第5話:神の力
「具体的に、どうやって山を消すつもりですの?」
「いやまあ」
普通に殴る。これに尽きるわけですが。
どうも力加減が分からないんだが、とりあえずやってみることにしよう。すでに俺たちは山から抜け出し、目の前にあるでかい山を見ている。
体勢を落とし、右手に力を込める。
「俺の右手が光って唸る、お前を倒せと輝き叫ぶ!」
「光ってない上に、相手は山ですわよ」
「うるさい、気持ちの問題だ」
「そうですか、庶民の考えなど分からないものですわ」
セレスが少々カチンとく言葉を残しつつも、俺から離れてくれたことを確認して、山を見据える。敵は強大だ。さらに動かざること山の如しの一点張りと来ている。
つか山だ。風林火山間違ってないぜ、山は確かに動かない。
しかしよぉ、信玄公。動かないだけじゃ俺には勝てないのさ。
「うおおお!」
山を殴った。
俺の拳が山に直撃した瞬間、地面がぐらついた。
そして数秒の後、俺の拳によって開いた穴から、どんどん山肌が剥がれていき、玉ねぎを剥きすぎたみたいに山は消滅した。
随分とあっさりだ、まぁ神様だし。山1つ消すくらい造作もないか。
「お、おおー……」
「すごい、ですわ……」
「うんうん、さすがリュウスケ……はうっ……」
シャルナがなぜか奇声を上げて地面にしゃがみ込んでしまった。まずい、時間が無いぞ。
急いでいるというのに、目の前には魔物の軍隊。なぜこうなった。
「山だけが、消えたみたいですね……」
「マジかよ」
その辺の力加減も難しい。
――さてと。
★
「終わったか……」
「えぇ、本当にあっさりですわね……省略とかではなく」
魔物は全て塵となり消えた。俺のスピードはもはや音すらも置き去りにする。
高速で移動しながら、次々と魔物を殴りまくってやった。
「じゃあ、シャルナ。帰るか」
「うん、そうしよっ! でも私は用があるから先に行くから、ゆっくり帰ってきてね!」
シャルナが全力で駆け出していった。
「いや、ついて行くが」
「来なくて良い!」
なぜか怒られてしまったので、俺はのんびり帰ることにしよう。行きに別段危険な場所など無かったし大丈夫だろう。まぁ行きは高速で直線ショートカットしただけだけど。
しかし、大丈夫だろう。人もちらほら通っていたみたいだし。
「リュウスケ……でいいのかしら」
「いきなり呼び捨てか」
「当然よ! リュウスケ、あなたはどこの町でクエストを受けたの?」
「あー……知らねえ」
「あ、あなたバカではありません?」
「うっせぇ、召喚されたの昨日でよく分からないんだよ」
町の名前、考えてもいなかった。それに国の名前も知らん。
感覚的には、もともと住んでいた東京という地名も、日本という国名も知らないという状況だ。アホだぜ、俺。まぁ状況が状況だししょうがない。
「なら聞きますが、元の世界の記憶はあるのですか?」
「それなら憶えてるぜ」
「なんという国から?」
「日本だ」
「ニホンですか……その日本の種族というのは、誰も彼もリュウスケさんのように強いのですか?」
「ああ、うーん。そうだな」
「怖ろしい世界ですね」
いやまあ、当然嘘なわけだけど。あまり説明すると、一応あのゼウスという、神もどきが困るらしいからこういうことにしておいてやる。
「では、帰りましょうか」
「そうですわね」
2人は元々山があった場所を歩いていった。今は平地だ。
シャルナは走ってどこかに行ってしまったけど、別に迷子になったりはしてないだろう。きっと帰巣本能くらいは備わっているはず。
さて、俺も帰ろう、と。
元々は山だった平地から、後ろに振り返ったと同時にビシリ、何かが裂けるような音が聞こえてきた。
振り返ると空間が裂けていた。そして、裂け目の向こうにはお馴染みの七色の空。俺は右腕に力を込めると、顔を出してきたこれまたお馴染みの神もどきの胸倉を掴み上げた。
「タ、タイムっ! というか少年、私は神であるのだぞ」
「知るか」
「そのような態度ではいずれ罰が」
「知るか」
「とりあえず下ろして」
「知るか」
「ごめんなごふぁ!」
誤ろうとしたゼウスの口を、地面で塞ぐ。
俺の腕力は神の100倍。ただでさえ神様じゃないゼウスが、いかにもがこうが脱出できるはずもなく、しばらくじたばたしていたが、力尽きたように脱力した。
とりあえず顔を上げてやる。
すると、うまくタイミングをついて、俺の腕から逃れ、空高く飛び上がった。
「もう、許せん! ここは私が神であることを今一度示す! 覚悟しろ! 貴様は今、最高神ゼウスの怒りに触れた!」
「ほう」
今ここに、最高神(仮)と人間である俺の戦いが幕を上げ――
は、しなかった。俺は地面を蹴り、ゼウスの真上まで軽々飛び上がり、そのまま背中を踏みつけて地面に叩き落す。
「ぐあああああああ! くそおお! なぜだぁああ!」
ゴン、という鈍い音の直後、地面が割れ轟音を響かせる。
それなりに力を込めたが、死なないところを見るとやはり一応は神様らしい。
「あきらめたか」
「くっ……ふはははは! まだだ! 裁きの雷を受けるが良いわぁ!」
ゼウスが空を指差すと、突然空が曇り始めた。
そして指先が俺に向けられるのと同時に、俺の体に雷が落ちてきた。地面が砕け、爆音が轟く。うるさくてしょうがないのだが、静電気程度だ。
むしろ冬場の静電気の方が痛い。
「き、効かんだとォ!」
驚愕するゼウスの顔面に、俺の右ストレートがねじ込まれた。
クルクルと回転しながらゼウスは一直線に飛んでいき、裂けた空間の穴から向こう側の世界に押し込まれた。
「なっ、なにを!」
「うるさい、人に雷落としやがって」
「少年なら死なんだろう」
「俺だから死なないだけだ。つか、何しに来たんだよ」
「そうだった」と、呟くとゼウスはまたゆっくりと空間の裂けた穴から身を乗り出してきた。
「少年の力についてである」
「ほう、話せ」
「むむぅ、偉そう……まぁいい、許すから拳をしまえ」
仕方ないな。
しかしいつでもあの神もどきを叩き潰す用意はできている。
「少年の力は、というよりは神の力であるが、その使い方だ」
「まぁ、今も使ってるがな」
「そうではない、神には神にのみ許された固有の力がある」
「例えば」と、ゼウスは完全に空間の穴からこっちに出てくると、空を指差した。
すると曇っていた空はもう一度晴れ、日光が差し込む。しかし、またすぐに曇り始め今度は雨、かと思えば雪が降り出し、一陣の風が吹き抜けた。
「このように、私は天候を操れる」
「なるほどな。俺は?」
「さぁ、なにせ100個もあるからの」
「あ、そうか。俺は百柱分だもんな……」
しかしふざけている。腕力だけならまだしも、天気を操れるようなバカみたいな力が100個も備わっている。
「どうやって使うんだ?」
「まぁ、最初から使えるものではない。ただ、100こもあれば、それこそ不可能はないだろう。まさに神であるな」
「いや、神はてめぇらの方だろう」
100こ。しかし何ができるんだろうか。俺としては、とっとと帰りたいから、時空を超える力とかあればいいんだけどな。
そんな都合の良い力は備わっていないか。
「で、話ってこれで終わりなのか?」
「いや、むしろ本題はここから」
「本題……?」
「力を、使うことは良い。それはもう少年の力。しかし、使いすぎてはいかん」
まぁ、神の力。やはり使いすぎると負担が掛かるのだろうか。
もともとそんな使う事情もないと思うけど、一応は気をつけたほうがいいかな。
「オーディン様に感づかれれば……私の首が……」
「てめぇの事情かよ! 知るか! 力を使う上でリスクとか無いのかよ!」
「え? 無いが?」
「無いのかよ!」
じゃあバンバン使ってやるよ、必要ならば。
「むっ! この気配はロキ様の!」
「また新しい上司かよ……」
「まずい、バラバラにされる! では少年、くれぐれも頼むぞ!」
ゼウスが穴から飛び込み、空間に開いた穴はすぐに綺麗に閉じられた。
――バラバラにされる?
まぁいいや。深く考えないでいこう。自称全知全能の神様なんだし大丈夫だろう。
とりあえず、町に帰ることにした。
★
町は静かだった。ただその中で騒がしい建物が1つ。ギルドの中がなにやら賑やかだ。
帰りはなんとなくのんびり帰ってきたから、シャルナもきっと帰っているはずだ。
俺はギルドの前まで歩いていき、扉をひいた。
「おぉ! 帰ってきたぞ!」
全員が俺のほうを見た。なんだか状況が読めないが、人の集まりの中心には我が主シャルナが立っている。
そしてその横にはタイラー。なんだか体が震えているような気がする。
もしかして、俺たちの無事の帰郷を――
「やってくれたな!」
――怒ってらっしゃる?
「魔物を殲滅できたのは良い、主が無事なのも良い。だがな、あの山は……金持ちの私有地なんだぞ!」
あらら。
「いやでも、方法は問わないって」
「山を飛ばす奴がおるかァ!」
タイラーはやはり怒りに震えている。
「当然報酬は無くなる、さらに莫大な金を……このギルドが!」
「あらー……」
「本来なら、全額払えといいたいところだ。しかし、お前は使い魔。そして主に責任を取らすわけにもいかん」
「ほほう」
「この怒りはどこにもって行けば良い!」
「知るか!」
タイラーは脱力して、椅子に座り込んだ。
そして「はああああああー……」と盛大なため息をつくとがっくりとうなだれた。ぶつぶつと「お金、お金」と呟いている。正直怖いぜ。
この人はギルドの管理人らしいから、苦労してるんだろうな。運営とか。
タイラーは時折頭を振りながら、うねり続けている。
「うん、ごめんね……」
「いや、シャルナちゃんは悪くないさ。無能な使い魔やろうのリュウスケが悪いさー」
「でもぉ」
「いやいや、きっとあのボンクラ、君の制止も無視して無茶したんだろう。そうに決まっている、もういやだ、お金お金お金……」
「うん」
「こらこら、認めるなシャルナ」
何をさも当然のように肯定しているんだか。
お金なぁ、返すといっても、この世界の通貨なんか持ってないし、持っていたとしても払えるような額ではないんだろうし。
全く、どの世界でも金なんだな。
ポンって金が出てきたらいいのにな。
「はあぁ……ん? リュ、リュウスケ!? そ、それは純金ではないのか!?」
「は?」
「その手に握っているものだ!」
「へ?」
右手を確認する。しかし、俺は何も持っていない。
左手を見てみる。手の中には、握りこぶし大のキラキラ光る金色の物体が握り締められていた。こんなの持ってたかなぁ……
――金がポンッと出てきたのか!?
なら、もう一個。
「ふ、増えたぞ!」
「おぉ……」
なんかしらんが、金が出せるぞ。
「これ、何個ぐらいで生産できる?」
「あ、いやぁ、リュウスケさん。10個もあれば余裕です」
「いきなり低姿勢だな……まあいいけど」
それそれ、ポンポンと。
あっという間に俺の目の前には、純金の塊が10個詰まれた。
「「「「「おおおおお!!!」」」」」
ワールドカップでホームのチームがゴールを決めたようだ。
「す、すごい! 神だ! ゴット、イズ、リュウスケ!」
「いや、分け分からねえ」
「すごいよっ! リュウスケ! 私のお小遣い何年分だろうね!」
「まぁ、知らんが」
とにかく決着がついたらしい。お金の力恐るべし。
多分これは神の力なんだろう。純金を生み出す神の力。随分と強欲そうな神の力だ……
――結局、なぜシャルナが慌てていたかだけは永遠の謎だ。