第10話:無関心、無感動、無気力、というわけでもない?
「ぐ、ぐ、ぐ、ぎ……な、んだァ……」
骸骨の頭蓋は砕けた。
いや、実際はそうではないのだろう、砕けたのは骸骨の頭蓋骨があった場所の空間。その場に存在したのが、どんなものであろうと、風だろうと、おそらく霊体だろうと壊せると予測したが正解だったらしい。
回復することもなく、その場で動かない。
「終わりだ」
「ぐ、は、は……わら、わせる……」
空間が裂けた。
そうなると、その場に存在した頭蓋骨は完全に粉々になり、どこか別の空間に消えた。
ゼウスがやってくる時は、何か法則でもあるのか向こう側があの七色の神様の世界だったが、今回は違う。真っ黒な、どこか別の空間。
そこに粉々になった骸骨は落ちていった。
だが異変は、少女に起きた。
突然少女がこちらに向かって突っ込んできた。
恐るべき速さ、ではない。しかし、普通の女の子が走るスピードじゃない。
「壊s殺rg虚h」
言葉になっていない何かを吐き出しながら、少女はこちらに突っ込んできた。
「よっと」
真横から、実に気が抜ける声が聞こえた。
いつのまにか俺のすぐ横の空間も裂けていた。だがこれは丁寧に開かれた扉で、中からは七色の光が漏れ出している。
そしてそこから体を乗り出してくるじじい、神もどき、いやゼウス。
そいつは右の手のひらを少女に向けていた。
――まさか
「おいっ! 何するぐっ!」
俺の言葉は何かが吼える音で遮られた。
実際に音が聞こえるのではなくて、脳の中に直接流れ込んでくるような感じだ。
直後、少女はその場に倒れた。
「ふぅー……いやいや、はっはっは。少年、間一髪だったな。む、どうした? まずその手の人差し指で何をするつもりなのか述べよ」
「目」
「端的で良い、ではまず言うがあの娘は無事だ」
「当たり前だ、じゃなきゃ頭蓋に穴あけてる」
「ほほぉ、ではなぜその指は私の目を?」
「てめぇがムカつくからだ」
「……私は、一応神であるが」
諦めたようにゼウスは肩をすくめた。
それがムカついたので、ゼウスを地面に叩きつける。
「ぐはっ! き、貴様! まさか私に二度までも土を……」
「うるせぇ、気にすんな。それよりいいのかよ、出てきて」
「……なぜだ?」
「いや、シャルナが……寝てる!?」
「ほっほ、当然のこと」
「ぐおおおおおおお!」
突然、遠くから叫び声が聞こえた。
体中ずたずたになった骸骨が、叫んでいた。なんだ、まだいたのかよ。
「何者だ……貴様ァ! 神の横に並ぶ人間など……」
突然骸骨が話すのをやめた。その目は俺の方に向いていて、表情はないのだが、脅えているように感じられる。
「な、なんだァ……それはァ! 神より巨大な魂だとォ……!」
魂の大きさ?
まぁ、魂なんてものがあるんだとしたら、俺は神様百柱分だから当然でかくなると思うけど。
「英霊よ、裁きを下そう」
ゼウスは真剣な顔になると、右手を空に向けて伸ばした。
直後に空から真っ白な光が骸骨に落ちてきて、その体を包み込んだ。骸骨が音もなく苦しそうにもがき続けたが、すぐにその姿が消滅する。
「……へぇ、神様っぽいな」
「いや、神様なのだが。それはそうと、やりすぎであるぞ少年」
「何が?」
「あの巨大な金塊、それに空間を無茶苦茶に引き裂くようなことをしたり。そんなことをして、オーディン様の目に止まったら最後……死ぬ、私が……!」
「死ねよ」
俺が冷たく言い放つと、ゼウスはがっくりとうなだれたが、実際のところなんのショックも受けていないようで、すぐにまた顔を上げた。
「では、その娘にはあまり強い催眠はかけていない。私は面倒が起きる前に帰るとする」
ゼウスはそういうと、裂けた空間の扉からまた七色の神様の世界に戻っていった。
いまいち神様というのが、どういう立場にいるのか分からないんだが、今日初めてゼウスの神様っぽいところを見た気がする。
天から降り注ぐ裁きの光、これぞ神様という光景ではあった。それに比べて俺はなんだ。黄金生成? どうせならもっと凄いのがほしいよな。
まぁ一番の望みとしては、こんなもん投げ打って、ちゃっちゃと元の生活に変えることなんだけど……なんだけどなぁ。
俺の腕の中でシャルナはスースーと寝息をたてている。
俺は、この女の子に召喚された、ぶっちゃけ迷惑だった。
ただ、俺は今この状況を煩わしいとは感じていない。つまり、どうなんだろう。この別の世界を俺は知ってしまった。こんなアニメやゲームしかありえないと思っていた異世界にやってきた。
ただ帰ることが、俺の望みか……?
俺が手に入れた力なら、本当の望みが見つけられるし叶えることもできるんじゃないか。
――まぁ、いいか。本当の望みとかは。とりあえず、元の世界に帰りたいというのは変わらない強い望みだ。
「んん……」
シャルナの声、ではない。俺の腕の中のシャルナは、いまだに起きる気配もなく爆睡中だ。お気楽なものだ、まったく。
なら今の声は……
予想通り、さっきまで倒れていた少女が立ち上がっていた。
この少女は、あの切裂き魔とは全く違う。とりあえず、そう考えよう。
「大丈夫か?」
「……」
――無視された。
……いや、聞こえなかっただけだよな。
今度はすぐ横まで歩いていってから呼びかけてみよう。
「大丈夫か?」
「……」
うわー、確定だ。確定だ。
この子俺のこと完全しかとしてるよ、なんか嫌われてるのか、もう見る価値もないです状態だったりしますか?
「おーい……」
「……あの」
おぉ! 食いついた!
「あなた、誰……」
う、うん? まあ最初は名前聞いたりするよね、どんな状況だったとしても。
いやーマイペースだ。いいよいいよ、俺もそんな風にどっかり構えてみたいもんだよ。
「俺は、リュウスケ」
「そう……じゃあ、私は?」
「いや、知らねぇよ!」
「メリッサ」
「は?」
「私の名前」
「あぁ、そうなのか……」
どうしよう、このままずっと会話を続ける自信はないよ。この子ちょっと分かりにくい。
……会話のネタが尽きた、つーか自己紹介だけで話すことがなくなるって、女の子との会話センスねぇな、俺。
しばらく無意味に見詰め合っていた。
というか、何で俺はこの子に見られてるんだ? そして俺も何でずっとこの子を見ているんだ?
もう分けが分からない。
誰か助けてくれ。
俺の願いが通じたらしく、ギルドから援軍が現れた。
「切裂き魔は!?」
「あー、もう倒したよ」
「……マジか」
10人の武装したギルドのメンバーがこちらに歩み寄ってくる。
さて、この少女についてはどう説明をすべきだろうか。まず、普通にこの子は切裂き魔です、などと言えば事情云々抜きにして、こいつらは切裂き魔を凄く恨んでいるからこの子に怒りの矛先が向くだろう。
それは避けなければならない。結果この子が切裂き魔だったとしてもだ。
「その女の子は?」
「……助けた、切裂き魔に……捕まっていた」
「へぇ……切裂き魔ってのはとことんクズだな」
「あぁ、そうだな……俺はもう帰る、ギルドに報告しないといけないしな」
「そうか? せっかく勝った……つってもお前がやってくれたんだ、ちょっとくらいもてなすぜ?」
「悪いな、忙しい」
軽く頭を下げ、寝たままのシャルナとメリッサと名乗った女の子を担ぎ上げる。
メリッサは特に抵抗するわけでもなく、大人しく俺の腕の中に納まった。さて、ここからメリッサをどうするかだけど……連れて帰るしかないなぁ。
別に1人が2人になったくらい、なんの問題もないからそのまま俺は地面を蹴り、帝国の方へと飛ぶ。
どんどん景色が流れていく。
このスピードは、シャルナはいまだに慣れてくれないが、メリッサは平然としている。
そして帝国の地面を踏む。
それと同時にシャルナが目を覚ました。
「おはよう」
「う……ん、あれ? 私寝てた?」
「寝てた、もうこれ以上ないくらいぐっすり」
「うわぁ……恥ずかしい」
シャルナは俺の上で真っ赤になってしまった。なんだかこっちまで恥ずかしい。
「……あれ? リュウスケ? その子はまさか」
「あ、ああ。なんか分からないから、連れてきちまった」
「は、犯罪だよ……」
「断じて違う、これは保護だ。むしろあの場に放ってくる方が犯罪だろう」
俺が言うと、シャルナは「確かに」と納得してくれた。やれやれだ。
まぁ事実、この子に普通に家庭があって、親がいた場合は俺は即行誘拐犯でどこかの刑務所に入れられるな。なんせ20キロ以上連れまわしてる。
帝国の北側は、比較的人が少ない。といっても都会だからそこそこ多いのだけど、まぁ普通に歩いていてはぐれる事はまずないと考えられる。
さて、問題はここからだ。帝国まで連れ帰ったは良いが、この子をどうしよう。
まぁどんな事情があったのかは俺も知らんが、普通にこの子のことを説明すれば、切裂き魔だと判断されるだろう。
そうなれば、下手をすれば殺される。
どこかに話が分かる、信用に足る人物がいれば良いが、俺はこの世界に来てからまだ時間もたってないし、そもそもそんなお人好しがいるのだろうか。
まあいいや、それは後で考えるとして、とりあえずギルドに行こう。
★
「また、人が多いなぁ……」
「ほんとに、なんでなのよ……暑苦しい!」
シャルナは俺の横で文句をもらしているが、俺もできることならば今すぐ全員なぎ倒してスペースを確保してやりたい。もしくはカキ氷とかくれ。
というか、なんでメリッサはこの状況で、表情1つ変えずに立っていられるんだ?
ギルドの中の受付は長蛇の列だ。
クーラーなんか存在しないし、空気も動かないし、最悪だ。多分二酸化炭素濃度が凄いことになっている。
「はぁー……」
「そのため息をやめていただけます? 周りの運気まで下がりますのよ」
「あぁ?」
後ろから、全速力で喧嘩を売られた。
振り向いてみると、セレスとハイラムさんが立っていた。やはり2人とも、この人口密度には参っているらしく、特にセレスはかなりだるそうだ。
さっきのセリフも、全く覇気がなかったしな。
「むむ、リュウスケさん。女の子が1人増えてますな」
ちっ、ロリコンめ。無意味な観察眼だな。
いや、もうレーダーだ。てめぇの頭にはどうやらロリレーダー標準装備らしいな。
「な、中々……」
「ちょ、ちょっとハイラム? あまり、残念な主にならないでいただきたいですわ……」
「はっは、冗談だよ」
「絶対嘘だろ、このロリ――」
俺の口が、セレスによって覆われる。
このやり取り2回目だな。こんなところでハイラムに開き直られるのは御免ということらしい。
「禁句だと、言ったはずですわ」
「悪い、忘れてた」
セレスは安堵のため息をつくと、今度は俺を疑いのまなざしで見てくる。
「それで、あの子はなんですの?」
「あぁ……まぁ色々あんだよ」
「説明を要求しますわ」
「あ? なんでだよ」
なぜかしつこいセレス、本当になぜだ?
もう無視して前を向いていよう。ちゃんと横にはシャルナとメリッサがいる。
別にはぐれても探せるけど、この熱気の中、千里眼で見つけても動いて探しにいくのは極力避けたい。
俺の体はこの程度の暑さでまいる事はないんだが、どうももわもわとした空気が不愉快に感じられる。
突然、俺の横のメリッサが何かを呟いたのだが、小さすぎて聞き取れなかった。
「どうした? なにか言ったか?」
「……暑い」
ま、まあそうだな。うん、マイペース。
そんな当たり前な感想で、わざわざ俺たち全員の関心を集めるんだからもうはや感心するよな。
「――から」
メリッサは突然、自分の服に手を掛けた。
――ま・さ・か……!
マイペース過ぎだろ!
「こうすれば涼しい、……と考えます」
「す、すすストップ!」
そして、パタパタと扇いだ。
――穴があったらマジで飛び込みたい、もうこの際火山口とかでもいいから。
真横と後ろから浴びせられるシャルナとセレスによる軽蔑のまなざしよりも、100倍くらい、何かを納得したような、ハイラムさんの同胞を見るような目が辛い。
「い、いや。だから、人前でそんなことをな、うん、するべきじゃない。男衆がやましいことを考えるからな」
「いや、それは」
「リュウスケでしょ?」
「ぐっ……!」
2人のコンビネーション攻撃に、俺の心が若干折れそうになる。
突如、人が動いた。
まぁ何があったか知らんけど、凄いことになってる。俺はちょっとやそっとじゃビクともしないんだけど、周りはそうもいかないらしく、一気にバラバラになる。
「ちょ、リュウスケ!」
「あぁー、もう流れとけ」
「ひ、ひどっ!」
シャルナはどこかに流されていった。
ハイラムとセレスもどこかに流れていった。俺の横にはメリッサだけが残っている。こいつ何気に身のこなしとかがうまいんじゃないかと思ってしまう。
なぜか人とぶつかっていない。俺だってガンガンぶつかってるのに。まぁぶつかった方がむしろ飛んでいくぐらいの感じなんだけど。
俺はそのままメリッサの手を引っ張って、受付まで進んでいって報酬を受け取った。
★
「ふーん、その子の手は、離さなかったんだぁ」
「なんだよ……」
「別にぃ~?」
いや、明らかに何かあるだろう。
その後もしばらく、シャルナは変な態度を取り続けていた。