第6話:都会で豪遊
「ううーん」
「どうしたの? リュウスケ」
「いやまあ」
恥ずかしいから、このお子様主にはたとえ口が裂けようが言いたくないのだが、俺、上坂龍介は家が恋しくて仕方が無い、いわばホームシックに早速なっているみたいなのだ。
クエストから帰り、俺が神様のミラクルヘンテコパワーで純金をぽこぽこ出してから一晩明けて、また朝日が昇った今日のこと。
というか昨日家族の夢を見た。涙がこぼれてとまらんよ、うえーん。
と、弱みを見せるのは絶対ごめんなので、俺はとりあえず考え事をするふりをしている。
「気にすんな」
「えぇー? 気になる」
じーっと、俺の顔を見つめるシャルナ。
改めてみると、実に可愛い……ではなく。整った顔立ちをしているとしておく。プラチナブロンドの長髪は、艶があり、さらさらっぽい。
まあ、言わないけど。俺がホームシックになってるのは、シャルナのせいだ。だってこいつが召喚したんだから。
「着替えるから出てけ」
「うん……うん? 立場がおかしいような」
「気のせいだ」
ふに落ちないという顔をしたシャルナを、はんば強引に部屋から追い出し、お馴染みの服に手を掛ける。そして寝巻きを一瞬にして脱ぎ捨て、着替える。
着替え終えたら、部屋から出る。
リビングには机に座って、いまだにふに落ちないという顔をしたシャルナ。
長いプラチナロングの髪は、いつもどおりに後ろで1つにくくられている。
「シャルナ、机に座るな」
「はーい……って! リュウスケは私のお母さん!? いいのよ、そんなこと!」
「母さんというか、父さんだな」
「まぁ、そうだね……って違う!」
「はいはい、お子様には保護者がいなきゃダメなの」
「むぅ、子ども扱いして……私とほとんど年変わらないんだよ!?」
「そうか? というかシャルナって年いくつなんだ?」
「女性の年を聞くものじゃないよ、リュウスケ……」
「いやいや、何を勝ち誇ってるのか知らんが、13歳のちびっ子をその使い方で女性とは言わないなあ」
「な、なぜ知ってるの!?」
禁則事項だ。
実際には、直感が当たっただけだ。まさかそんなに分かりやすいリアクションで返してくれるとは思わなかったが。
シャルナは頬を膨らまし、足の届かない机に座ったまま足をブラブラさせている。
なんだかこいつ、妹に近いものがあるんだよなあ……性格は全然違うのに、なぜだろう。年が一緒だからか?
まあいいや。でも妹の顔、丸2日見ていない。別にいいんだけど……いやいや、妹が恋しいなんてそんなわけないだろ。
「じゃ、今日は遠出だよ」
「遠出?」
「うん! 帝都の大規模ギルドまで」
帝都、帝がいる都なんだろう。
まあ都会だろうから、ギルドの規模もでかいだろう。
しかし、シャルナの帝都を語る顔は、まるで遊びに行く子供のようだ。
東京みたいな場所なんだろう、テンション上がるのも分かる。
「今から行くのか?」
「うん、だからタイラーさんに挨拶しに行こ!」
家を飛び出し、ギルドに向かうシャルナの後ろをのんびり追う。
タイラーさんなぁ、一体何を言われることだろうか。
ちゃっちゃと追いついて、ギルドに入る。すでに召喚士っぽい人やら、ちょっとした化け物までいろいろ揃っている。
その奥で、椅子に座ったごっついおっさんがいる。そいつが今日の目的である、タイラーさんだ。
タイラーさんは、俺たちを見つけると手に持っていた何かを放り出して立ち上がった。
おそらくその瞳には、シャルナ以外何も今は映っていないだろう。昨日も会ったのに、おそらくシャルナとは毎日顔合わせしているであろうはずなのに、なぜこうも毎回感動の再会みたいな感じなんだろう。
「シャルナちゃんいらっしゃい! 今日はどうした? 綿菓子でも」
「いらないよ」
「あれぇ!? おっさんショック、なぜ冷静!?」
「……別に私は年中テンション高いわけじゃないよ」
「ほう、じゃあなんのようだ?」
「帝都に行ってくるのよ!」
バン、と胸を張る。
タイラーさんはこれでもかってほどに、目を見開いて固まっていた。
そしてなぜか俺を睨んでくる。
いやいや、俺は悪くないですよ、と。首を振る。するとがっくりとうなだれ、盛大なため息をついた。
「そうだな、いつかはこんな日が来ると思っていたよ……」
「ちょっ! 予想外にシリアスなとこあれだけど……日帰りだよ?」
「当たり前だ!」
机を叩くと、タイラーは立ち上がった。そして、凄い形相で俺を睨みつけながら、俺の顔を指差す。
そして、言った。
「こんな奴と泊まりで出掛けるなんていったら、俺はこいつを殺すっ!」
でかい声で、心外だ。全力で俺は否定する。
「信用ねえなっ! いくらなんでもこんなお子様に手は出さねえよ!」
「いーや、日帰りだといえ信用できん!」
「なんだてめぇ! お前はシャルナの親か! 言うが、俺はこいつの使い魔だから一緒にいるのは当然なんだよ!」
「なっ! この、俺はシャルナちゃんが生まれた時から見てきたんだ! お前如きに、譲れるか!」
「譲る譲らないじゃねえよ!」
「えぇい! ならば実力行使!」
タイラーさんが体勢を落として、こちらにタックルを仕掛けてくる。
全く、何を本気になっているのかは知らないが、俺相手にそんな特攻しかけても無意味だ。
こちらにタックルがとどく前に、空を蹴り、風圧でタイラーさんを吹き飛ばす。
ギルドの中を突風が吹きぬけ、埃を巻き上げながらタイラーさんを転がす。
「ぐっ! 強い!」
直接打撃は一切無かったが、勝負は一瞬にして終わった。
タイラーさんはその場に座ると、俺を見上げた。
「俺の負けだ、だからシャルナちゃんはお前に任せる」
「いや、任されても」
「だから帝都でも守ってやってくれ、あそこにはいろいろと血なまぐさいものも、悪い虫も多い」
「お前が一番の害虫かもしれないがな」
俺の言葉も無視し、タイラーさんはシャルナのほうを向いた。
「無事に帰ってきたら、伝えることが……いや、いい。元気でな」
「死亡フラグ!? つーか旅立つのは俺等の方であって、タイラーさんに死の危険はないだろ」
タイラーさんは、その場に倒れた。
……あ、死亡。
と、思いきや、すぐに起き上がるとせっせと仕事を始めた。なんなんだこのおっさん。
挨拶も何もできなかった気もするが、シャルナは満足なようで、俺の手を引っ張るとギルドの外まで出て行った。
「じゃあ、行くか」
「うんっ! いざ、帝都へ!」
「よし、飛ぶか」
シャルナをひょいと持ち上げて、俺は地面を蹴る。
体が浮き上がり、ものすごい速さで空を飛んでいく。
「は、ははははは速いよぉー」
なれたもので、力加減も分かってきた。
シャルナはまだまだこの速さにはなれないらしい。時速何キロぐらい出ているのか、とりあえずジェットコースターの比じゃない。
飛ぶとはいっても、くねくね曲がることはできないので、時々着地しては方向を変える。それがどうも、恐怖を倍化させているらしい。
「きひゃああああ!」
「大丈夫だって、落とさないから」
帝都は、本来馬車で3時間以上かかる距離らしいが、俺だとかなりスピードをセーブしても1分掛からない。
「ここだろ?」
「……はぁ、はぁ……なんか、結構な、距離の、旅行なのに……そんな気しないよ」
目の前には、シャルナの家がある町とは比べ物にならないような巨大な都、その門がある。門の前には鎧を来た人が、門番をしている。
建物もかなり高い。
高層ビルなんかは無いが、絵に描いたようなRPG風の帝都がそこにある。
「ここが帝都か……」
「私も来るのは初めてなんだよっ!」
シャルナは、ものすごくテンションが上がっている。
えっと、召喚士として来たのでは……ないようですね、はい。まぁ都会だしテンション上がっているのだろう。
いきなり走り出して、人にぶつかっていた。必死に頭をぺこぺこ下げて謝っている。
「うぅ、人が多いよぅ」
「そりゃ都なんだからな、人も多いだろう」
帝都の中は、いろいろな人が行きかっている。
当然人間はいるし、やはり使い魔としか思えないような屈強な面構えの人もちらほらいる。
まぁ、とりあえずは。
「ギルド行くか?」
「う、うう」
「あ? どうした?」
「せ、せっかく帝都に来たんだし……ね?」
シャルナは、見ていて恥ずかしいくらいにうずうずしていた。
まあ別にいいんだけど。
★
「おいしーっ」
シャルナはものすごく幸せそうだ。なんか、こっちまで思わず笑顔になりそうになる。
今いるのは、帝都でもかなり高級っぽいスイーツ店。そしてシャルナが食べているのは、馬鹿でかいパフェ。そりゃもう馬鹿でかい。
デラックスなんチャラなんチャラという、ふざけた名前のパフェだ。
メロンやら白桃やら、チョコやらストロベリーソースやらでもう分け分からん。
ちなみに俺は、ちょっと高そうなコーヒーを飲んでいる。
うーむ、エレガント。
代金については、昨日から使えるようになったミラクルヘンテコパワーで金の塊を出して店員に見せたら何でも食っていけとのことだ。
ありがたい。
コーヒーの味など分からんが、うまいんだろう。
「リュウスケ!」
「なんだ」
「あーん」
スプーンの先に、パフェを乗っけて俺の口に持ってくる。
別に甘いものは嫌いじゃないが、そんなに好きでもない。けどまあ、せっかくだからいただくことにする。
「あっ、うまいなこれ」
「でしょ?」
シャルナは満足そうにさらにパフェをほおばる。のだが、突然動きを止めた。
なぜか冷や汗をだらだら流している。
そしてなぜか顔がどんどん赤くなっていく。
「……どうした?」
「なんでもない! なんでもないのよっ! なんでもないに決まっているわ!」
「なぜ三回言ったんだ?」
なんだか全力で否定するので、あまり深くは聞かないで置こう。
俺もコーヒーを飲み進める。
うむ、インスタントとの違いがいまいち掴めないな。けどなんだか装飾が派手なカップ、そして店内のおかげでなんとなくおいしい。
普通のコーヒーの3倍おいしい。
――ということは、もしかしたら、高そうなカフェのコーヒーって、店内の装飾が豪華だからコーヒーもうまく感じるだけなのか?
これはものすごい事実に気付いてしまったのかもしれないぞ。
「あー、幸せっ」
「……シャルナ、さすがにそれは口が甘ったるくないのか?」
「全然」
と言うが、砂糖2人分入ってるんだぞ。
俺の砂糖が取られて、ミルクも取られたから、俺はほとんど飲んだことの無いブラックコーヒーを味わってるんだぞ。
パフェが甘いのは言うまでも無い、というか俺も食べたからそこは間違いない。あれはものすごく甘かった。
そして、丸々使うか!? という感じの量の砂糖を、俺とシャルナの2人分全てつぎ込んだコーヒーとはいえないかもしれない激甘と思われる飲み物。
それをあわせて食べている。
なんだかこっちまで口の中が甘ったるく、粘つくような錯覚が。
「ご馳走さまー!」
「は、はぁ!? このパフェもう食ったのか?」
「リュウスケも、食べてたし……」
「スプーン一口な。つか大量のパフェはどこに収まってるんだ? 腹パンパンになってんじゃねえの?」
「な、なってないわよ!」
怒鳴ってから、激甘コーヒーを飲み干す。うげえ、こっちが甘ったるい。
「まぁ、腹はふくれただろうし、ギルドに行くか?」
「う、うーん、あの、ちょっと行く場所……ダメ?」
いやまあ。
だめでは無いんだが……
★
「うわぁーっ! 可愛い!」
「てめぇ絶対遊びに来てるだろ」
シャナはショーウインドウの中の、マネキンが着ているふりふりのついたドレスをものすごいキラキラした目で見ている。ショーウインドウのガラスに穴を開けそうな眼力だ。
高そうなカフェから出た俺とシャルナは、さらに別の店。
服屋に来た。そしてこうなったわけだが……観光かよ。
それからこのドレス、ものすごく派手だ。コスプレじゃないか。まあこいつの魔法使いローブほどではないが、この世界の連中は派手な服が好きだな。
地味な俺の服もあれだが、それでもここまで浮く事は無いだろ。コスプレイヤーのイベントみたいなことになってる。
「に、似合うかなぁ?」
「似合うんじゃね?」
もう適当だ。
「そういえば、リュウスケの服……変だよね。浮いてる浮いてる」
言われたぁー! ありえない服のセンスの連中代表みたいなコスプレ少女に言われた!
そりゃ俺もこっちの世界の常識に合わせる必要があるのかもしれないが、いくらなんでもひどいだろ。
「というわけで! ここで服を買う!」
「はぁ」
「私のもセットで!」
どうしてもあれがほしいのな。
つーか、もういいや。
俺もこの世界に溶け込んでしまおう。なんせここまで出会う人がみんな、シャルナよりのファッションセンスなのだ。
しかし、何を着たら良いかなど分からないし、ここはその道のプロに任せるのが正解だろう。
店内に入ると、早速従業員が歩いてくる。
なんか……メイドさん? 派手だなぁ、つかなんでメイドが服屋で接客してるんだ? という質問はもはや無意味だな。そういう世界だ。
しかもスカートがものすごく短い。そりゃ春のぽかぽか陽気ではあるけど。それで小走りなんだからこっちも困る。
「何をお探しですか?」
「私あれ!」
シャルナが元気良くショーウインドウの中のドレスを指差す。
すると、店員は若干表情を歪め、横目に俺を見てくる。「金はあるのか?」という意味だろうな、見るからにあのドレス高そうだし。
どうやら俺はシャルナの保護者だと思われているみたいだ。
一応右手を背中で隠し、純金の塊を生成する。
「これで足りますか?」
俺が右手を前に出すと、一瞬店員はビクッと体を震わせた。そして直後に、その目が輝き始める。
「あ、あああの! こ、これ……」
「お釣りとかいいから、俺の服も一式頼める?」
俺が言うと、店員は俺を頭の先から足の先まで観察する。
それから「あぁ~なるほど」みたいに納得し、俺から金塊を受け取った。つか納得するんじゃねえよ。
そして表情をキリッと引き締める。
「かならず! 最高の品を用意さしぇちぇいたらきます!」
気合入りすぎて噛んでいた。
――大丈夫だろうか、不安にならずにはいられない。