第16話:どの世界でもいる輩
人、人、人、たまに人じゃない何か。ものすごい数の人。ここから小さなシャルナを見つけ出すのは、砂漠に落ちた針を探すような……ほどの作業でもないがかなり骨が折れる。千里眼というのは、こういった状況で実に便利なスキルではある。
帝都全体をCTスキャンにかけるように、一気に捜索することができる。
結果、すぐに見つかった。シャルナは少し離れた位置にある……多分、食べ物が置かれている店の近くをうろついている。
神様がこれだけの精度で下界を眺めているんだとしたら……そりゃ悪いことはできないな。俺としては神様ほど罪のある存在はいないと思うが。今すぐ、別の世界でのんびりしてるであろう神様達を検挙してやりたい。
とりあえず、位置は分かったがここからが問題だ。ここは帝都。東京の朝の電車の中がすかすかに思えるほどの人口密度を誇っている。
もし俺が、今、シャルナを連れ帰ることだけを優先し、帝都にいる人の安全を度外視して動いたとすると……シャルナのいる場所まで一秒かからない。
瞬間移動も思い付いたが、これは移動先に俺一人がすっぽりとはまるスペースが確保できていなければ、どうなるか分からない。最悪、そこにいた人の体の中に俺が食いこむことになる。うげぇ……
まぁ、ゆっくりじわじわ進んでいくか。
俺は人の流れに乗り、シャルナのいる場所を目指すことにした。
俺はその間も、千里眼でシャルナを補足し続けていたわけだが、問題が起こってしまった。俺はちょっと焦った……が、そのまま感情のままに行動すると、大事故になってしまう。動けない。
帝都にはいろいろな人がいる、老若男女、善悪、いろいろな人が。やっぱり、あんな小さな少女を、それも都会慣れしていない子供を、1人にするのはまずかったな。
誰かがシャルナを強引に引き込もうとしている。数は、3人。全員ガタイの良い男。金銭目的か……それとも体か、どちらにしても助けに行かないとシャルナは無事で済みそうにない。
――のに! 動けない! 力があるからこそ、迂闊に動けない……
せめてあの3人が、人気のないところにシャルナを連れ込んでくれれば……
「――くそっ!」
俺の声は、雑踏にかき消された。
都会の人間は冷たい、だなんていうが俺はそんなことは無いと思う。だが、ここの人間は冷たいな。まぁ、こんな世界だ。化け物のように強い人間がうろちょろしている。君子危うきに近寄らず、人助けなんて考えないか……気付いている人もいるだろうに。
「――! 路地に入った!」
俺は即座に瞬間移動で路地の入口に飛んだ。
★
「放してっ!!」
シャルナの叫び声、ここだ。俺はシャルナの方へと走り出した。
「おい「お前ら止めやがれ!!」
俺が突っ込もうかと思ったが、先客がいた。
この世界にしては、地味で、機能性がよさそうな衣服を身にまとった若い男だ。いや、少年くらいか? 俺よりは若く見える。
髪は短髪、腰には剣。そして頭にはバンダナ。さすがに元の世界でこの格好だとコスプレイヤーにしか見えないが、かなりマシなセンスをしていると言える。
「男が3人がかりで……恥かしくねぇのかよ!」
若い男が声を上げる。すると、シャルナの方に向いていた3人がこちらに振り向いた。どいつもこいつも、厳つい面構えだ。ヤクザにしか見えない。
元の世界でこんな奴と対峙したら、マジでちびってただろうな。まぁ、今の俺からすればこんなのなんとも思わないが。
「おい……ボウズ」
「なんだよ!」
「あんまり調子にのんなよ」
男がドスの利いた声で威嚇する。俺は当然として、若い男も全く恐れる様子は無い。そのことに男は少し驚いた顔をしたが、直後に笑みを漏らした。他の2人も同じような様子だ。
3人はシャルナを離し、武器を構えた。全員武器は剣。両刃の直剣のようだ。
「お前ら、少しはできるようだな」
「3人がかりでなきゃ、女の子1人襲えないおっさんよりはな!」
若い男も負けじと言いかえし、腰の剣を抜いた。これも両刃の直剣。
「あんたは下がっていてくれ……!」
若い男が言う。
「……俺に言ってる?」
「あ、当たり前だろ! そんな丸腰で、どうやって戦うってんだよ!」
――言われてみれば、この若い男の言うとおりだ。俺はどう考えても、戦う人間には見えない。実際、少し前までは戦う人間なんかじゃない、ただの学生だったのだ。というか今も、戦う人間というわけじゃない。ただ能力的に凄まじく強くなってしまっただけだ。
言われたとおりに、一歩下がる。若い男は剣を構えて前に飛び出した。3人のうちの一人が応戦する。刃と刃が接触し、キィンと金属音が路地に響いた。
ストリートチャンバラか、現代ではまず見られないな。
若い男は丁寧に敵の剣を打ち上げ、そして縦一線に体を斬りつけた。鮮血がはじけ飛び、若い男は返り血を浴びた。が、血に怯む様子も無い。戦いなれているのだろうか。
斬られた男は驚いたような顔をして後ろに下がった。こいつもこいつで、戦いには慣れているように見える。斬られても表情に苦痛は見てとれない。一度は手から離した剣も、しっかりと握りなおしている。
「……あのガキ……素人じゃねぇ……」
男が仲間の2人に伝える。2人もそれは感じ取っていたようで、2人一緒に前に出た。そして下がっていた斬られた男も前に出る。
3人がかりでやるつもりのようだ。
卑怯な連中だな。
3人は同時に斬りかかってきた。
若い男は、バックステップでそれを回避、すぐに踏み込んでさきほど一撃喰らわせた男を再度斬りつけた。また鮮血が吹き出し、若い男の顔を赤く染める。さらに若い男は追撃をかけに行くか、ここで横から2人の男が割り込み、若い男は2人から強烈な蹴りをもらい、こちらに転がってきた。
「げほっ! げほっ!」
苦しそうにうずくまったままむせる……が、すぐに立ち上がろうとする。俺はその方を抑えた。
「……何のつもりだ……!」
思えば、何で俺はすぐに戦っていなかったのだろうか。止められたからか? まぁいいか。こいつは、シャルナのためによくやってくれた。危うくこの世界の人間はどいつもこいつも冷酷だと信じて疑わなくなるところだった、俺のためにもよくやってくれた、うん。そういうことにして、後は引き継ごう。
「よくやった、てか悪いな。俺が戦ったらよかったのによ」
「待て……! ――危ない!」
男の1人が、前に出た俺に剣を振り下ろした。丸腰――にしか見えないだけだが――の俺に対しても容赦のない一振りが迫る。といっても、遅すぎて話にならないレベルだが。
俺は避けることもせずに、額で剣を受け止める。細身の直剣は、ガキン、と音を立てて根元からぽっきりと折れてしまった。これには剣を振るった男の表情が、驚愕に染まった。
驚いて動けない男に俺は近づき、男の胴に一撃をねじ込む。といっても、俺の全力の数億分の一程度の力しかいれていない。でなければ、こいつの体は衝撃で塵になってしまう。
数億分の一の力ですら常人のそれをはるかに上回る俺の一撃は、屈強な男の体を容易に宙に浮かせた。
「うがぁっ!!」
路地の一番奥、10数メートル先まで男は吹っ飛び、壁に激突して落下した。
衝撃で気を失ったらしく、動かない。
「な……なんだ、こいつ!?」
これには驚いて2人とも逃げ出す……ということはしなかった。少しでも勝率を上げようと考えたのか、2人まとめて突っ込んでくる。だが残念なことに、お前らごときでは1人も1000人も1000000人でも大差は無い。
左右から同時に迫る2つの刃。それを俺は、今度はそれぞれ手のひらで受け止めた。俺の手のひらにはぶつかったものをへし折る硬度よりも、何もかもを受け止めてしまうような強さがあった。刃は俺の手のひらにぶつかって静止した。
「なにっ!?」
2人は即座に後ろに退こうとしたが、俺が剣をがっちりとつかんでいるから退くことができない。
「「うおおっ!!」」
そして、即座の判断か、男二人は剣を諦め、素手で俺の顔面に殴りかかってきた。俺はそんなんじゃ怪我はしないし、痛くもなんともないから回避しないが……殴らない方が良いと思うけどなぁ。
ゴシャリ、と、嫌な音が路地裏に響いた。
「「うぎゃぁああああああ!!!」」
大男二人が手首を抑えて地面をのたうち回った。
鉄製の洗面器ですら見事のへこます俺の顔面だ。全力で鉄の箱を殴る、よりも自殺行為だ。俺の顔が尋常じゃなく硬いことは、最初の男の剣がへし折れたので分かりそうなものだが……
地面にうずくまったままの男に、俺は声をかける。
「お前ら、帰れ。あっちで寝てるおっさんも連れてな。それからつまんねぇことはやめろ。田舎に帰れ、そんで真面目に働け」
男2人は、当初の迫力はどこへやら、大きな声で泣きそうになりながら返事をすると、路地の奥でのびている男を抱えて、走って逃げだした。まぁ、これであいつらが同じようなことをすることは無いだろう。
……さて、とりあえず一件落着か?
「リュウスケぇええー!!」
「怪我とか、してないな?」
「うん、大丈夫!」
よかったよかった。
「す、すげー……あんた何者?」
若い男が俺に向かって問いかける、何者といわれても、この世界で俺はシャルナの使い魔でしかない。当然それは建前だが。認めねぇよ、一応、誰が何と言おうとも俺の帰る場所はあの世界にある。……しばらくは帰らないだけで。
とりあえず建前だけを答えると、若い男はただただ、今だに興奮冷めやらずという感じでから返事をする。
「て、帝都には……こんなにも強い人が……」
「まぁ、俺くらい強いのは稀だがな……」
「あ、そうだ、俺! ルークって言います! ルーク・スタンフォードです!」
「俺はリュウスケ。そこのちびっ子……シャルナの使い魔だな」
俺がそう答えると、ルークはから返事を返した後、しばらくそわそわとしていた。
何にそわそわしているのかは謎だ。興奮冷めやらずという状態が続いている。実に落ち着きがない。
と、そんな様子のルークをしばらく見ていると、ルークは突然腰から剣を抜いた。だが刃をこちらに向けるわけではない。剣を鞘から出さずに、それごと腰から外したのだ。
そしてそれを俺の方に向ける。切っ先を向けるのではなく、地面と水平に、丁度俺に剣を渡すときのように持っている。目はじっと俺の顔を見据えている。
「俺は、強くなるために、ここに来ました! リュウスケさん……いや、師匠!」
「あ?」
思わず、素っ頓狂な声をあげてしまった。
俺が何も言わないでいると、ルークはさらに続ける。
「師匠の強さに俺……惚れました! 俺も強くなりたいです! 弟子にしてください!」
そう言って、俺に頭を下げる。
「だが断る!」
俺は簡潔に答えた。うん、無理。
幸か不幸か、いや間違いなく不幸な事故で手に入れてしまったこの力。俺はこのめちゃくちゃな力任せに戦っているだけで、戦闘に関する知識はこれっぽっちも無い。
誰かに教えるなんて、そんなことできる身じゃない。いや、それ以前に――
めんどくさそうだからだ。
しかしそれでもルークは諦めきれないと、俺に熱い視線を向けてくる。
「……はぁ」
どうしようか。