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第8話:荒んだ町

 「はぁー、はぁー……」


 目的地付近に着地する。

 シャルナはすでに肩で呼吸をしていて、なんだか凄く辛そうだ。まあ約20キロほどの道程を、数秒ですっ飛ばしてきたんだから、無理も無いのか。


 「キシャアー!」


 「きゃああああ!」


 俺とシャルナの目の前に、魔物が飛び出してきた。

 二足歩行の謎の哺乳類、両手が鋭そうな鎌になっている。まさか、こいつが切裂き魔……?

 さくっと殴り飛ばしてやろう、と思ったが、シャルナが俺の体をガッチリと掴んでいるものだから、動くに動けないという辛い状況。

 仕方が無いから、神様のミラクルヘンテコパワーで純金の塊を生成し、肩だけで投げつける。

 フォン、と風を切る音が響く。

 高速で直進する金塊が、空気との摩擦で隕石のように輝き、光の尾を引きながら魔物に向かって突っ込んでいく。レール○ンのようだ。

 ものすごい爆音とともに、魔物は跡形もなく消し飛んだ。


 「ううぅ……」


 「シャルナ、もう倒したから。いちいちビビリすぎ」


 「びびっ! ビビってなんか、ないもん!」


 「とりあえず離せ」


 俺の体にしがみついたまま言っても、説得力の欠片も無い。むしろ「怖がってます」と主張しているようなものだ。


 「今のが切裂き魔じゃ……無いよな」


 「そういうことにして、帰ろっか」


 「まてまて、そんな笑顔でサボろうとすんじゃねえよ」


 帰ろうとするシャルナを一応引き止める。

 まあ帰るにしても、20キロくらい離れてるから、こいつ1人では絶対に帰れないんだけどな。


 「じゃあもう、山消そう」


 「それは最後の手段にしよう……」


 目的地は、目の前にそびえている山の中だ。

 具体的にどんな魔物なのかは不明、ただ町が受けていた被害は尋常ではなかったから、まぁ厳ついごつい魔物か、凄まじい魔法使い系の何か。

 というか魔法が使える魔物なんているのだろうか。


 山を見つめる。

 すると突然、山の中から一陣の風が俺の横を通り過ぎていった。

 自然風……にしては違和感が、なんだろう。ポカポカ陽気なのに、妙に冷たかったような……


 「シャルナ」


 「なに?」


 「ちょっと来い」


 シャルナは俺のすぐ横まで歩いてきた。

 とりあえず、風が来た方向に俺が立ち、シャルナを体で包み込むようにしてかばう。


 「へっ!? ちょっ! 何を――」


 シャルナが何か言っていたが、それよりも俺は風の音を聞いた。

 山の中で、不自然に風がうねっている。どうも俺は聴力も凄まじいことになっているようだ。千里眼では目に見えない風を捕らえる事はできないが、とにかく何かが来る。


 俺がシャルナをかばってからすぐ、少し離れた位置で地面が抉れた。


 そして暴力的な風の刃が、俺の背中を撫でていった。

 うーん、全く痛くないな。的屋とかの、空気で膨らますタイプの刀のおもちゃよりも痛くなかった。


 「え……なにこれ?」


 だが頑丈なのは俺の体だけ。

 かばっていたシャルナは無事だが、周りの地面はあちこちが抉れ、木々はなぎ倒されている。竜巻でもこんなことにはならないのではないだろうか。


 「切裂き魔、だろうな」


 「ま、マジでいるんだ……」

 

 「そりゃな。そんで、気を付けろよ。もう狙われている


 もう一度シャルナを体でかばう。

 さっきよりもさらに強い風が、地面を激しく抉りながら通り抜けていったがやはり俺の体にかすり傷1つ負わせる事はない。

 まあ神様に届くほどの風ではないということだな。

 だがやられっぱなしでは、いつか俺のミスでシャルナに怪我を負わせるかもしれない。とにかく反撃してみよう。


 もう一回、純金を使った最高級レール○ンを打ち込む。


 光の尾を引きながら、金塊が山の中へと突っ込んでいく。

 そして轟音が響き、山肌が剥がれ、土砂崩れが起こった。うむ、やりすぎた。


 ――風の音、それもでかい!


 俺はシャルナは全力で抱き寄せて一部の隙間もなくす。

 馬鹿でかい風が俺に直撃するが、まぁそよ風くらいのもんで俺の髪がなびいただけだ。しかし地面はかなり深く抉られ、さらになぎ倒された太い木も飛んできている。


 千里眼で向こうの姿を確認するが、そこには何者もいなかった。

 ちっ、最初に見ておくべきだったか……


 「勝ったの……?」


 「いや、多分逃げられた」


 「その、離して、ほしい……」


 「あ、悪い」


 全力でシャルナを抱き寄せたままだったので、すぐに解放する。


 ……聴力を集中させるが、風の音を捉える事はできない。

 千里眼であたりを見渡してみても、やはり何もそれらしきものはいない。


 「見つかりそうも無いな、とりあえず来る途中にあった町でちょっと休むか」


 近隣の町が被害にあわないとも言い切れない、実際に被害が出ているのだから、町を守ることと切裂き魔を討伐することもかねて、町にいることは最善だろう。

 今この場で必死に探しても、見つかるものではない。

 住処と呼べる場所も潰してしまっただろうからな。


 俺はシャルナを持ち上げて、来る途中見かけた町まで飛んだ。




 ★




 「……痛い」


 少女は現状を把握できないでいた。

 突然地面が揺れ、砂埃や土の塊が彼女に襲い掛かり、そしてあたりの木々も丸ごと巻き込んでった。それは如何ほどの恐怖だったかは図る余地も無いが、彼女は平然としている。

 ただちょっと擦りむいた膝が痛むというだけのこと。


 少女が着ているのは白を基調とした大人しいデザインの服だが、そのスカートの丈は短かめだ。故に彼女は怪我をしてしまっている。


 風が少女の体の砂埃を吹き飛ばし、髪の乱れを整える。

 自然風ではない。


 「あ……家が」


 少女の家はこの山の中に存在していた。

 小さな山小屋みたいなものだったそれは、土砂崩れを起こすほどの巨大な力の衝突に耐える事はできず、跡形もなく土砂に飲み込まれてしまっている。

 少女には特に表情が無い。しばらくとはいえ、住んでいた家をなくしたが悲しみがあるわけではない、感慨にふけるわけでもない。

 だが逆に喜びも、その惨劇の中で自分が生きていることへの安堵も存在しない。


 ただ少女の瞳は光なく、目の前の惨劇の向こう側を無機質に眺めている。


 「引っ越そう……」


 少女は呟き、山を下り始める。

 彼女の背を押すように、風は流れている。




 ★



 

 「……うわー、誰もいないな……」


 町は人通りが全くといっていいほど無い。

 店も開いているところの方が少ない。


 「あっ、リュウスケ。誰か歩いてくるよ」


 シャルナが言う方向から、男が1人歩いてきていた。

 とにかく、この状況についてあの男から何か聞けるかもしれない。


 早足で男の方に近づいていき、声を掛ける。

 男は、腰に短刀を差していて、服は実に簡単なつくりのもの、手には何か大きな荷物を持っている。


 「ちょっといいか?」


 「……なんだ?」


 「この町、いつもこんなに人がいないのか?」


 「いや、昔は人通りが多い、賑やかな町だった……けど、あれが出てからだ。近隣の町は次々と被害に遭い、この町もいつそうなるか……あんた等見たところよそ者だけど、さっさと帰ったほうがいい。俺も今から引っ越す、遠くにな」


 男の手の大荷物は、引越しの準備なのだろう。


 「なら、まだこの町には人がいるんだろ? どこか人が集まるような場所は知らないか?」


 「……あんた等、何しに来たんだ?」


 「まぁまぁ、案内頼むぜ」


 ポケットに手を突っ込んで、便利な神様ミラクルヘンテコパワー発動。小さめの金塊を生成し、男に手渡す。


 「引越し費用の足しにしてくれ」


 俺がニヤリと笑いながら告げると、同じく男も笑い、「しょうがねぇな……」と、快く道案内を引き受けてくれた。




 ★




 「ここだ」


 「……ギルド?」


 入り口に思いっきり「ギルド」って書かれているからそうなのだろうが、どうも活気が無い、それに入り口にも掃除された形跡が無い。


 「ま、ただの溜まり場になってるが一応ギルドだ」


 じゃあ道案内はしたぞ、と男は足取り軽く去っていった。

 ……まぁ、とりあえず入ることにしよう。俺はギルドの戸を引き、中に入った。後ろについてシャルナも入ってくる。

 ギルド内は、やはり仕事の仲介をする場所ではなく、人が溜まる場所になっていた。


 「あん? 誰、お前」


 「リュウスケだ」


 「旅行者か? こんな場所に、なんもねぇよ、さっさと帰れって」


 「……切裂き魔についてなんか知らない?」


 「あぁ……あのクソッタレのせいで、この町もこうなった。悪いこといわねぇから手は出さねえほうが賢明だな」


 「いや、そうもいかないんだ。仕事だからな」


 「はぁ? お前が切裂き魔を? なんなんだてめぇ」


 「使い魔?」


 「おいおい、いい加減言うなよ、使い魔には召喚士がセットなことくらい、俺でも知ってんだぞ?」


 「いやだから、この子が主の召喚士だ」


 「は……?」


 男が本気で驚いて目を見開いた。


 「こんなチビで、召喚士やってるやつがいるのか?」


 「チビって言うなーっ!」


 シャルナが叫び、俺の前に出て堂々とその名前を名乗った。


 「私は、シャルナ・フィラデルフィア! リュウスケの主で、正式な召喚士の1人よ!」


 あんまり大きな声で自己紹介するものだから、ギルドの中が静かになった。


 「うん、まあそれは、いいんだが」


 男はシャルナから視線を外すと、俺の方を見た。


 「このいかにも頼りない男はどうなんだ?」


 おいおい、この世界に俺ほどに頼りになる人間はいないと思うんだが……

 まあでも素直にそう思っているかといえば、思ってない。それは、元の世界で俺に怖ろしく人望が無かったことからも自覚がある。

 だからまあ、頼りないと思われるのも仕方ないところ、それに起こる気はない。


 「頼りなくないっ! いや頼りない事は頼りないんだけど……」


 なんだそれ、中途半端だな。


 「もてないけど!」


 「言うな! それは関係ないはずだ!」


 「なるほど……あんた、女と縁は無かった顔してる」


 「なっ!」


 頼りないの数十倍カチンと来た。


 「あんた知らないだろ!」


 「え? なんだ、彼女持ち?」


 「人生できたことねぇよ!」


 ギルドの中が笑いに包まれた、なんだこれ。

 もてない学生虐めて楽しいのか。


 「けどまあ、さっさと帰ることだ」


 「は? いやいや、俺は切裂き魔と戦うから」


 「無理だ、勝てない。俺は一度、切裂き魔に襲われたんだ」


 いやまあ、俺は一応戦ったんだけど。止めはさせてないけど。


 「無茶苦茶だ、姿も見えない。ただものすごい力で町が壊され、ダチも死んだ」


 「……なら、そっちこそ逃げた方がいいぞ」


 「バカが、俺らは戦うためにここに集まってるんだよ」


 ……なんだ、自棄になっているわけでもない、集まっているのは来るかもしれない敵と戦うためか。

 よく見れば、このギルドの中、全く掃除はしてないが武器は置いてある。


 「そして今日、山が破壊された」


 心当たりがあるなぁ……


 「奴の住処と呼ばれていた山だ、おそらく、敵は動いた」


 「なら、俺も一緒に戦う。利害が一致するんだから、力を合わせよう」


 「……よし、ならしっかり働けよ。仕事なんだろ?」


 男は笑顔で言った。


 ――まぁ、できれば俺1人で片をつけたい相手なのは確かだ。なにせあの攻撃範囲の広さだと、確実に守れるのは1人――シャルナただ1人を守るので限界だ。

 こいつらも、ギルドでクエストを受けて生活していた連中だとは思うけど……

 巻き込まないに越した事はないだろうな。


 と、難しい事情もあるが、しばらく俺とシャルナは町のギルドでたわいもない話を続けていた。




 ★




 時間は、山が破壊されてから、丁度2時間がたった頃。

 山を破壊した張本人は、ある町のギルドで盛り上がっている頃。

 少女はその町にたどり着いていた。


 その少女の目の前に、大荷物を積み終え、今から町を去ろうという男が現れた。


 「……どうした? こんな町に。ここは何もないぞ」


 男は少女に声を掛けた。


 この危険地帯から今から去る、新しい土地での暮らしを目の前に、気がゆるんでいたゆえの失敗だった。


 巨大な風がうねり、渦を巻き、男を空高く舞い上げた。


 「うおおおお!」


 パニックに陥り、空中でもがく。しかし体は風の力を受け重力に逆らい続ける。

 そして、鋭い空気を斬り裂く音が響く。


 空気に刃が全方位から男を切裂き、その血を町に撒き散らした。


 「ここ……は、何も無い」


 少女は町の中へと足を進めていった。

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