紙魚
毎週日曜日午後11時にショートショート1、2編投稿中。
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私は紙魚。古書の中の紙と文字を食べて生きている。あるのは目と足の着いた身体だけ。家主は古書好きの趣味人で古本屋に通っては価値のありそうな書籍を買い、読まずに積んどくのである。私はこんな家主と共生していた。
家主は床が抜けそうなほどの本を積んでいるのに、今日もまた本を買ってきた。私は家主に気づかれず、新しい古書の中に入った。
カリ
紙を囓ると香辛料の味がした。文字を読んでみると料理の本だ。料理人が収集していた本が古書店に売却されたのかもしれない。
文字を追うと虎をいかにおいしく羹にするかを論じている本だった。
はて? 虎? どうやって入手するのだ?
どうみても奇書というか珍品である。家主は「ニャントロ星人の侵略」を記した新刊を買ってきたことがあり、それは蔵書の中にあって、発想だけで一冊の本を書いてしまう筆力に圧倒されたことがあるが、この本もなかなかの珍品である。
読んでいくと、「まず魔界から虎を召喚する」とあり、かなりイカれているのがわかった。
読み進むと、これは魔導書というのが分かってきた。料理書の皮を被った「召喚術」の本である。羹にするのは付け足し程度だった。まるで、釣り師向けの魚類図鑑に載ってる料理法みたいなもんである。
私は思った。こんな知識を世に広めてはならないと。
インクで書かれた部分を片っ端から囓っていった。
ある日、古書商が訪ねてきて、最近買った本の中でこの本を譲ってほしいと名指しで家主に依頼してきた。高額の値段を出すから譲ってほしいと。
家主は高く売れると知り手放そうとして、本を取り上げて開いてみた。
そこには紙魚が食い散らからしてボロボロになった本があるだけだった。
古書商も家主もその惨状にがっかりして破談になったのである。
世界の秘密はこうして守られた。
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