第11話:Empty Heart
「――朝だ」
目を開き、あたりを確認する。まぁシャルナの家の俺の部屋、の床の上だ。
なぜこうなったか? まあ俺のベッドは、昨日結局居候することになったメリッサに奪われてしまったからなのだが……
寝息が聞こえる。
丁度俺の腹の辺りから。何かが俺の上にのっかかっており、じんわりと体温を感じることができる。しかし、危ないな……なにがって、これシャルナに見られてたら即行変態扱いだろ。
昨日からただでさえなんか態度がおかしいというのに、これ以上変にへそ曲げられたら、めんどくさい。だからばれる前にこの子を引き剥がしてベッドに戻そう。
俺は、そのまま立ち上がる。こんなとき、超絶バランス感覚と、超絶腕力は助かる。別に両足固定されてても、指先とかで立ち上がれるからな。
そんで引き剥がそう。
メリッサの体を壊してしまわないように、丁寧に、確実に腕を外す。そしてそのままベッドに――という最後の行程だがもっとも見られちゃまずいタイミングでドアノブが回った。
とりあえずドアが開ききって、こちらが見られる前に、ベッドの布団を掴み投げつける。
「おはよ――って! なによこれ!」
あぶねえ、間一髪だったぜ。
「悪いな、枕投げしてたんだ」
「これ布団じゃないの!」
頭から被った布団を外しながら、我が主シャルナが部屋に入ってきた。
「ご飯よ!」
「あぁ……悪いけど腹減ってない」
「えぇー、せっかく作ったのに」
「分かった食う食う。なに作ったんだ?」
「素麺」
「そ、素麺? それ作るって言わないんじゃ……」
まぁ、いいや。めっちゃ睨まれたし。
とりあえずメリッサいつの間にか起きていたし、部屋から出て朝食の素麺を食べることにする。
確かに、腹減ってないからつるっとしていいかもしれんけど。朝から素麺、驚いたな。
リビングのテーブルの上には、竹で作った手作りっぽいミニ流し素麺台が用意されていて、水がシャーと流れている。
凄いけど、もうちょい暑くなってからじゃねえか?
まぁ味は問題なかった。
麺はちょっとべちゃっとしたけど、麺つゆはうまかったし。
「あぁー……朝から食ったなぁ」
麺類って意外と腹に溜まる。
「おいしかったでしょっ」
「ああ」
麺つゆがな。
しかしまあ、めっちゃ喜んでいるみたいだし、これは言わないでおこう。
――腹の意識を集中する。一気に麺が消化されていき、エネルギー変換される。
俺の体はものすごく燃費がいいみたいだから、あまり食わなくてもいいんだけど、エネルギーの貯蔵限界量も多いから逆にめちゃくちゃ食っても大丈夫だ。
こうやって消化できる、のは今知ったが。できるかなぁ、とか思った事は全部できるもんだからたまに気持ち悪いな。
「げふっ……」
「リュウスケ、下品だよ……」
「悪い」
一気に消化したもんだからつい……
「じゃあもうちょっとしたら、ギルドいこっか」
「今日は軽いのにしようぜ。迷子犬の捜索とか、子守とか、芋ほりとか」
「どれもギルドにする依頼じゃないよ。あっ、でもダイナマイトポテト掘りとかなら「却下」
ダイナマイトポテトってなんだよ、名前でバレバレだっての。
「というかシャルナ、帝国のギルドでも報酬は結構貰ったし、俺の能力があれば仕事とか要らないんじゃないか?」
「な、ん、に、も、分かってないよ! リュウスケは!」
――俺、怒られてるのか?
「いい? ギルドっていうのはね、人助けのためにあるんだよ? それに、私たちの目標を忘れたの?」
「いや、というかそんなのあったのか?」
「召喚士として、もっと高みを目指すのよ!」
いや、それシャルナだけの願いなんですが。別に最強の召喚士の隣で、最強の使い魔を目指しているわけじゃないのですが。
「大体、力があるのに使わないなんておかしいわよ!」
「……」
思わず、考え込んでしまう。
力があるのに使わない、それはおかしい。まぁ、その通りだと俺は思っていたんだけど、この力は俺が苦労して掴み取ったものではない、高みもくそも、目指す値打ちも無いだろう。
「というわけで、ギルド行くわよ」
「あぁ、分かった。じゃあ着替えてくるな」
俺はリビングに背を向け、自分の部屋に入る。
帝都で買った服を取り出し、急いで着替える。
なんだか、周りの連中が見んなこんな服を着てるもんだから、最近はコスプレみたいなこの服も恥ずかしくなくなってきたなぁ。
着替えを終えて、リビングに戻る。
「そういえば、メリッサはどうする?」
「うーん、危ないしねえ」
そのセリフ、そのままシャルナにも言える。マジで危ないから、最高難度のクエストとか依頼するのやめてほしい。身を挺して守るのは俺だぞ。
けどまあ、1人を守るのと2人を守るのでは全然違うだろうし……
「タイラーさんに預かってもらうか?」
「大丈夫」
「「んん?」」
俺の提案に大丈夫と答えたのは、シャルナではなくずっと口を閉ざしていたメリッサだ。
しかし、大丈夫とはどういう意味だ? あのおっさんのところでも平気という意味だろうか、でもメリッサは1度もタイラーさんと顔を合わせてないし、それに、今このタイミングで口を開いた意味はなんだ?
やはり、分からないな、この子は。
「私は、大丈夫……」
「どういう意味だよ」
「放って、おいてくれれば……」
「そ、それはダメよ!」
「……」
メリッサは何もいわないが、表情にかすかな変化がある。「なぜ?」と問うているみたいだ。
「今はもう家族なの、一緒に住んでるんだし」
なんというか、シャルナはなんだかんだ優しいんだなぁと思う。
「そうだな、一夜を過ごしたわけだし」
「え? リュウスケまさか……!」
「え、えぇ!? 違う違う! シャルナは何か意味を取り違えている!」
「何を言っているのかは分からないけど……」
メリッサのさめた声に、俺とシャルナは黙り込んだ。
「私は、1人」
「違うわよっ! もう私たちが一緒に……」
「それこそ、違う。誰かと一緒に、なんて、私にはかなわない話」
そう言い切るメリッサの表情は、冷め切っていた。そこには、喜びも哀しみも、何も感じさせない。ただ俺には、そういう風に装っていると見える。
昨日、ギルドの中でだ。俺は確かにこのこの手をとった、その時、握り返されたのを憶えている。無感情の奥に、何かがあることに俺は気付いた。
今のメリッサは、感情を押し殺そうとしている。
「じゃあなぜ、ここにいる?」
「……すぐに、消える」
その言葉を聞いたシャルナが、俺の顔を睨むが今はメリッサの目を見る。
「そうじゃない、なぜ、そんなことを言うのに昨日、俺の手を拒まなかった?」
俺の言葉にメリッサの表情がほんの僅かに変化する、俺はそれを見逃してはいない。
「――私には、何も無い」
「ある。俺は知っている」
「それは勘違い」
「……よく喋ってくれるじゃないか」
「っ!」
メリッサは無機質だったその顔に、明らかな動揺を浮かべた。それが何の意味を持つのかは分からないが、この子には感情が無いなんて事はない。何も無いだなんて事はありえない。そう確信を持つのには十分すぎるほどのものだ。
「なぜ……」
「ん?」
「なぜ、私を構う。私は咎人、殺しをした」
「だからそれは、あいつが……」
英霊を名乗っていた骸骨、あいつがメリッサの体に憑いて切裂き魔になっていたんだから、メリッサ自身に責任は無いはず。とはいえ、自分の体が動き回って人を殺したんだから普通罪の意識は感じるか。
「私は人を殺した」
「……そりゃ気にするなとは言えないけど」
「私が、殺した」
「……どういうことだ?」
「……私は、元使い魔。召喚されてすぐに、わけも分からず、私を召喚した男を殺した」
「まぁ、パニックになってたんだろ?」
「そうかもしれない、でも、私は血を浴びた。私は汚れた魂を持っている、誰も近づくべきじゃない、私は空っぽでないといけない」
メリッサは言い切ると、立ち上がり、部屋を出て行こうとする。
おそらく、この家からも町からも出て行くつもりなんだろう。ここで引き止めなければ、2度と会うことも無い。そもそも俺は関係のない話だった、と切り捨てることもできる。
「ま、待て」
でも俺は呼び止めた。
「そ、そうよ……ダメよ、そんなの」
シャルナもずっと固まっていたがようやく口を開いた。
メリッサが立ち止まり、こちらを一瞥したが、すぐにまた前を向き出て行こうとする。
「だから待て!」
俺はメリッサの腕を掴んだ、しかし、何を言う?
平和な世界で安穏と暮らしてきた俺に、確実に俺より長くこの世界に存在し、望まない殺しなどというどれほどの苦痛かも想像できないような地獄を体験した少女に何が言えるか。
安っぽい俺の言葉など響かない、俺の力では本来何もできない。
だが幸い、俺は恵まれている。だからというわけでもない、俺は決して驕ってなどいない。でも、持っている力で誰かを守る事は誰よりもできるはずだ。
というか、それをこれは俺の力じゃないなどとカッコをつけてしないことこそ、驕りだ。
力があるなら、使わないわけにはいかない。
「俺が守る」
「必要ない。あなたの言うことが理解できない。私は、脅威にさらされているんじゃない」
「じゃあ何が不満なんだ?」
「不満じゃなく、何も無い」
「じゃあ、一緒にさ、がんばろう」
俺は、何を言っているんだろう……
「……何を言っているの?」
「だから、一緒にだ。いろいろ無いものは埋めていけばいい」
「……プロポーズ……?」
「違う!」
全力で否定する。これがプロポーズって、カッコつかなさ過ぎだろ。まぁ、今もカッコなんかついてないと思うけど。
「とにかく、お前が俺達と一緒に居たいか居たくないかなんだよ。メリッサが一緒に居たくなって言うなら、俺もシャルナも止めない」
シャルナの方を向くと、「うん」と同意を得ることができた。
しばらく沈黙する。メリッサは考え込んでいるようにも、悩んでいるようにも見えるが、そこにはやはり感情が存在する。
「……一緒に、居たい……」
消え入りそうな声だった。
そして、メリッサの目から涙が頬を伝っている。なんか、めちゃくちゃ嬉しいな。むちゃくちゃカッコつかなかったけど、それでいい。
メリッサな涙をぬぐうと、俺達の方を見た。表情はほぼ無いんだけど、心なしか柔らかくなったような気がする。
「……でも、いいの?」
「いいって言ったろ、なぁ?」
「うん、私もその方が嬉しい。リュウスケと2人だけってのもちょっと不安があったし」
なんの不安だよ……
「家族が3人になったね……」
「あれ? 俺家族カウントされてたんだ、ラッキー」
「なっ! 違っ! リュウスケは、ただのペットだもん!」
「ペット!?」
俺が何回お前の命を身を挺して守ったと……!
「3人……?」
メリッサが、なぜか解せないといった顔をしている。
いやいや、俺とシャルナとメリッサで3人家族という意味だから何も間違ってないけど。
「もっと、いる……」
空気が凍りついた。
「え……?」
「それって、どういう……」
言い終わる前に、ゆっくりと、冷たい風が俺の頬を撫でたような気がするんだけど、忘れることにしよう……