プロローグ:優雅な神々の失態
――ここは、神様の世界。
暇を持て余した、全次元で最も尊いとされる神様たちが住む世界。俗に神界などと言われる世界だ。
彼等は、ギャンブルをしたり、パターゴルフをしたり。近年取り入れた、ロデオなどをしながら毎日を過ごしていた。
「ゼウス父様。掛け金レイズ、3億ペイです」
「アポロンよ、相変わらず容赦が無いなぁ、うん。もっとゆとりを持っても良いのではないか? 私は……さらに上げて5億としておこう」
「チップオールイン、460億」
「アレス、そんなに急いでどこへ行く?」
「良いではないですか父様。何せ我等は」
「「「「神様であるからな、はっはっは」」」」
今日も彼等は優雅に日々を過ごしている。
★
高校2年生とは、なんだか高校にもなれて、しかも後輩なんかできちゃって。「上坂先輩」とか呼ばれるようになって、勉強もあきらめる奴はあきらめて、部活だバイトだ恋愛だと。一番楽しい時期だ。
――なんてふざけたことを思っている奴はいないはずだ。いたら挙手しろ、そしてここに来い。それから俺を見ろ。
部活? 帰宅部だが?
バイト? 一昨日クビだ。しょうがない。
恋愛? キスしたことも無いし、手も握ったことも無いが? 彼女いない暦と年齢は同じだが何か文句があるか?
あと俺のことを「上坂先輩」とか呼ぶ奴いないから。下級生に知り合いほとんどいないから。
いることはいるが、そいつ等は俺のことを「龍介くん」とか良くて「龍介さん」と呼ぶし、酷いやつは「龍介」と呼び捨てにする有様だ。誰か俺に威厳というやつを分けてくれないだろうか。
タメのやつにさん付けで呼ばれるって、どんな状況だ?
現在時刻は7時5分。時計は見てない。しかし分かる。
俺の数少ない特技。いや、特技とは言えないかもしれないが、体内時計には狂いが無い。必ず朝7時に目が覚めるのだ。そしてそれから5分がたった。
おそらくぼさぼさの真っ黒な、生まれて一度も弄っていない髪の毛に、真っ黒な瞳。彼女がいないことから決してもて無い顔。これが俺に与えられたパーツ。まぁ髪の毛は弄れば金髪にもなるが。
とにかく、神様に会えたら不公平を訴える。なぜこんなに差がある? なぜ俺には威厳も無ければモテ期も無いのか? モテ期は来るかもしれないだろ、とかいうのはなんの慰めにもならないぜ。
俺は悟ったんだ。モテ期ってのは中学までの間にしか訪れない。
それ以降は、モテるやつはモテるし、モテ無いやつはモテ無いのさ。
でも身だしなみには当然気を使う。
ぼさぼさの髪をなんとかすべく、俺はベッドから跳ね起き……ようとして失敗し、ベッドの上でバウンドして床に落ちた。1階から「うるさい!」と怒声が聞こえる。
しかし気にしない。どうせ親父かお袋か妹なんだ。俺は洗面所まで向かった。
洗面所の鏡に映る俺の顔は、やっぱりパッとしない。不細工ではないと思うのだが、カッコいいとは思えない。思うわけも無い。そんなこと思っていいのは、アイドルだけだ。口に出すのは狩野なんちゃらだけだ。
「……ん?」
一瞬俺の額の辺りがキラッと光った気がした。
前髪を持ち上げてよく見てみると、額に光るシールみたいなものが張り付いている。どこの誰の悪戯だ。妹か?
とにかくこのままだとクラスの笑いものだ。爪ではがそうとするがはがれない。角に爪を掛けることもできない。
なんとか剥がそうと苦戦していると、突然シールが強く光った。
鏡からの反射光で目が開けられないくらいに強い光だ。
「ったく、なんだよこれ……」
光が収まり、目を開けることができた。すると、シールだった部分が無くなり、そのかわりに紐の形のスポーツで使うようなヘアバンド。もしくは、西遊記の孫悟空の頭についているような、わっかが俺の頭にはまっていた。
全体としては、シルバーで、もともとシールがあった部分だけが穴になっていて肌が見える。
「取れないしよ……うわっ!」
わっかを外そうとしていると、いきなりの浮遊感。周りの空間がグネグネと捩れて、360度マーブルの気持ち悪い世界になっていく。これはまずい、幻覚か?
気持ち悪い浮遊感から脱出しようともがいていると、今度は強い力で体を引っ張られる。逆バンジーをやってる気分だ。とにかくこれはまずい。脱出しないと……
★
神様の世界には仕事がある。
とはいっても給料は無い。というか元々莫大な財力を持つ神々に給料は要らない。
そんな彼等の仕事とは、『神の源』という神様の力の源になる小さな光の玉を作ることだ。
そしていろいろな世界から、英雄を引っ張ってきて、この神界で神様にする。
「ゼウスさん、神の源ができましたよ」
「おおー、ヘラ。今回はどれくらいできたんだい?」
「丁度百柱分ですわよ」
「素晴らしい!」
ヘラは大きな樽を持っている。
その中には、光る玉が100個。これこそが神の源。
ゼウスを始め神々は、その樽の中を覗き込んで、豊作を喜んでいた。
★
「うわああー! 助けてくれー!」
脱出、できねえ!
まず手足をばたばたしてみたが、強い力には抵抗できない。そして周りに掴める物も無い。このまま俺はどこに行くのだろうか……
とにかく泳いでみたりするが、どうにもならない。
そんな中、気持ちの悪いマーブル模様の中に、俺は光を見た。そこに何とか手を突っ込むと、ついに何かを掴んだ。
俺は死ぬ気でそこに体を引き寄せた。
その瞬間、浮遊感と、強い力から解放される。
「……へ?」
そして、落下。世界が突然変わる。真っ白な雲が眼前に広がっているから、空なのは分かるのだが、空が青くない。七色なのだ。美しいが、それどころじゃない。
レインボーのスカイをダイビング中なのだ。
これはこれで、現実味を帯びた恐さだ。
「助けてぇー!」
なんで俺はこんな目に? もう分け分からないや。
とにかく叫んだが何も起こらない。雲をつき抜け、地面が近い。建物は、なんかメルヘンチック? おとぎの国? みたいな感じだ。どこだよここ。
ぐんぐん地面が近くなっていく。よくみれば落下地点には人がいる。
「退いてくれぇー!」
どうせ死ぬ、だが誰かを巻き込むのはごめんだ。俺の声が届いたのか、落下地点に集まっていた人たちはサッと避けてくれた。
ふぅ、親父、お袋……そしてマイシスター。もう一度、おはようって言いたかったな……
俺は、落下地点に置いてあった樽の中に突っ込んだ。樽に頭が入り始めてから、世界がゆっくりになった。死ぬ寸前って感覚が研ぎ澄まされるという、走馬灯というやつだろう。
なんか温かいなぁ……
突然時間が早くなり、俺の顔が樽を突き破り地面に激突した。
それなのに痛くない。一撃で、感覚もなくなるほどつぶれたのか?
「しまったぁー! 退く必要なかったではないかぁー!」
「オゥ、確かにその通りだわ」
「反射的に退いてしまったな……」
にしては変だ、声が聞こえる。
というか、体が動く。全身が何か温かい。心地よい。動きたくないなぁ……
「ギャアー! 神の源がぁー!」
「ぜ、全部、この男に……?」
神の源? 一体何の話だろう。暖かい感覚も消えたことだし、体を起こそう。
樽から顔を出す、やはり俺は生きている。手も、足も無事。顔を触ってみるがかすり傷すらなさそうだ。これはこれで逆に恐い。
「誰? あんた等」
「あ、あああ、あんた等!? 我等は全次元で最も尊い……」
「良い、アポロンよ。少年、なぜここに?」
「こっちが聞きた痛っ!」
頭痛が……
「むっ、その頭の輪は……」
「ゼウス父様。あれは契約の……」
「そうだな。致し方ない。良いか、少年には時間が無い。かいつまんで説明する。一度で憶えよ」
偉そうな髭面のおっさんが俺の顔を真剣な表情で見つめる。
なんなんだこいつ、王様? ていうかゼウスって微妙に聞いたことあるような……それに髪の源とか言ってたよな。確かに頭の方は……悪いことしたか?
「少年は、神の源を100個全て吸収した」
「おお……なんか、悪い」
「過ぎたことは良いのだ」
なんて、なんて寛大な髭面の禿げた王様なんだ!
「その神の源は、1つで神の力を得ることが叶うものだ。少年がその身に得た神の力は合計100、どうなるかは想像もつかん」
「めっちゃ伸びるのかな……」
「……? 何を言っておる? とにかく、これは責任問題なのだ。そこで、少年にはこのことを秘密にしてもらいたい」
当然だ。責任問題とかいわれてるのに、俺が口外したら、100人前の育毛剤を使ってしまった俺は世界中の禿に命を狙われる。
「主に……」
「「「「私(我等)の威厳とクビのためにな(ね)!」」」」
その場にいた俺以外の全員がハモって言った。なるほど、このことは、向うも責任を取らされないということか。そりゃそうだ、育毛剤製造所みたいな場所の品物が100個も無くなったのだから。
「了解だ!」
「そうか、助かる。私たち神々にもいろいろ事情があるのじゃ」
「神々? ……神の源!? どういうこと!?」
「言葉通りじゃ、少年は神百柱の力を有することとなる」
「あぁ! なんか変だと思ってたぜ! じゃあ俺はどうなっちまうんだよ!」
「だからそれは想像も……」
「無責任だァー!」
叫びすぎたのか、突然視界がぐらついた。貧血……じゃないな、だんだん世界がマーブル模様に変わっていくから、俺はまた気持ち悪い世界を旅行することになるんだろう。
ちくしょう、どうなってるんだ?
「ではよろしく頼む」
「「「「私(我等)の威厳とクビのために!」」」」
「あぁ! うぜぇ! そのセリフ今思えばめちゃくちゃうぜぇ!」
「それと力についてであるが――」
完全に視界がマーブル模様に変わると同時に、神様たちとの接続が切れたみたいだ。
……え? 俺にとって大事な話って、これからじゃなかった?
世界はがんがん流れていく。いや、俺の体がどんどん引っ張られていく。あぁー、最悪だ。マジ誰か助けてくれないかな、あいつ等神様なんだったらこれぐらい何とかしてくれよ。
俺って本当なら今頃学校で授業受けてる時間ぐらいだよな。あぁー、平凡な日々よカムバック。
今思えばそれなりに素晴らしい毎日だったぜ、高校2年も捨てたもんじゃない。だから――
「――帰らせろー!」
俺の声は、マーブルの世界で反響することも無く、一瞬で吸い込まれた。虚しく響くのも嫌だけど、全く響かないのも救いが無いなぁ……
絶望の淵にいるっぽい俺に、また光が見えるのは、それから少し流れた後だ。