第4話:決断せよ!
山の斜面を全力で走り、取り囲んでいた魔物たちを順番にしばいていくことにした。
その数、多分20くらい。俺が20匹目をしばくのと、1匹目の体が塵になっていくのはほぼ同時だった。
ダメ主として定評のある、シャルナは状況が全く読めずに首をかしげていたが、セレスティーナとハイラムさんは、ほんとに顎が落っこちるんじゃないかって程に驚いていた。
「な、なななな……」
「なななな言われても分からねえよ」
「なんなのよ……今の……」
セレスティーナは開いた口がふさがらない状態だ。
ハイラムさんは一足先に落ち着きを取り戻した。しかし、それでも俺のことを信じられないといった顔で見ている。ま、そうだわな。未だに俺自身が信じられないくらいだ。
「というか、私の見せ場が無くなってしまったではありませんか! どうしてくれますの!」
「し、知らねぇよ」
突如、茂みから狼のような化け物が飛び出し、セレスティーナに飛び掛った。
全部殴り飛ばしたと思っていたが、見逃したか。それとも新しくやってきたか。
だがそれよりも、
「セレス!」
「え? ちょっ!」
セレスの腕を掴み、こちらに引っ張る。その直後に、セレスが立っていた場所を狼の獰猛な牙が通った。
空に襲い掛かり、そのままの勢いで地面に落下した狼を、上から殴って塵に変える。
「なっ、なっ……この、化け物……」
「むぐっ、助けたってのに化け物かよ」
「し、知りませんわ」
セレスは、さっきまで程の勢いがなくなっているが、俺から顔を背けてしまう。
その様子を、呆然と眺めていたハイラムさんが、ぼそりと呟いた。
「この短時間で何が……ハッ!?」
その途中で何かに気付いたように目を見開くと、俺を一目睨み、それからセレスの後姿を眺めた。全く理解に苦しむ行動だが、変態だししょうがないか。
「2人の距離はこれほどに近く……」
「待て、お前は何の話をしてる?」
「永久の瞬間……」
「いや、意味分からねぇっす」
★
山の中を進む途中。考えてみたんだが、このクエストってどうすれば完了するんだろう。内容としては、魔物の殲滅。しかし、それって全滅させろってことだろう。
ゴキブリホイホイではほぼ無意味、バルサンでも殺しきれぬゴキを滅ぼすようなものだ。
うん、この例えはおかしいな。
しかしだ、ゴキブリを滅ぼそうと思うならば、思いつかないわけじゃない。
1、焼いちまえ
有効なようで、これはゴキブリが相手だからうまくいく手だといえる。魔物が炎で死ぬとは限らないし、ドラゴンには空に逃げる翼がある。
2、水攻め?
山だから無理。
3、……発破
つまり、山を消してしまえ。これならば大方全滅させることができる。しかし、問題点も多い。
どんな問題があるって、モラル? まず山を壊すってどうなの?
「……良いのではなくて?」
「うん! グッドアイデアだよ!」
「え、マジ?」
思いのほか好感触だった。しかし、ハイラムさんは、顎に手を当ててうーんと唸っている。この変態、顔はいいのだからそうしていれば、かなり絵になる。物思いにふける男、という感じだな。
「でき……るんですよね……はぁ」
「ため息つきたいのは俺なんだ」
「いえ、まあ、あまりのことに……。うーむ……やってみますか」
「やるのは俺なんですが……大丈夫かなぁ」
俺は実行犯になってしなうわけで、気は進まないが、この作戦自体は俺もオススメだ。なぜって、山の中で魔物の相手をするのはだるい。
目的が決まっているならともかく、標的が多すぎるのだ。出会う魔物全て相手にしていては、神より強くともさすがに疲れる。主に精神面。
「大丈夫とは言えませんね」
「そうなんだよなぁー」
俺とハイラムさんの会話に、セレスとシャルナは「え? なんで?」みたいな顔をしている。どうやら常識人は俺とハイラムさんだけ。
「それに、可愛いセレスが怪我をしたら、私が首を吊ってしまう……はっ! そうなる前に、セレスの温もりを体に「そうなる前にすべきことはねぇのか!」
じゃなく、俺だけ。通常人は俺だけ、この変態は、困ったことに異常人過ぎる。
「あぁ……幼女……セレスのスキだらけの表情も……」
「てめぇ、やっぱりロリ――」
言おうとした口を塞がれる。ハイラムさんに止められたかと思いきや、止めたのは意外や意外。セレスの方だった。
「それは、禁句ですわ」
「なぜ?」
「……その言葉を言われると、ハイラムは……開き直りますわ」
セレスは言い終わった後に、目を伏せた。なるほど、それは嫌だ。
……さて、どうしようか。シャルナの意見も、セレスの意見もあてにならない。ハイラムさんは基本は常識人だから大丈夫として、意見は反対派だ。
早く終わるに越したことは無い、しかし、山って個人が仕事の都合で消し飛ばしてもいいのかなぁ。
あまりに異常なことが多すぎて、普通なら答えが明らかで、迷うことすらないようなことでも分からなくなってくるな。
しばらく思案する。うん、やっぱりそれはダメだ。
「グルアアァ!」
「リュウスケっ! なんか出てきたよ!」
「あぁ」
俺はすぐに反応し、シャルナと魔物の間に立つ。
現れたのは、全身白いもじゃもじゃの毛に覆われていて、二足歩行。頭には鹿のような角が生えているなぞの化け物。
地面を蹴り、一気に距離を詰めてその頭を殴り飛ばす。
そして、魔物は塵となる――
はずなのだ。だが俺の拳は魔物の頭部を破壊するに留まる。
否。頭部ではない。ただの被り物だ。
「しまった!」
全然間に合う。それは分かっているが、やはり焦る。
魔物は、シャルナに迫りつつあった。だが俺の焦りは無意味だった。シャルナと魔物の間には、ハイラムさんが割り込んでいた。
「やっと見せ場ですか……」
ハイラムさんは、両手を魔物に向けて突き出した。
すると魔物は見えない何かの影響を受け、大きく仰け反った。気功とかの類だろうか、なんとなくカッコいい。
「オーッホッホッホ!」
さらにハイラムさんの後ろからセレスが飛び出す。
なんだか大人しくなっていたセレスは、何かが外れたように声をあげ、表情も生き生きしている。
「下等種で劣等なケダモノ如きが、私の技で美しく散れるのですから、感謝していただきたいですわ!」
あれ? もしかして、これが素?
セレスは、腰に指していた剣を抜くと、それを地面に突き刺した。
「桜花・黒夢」
地面に突き刺さった剣から、真っ黒な何かがあふれ、地表をこぼれた水のように真っ黒に塗りつぶしていく。
俺は、危険だと判断し、シャルナを掴んで飛んだ。ハイラムさんもその場から離れたため、やはり危ないのだろう。セレスは、なんか周りが見えていないっぽい。
魔物も慌ててそこから去ろうとする。だが、なぜかその場で立ち止まった。
なぜか。俺も考えてみた。だが結論に至る前に、
――ゾワッと、強烈な寒気。
「ひっ!」
「……なんだ、この嫌な感じ」
「リュウスケ……セレス、怖いよ……」
顔に、「殺す」と書いてありました。
「逃げることは許されませんわ」
「グルル……」
「良い子ですわ」
セレスが魔物に歩み寄る。しかし、魔物は一歩も動かない。大人しいのでは決して無い、恐怖で体が動かないのだろう。
セレスは突然笑顔になったかと思うと、優しい声で、
「では、残酷に、ゆっくりと、地獄よりもおぞましい今を謳歌してもらいますわ」
怖いセリフを言っていた。
地面を塗りつぶした真っ黒な何かから、真っ黒な刃物が出現する。そして、魔物の体を切り刻んだ。
名も分からぬ魔物は、吼えるわけでも抵抗するわけでもなく、ただ惨殺された。
「ああ……」
ハイラムさんはその様子を見ながら声を漏らした。ショックなんだろう。
というか、ショックを受けていてくれ。
「羨ましい……」
何が!? という疑問は心のそこに押し込む。聞いたら何もかもが終わる気がしたからだ。
★
「オーッホッホッホ! 見ていましたか庶民? 私の高貴なる戦いを」
「高貴、なぁ」
「あら、なんですの?」
セレスが俺の耳に顔を近づけた。黒い髪が、俺の目の前でひらひらする。そしてなんだか甘い匂いがする。
妙にドキドキするのはやはり……
「――体験します?」
恐怖だ! 間違いない。
というか、年下の女の子のくせにこの威圧なに!?
「ふふふ、虜になっているようですね」
「悪いが、俺はロ……年下好きでも、ドMの変態でもねぇから。露骨に寒気がする」
「そうですか、残念です」
やかましい。
「セレスちゃんは、ドSです」
「見てれば分かる」
「そして、王女です」
「そうだなぁ、それも見てれば」
「そうではなく、彼女は私の使い魔でありながら、純粋に言葉どおりの意味で王女です。まぁ真偽について提示できる証拠は無いですが、別世界の王女だったそうですよ」
「……それを、なぜ言う」
「あんな子ですからね、私が召喚してしまって以来、私以外の人とまともにコミュニケーションをとれたことはあまり無いのです」
まぁ、そうなるよな。
あの性格だから、王女だったら通っても、一使い魔じゃ通らないのは当然だ。しかも捻じ曲がったドS。最悪ではある。
「だから、まぁ……仲良くしてあげてくださいね」
「……俺はいいけど」
「それにあんな顔も……いえ、なんでもないです」
めちゃくちゃなんかありそうな顔をしている。けど、どうでもいいや。
しかしめんどくさそうなことを頼まれたもんだ。
「変な使い魔同士」
「……ちっ、否定できねぇな」
「というわけですから、主同士の親交も……」
「はぁ? このロリ……変態が! 結構まともな奴かと思っちまったが、結局それかよ!」
「ふふ、男は常にエロスを求めているのですよ」
「犯罪だ!」
カッコいい顔で、カッコよく言われても、犯罪だ。俺のちょっとした感動を返せ。
「冗談ですよ」
「その言葉を信じろと?」
「ちっ、中々手ごわいナイトがいるものですね」
そりゃちゃんとしないと、タイラーという厳ついおっさんにぶっ殺されるからな。まぁ、なんだかんだ、ハイラムさんも悪い奴ではないと思う。
変態だが。
「リュウスケ」
「あ?」
なんか大人しいな。
「『あ?』じゃない! ほんとにどうなってるんだか……」
「どうしたんだよ」
「その、えっと……」
シャルナがはっきりものを言わない、そしてなんだか顔が赤い。まさか、体調崩したか?
「大丈夫か?」
「あ、うん……大丈夫じゃないかも……」
「おいおい……」
「あぁー! もう!」
なぜか唐突に切れられた。なんかイライラしている。
「もう、山を消しなさい」
「は、はぁ!? ダメだろ」
「主が許可するわ」
「できれば国の許可がほしい」
「うう……」
さっきからシャルナは本当にどこか具合が悪そうだ。さっさと医者に見せた方がいいかもしれない。山を消せってのは、早く終わらせたいということか。
主がピンチ、そして俺のピンチ。具体的にはタイラーさんに殺される。
――よし、消そう。山。