起動し、ふらふらになりながらもそのゲームをプレイしようとして……。

 ……して。その後、どうなったんだっけ……?

 記憶がぐちゃぐちゃに混濁していくのと同時、頭に鈍痛を感じ始め――。


  ***


「アメリア……」

「……っ!」


 生まれてから一度も聞いたことのないような透き通る声が、耳に染み入るように聞こえてくる。

 そして、ぱっと目を覚ました先には――誰かがいた。


「! 目を覚ましたんだね……」

「えっ、と……」


 まだぼんやりとしている視界に映ったのは……十七、八歳くらいの、とても綺麗な少女だった。

 目立たない色ながらもよく手入れされた絹糸のような長髪に、同じく薄墨色の形のいい瞳。

 生まれてこの方見たことのないような美形を見た私は、思わず見とれる。

 なんて綺麗な人だろう。まるで、物語の中から抜け出してきたかのような……。


「いっ、たた……!?」

「! 頭が痛むの?」


 ふいに感じた痛みにこくこくと頷くと、美少女は心配そうに私の手をぎゅっと握ってくれる。


「!!」

「すぐお医者様が着くはずだから、もう少しだけ我慢してね?」


 品よく香る花の匂いと、僅かに骨ばっているけれどすべすべな手にどきまぎしてしまう。


「あれ、顔が赤い……。もしかして熱がある?」


 そうして美少女は、私に人形のように整った顔を近づけ、そっと額に手のひらを触れさせた。


「うーん……熱くはない、かな?」

「……!?」


 近い、近すぎる! というか……どきどきしっぱなしでいる場合じゃない。

 この美少女は一体何者? 

 私は自宅で乙女ゲームをプレイしようとしていたはずで、こんな麗しい人と一緒にいた記憶、あるはずもない……。


「……あ、れ?」


 目が覚めてからずっと、目の前の美少女にばかり頭がいっていた。

 だけど、少し落ち着いてきたところで、周囲の景色が目に飛び込んでくる。

 そこはまるで絵本に出てくる宮殿のように華美な装飾が施された部屋。ベッドの寝心地も異様にいい。

 おかしい。私の部屋はこんな、貴族が住むような美麗な部屋ではなかったのに……。


「エリナ様、お医者様がいらっしゃいました」

「ありがとう、入って」


 その瞬間、部屋の外から声が聞こえるのと共に、年老いた男性とメイド服を着た女性が部屋へ入ってきた。

 ……明らかに、現代日本に存在する雰囲気の人たちじゃない。


「エリナ様、アメリア様は……」

「先ほど転んだ拍子に頭を打ってしまって……。意識はあるけれど、痛むようなんです」

「わかりました。とりあえず、診させてもらいます」

「アメリア。先生が診察をしてくださるから、大人しくしているんだよ」


 美少女にそう告げられる。一瞬わからなかったけれど、【アメリア】とは私のことらしい。

 頭を混乱させながらも、とりあえず頷く。


「では、失礼します」


 医者だという男性に診察されつつも、私は忙しなく頭を働かせて考えていた。自分の身に一体何があったのかと。

 私は、自分の部屋で乙女ゲームをプレイしようとしていたはず。

 けれど、近頃の疲労もあって、ぶつっとブラックアウトするように意識が途切れてしまって――気がついたら、貴族の屋敷の一室のような場所で眠り、美少女に見守られていた……。


 ……あれ? 私これ、過労で死んでない?

 死んで、異世界転生してない……!?


 いや、まさか。そんな非現実的なことがあるはずない、小説じゃあるまいし。

 たぶん、ゲームしようとしたところで寝落ちて、夢でも見てるんだ……。


「ここにたんこぶができていますね……少し触れますよ」

「痛っ!!??」


 すごく痛い。夢ってこんなに痛く感じるものだっけ? そういうこともある……?

 ……本当に?


「アメリア、大丈夫?」


 美少女が心配そうに、【アメリア】と名前を呼びながら、私の顔を覗き込む。

 大丈夫じゃない。全然、まったく。


 一旦落ち着こう。ありえないとは思うけど、自分が一度死んで、異世界転生したものだと仮定しよう。

 だとして、ここは一体何の世界なの? 乙女ゲーム? 小説? 漫画……?

 こういう時、まったく知らない世界に飛び込むことってあんまりないと思うんだけど。少なくとも周囲の景色にも、近くにいてくれる美少女にもまるで見覚えがない。

 だけど……【アメリア】って名前にはほんの少し聞き覚えがあるような……?

 アメリア、アメリア、アメリア……。


「問題なさそうですね。たんこぶにはこの塗り薬を塗っていただければ、すぐに治るかと」

「よかった、ありがとうございます」


 いや、めちゃくちゃ深刻な問題が起きてるけど……ずいぶん簡単な診察で終わらせるなあ。

 ただ、異世界転生していたとして、医者にそれを正直に言うのはやめたほうがよさそうだ。普通に頭がおかしいと思われるだろうし……。

 お医者さんたちがいなくなった後、美少女はふんわりと笑って私を見た。


「無事でよかった。今日までは学校も休みだし、ゆっくり寝ているんだよ」


 美少女が部屋を出ていこうとする。

 このままだと、よくわからない世界にノーヒントで取り残されることになると思った私は、慌てて引き留めた。


「あ、あの!」

「……うん?」

「か、鏡を見せてもらえませんか? たんこぶの様子を確認したくて……」

「…………」


 美少女は、少し驚いたように私を見た。

 な、何か変だった? 思わず敬語になっちゃったから?

 だけど、美少女との関係性もよくわからないし……丁寧に振る舞っておくのが無難だとは思うんだけど。

 彼女はややあって、小さく頷く。


「わかった、少し待っててね」


 大丈夫だった! セーフ!

 美少女は、離れた位置に置いてあった手鏡を手に取ると、私の佇むベッドへと近づいてくれる。


「はい」

「あ、ありがとうございます……」


 手鏡を受け取り、【私】の顔を映す。

 そこに映し出されたのは……きつい顔立ちをした、十四、五歳くらいの美少女だった。

 私の、顔じゃない……。

 頭がくらりと揺れる。やっぱり私、誰かに転生してる……。

 だけどこの顔、どこかで見たような――。


「……アメリア?」


 美少女の、花が揺れるような優しい声を聞いた瞬間、私の頭に【ぴしゃーん】と雷が落ちるような衝撃が走った。


「あっ」


 そうだ。私、【アメリア】を知っている。


『あなたって、本当にうちのゲームが好きだよね。ディレクターとしては嬉しいけど! でもたまには、前情報なしでプレイするのも楽しいと思わない?』


『お、乗り気だね~! じゃあ、こっちもネタバレしないように気をつけるよ! でもサブキャラ情報くらいは見とく? そんなネタバレにならないし』


『この子? ああ、この子はアレよ。世間一般で言う、性格最悪の【悪役令嬢】? 乙女ゲームにそんなもんいないんだけど、ちょっと今回は逆輸入してみようと思ってさあ。とにかく主人公をいじめまくるの!』


『名前? ……【アメリア・ブランシャール】だよ!』


「あ……ああ……っ!」

「!? アメリア……!?」


 そうだ、私がプレイしようとしていた、自社開発の新作ゲーム。

 ほとんど前情報を入れずに挑もうとした――悪役令嬢ものの世界観を乙女ゲームに逆輸入して作られた、『呪われた王子様と救済の魔法使い』。

 ここは、その世界の中。


 私は……悪役令嬢のアメリア・ブランシャールに転生してしまった……!?


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