第9話:風を断ち切る
「何か、聞こえないか?」
「え?」
俺の問いかけに、男は首をかしげた。どうやら聞こえてはいないらしい。
まぁ、神の力の影響か何かで感覚も常人の域を遥かに超えている俺の感覚と普通の人間の感覚は全く違うだろうし、この音は、今の段階では常人では聞き取れない大きさなのだろう。
ただ異常人――もう人という単語も不相応かもしれないが――である俺にははっきりと聞き取れた上に、この音が何かについても大方の予測、というよりはもう確信がある。
風がうねり、刃が空を切る音。
こんな音、どう考えても切裂き魔だ。
「いや、ならいい。勘違いだ」
言いながら俺は席を立つ。
俺について立ち上がったシャルナを片手で制止する。
「トイレだ。待ってろ」
「あ、うん……」
「ちょっと待て、トイレならギルドにあるぞ?」
「あ……、いや、俺は青空の下で済ませたいタイプなんだ」
ギルドの中の女性陣から鋭い視線を感じる。この発言は、よく考えれば俺は変態だと言ったようなものじゃないか。
「そ、そうか……ま、まぁ、分からんでもない」
しかし、まあ男性陣には賛同の声がちらほらとあるようなので救われた。ただ今後は、こういった発言は、周りにいる人を考えてするほうがいいらしい。
――ちなみに、俺は別に好き好んで外で用をたすわけじゃないぞ?
ただこれは自然に外に出るための口実であってだな。
それなのに、シャルナから浴びせられているこの軽蔑するような視線。ちょっと心が痛む、多分純粋に変態だと思われているな。
「じゃ、じゃあ……」
俺はギルドから出た。
そして音の出所のあたりを千里眼で観察……する前に、ずっと続いていた風の音が突如として大きくなるのが分かった。
このレベルまで大音量なら、ギルドの中へも間違いなく通っている。
空気の刃が、町の入り口から町全体に広がっている。
――やべ、あの威力なら建物ぐらいぶっ飛ぶな……
俺はギルドの扉を開けるのも面倒だったから、体当たりで壁を打ち破りギルドに入り、シャルナの元まで全力で走り体を引き寄せる。
ギルドの中は異様な空気が張り詰めていた。やはり異変は感じ取っているらしいが、俺の行動の意味は理解できないといった感じだ。
「リュ、リュウスケ! 手洗ったの!?」
こいつは何をずれた事を言っているんだ。
「まだ何もしてねぇよ」
どうする。ギルドの中には10人以上の人がいる。まあそれぞれ鍛えているとは思うが、あれだけの風の力、受けきれるとは思えない。
小さな俺の体では、守る事は不可能に近い。
俺にあるのは、怪力、速さ、千里眼、純金生成。
うーん、偏った能力たち、まぁ怪力と速さだけで基本は困らないけど守るとなると分けが違う。
……あ、いける。というかこれしか残ってないだろ。
幸い風は一方通行、入り口の方からだけ吹いている。
シャルナを一度体から離し、ギルドの中の一番待ちの入り口に近い方の壁まで移動する。
そして手のひらをそっちに向け、巨大な金塊を作る。
なんとかギルド全体を覆い隠すくらいの大きさになってくれれば……
――俺の予想は、裏切られた。
いやまあ、目的は達成したけど……
「なにこの馬鹿でかい金塊!? 国家予算レベルじゃない!?」
馬鹿でかい純金の延棒が天高く、遥か上空まで伸びてしまった。
周りの家を壊さないように、全力で生成したらこうなった。少ない面積に大量に置こうと思うとこうなるのは分かるが……正直やりすぎた。
直後風がぶつかる。まあ風を完全に受け止めてくれたのはいいんだけど……
「「「「「倒れてきたァー!」」」」」
まあ、そうなるよね。
俺はそれを片手で受け止める。
おー、初めてこれぐらいの重さのものに触れた。感覚的には、文庫本一冊くらいか。
「「「「「ええええええ!?」」」」」
シャルナ以外の全員が、気持ちいいくらいにリアクションがピッタリだ。
「あわわわわ……」
まあシャルナもパニックなんだけど。
「こ、こここれ、いくらになるんだろうね」
ちょっとずれていた。
「一体どうしたんだ!?」
「切裂き魔、だろ」
町の入り口辺りを千里眼で見る。
だがそこには、巨大なモンスターなんかいない。道の真ん中をゆっくりと歩く少女が1人いるだけだった。
モンスターは、透明、なのだろうか。
それともあの少女が……?
「とにかく行こう」
俺はシャルナを掴んで、町の入り口まで猛スピードで町を駆け抜けた。
実際に俺の目で確認しても、やっぱりそこには少女が1人……ではない。少女の後ろには、明らかになんか違うのがいる。千里眼では確認できなかったのに……なんでだ?
巨大な骸骨のような姿だが、半透明。そして全身に風を纏っているようだ。
なんかホラー映画に出てきそう。
「てめぇが切裂き魔か?」
「……なんにも、無い」
少女は呟いた、意味不明だ。なんかはあるだろうに。
直後に風が吹き荒れる。俺はシャルナを体でかばい、風を全身に受けるがかすり傷1つ負わない。
「キヒヒ、やっぱりてめェさっきの……」
歪んだ笑いをする骸骨は、その骨の腕を俺に振り下ろした。
風の刃を纏ったそれを、俺は片手で受け止めて握りつぶした。あまり手ごたえは無い、腕はその部分から切断されたが、切り離された手はすぐに消滅した。
「……あぁ?」
骸骨はそれが信じられないというように、手を失った己の腕と俺の顔を交互に見ている。
「ガキィ……オレ様が見えてるなァ?」
「当たり前だろ」
「キヒヒ、おもしれェなァ」
骸骨は失った腕をこちらに突き出した。
すると、そこからまた骨の腕が飛び出す。俺は反射的にシャルナを抱えて後ろに飛び去る。
「その女、邪魔でしょうがないんじゃねェか?」
「……まぁ否定はしないけど、お前みたいなの倒すのには小さすぎるハンデかな」
骸骨の目があるであろう穴の奥が邪悪に、赤く輝いた。
「キヒヒ、分からないか? オレ様は、無敵なんだぜェ?」
さらに骸骨は両手を俺に伸ばすが、それを俺は、それぞれ一発ずつ殴って消滅させる。
骸骨は一時的に両手を失ったが、やはりすぐに生えてくる。
なんか、弱いくせに再生能力だけ高くて死なない敵とか、マジでウザイタイプだな。
「ねぇ、リュウスケ?」
「なんだ?」
「誰と話してるの?」
……どうも、シャルナには本気で見えていないらしい。
多分骸骨の声も聞こえていない、つまりあいつは、普通の人間には見えない存在か。「オレ様が見えてるな?」という問いは、ほとんどの人間があいつを見えないから出た問いか。
幽霊か、なにか。あの少女のスタンド……? いやいやそんなわけ無いか。
「あの女の子、こっちを見てない、というか。ずっと遠くを見てる気がする」
「え?」
言われて少女を観察する。
確かに、そうかもしれない。少なくとも、戦っているという顔はしていない。もしあれが彼女のスタンド……じゃなく能力の類だとすれば、おかしい。
それにどう考えても、あの骸骨は少女から独立しているように見える。
まあスタンドも独立した奴はいるんだが、まぁそれは関係ないだろう。
「キヒヒヒヒ」
「おい骸骨」
「……その呼び方はねェんじゃねェ? オレ様は英霊だぜェ?」
「知らねぇよ……お前とこの子の関係は何だ?」
俺の問いに、骸骨の赤い目の光がよりいっそう強く邪悪に染まる。
いやらしく、歪んだ笑みを浮かべた後に骸骨は答えた。
「協力関係かァ? そんなところだろ」
「そうは見えないな」
「キヒヒ、そりゃァ、ガキィ、お前にはそう見えるかもなァ?」
話にならないな。
シャルナを抱えたまま地面を蹴り、骸骨の眼前まで瞬間移動とも思えるほどの速さで移動する。
シャルナはさすがに速すぎたか、一瞬でぐったりしてしまったが勘弁してもらう。
そのまま右の拳を握り、骸骨のでかい頭蓋骨の眉間に突き刺した。
一発で大穴が開き、そこから骸骨の体が砕けて散っていく。
まぁ、このパターン。絶対死んでないだろうからなあ……
案の定、風はもう一度集まり始め骸骨を形成する。
「はぁ……」
「オイオイ、寂しいなァ、せっかく生きていたってのに、ため息かよ」
「当たり前だろ……」
「キヒヒ」
「じゃあ選べ」
「あァ……?」
「成仏するか、俺に消されるか」
俺の問いに、骸骨からふざけた雰囲気がなくなった。
目の光が鋭くなり、歪んでいた笑みが消え、徐々に怒りが表れてきた。
「人間の、ただのガキ風情がァ……オレ様を誰だと思ってやがる! 殺す、殺す殺す殺す殺す! オレ様を侮辱したこと、万死に値する!」
「だから、知らねぇって」
俺があくまで飄々と告げると、英霊を名乗る骸骨は怒りが頂点に達したか、全身でこちらに体当たりを仕掛けてきた。
このとき、当然少女の方は動いていない。
――勝機。
俺の力は、神様の百倍。
そもそも神様は世界最強で、最も尊い存在、それの百倍だから実質俺が世界最強。ならば、絶対にこいつを消せるという確信は最初からあった。
だから俺は、これだけの非現実と直面しようとそれなりに冷静で、こうやって幼稚な策を巡らせることができた。
もう一度確認すると、俺の力は神の百倍。
神にできることは、大方全てできると考えていいだろう。例えば、ゼウスがやっている、空間をぶった切るようなありえないことも。
ただフルパワーだとどうなるか分からないからセーブはするが、百分の一くらいは出しても問題ないよなあ?
今なら多少は力を入れても、少女を巻き込む心配は無い。
万が一の時は、シャルナを抱えたままでも少女を余裕で助けられる。
じゃあ自称英霊、空間とともに引き裂かれろ。
「うおおっ!」
百分の一……神の重さを乗せた俺の拳が、真正面から巨大な頭蓋骨を打ち抜いた。