第2話:クエストを受ける
「クエストを受けるわよ!」
主はなぜか朝からテンションが高い。
現在時刻は何時だろう、分からない。それはここが異世界だから。
俺は頭痛に苛まれている。
俺はブラジルにいきなりつれて来られても、体内時計に影響は無いと自負していたが、さすがに別次元の世界となると話は別で、完全に時差ぼけ……多分時差なんて小さなものではないな。次元差ぼけだ。
我が主シャルナは、ベッドから起き上がれずにいる俺を、上から見下ろしている。寝巻き姿なのか、あの魔法使いの服装に比べれば随分シンプルだ。
別にこの世界の住人はセンスがぶっ飛んでいるというわけではないらしい。
シャルナは小さな胸をバン、と張る。いつ言ってやろうかと迷っているが、まだ今は「張るほどの大きさでもない」という言葉は胸のうちにしまっておこう。
「情けないわね、使い魔が朝が弱いなんて……」
「うるせえ、ほんとなら俺は朝がめちゃくちゃ強いんだよ」
てめぇに召喚されなければな、という思いもここは胸の奥にしまう。
ちなみにシャルナが朝から俺と一緒にいるという状況は、俺がこいつと一緒に暮らすこととなったために起きたものだ。
当然俺にはこの世界で住む場所は無いため、こうなる。というか使い魔は原則主と暮らすらしい。だが主と同じようにベッドで寝るというのは稀だそうだ。
「えーっと、ギルドとやらに行くんだな?」
「そうよ」
「はあー、だるいなー」
「……あんたやっぱり変よ」
「何が?」
「その言葉遣いよ! いい? 私は、主なんだよ!」
「知ってるけど?」
言いたいことは分かるけど、分かってやらないぜ。絶対に主従関係など完成させるものか。
必死になって俺の言い続けるシャルナは、顔を真っ赤にしてちょっと泣きそうになっている。だが罪悪感など無い、しかしこれは嘘泣きではない。
ほんの少し前に気付いたが、シャルナは結構ダメな子だ。すぐに泣くし、どうも頭の方も弱そうだ。
「なんか、あんたとあって以来、最高にムカついてるんだけど」
「気のせいだ」
シャルナが深く考え始める前に、着替えを促す。
部屋から着替えるために出て行ったシャルナの背を見送ってから、俺も着替えることにする。ちなみに今はシャルナの家の服を着ている。
着慣れた自分の服に着替えるために、上着に手を掛けた。
その瞬間、目の前の空間がビシリという音を立てて裂けた。
その場所だけ向こう側が見えず、代わりに七色の空が見える。
「元気かね?」
「……殺す」
「はっはっは、冗談が好きな少年だ。まぁいい、今回はジョークとして受け取るから、ってその握り拳を仕舞って貰えるかな? ご、ごめんなさい」
とりあえず神様が反省したようだから、俺は握った拳を開ひらいた。
「コホン、とりあえず自己紹介をしよう。私は、全知全能なる最高神ゼウス」
「全知全能ならこんなミスするんじゃねえよ」
「少年、神様に対して口が過ぎるなんて口が裂けても言えるわけが無いのである!」
後半必死だったようなので許してやる。
まず俺みたいな人間に頭が上がらない時点で、全知全能からも最高神からも限りなく遠いだろう。ミスしまくりじゃねえか。
「つか、今すぐ帰らせろ。あと連絡も遅いんだよ、なんで今まで出てこなかった?」
「少年の位置を特定するのにも、ここに交信しているのが上にばれないようにするのも結構大変なのである」
「お前全知全能でも最高神でも無いだろ!」
最高神に上がいてたまるか。
「そうは言ってもばれれば責任問題である。今や少年は、全次元で最も尊い神の中でも最も高位の私よりも強い。つまり少年は全次元最強の存在ということになる」
「だからお前最も高位じゃねえよな?」
「細かいことは良い、むっ! この気配はオーディン様の……」
「明らかにてめぇより尊い神様の名前が出てるじゃねえか!」
「致し方ない、交信を切る。あ、そういえば少年の力のつ――」
また中途半端に、それも俺にとって大事そうな場所で切れた。神様のゼウス。あんた神様の恥をさらしに来ただけじゃないか。
まぁいいや、どうでも。とりあえず着替えることにしよう。
俺は今度こそ上着に手を掛ける。そして一気に脱ぐ。別にゆっくり脱がなかったのに意味は無い。そして着慣れた自分の服を掴む。
俺は寝起きの状態でこの世界に拉致されたが、着ていたのは外で着ても問題ないシャツに、下はジーンズだった。別に俺がずぼらなんじゃない。本当だぞ。
ただ拉致られる前の夜、どうしても眠くて体が動かなかったんだ。
……それがずぼら? まさか、薬を盛られたに決まっている。妹辺りに睡眠薬を盛られたんだ。
シャツを着て、下もジーンズに穿き変える。この世界は、別にこれだけで寒くない、ぽかぽか陽気だ。
着替え終わったからドアを開けてリビングへ。
「準備できたぞ」
「時間掛かるわね、それに、なんか部屋で独り言ぶつぶつ言ってなかった?」
「腹話術の練習だ」
「なにそれ、リュウスケの世界の魔法かなんか?」
「そうだ」
一応誤魔化してやった。感謝しやがれゼウス。もうお前を様付けで敬う日は来ないからな。
「やってみせて!」
誤魔化すことはできた、しかしこれはまずい。俺は腹話術なんかできない。そんな相談はいっこく堂にしてくれ。
「だめだ、これは危険な魔法だから」
「それを部屋で練習してたの?」
なんだシャルナめ。ダメな子なのにこういう所だけ鋭いな。うーん、どうしよう。
「この魔法は、発動の瞬間を見た者の……成長ホルモンを奪う」
「成長……ホルモン?」
「具体的に言うと、成長が止まる。背も胸も」
「そ、それは嫌よ! 絶対使っちゃダメだからね!」
「分かってる」
よくもまぁ、口から次々とでまかせが出るものだな。俺って才能あるかも。
シャルナを落ち着かせることにも成功したようで、ギルドとやらに行くことにしよう。
と、提案しようとするとシャルナはすでにいない。開け放たれた玄関からは、遥か遠くにプラチナブロンドの小さな後姿が見える。
この家には、俺とシャルナしか住んでいないのだが……無用心な奴だなあ。
とりあえず、窓を閉めて、玄関の鍵を持って家から出る。
「はあー、俺は保護者か」
文句を言いながら玄関の鍵を掛け、小さくなる後姿を追った。
追いつくまで0.01秒くらいかかったかな。どうも俺は、速く走ろうと思えば、どこまでもスピードは上がるようだ。
「鍵くらい閉めとけよ」
「あ、ごめん。もしかして閉めてくれた?」
「ああ」
鍵をシャルナに放り投げる。
それをシャルナは両手でキャッチする。
「ありがとっ」
またシャルナは前を向いて歩き始める。ちびっ子め、別に可愛いとか思ってねえよ。ほんとだぜ、これ。
プラチナブロンドの後ろ髪を揺らしながら歩くシャルナの背に話しかける。
「ギルドってどこにあるんだ?」
「街だよ」
「アバウトだな……距離とか」
「う~ん、歩いて15分くらいかなー」
「俺が走れば1秒掛からないな」
「ふーん、え!?」
シャルナを持ち上げる。軽いな、綿を持ち上げているのと大差ない。ただ俺の手の上に乗ってるだけって感じだ。
「真っ直ぐか?」
「そ、そそそうだけどっ! 何やってるのよ!」
「何って、……お姫様抱っこ?」
「言うなぁー! 恥ずかしいじゃないの!」
いやいや、何をやっているのかを聞いたのは主の方ではなかったか? はっはっは、なんだか愉快なり。真っ直ぐだから、何かにぶつからないように、そこそこ全力で走ろう。
俺の後ろで、凄い音がして地面が抉れた感じがしたが、無視。どうせすでに遥か後ろだ。
景色がどんどん流れていく。
普通なら酔うだろうなぁ、なぜか俺は大丈夫になってるんだけど、やっぱり神様の力だろうな。ちなみに神様の括りにゼウスは入れていない。
「これがギルドか?」
「……」
なんかぐったりして気がする。
「シャルナ? 大丈夫か?」
「大丈夫じゃ……無いわよ!」
あ、大丈夫だ。
「気持ち悪い……」
いや、大丈夫じゃなさそう。
「悪い、ちょっと飛ばしすぎた」
「ふん……。あ、もうギルド?」
「やっぱりこれがギルドか」
「そうよ……あー、疲れたぁー……」
シャルナはクエストとやらを受ける前から、すでに限界を迎えているっぽい。
まあ、俺のせいなんだけど。しょうがないから、ギルドの扉は俺が開けてやることにした。
建物の中には、店、人、変なマスコットキャラクターがいっぱいいる。いやあ、リアルな着ぐるみだな。みたことが無いリアルさだ。
あの頭に毛じゃなくて蛇が生えてるっぽいお嬢様の頭の蛇なんか、リアルだなぁ。さっきからうねうね動いているよ。
……気持ち悪っ! なんだここ! シルク・ド・フリークなのか!?
「人多いなー」
「そ、そうだな。なんか、人の道から外れてそうな奴もいる気がするけど……」
「? とりあえず、クエスト見に行こ」
人ごみをがんがん突き進んでいくシャルナ。俺はその後に続く。
すれ違う人々は見んな個性的。普通の人間と個性的なお友達との割合は、約半々、ちょっと普通の人間の方が多いかなぁ。
ギルドの奥のカウンターには、ごついおっさんが座って構えている。
「来たよー、タイラーさん!」
「おおー、シャルナちゃん。今日は綿菓子でも作ろうか?」
「ちーがーう! 今日はクエスト貰いに来たの! ちゃんと召喚士になったんだからね!」
「ほー、じゃあ使い魔はどこに」
「こいつよっ!」
シャルナは俺を前に出す。その瞬間、タイラーと呼ばれているおっさんが「うん?」と首をかしげた。でしょうね、周りの個性的なお友達に比べたら「うん?」だろう。
「えっと……失礼だけど、使い魔さん?」
「はい……一応、立場はそんな感じですね」
「なんで信じてないの!? というかリュウスケはもっとシャンとする!」
シャルナは俺の前に再び歩み出ると、バンと胸を張る。いつの間にか元気になったようで何よりだ。子供は風の子元気の子、元気が一番だ。
「リュウスケは強いのよ!」
「はいはい、分かった分かった。じゃあとりあえず、Fランクのクエストから……」
何か書類の束を弄り始めたタイラーの動きを、シャルナの声が止めた。
「Aランクよ!」
その瞬間、タイラーも、そのほかの周りの人々も、後、状況が分からない俺も、全て静かになった。Fランク? Aランク? なにそれ?
少しした後、ギルド内は笑い声に包まれた。とは言っても良い笑いではない、明らかに馬鹿にしているといった感じだ。
不愉快といえば不愉快だな。
タイラーは笑いはしていないが、ため息をつきながら言った。
「あのな、シャルナちゃん。その使い魔も、まだ召喚されてすぐだろ? それにシャルナちゃんもなりたて、Aランクは早い」
その声は決してバカにしているのではなく、優しく、諭すように。シャルナのことを考えてくれているからこその言葉なんだろう。
「大丈夫だもん! Aランクなんかすぐ終わらせちゃうんだから!」
その言葉に、ギルド内の笑いは大きく。タイラーのため息も大きく。俺の状況分からない度もアップした。
だがギルド内の笑い声は正直うざったい。俺がそうまで思うのだから、シャルナは……
すでに半泣きだ。我慢ならないのだろう。
……ま、一応主だし、助けてやるかな……
「タイラーさん」
「ん、どうした?」
「俺強いですよ?」
「とは言ってもな……」
「別にこのギルドで笑ってる連中、全員一瞬で消せるが?」
空気が固まった。
できるだろうが、俺にそんな度胸はない。ハッタリだが、効果覿面。静まり返るギルド。
「よし、じゃあAランクな。ちゃっちゃと終わらせてやろうぜシャルナ」
「……え? あ、うん」
「シャンとしろって、召喚士だろ」
「あ……当たり前でしょ! Aランクなんかすぐよっ」
立ち直りも早いな。いや、褒めてるんだよ。
「あれだけのこと言ったんだ、逃げ帰ってきたらお前殺されるぞ?」
「まさか、逃げ帰るわけがない」
「そうかよ、じゃ、シャルナちゃんもがんばれよ。Aランクは今1つしかないな……」
タイラーがぺらぺらと書類をめくっている。
そして一枚の紙をシャルナに渡した。上からそれを覗き込むと、その書類は、右上に「Aランク」と書かれている。
内容は、
『メリケンマウンテンに巣食う魔物の殲滅。
魔物が殲滅されれば、方法は問わない。ドラゴン7匹を中心に、山全体が魔物の集落と化しているため、クエスト遂行には大掛かりな準備と、大人数での陣形が大切』
えっと……こっちのパーティは、
シャルナ:へっぽこ召喚士
特性 :へっぽこ
俺 :百柱分の使い魔
特性 :最強
どうにかなるだろう。多分。
「……シャルナを、守ってやれよ」
小声でタイラーが俺に言う。この2人の関係って何だろ、タイラーは随分とシャルナのことを大切に思っているみたいだが。
「万が一、怪我でもしたら……俺がお前を……(グッ)」
タイラーがいい笑顔で、親指を突き立てて俺に向ける。
いやいや、セリフと行動合ってないんですが! 恐すぎるんですけど!
……ドラゴン7匹より、気が重い。