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誰が召喚獣じゃボケ 〜一文無しの魔女見習いは、目が離せなくて手がかかる〜

 魔女見習いからの卒業を志すカトレアは師匠から課された最終試験『秘境ワルプルギスへの到達』に先んじて、召喚獣の使役を画策する。

 ごく一般的な大学生・鏑木颯太(かぶらぎそうた)はなぜか召喚されてしまうことに。


 休日返上で強引に長旅に付き合わされることになった颯太は当初不貞腐れた態度を取っていたが、次第にカトレアのポンコツさが露呈すると、だんだんと生来の面倒見の良さを発動させてしまう。


(こいつは一人で旅ができるのだろうか?)


 ご機嫌ナナメなツッコミ役と、自信過剰な天然ボケ娘による、異世界ハードモードな旅がはじまる。

 昔から、くつろぎながら小説を読むのが大好きで、人をダメにするクッションに身を預けながら無駄に集中して読み込んでしまうことがある。

 だから気付くのが遅れた。

 俺……もしかしてとんでもない状況に陥ったかもしれん。


「や、やった……っ! 本物だ! ぐうたらとしたふてぶてしい態度に見たこともない作りの玉座に腰かけた姿……間違いない。召喚獣のなかでも最高クラスの怠惰の悪魔・ベルフェゴールだ!」

「誰が怠惰の悪魔だ」


 目の前にははしゃいだ様子でぴょんぴょん飛び跳ねて喜びを表現する少女が一人。場所は明かりが一つも点いていない丸太組みのほったて小屋で、周囲には本棚であったり、テーブルであったり、窯であったり、乾燥させた香草の類が大量に吊るされていたりする。

 テーブルのほうには少女の保護者と思われる女性が興味深そうな目で俺のことを見ていた。


 一方で俺の周囲は輝かしい光に包まれている。光源は足元の幾何学模様。俺の手には読みかけの小説があり、俺の背にはヨギボーがある。まるで休日の読書タイムのまま、突然周囲の環境だけががらりと変化したような感じだった。


 目の前にいる、栗色のやわらかそうな髪をした青い瞳の少女が言う。


「聞きなさい召喚獣ベルフェゴール! あなたを召喚したのは紛れもないこの私、カトレア・ミルクセーキよ!」

「んん、ミルクセーキ……?」


 なんだそのメルヘンな名前。もうただの乳飲料じゃん。牛乳に砂糖とアイスクリームを入れてシェイクした甘ったるい飲み物じゃん。そんなファミリーネームはないだろう。

 というか突っ込みどころが多すぎる。誰が召喚獣じゃボケ。ベルフェゴールとかいうやつでもねえし。


 分かるやつが見れば分かると思うけど、なんでこいつらが俺を悪魔だと思っているのか本当に不思議でならないんだけど、ただの休日の一般人をそんな大層な雰囲気で呼び出すな。しかもヨギボーとセットで。

 このくつろいだ姿勢から直していいのかも分からない。絶妙に恥ずかしい。


「……あの、俺は普通の人間だ」


 頬をポリポリと掻いて自己申告。目の前の少女にはそれが分からないのだから仕方ない。

 先ほどまでずいぶんとはしゃいだ様子で俺のことを最高クラスの召喚獣だと勘違いしていたみたいだから、言うのは気まずくて仕方なかった。

 願わくば、このまま穏便に何事もなく元の場所まで返してもらいたいところだが……。


「えぇっ、えー……し、師匠ぉ……」


 一転して困り眉をしながらテーブルのほうにいる女性に助けを求める少女。あまりにも先ほどまでの威勢の良さが消えたものだから、目の前のおやつを取り上げられた子犬のように見えてくる。


「ふむ。少し見てみようか」


 そう言って、師と仰がれている女性は席を立つと俺の目の前に移動する。俺を呼び出したと思われる、少女の服装にはあまりそれっぽさを感じないが、こちらの女性は見るからに魔女といった出で立ちだ。スタイルの良さを引き立てるタイトなワンピースにファーの付いた藍色の羽織りを背に流し、手には杖を……無から出現させた。


 その女性は俺と視線の高さを合わせると人の顎をクイと掬ってきやがり、超至近距離でまじまじと見つめてくる。

 緊張して、変に息を止めてしまった。


「いや、確かに人間じゃなそうだ」

「待て待て待て」


 おぉおおい。なに言ってんだ。びっくりした。いや、お前は正しく見抜けよ。さっきまでのこの時間はなんだよ。俺人間だよ? それは確固としたものだよ。冷汗が出る。

 あまりにも真っすぐな目で『人じゃない』と否定されると、こんなにドキィっとするんだ。知らなかった。


 ただ証明したいだけなのに慌ててしまっていると、どこぞのミルクセーキがじぃーーっとした目で見てくるので腹立つ。なんだその『この嘘つき』とでも言いたげな目は。


「でも、悪魔とも言えないかな」

「いやだから人間だっつの」


 続く言葉に悪魔説は何故か取り払われたが、いまだ人権を認めてもらえていないので主張する。ミルクセーキのやつ、「えっ、そうなんですか?」ときょとんとした顔をしている。ちょくちょく気に障る女である。

 魔女は立ち上がるとミルクセーキのほうを向く。


「魔力がないみたいだ」

「じゃあやっぱり人間でもないじゃないですか!」

「いやいやいやっ、魔力持ってるの当たり前じゃねえから!?」


 なに!? なんなのなにその指標! 魔力ってなんだよ! たぶん俺含め現実世界の人間は誰一人としてそんなの持ってねえよ! じゃあみんな人外か。

 いや納得できるかぁ!


「嘘が暴かれて発狂してます! やっぱり悪魔だ!」

「おまっ、どんだけ悪魔がよかったんだこいつ……っ!」


 なんだ。なんなんだこの状況。腹立つ。俺買ったばかりの新刊をこの休日に楽しく読んでいただけなのに。

 あと発狂はしてない。異常者みたいに言うなミルクセーキ。


「悪魔ではないよカトレア」

「だから人間……」

「人間でもないかな」

「じゃあもう俺ってなんなの……」


 だんだん悲しくなってくる。なんだこの言われよう。俺のアイデンティティってなに。

 魔女は「んー……」という長考の末、ははっと笑って回答をやめた。

 分からねえのかよ。賢そうなのに。

 さっきなにもないところから杖を出してたのに。


「もうなんなの……本当になんなんだ……。じゃあ分かった、俺はもう人外でいいから、文句言わないから、頼むから元の場所に返してくれ……」

「それは難しいな」

「いやもう本当になんなんだよ」


 迷惑。異世界って迷惑だ。いじければいいのか怒ればいいのか分からない。

 発狂しそう。発狂してやろうかな。ちくしょう。


「召喚された時点で術者と呼応者の間で契約は結ばれるんだ。君はまるで人間のように意思疎通ができるけど、」

「人間だからな」

「召喚獣が必ずしもそうだとは限らない。だから、召喚した時点で自動的に結ばれる仕組みを取っている。ちなみにそれは私の発明」


 ……なんでいまこいつさりげなく自慢した?

 しかもそれで迷惑被っているのは俺だし。

 ちなむなよ。


「果たして、魔力ゼロの召喚獣がなんの役に立つのかは甚だ疑問だけど、カトレアの願いに呼応したのは間違いないのだから……。まあ、上手く手懐けることだねカトレア」

「手懐ける言うな。人扱いしろ」

「うーん……あまり頼りにならなそうなのが残念ですけど……仕方ないですよね。よろしくお願いします、召喚獣さん」

「召喚獣さん言うな。あとよろしくしないから」


 付き合ってられん。やかましいし意味分かんねえし。なんかちょくちょく馬鹿にされてる感じがするし。仕方ないので荷物は置いたまま立ち上がり、スッと一歩前に出る。と、圧を感じてか二人は引き下がるので、俺はそのまま玄関扉を目指す。


「逃げようとしてる。カトレア、練習の成果」

「はい。〈リストレント〉」


「いッ――!?」


 その瞬間、俺の体に『体の自由が利かなくなるレベルの電撃』が走り、痙攣し、数分間意識を落とすことになった――……。


 ♢


 ……いやいやいや。

 待って。こわい。この世界恐ろしい。

 俺いつでもあのミルクセーキ女に痙攣させられる状況にあるってこと……?

 ちょっと命の危険を覚え始めている。


「あ、起きましたね」

「……おう」


 むくりと上体を起こしてどこかの寝室。内装の雰囲気的に先ほどまでいた建物と同じだとは思うが、窓から差し込む日の光が部屋の雰囲気を明るく見せている。

 こうしてみるとただのログハウスだ。


「魔力ゼロなので死んじゃうかと思いました。力加減気を付けますけど、召喚獣さんも勝手に逃げようとしないでくださいね」

「はい……」


 逆らえないので粛々と応じる。あの威力が力加減の問題であることも知ってしまったので、ますます命の危険を覚える。

 なんか、本当に人扱いされていない気がする。


 これで俺がとんでもない魔法を扱える超危険な魔王とかだったら話も分かるが、ただの一般人だからな。やりすぎだろ。


「落ち着いたら、付いて来てください」

「……あのさ。お前、はじめと態度違くね?」


 一つ、どうしても気になったので、寝室から出ようとする彼女の背中に問い掛ける。とても『あなたを召喚したのは紛れもないこの私!』と無い胸を張っていた人物とは思えない。

 すると、彼女は少しだけ怒ったようにして「っ……」と恥ずかしげに振り向く。


「召喚獣には舐められないように毅然とした態度が必要なんです! でも、あなたそんなに怖くないから」


 ……ああ、なるほど。

 この口調のほうが素ということか。

 んでもって、俺は舐められているということか。


 うーん……。



 この女きらい!



 寝室を出て廊下突き当たりの扉を開けると、先ほどの部屋に到達する。俺を召喚したときの魔法陣の痕跡は綺麗になくなっているし、部屋のなかは明るい。換気のために開け放った窓から入り込むそよ風が気持ちよかった。


 テーブルに誘導される。対面には彼女の師匠が待ち受け、隣には神妙な面持ちをしたミルクセーキが座る。

 なにやらいまから二人の大事な話って感じの雰囲気で、俺の聞きたいことが切り出せる様子ではない。ミルクセーキも望んだ結果ではないみたいだし、俺も不本意だし、契約解除とかはないのか聞きたいところだが。


「さて、カトレア。召喚獣の使役も済んだところだし、改めて最終試験についておさらいしようか」

「はい」

「って待て待て、俺が召喚獣っていうのは決まりなのか? こいつが主??」

「こいつとはなんですか」

「そうだね」

「いやっ……なにをする気か知らねえけど、俺にできることはなにもないぞ。ただの人間だし獣じゃねえし。なにかの間違いだ」

「それはあり得ないです」

「うん。君は必要だからカトレアに呼ばれた。なにもできないと思うなら、なにもしなくてもいい。ただ、間違いということは絶対にないんだ。疑いはあっても、君には召喚獣としての役割を全うしてもらう」

「……いったいどういう意味だ……?」

「召喚にはね、願いがある。その内容はカトレアにしか分からないけど、カトレアが必要とした要素を君は必ず持っているはずなんだ。だから、君の立場は揺るがない」

「よしミルクセーキ。なにが望みか言え」

「へっ……!? 言いませんよそんなこと!」


 くそ……訳が分からない。話の全貌がどうも見えないのは、俺が召喚獣という扱いで勇者みたいな重要人物扱いではないからなのか。

 ミルクセーキが話の中央にいて、俺は文字通り巻き込まれている形だった。


 これは、不貞腐れたくなってくる。


「ま、これから君たちの付き合いは長くなるから、その間に和解でも契約解除でもなんでもしてみたらいいさ。召喚獣の使役はただのおまけ。目的のための手段の一つだからね」


 目的のための手段の一つ。召喚獣の役割がその程度だと言われると、俺の身も自然と引き締まる。なにが待ち受けるのか知らないが、ミルクセーキ女のために俺の命が犠牲にされるようなことは勘弁願いたい。

「話を本題に戻すよ」と言って、魔女は言葉を続ける。


「これよりカトレアには最終試験を正式に受けてもらう。内容を言ってみて」

「はい。私の最終試験は『秘境ワルプルギスへの到達』です」

「うん。それを以ってカトレア・ミルクセーキは一人前の魔女として認められ、私のもとを卒業することになる。はれて君は人の役に立てる魔女だ。いままで私が教えてきたこと、全てを活かしてワルプルギスの門を叩け」

「はい!」


 隣にいるミルクセーキがふんすと脇を締めて気合を入れる。俺の主が彼女になるので、つまりその試験は間接的に俺にも関係がある可能性があり、というか十中八九そうであり。

 だんだんと、嫌な予感を覚える。


「長旅になるよ」


 勘弁してくれ……。いや、先ほどこの魔女は『契約解除でもなんでも』と言ったので、直談判するのならミルクセーキが相手か。話が通じるかは分からないが、俺はそれまでこのやり取りを流すしかない。

 が、最悪を想定して覚悟はしたほうがよさそうだった。


「大丈夫です!」

「……うーん、正直不安だなぁ……」


 困ったように魔女は頬を掻く。その反応を見るに愛弟子の独り立ちが寂しいというよりも、ミルクセーキ個人に問題があってそれを気がかりにしているみたいだ。

 魔女が俺を一瞥する。

 その視線が妙に印象的だった。


「まあ、弟子を疑っても仕方ないからね。……では、カトレア・ミルクセーキ」

「はい!」

「取り急ぎ、試験終了までこちらのアトリエは出禁にする。直ちに出て行って」

「……えっ!?」


 ……………流れが変わったな。


「いますぐですか!?」

「そう」

「えっ、まだ着替えてなっ、そじゃなくてっ、荷造りもしてなっ」

「いや、待たないよ」

「えぇええぇぇえええっ!?」


 この師匠唐突に鬼畜すぎるだろ。

 ちょっと面白くなってきたが、あまりにもミルクセーキが不憫だ。

 口をはさむ。


「こいつ旅に出るような格好じゃないぞ」

「思うところがあるならそれは召喚獣の仕事だよ」


 アイコンタクトで俺の助太刀を促され、困惑する。

 ……俺がなにかしなきゃいけないのか?


「せめて鞄だけでも! お金も持ってないです!」

「稼ぎ方は教えたでしょ」

「そんなぁ!」

「ほら、文句言わない」


 と、魔女はそう言いながら杖を取り出し、俺たちに向けるとなにやら体が……浮いてる。すごい。いや、半端ないな。


「えぇえええええぇえええええ」


 半泣きも空しく問答無用で連行される俺たち。さっきから俺は状況に追いつけていないのでこの変化も大したことじゃないが、彼女にとっては一大事らしい。

 浮きながらうぎゃうぎゃと暴れている。


「じゃあね。いい報告を期待してるよ」

「師匠ぉ!」


 バタン、と無情にも閉じる扉。俺たちは地面に落下する。

 茫然自失といった様子でぺたんこ座りするミルクセーキの傍ら、俺は周囲を見渡してここが人里から離れた森のなかであることを知った。

 これは、ちょっと同情する。


「……大丈夫か?」

「話しかけないでください」

「……召喚したのはお前だろ」

「……………」


 さて、どうしたもんかな。契約があるのでこいつを蔑ろにすることもできない。

 詳しい事情を聞ける相手もこいつしかいない。

 立ち尽くす。吹き抜ける風が涼しい。けど、ミルクセーキは肌寒そうに蹲っていて。


 ……………。


 本当に、なんだかな。


「ほら、ミルクセーキ。上着やるから。元気出せ、ずっとこうもしてられないだろ」

「ぁ……。ありがとう、ございます。召喚獣さん」


 こういうのは慣れていないので適切かどうか分からない。部屋着だから、シンプルに申し訳ねえし。

 その感謝もお世辞だと思うから、真に受けずに流す。


「あと、俺は召喚獣じゃない。鏑木颯太(かぶらぎそうた)っていう名前だ」

「それを言うなら私のことはカトレアと呼んでください」

「……分かった」


 俺が了承すると、カトレアはこちらを見上げて満足げな顔をしてくれる。親しくなるつもりは特にないが、人間関係は歩み寄りが肝心だ。

 これで心を開いてくれるなら、ミルクセーキ呼びを諦めたっていいか。


「それと、召喚獣は真名で呼べないので、無理です。ごめんなさい」


 やっぱミルクセーキって呼ぼうかな。

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