第1話:今日から使い魔!
先ほどまでのマーブル模様の気持ちの悪い世界は、突如として消えうせた。俺は今、全く見たことのない場所に突っ立っている。
地面があるというのは素晴らしい。こんなことを思ったのは初めてだ。まぁここが元の俺のいた世界であれば言うことなかったんだがな。
「ここどこだよ……」
目の前には、表情を驚愕に染めた女の子。年齢は……よく分からんが、中学生くらいだろうな。身長145センチとみた。
線が細い、出るところも出ていない幼い少女。髪の色はプラチナブロンドで、顔はかなり可愛らしいと言ってもいいだろう。長い髪を後ろでポニーテールにしている。
服は、かなり個性的だ。というか、コスプレ? 絵に描いたような魔法使いのローブ。全体として白で、赤や金の装飾が入っている。
「……なんなのよ、こいつ」
「はぁ?」
「なんか弱そう!」
「ちょっと待て! どういうこと!?」
さすがにショックだ。初対面の女の子に、「弱そう」って言われた。なんだこれ、何打この仕打ち。状況がまるで読めないんだが。
とりあえず周りを見渡すと、似たようなコスプレをした人がたくさんいる。それから、厳ついモンスターともいえるような連中までいる。なんだここ。
もしあのモンスターと比べられていたなら、そりゃ弱そうだな。
「ああー、せっかく召喚士として認められるのに……」
「召喚士? なにそれ、そういう設定?」
「設定っていうか、私が召喚士なのよ!」
バン、と胸を張る女の子。張るほどの大きさでもねえなーと思ったりしたけど、言わないでおこう。まぁ十中八九、ここは俺のいた世界じゃないだろうし、別に召喚士とやらがいてもおかしくないかもしれないな。
ただ、それはいいとして、それを認めたとすると……
俺はこの女の子に召喚されたと?
「ふざけんな!」
「きゃっ! なに? どうしたの?」
「どうしたのじゃ、ねぇ!」
俺は切れた、怒鳴った。それでこの女の子はちょっと半泣きなんだけど、誰が俺を責められよう。
え? 理由はなんにしろ、女の子泣かせちゃだめ? そうですか、俺もなぜか罪悪感で胸が痛いんだよ。どうしよう、謝った方がいいのか?
「あ、その……怒鳴って悪かった。謝るよ」
「あ、当たり前よっ! あんたは私の使い魔、召使いなのよ!」
ごめん、やっぱ切れていいですか?
「前言撤回じゃぼけェ!」
切れました。やっぱり半泣きになる女の子。う~ん、なんだこれ? 俺は何の罰でこんな目にあってるんだ? 下からそんな顔で見上げられると、ズキューンなんだけど。心がへし折れそうですが。
ちっちゃい子でも女の子は苦手だ、卑怯すぎる。
「だ、だから……ごめんなさい」
謝ってしまった。
「ふ、ふんっ。それでいいのよ!」
もしかして嘘泣き……? 卑怯だ。まぁ俺も心から謝ったわけじゃないし。ほんとだからな。
「とりあえず、状況説明プリーズ」
「ああー、それはしないといけないのよねー……というか、なんでそんな砕けた話し方なの?」
「悪いのか?」
「悪いというか、なんというか……私は主よ!」
「じゃあ主、とりあえず名前を教えてくれ」
「いいわ、聞くのならば教えるわ!」
たかが名前を名乗るだけに、女の子はバン、と胸を張る。だから張るほどのことも……それは言わない約束だったか。
「私は、シャルナ・フィラデルフィアよ!」
長い名前だ。やっぱり日本とは違うようだな。言葉は通じるけど。
シャルナは若干つり目の大きな瞳をキラキラさせて、俺のほうを見る。主が名乗ったんだから、召使いのお前も名乗れ、ということらしい。
「俺は上坂龍介、上坂と呼んでく「じゃあリュウスケ! 今日からお前は私の使い魔だ! ……どうした? 何か気分が優れないことでもあるか?」
「いや、なんでも……」
よく、日本ではファーストネームの方が後に来ることを知っていたな、とかいろいろ言いたいけど。ここでも俺は、年下に名前を呼び捨てで呼ばれる運命にあるのか。
「じゃあ大まかに状況を教えてくれ、細かいことはいいから」
「うー、なんか納得いかないけど……ま、いいわ。簡単に言うと、リュウスケは私が召喚した使い魔で、私は召喚士。だからこれで私とリュウスケには契約が成立しているわ」
「一方的にな」
「う。そうなんだけど……そんなことは私は知らないわ!」
嫌な主だ。ちょっとは召使いのことも考えてくれ。というか俺は召使いになる気なんぞ、これっぽっちもないぞ。
当たり前だろう。いきなりつれて来られて、年下の女の子の召使いになれって言われてなるわけない。そんな奴いたら、相当な変態だ。俺は誇れるほどにノーマルだ。
「というか敬語! 敬いなさいよ!」
「なんでだよ、嫌に決まってるだろ」
「そ、それもそうね……」
折れるの早いなぁ、張り合いがない。張り合いたいんじゃないけどな。
「とにかく! よろしくね!」
「は、はあ……」
思わずため息が漏れるが、シャルナは別段気にした様子もない。というか、なぜかめちゃくちゃ舞い上がっていて、細かいことが見えていないようだ。
「召喚士って凄いのか?」
「当たり前よ!」
そうは言われましても……俺は召喚なんか、某トレーディングカードゲームでしか体験したことないもので。あれは召喚士ではなく決闘者だったけど。
「召喚士は、高い魔法の技術と、知識を持っている者だけがなれるのよ! こうやって実際に召喚できているのは、ごく一部のエリートだけなんだから!」
なるほど、だから嬉しかったわけか。
口ぶりから察するに、シャルナは召喚士を目指していて、今日は召喚の本番か何か、何度も繰り返していたのかもしれないが、初めてうまくいったのだろう。
召喚できなければ召喚士ではないだろう。多分、これで召喚士になれたと認められるのだろうな。
「それがこんな普通の人間が出てくるとは思ってなかったけどね……」
ちょっと残念そうに下を向くシャルナ。
おい、失礼だぞ。本人目の前。
「でもいいわ! やっと成功したんだもの」
しかしそれでも嬉しさの方が勝っているらしく、笑顔が輝いている。うーん、俺は帰りたいんだけど、帰りたいなんて言い辛いなぁ……
「一緒にがんばろうね!」
うう、言い出し辛い。くそう、卑怯だ。
心底落胆しながらも、空を見上げる。この世界の空は……暗いなぁ。
え? さっきまで明るかった気がするんだけど。どういうこと?
「し、しし失敗した! 逃げてくれぇー!」
誰かの叫ぶ声が聞こえた。
声のした方をみると、巨大な魔方陣のようなものが空間に出現していて、そこから真っ黒の何かが姿を現している。なんだあれ。
人型のようだが、その姿はおぞましい。巨大な腕は何本あるか分からないし、目があるであろう部分には左右に4個ずつの真っ赤な目が輝いている。黒い体からはさらにどす黒い、なにかもやもやとしたものが立ち上がり、巨大な体ともやもやは空を覆い隠そうとしている。
「ま、魔神だぁー!」
誰かが叫ぶ、なるほどー魔神かぁー……
よしっ、すぐ逃げよう。主シャルナ……
「あ、ああ……ぐすっ」
「ちょっと!? 何しゃがみ込んでるの!」
「あ、足が動かないよぅ。助けてよぉ」
「えぇ!? キャラ変わってないか? いやそれどころじゃねぇ!」
魔神は……うわぁ! わざわざこっちを狙って、でかい腕を伸ばしてくる。
黒いもやもやが、恐い。けど、シャルナを見捨てて全力で逃げるわけにはいかない! そんなことしたら、俺の心は罪悪感で押しつぶされるだろう。
とにかく両手を前に突き出して、止めようとしてみる。
数秒の後、迫り来る腕は、驚くほど弱い力で俺に迫っていたようで、簡単に俺の両手にぶつかって止まった。というかぶつかった感もなかった。何も感じないレベルだ。
「うそー! 弱っ! こいつ弱いよシャルナ」
「えぐっ、ひっく……」
「ダメだ、こいつが近くにいると会話にならない」
手に力を入れて握る。すると、巨大な魔神の手に俺の指が食い込んだ。
そしてそのまま、ぶん投げる。
発泡スチロールを振り回すよりも簡単で、巨大な体は完全に宙に投げ出された。
そのまま凄い勢いで魔神は飛んでいって、山を越えて見えなくなった。
「シャルナ、大丈夫だよ」
「ほ、ほんとうに……?」
「うぐっ!」
反則だ、ヤバイ。何がやばいって、いろいろヤバイ。分かれ、言いたくないんだ!
周りは妙にざわざわしている。
俺は発泡スチロールの化け物を投げ飛ばしたくらいの感覚なんだけど、どうなってるんだ? まさかの英雄扱い? 俺って英雄? マジかよ、いえーい。
とりあえずブイサインをしてみると、沸いた。満員のサッカースタジアムみたい。
そういえば、神様が、神百柱の力とか言ってたが……まさか純粋に神様百柱分の力を俺が手に入れてるってことか!? だから軽かったのか!? だから手ごたえなかったのか!?
うわーお、俺って化け物だー。
「リュウスケ……なにをどうしたの?」
「掴んで投げた」
「……」
シャルナは呆然としていた。そりゃそうかもな、俺ってもう、英雄超えて化け物なんじゃないの?
だがそんな考えは、無用だった。
「すっごーい! リュウスケ凄いよ!」
「ぐふっ、やめろ! 抱きつくな!」
自分で恥ずかしい。多分めちゃくちゃ赤面していることだろう。こんな小さい女の子で。
まず言っておくが、俺はロリコンではない。ただ、女の子が苦手なだけだ。
しょうがないじゃないか! なんか体とかめっちゃ柔らかいし、いい匂いもするし……ああ! もう! 俺はロリコンなんかじゃねぇからな!
なんとかくっつくシャルナを引き剥がした時、俺はありえないくらい息が上がっていた。
全力で引き剥がせば一瞬だっただろうが、どうなるか分かったもんじゃないからな……逆に難しいのだ。
「私一気にランクSの召喚士になれるかも!」
「ランク……? そんなのあるのか?」
「うん! 普通は最初はFなんだけど、強い使い魔を扱えるとランクが上がるんだよ」
「へぇー」
俺の戦闘力は神様が百柱分。間違いなく最強だろうな、ははっ、笑えるわ。
「私も有名人かなぁー。うんうん、凄いよほんとに」
めちゃくちゃ浮かれているなぁ。
ちなみに俺は真逆。地面に埋まりたいくらいだ。穴がなくとも潜ってやる。周りを見ると、俺たちは注目の的だ。すでに有名人だろう。
見た目で言えば、トカゲみたいな男や、ごつい筋肉質の男のほうが強そうなんだけどなぁ。
最強も悪くないはずなんだ。ここまで異常じゃなければな。
「じゃあ、明日から仕事がんばろうね!」
「仕事……ギルドでクエストを受ける、みたいな?」
「そうそれ、よく知ってたわね」
完全に直感だよ、忠実にファンタジーだな。俺ってただのチーターじゃないか、いや、それよりも悪質だ。
「改めて、よろしくね」
思わず出そうになるため息を堪えて、笑顔を作る。
「よろしく、な」
どうやって帰ろうかなぁ……