第13話:勝利……
「これは……どういうことなのでしょうか! 私、長らくこの大会の実況を勤めていますが、こんな状況は初めてです!」
実況の声が聞こえてくる。
テンションが上がっているらしく、聞き取りにくいけど、まぁとりあえず俺の目の前で展開されている状況は、前代未聞だそうだ。
――そりゃそうだろうな。
参加者は40組くらいで、10人ずつに分けられてA、B、C、Dのブロックごとに戦うルールなのだが、その全てが開始数秒で1人を残して全滅。
八百長にしてもやりすぎ。
どのブロックにも圧倒的な実力者がいたんだろう。俺はAブロックなのだが、Bブロックにいたっては屍累々というか、消し飛んじゃってもうわけ分からない。
ちなみに俺はそんなにめちゃくちゃするつもりは無く、ゆっくりとシャルナとメリッサを守りながら戦うつもりだった。
それなのに、メリッサが思いのほか強く、何か精霊的なすごいのを召喚して全員ぶっ飛ばしてしまった。そりゃ俺に守ってもらう必要ないわな。
「えっと……本来なら休憩挟むんですけど、なんか誰も消耗していないみたいなので……このまま決勝戦行きますー!」
と、実況が宣言したことで決勝戦が始まる。
予選の方は、リングアウトしたら負けという、やさしいルールだったけど、決勝戦はリング関係なしの、負けを宣言するか気絶するか死ぬかでしか終わらないデスマッチだ。
Aブロックからは俺とシャルナとメリッサ。
Bブロックは真っ赤な髪の、俺と同い年か少し年下くらいの少年と、シャルナよりも小さい10歳くらいの女の子の組み合わせ。
Cブロックは大人の男2人。どう見ても強そう。片方は剣を持っていて、もう片方はガタイもごつく、腕力で戦いそうに見える。
そしてDブロックは細い男が1人。
「なんで1人……?」
「多分あの人は召喚士で、使い魔は形を持っていなかったり、特殊なんだと思う」
「そうなのか?」
「うん。多分だけど」
「なるほどなあ……」
この大会は、召喚士か使い魔。どちらか一方が全滅すれば負け。
それぞれ1人ずつのところはどちらも負けられないが、俺のチームのように、3人で、使い魔が2人という場合は俺が負けてもメリッサが立っていれば続行可能となる。
まぁ俺が負ける事は無いと思うけどな。
「おい! そこのガキィ!」
赤い髪の少年が怒鳴った。
……明らかにこちらを見ているのだが、シャルナかメリッサだろうか。しかし2人とも少年の方を見ようとはしない。
「てめぇだよ!」
「……あ、俺?」
「そうに決まってんだろうが!」
……お前の方がガキに見えるんだけど。
「てめぇが召喚士だろぉ!?」
「いやちが――」
「さっくり壊してやっから、動くんじゃねぇぞ!」
赤い髪の少年がこちらに突っ込んできた。
かなり速い。避けられるが、シャルナとメリッサを今から抱えて避けられるかは微妙だな。しかたないから、止める。
右腕が一直線にこちらに向かって伸ばされる。
どういう攻撃か知らないけど、最初から腕が伸びきってたら何もできないだろ。
こちらの右手で、少年の右手を掴む――
が、俺の腕は弾かれた。
「――なっ」
神の力を……なんだこいつ。
とにかくやばい! 全力でこいつの顔面を殴り飛ばす。
俺の拳がすごい速さで顔に向かっていく。だが直前で、何かの抵抗を受ける。腕が押し戻されるようだ。
しかし、押し切れないほどではない。
押し返す力を強引に突き破って、俺の拳が顔にねじ込まれた。
「ぐあぁああ!」
赤い髪の少年がすごい速さで地面を転がって行き、そのまま闘技場の壁に突っ込む。
地面が削れ、壁にも穴が開いたが……
俺の拳は、魔物を塵にすることができるのに……この程度なのか。
「セス!」
取り残された女の子が、転がっていた少年の方へと駆け寄っていく。だが、その行く手を男2人組のCブロック勝ち上がりのチームが塞ぐ。
「悪いな、殺しはしない」
「大人しくしとけや」
ごつい方の男が手刀を構える。
言っている通り殺すつもりは無いらしい。ならば止めることも無いな。ルール上、あの子が気絶すれば、セスと呼ばれた赤い髪の少年も脱落だ。
男が女の子に近づこうと一歩を踏み出した刹那。
2人組の男は吹き飛んだ。
「なっ……!」
「どこから……」
2人は宙を舞い、そして受身を取れずに地面に落下した。
ドチャ、と嫌な音が響き、2人は動かなくなった。
「そのガキに……触れるな……!」
派手に地面を転がって、壁を突き破ったとは思えないほどセスという少年の体は綺麗で傷が見当たらない。どう考えてもあいつが使い魔だから、何か力を持っているのだろう。
「なんだよ……てめぇが使い魔の方かよ。じゃああのガキが召喚士か」
「そうだ」
「……ちっ、ダリぃな」
セスはガシガシと頭をかきながら、何事か考えているみたいだ。
だがすぐに何か思いついたのか、俺のほうを見た。
「おい、てめぇ」
「龍介だ」
「どーでもいんだよ! ……リュウスケ、てめぇ壊すからよぉ、てめぇが潰れたら後の2人も棄権にしろ」
「はぁ?」
「女子供を嬲る趣味はねぇんだよ」
「……分かった」
「そんかわり、てめぇはにはとことん潰れてもらうけどなぁ! おい! そっちのおっさんはどうすんだよ!」
セスは開始からずっと立ったまま動かない男の方を一瞥して言った。
「私の事は気にするな。君達が戦ってる間は何もしないよ」
「けっ、残った方を潰すってかぁ! おもしれぇ、見とけよ。だがてめぇの考えどおりに俺が弱ってくれるとは思うなよなぁ!」
セスはそれだけ言うとこちらに向き直り、地面を踏み込んだ。
それだけで地面が抉れる。そしてセスは高速でこちらに向かっている。先ほどと同じで凄まじい速さではあるが……避けきれないレベルでもない。
2人を庇う必要が無ければなおさらだ。しかし、あの細い横で見ている男は信頼していいのか……?
まぁいい。とにかく目の前のセスを両手で受け止める。
「ひゃはは! 壊れろ!」
直後、何かに突き飛ばされるように俺の体は僅かに後退した。
「っ……なんだこれ」
「……あぁ!? なんで壊れてねぇんだ!?」
明らかに動揺している。そして隙だらけだ。
右拳を握り締め、セスの顔面に放つ。
さっきと同じように何かに押し返されそうになるが、それでも押し切り、セスの顔面に拳を打ち込む。
「ぐあぁあああ!」
またセスは地面を転がり、壁に激突する。
――おかしい、普通死んでるだろ。
セスは起き上がる。確実に傷は負っているが、それほど重度のダメージを与えられた様子は無い。
バカみたいな俺の体だと、誰と戦うことになってもすぐに決着がつくと思っていたけど……そうでもないのか。
やっぱり、勝つために、相手を殺さないようにとかを考えていてはダメなのか。
「なんなんだ……ちくしょう。しかたねぇな、本気で行くかぁ……」
セスは今度はゆっくりと歩き始め、そしてセスの召喚士であると思われる女の子の隣まで進んだ。
「レティ!」
「は、はい!」
「俺の後ろに立ってろぉ!」
「はい!」
レティと呼ばれた女の子は、チョコチョコと走ってセスの後ろに下がった。
俺とセスの距離は20メートル以上ある。
だがセスはさっき、それ以上に離れた距離から2人の男を吹き飛ばし、戦闘不能にしている。どんな攻撃がきてもおかしくない。
だったら、先に倒す。
右手に黄金を生成し、全力で投げつける。
黄金の塊は空気との摩擦で光の尾を引きながら、高速でセスへと迫っていく。だが、その距離が詰まるにつれて黄金の塊は進む力を失っていき、直撃の前に地面に落ちた。
「止まった……?」
「壊す!」
「っ!」
セスが叫んだ直後、地面がひび割れ、空気が振動した。
そして前方から俺の体に圧力がかかり、俺の体はじりじりと後退していく。
「ふ、ふざけてんだろてめぇ……」
地面はさらにビキビキと音を立てて割り続け、どんどん細かくなっていく。
細かくなったそれは砕け始め、セスの足元の地面はどんどん砂漠のように砂だけに変化していく。
「魔神だろうと、塵にするくれぇの力はかけてんぞ?」
「へぇ……魔神さんなら、一度この手で彼方に飛ばしたぜ」
俺は一歩踏み出す。すると体にかかる圧力は確実に強くなった。
……どういう力なのかは分からないが、セスを中心に何かが広がっているようだ。つまり近づけば近づくほど、力は強くなる。
さらに一歩、どんどん圧力は強くなっていくが、俺の体はこの程度では全然大丈夫なようだ。
俺とセスとの距離が近づくにつれて、セスの顔には明らかな焦りが見え始めた。
「ふ、ふざけんなぁ!」
セスがこちらに両手を向けた。
「壊れろぉ!」
直後に前方からの圧力が一気に強まり、体が仰け反りそうになる。だがその場に踏みとどまり、さらに一歩踏み出す。
「なんなんだ……くそ……てめぇ化け物か」
ようやく俺はセスの目の前まで到達した。
圧力は今も掛かり続けているが、強めの風を受けているのと変わりはない。押し戻されそうにはなるが、やはりその程度だ。
右拳を握りしめて、セスの横っ腹を殴る。
「がっ――」
セスは一直線に飛んでいき、壁に激突した。
だがやはり、傷は負うもののセスは立ち上がる。
――なんで立つんだよ。勝てないのは分かっているはずだろ……
「もう棄権してくれ」
「誰がするかよ」
「なら、こっちが降りる」
これ以上こんなことを続けても意味が無い。
タイラーさんには悪いけど、正直やってられないぞコレ。
「……待て、最後だ」
「は?」
「そんな幕引きはごめんだ」
セスは今までとは違う構えを取った。
チョップ、というよりは手刀だろうか。一体何をするつもりだろう。
直後、キイィンと甲高い音が響き渡った。音の出所はセスの右手だ。
セスは体を前の倒して、こちらに突っ込んでくる。
得体の知れない右手を受ける必要は無いな……
拳を固める。あの手刀が俺に届く前に、一撃で吹き飛ばす。
「はぁああ!」
手刀が振り下ろされる。だが、俺の拳の方が速い。
「はっ!」
俺の握りこぶしがセスの顔面に直撃し、セスはすごい勢いで吹き飛んだ。
ノーバウンドで壁まで飛んでいき、壁に激突する。
セスはそれで動かなくなった。
「セス!」
セスの召喚士のレティがセスに駆け寄っていく。
とりあえずは勝ったか。
しかし、この戦い意味あるのかよ……そもそもランクとかいらないだろ。誰だよこの制度考えた奴。後でぶっ飛ばしてやりたい。
結局、Dブロック勝ち抜きの男は見ているだけだったな。まぁこれから戦うことになるんだろうけど……
「ふふふ……」
俺が男を見ると、男は微かに笑った。
「素晴らしい……」
「やるか?」
「いえ……棄権しますよ」
「おぉおおおっと! 2人のあまりの戦いぶりに、アーサー棄権! 私実況ながら、今まで仕事を忘れていましたが、とにかくすごかったです!」
ほんと仕事してないなぁ……
「とにかく! 優勝のシャルナ・フィラデルフィアに拍手を!」
会場からは俺達に拍手が送られていた。
しかし、俺はどうも一瞬感じた疑問が頭から消えない。
同じようにギルドで仕事を請け、誰かのためにクエストをする召喚士どうしが、ここまで本気でまるで殺し合いのようなことをする理由。
実力を測るだとか、競争で能力を上げるだとかにしては、やりすぎのような感じがする。
本当に、意味あるのだろうか……
この世界はそういう世界というだけなのだろうか……