催眠アプリを手に入れた! これでエロライフをぐへへへへ「今からお前達には殺し合いをしてもらう」…ぐへっ?
夢田 弘樹は、ふとしたきっかけで催眠アプリを手に入れた。健全で性欲があり、かつ割と倫理観が死んでいる男子高校生がそんなものを手に入れれば、やることは一つである。エロ漫画のようなエロライフを送るのだ。手当たり次第クラスの女子を催眠に掛け、さあ本番。……といったところでなぜか学校全体を巻き込んだデスゲームに閉じ込められてしまった。これだけ皆が警戒している状況では、画面を見せて催眠するなんてできたもんじゃない。そもそもこれではヤることもヤれない。ふざけんな。
クラスの女子の半分は竿姉妹な時間停止能力者「水留 孝」、構内を全裸徘徊する露出狂透明人間「白井 透香」、経歴だけは真っ白だがどうせやり直してるんだろ?タイムリーパー「石田 明」。能力をエロく悪用してきた彼らは、デスゲームと戦う。生き残るために。皆を生かすために。最低なる同盟は組まれる。全ては平穏なるエロライフのために。
「催眠アプリを手に入れた!」
夢田弘樹。高校二年生、17歳童貞。性欲に関しては人一倍持っている男。
「これでエロ漫画みたいな夢のエロライフを送ってやるぜ!」
しかし倫理観はわりと欠如している男。
催眠アプリを手に入れてから一週間後。早朝の空き教室。彼の前には三人の女子生徒があられもない格好で正座している。
夢田は一枚スマホで写真を撮った。
「これで調教は一通り済んだ……。脅して黙らせるくらいには写真もある。そろそろ行くか──本番」
一週間経ってもなお、彼は童貞を卒業できていなかった。理由は二つ。彼がやや過度なまでに安全策を取っていたこと。そしてもう一つは。
「念のためもう一度聞く。お前は本当に処女なんだよな」
「…はい」
座らせた女子生徒の一人にスマホの画面を見せつつ、夢田が尋ねれば、夢うつつといった調子で彼女は答える。
夢田は処女厨だった。しかも結構過激なタイプである。仮に中古品に息子を突っ込もうとすれば、蕁麻疹が出てしまうレベルらしい。割と性癖も最低であった。
「なんでうちのクラスはこうもビッチが多いんだ?」
ビッチどうこうではなく単に彼氏がいるだけである。
「このアプリも微妙に使いづらいんだよな。ユーザーのことを考えろ」
催眠アプリを手に入れてから一週間、夢田はこのアプリの検証も行っていた。
教室のスピーカーから予鈴が鳴り響く。朝礼の十分前だ。
「……続きは昼休みか。たのしみだなぁ、その澄ました顔が快楽に歪む姿が……」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、彼は『今から20分前までの記憶を忘れること』と入力した後、女子生徒に一人一人画面を見せる。
その後『この教室を出て、自分の席につく』『自分の教室に入ってから意識がはっきりする』などと一々画面に入力しては、一人一人に見せていく。
命令は重ねがけをすることができる。だが新しく命令する時は、必ず入力フォームにその命令を20文字以内で書かなければならない。彼を煩わせている、アプリのルールの一つだった。
朝礼前、生徒達の耳を塞ぎたくなるような喧騒の中、教室へ戻った夢田は周囲の様子など気にもとめず席へつく。
彼の脳内は、すでに昼休みに自分がヤるだろう行為への期待感で埋め尽くされている。そしてそれは序章にすぎない。
(このクラスの誰も、彼女達が既に堕ちていることを知らない……。そしてゆくゆくはハーレムを。ぐへへへへ)
そのとき教室内に鐘が鳴り、扉が開かれた。
しかし現れたのは、彼らがよく知る担任の先生ではなかった。
ピエロだ。
ピエロのようなナニカが立っている。
(──ぐへっ…?)
『着席』
学校の風景に全く似つかわしくないソレは言った。
「な、なんなんですかあなた──」
『二度は言わない。着席しろ』
その瞬間、全員の体が見えない力で強制的に席へと座らされる。
沈黙。
『今からお前達には殺し合いをしてもらう』
唐突なピエロの宣言。だが誰も口を開けない。
『2-Aは……「達磨さんを転がせ」』
ゴトっと、彼らの背後で硬質な音ともに何かが落ちた。後ろを振り替えれば、それは一見して達磨のような見た目だ。
だが本来丸く見開いた目は閉じており、形状はどちらかと言えばボールに近かった。
『達磨は目を閉じ、カウントダウンを始める。その間お前達は動いていい』
・カウントダウンが終われば達磨は目を開け、お前達を追いかける。その間お前達は動いてはいけない。
・達磨は動いた者を追いかける。動けば動くほど早く追いかける。
・誰も動かなかったとき、達磨は最も近い人間を追いかける。
・しばらくすると達磨は目を閉じる。お前達はまた逃げていい。ここまでが1ターン。
・1ターンごとにカウントダウンは1秒ずつ短くなり、達磨の追いかける時間も1秒ずつ長くなる。
・達磨とぶつかるとお前達は死ぬ。
・誰かが死ぬとカウントダウンは元に戻る。
ピエロはまるで授業でもするかのように朗々とルールを説明する。
(ん? あれ? 俺の夢の催眠エロライフは?)
残念なことに、そんなことをしている場合ではなくなった。
『では、ゲームスタート』
生徒達の体が自由に動けるようになる。それと同時に、達磨はカウントダウンを始めた。
『達磨クローズ! 10…9…8…』
「で、出られない! 教室の扉が開けられないぞ!」
いち早くこの場から逃げようとした男子生徒が叫ぶ。
さらに別の一人が椅子を持って窓に叩きつけるが、割れるどころか、軋む気配すらない。
「おいクソピエロ! この教室から出しやがれ!」
「ば、バカやめろ!」
『ゲームのルールは答える。それ以外は答えない』
『2…1…0! 達磨タイム!』
一瞬、全生徒の視界が暗闇に包まれた。
……目を開ければさっきまでと変わらない光景が広がっている。あの不気味な達磨は宙に浮かんでいた。
『達磨クローズ! 9…8…7…』
カウントダウンの再開。
野球部の金本は鞄から金属バットを取り出した。
「いいから出せやオラァ!」
強かに打ち付けられる金属バット。しかしピエロは無傷、どころか体勢が少しも変わらず、逆に金属バットが少し凹んでいた。
『2…1…0! 達磨タイム!』
視界が真っ暗になる。今度は少し長くその時間を感じた。
そして耳にする、パチュン、という何かが弾けたような音。
「か、かなちゃん…?」
目を開いたときに映ったのは、頭のなくなった、クラス委員長である級友の死体。そして宙には達磨が浮いていた。
「きゃ、きゃああああ!!」
「あ、頭が、血が!」
抗いようもない、死との直面。
誰もが否応もなく理解させられた。デスゲームに巻き込まれたと言うこの現状に。
(委員長が、死んでしまった……)
夢田も内心ショックと怒りを隠せなかった。彼とて人間だ。身近な人間が突然殺されれば動揺もする。
(折角の処女だったのに! 俺のハーレム候補を殺しやがって!)
違った。最低だった。
(ふざけんな! デスゲームだか知ったこっちゃねぇが、俺のエロライフを返してもらう!)
『達磨クローズ! 10…9…8…』
「皆! こっちへ逃げるんだ!」
去来川翼が教室の隅でそう叫ぶ。このクラスのリーダー的存在であり、この混乱の最中、彼の声はよく響いた。
全員で隅へと、つまり達磨から反対側へと集合する。
「皆、動くなよ……」
『2…1…0! 達磨タイム!』
一秒。
目を開ければ少しだけ達磨が近づいている。
「お、おい、去来川、次は……」
「もう1ターン、こちらへ引き付ける」
しばらくして、二秒の暗転。人一人分ほど達磨は近づいていた。
『達磨クローズ! 8…7…6…』
「よし、急いで逆側へ逃げるんだ!」
全員が逆の隅へ集合した瞬間、達磨の目が開く。
三秒の暗転。達磨は三メートルほど近づいた。
「今度はこっちの隅だ!」
「さ、さすが去来川、学年三位だ。頭いいぜ」
「これならなんとかなるかも」
彼らには少し笑う余裕が出てきた。ただし、当の去来川の内心は別であった。
(仮に理想的に動けたとしても……)
『達磨タイム!』
暗転。
(達磨は秒速約一メートルで追っかけてくる。そしてその時間は一秒ずつ長くなる。最終的には俺たちが逃げる時間が一秒、達磨タイムが十秒になるだろう)
この教室の対角は、10mギリギリ。このままでは、最終的に生徒の誰かが死んでしまう。
『達磨クローズ! 7…』
「よし、次は逆だ!」
生徒全員が扉の近くへ逃げ込む。そこには教室に入ってきた時の姿のまま佇んでいる、ピエロの姿があった。
(ルールについては答えるんだったよな?)
「ピエロ、このゲームの終了条件は?」
『一定時間が経つと達磨が終了宣言をし、帰る』
「……一定時間って何分だ!?」
『私は知らない』
『達磨タイム!』
結局ノーヒント。このままでは少なくとも一人死者が出る。去来川は内心で舌打ちした。
(何よりこの作戦は、誰も動かないことが前提だ)
そのとき、達磨は「動いた者」を見つけた。
(だが今のところは、誰にも動くメリットはない、はず)
そのはずだった。
しかしこの誰もが目をつむっている時間。この達磨タイムに、メリットを見出だした者がいる。
皆が目を閉じている。つまりその間何をしても、誰にも見られることはない。
ピエロは反撃することはない。
皆が目をつむっている。だとすれば、画面を見せる対象は一つだけ。
達磨が普段の倍、秒速二メートルで動く先。
──自分のスマホを、ピエロの眼前に向けている人影があった。
『達磨クローズ』
「……は?」
去来川の開けた視界一杯に、目を閉じた不気味な達磨の顔。
「──てめぇ! 去来川から離れやがれ!」
「や、やめろ!」
彼が制止する間もなく、金本が達磨を金属バットで強打する。
金本が死ぬ様を、あるいはピエロのように、金属バットだけが凹む様を、皆が幻視した。
「えっ」
しかし予想に反し、普通のボールのように、達磨はバットに打たれて飛んでいった。教室の反対へと転がる。
『6…5…4…』
何事もなかったかのようにカウントダウンを開始する達磨。
「なんだ、直接当たらなきゃ死なないのか」
「じゃあ近づいてきたら、打てばいいってこと?」
彼らの気が緩む。
『2…1…0! 達磨タイム!』
(いや、いずれにせよ十秒あれば達磨は誰かに追い付いて殺せる。状況は何も変わっていない……いや)
五秒後。
目を開ければ、もうすぐそこまで迫っている達磨がある。
『達磨クローズ!』
「んじゃ、もっかい打って飛ばすわ……どわっ!?」
金本が金属バットを振りかぶったとき、誰かがそれをぶんどった。
振り返れば、いつもクラスで目立たない男子生徒がいた。彼は、普段金本がいじめて笑っている──
「な、なにしやが……」
「やっと、復讐できる」
彼は金属バットで達磨を打った。金本を目掛けて。
「えちょっ──」
パチュン。
腕で防ごうとしたが、それごと。まるでトンネルでも掘るように、腕と胸に大きな穴が空いた。
達磨タイムだろうがなかろうが、達磨とぶつかればそいつは死ぬ。
達磨の壁に跳ねる音だけが教室に響いた。跳ね返り、金本の死体のもとへと転がり戻ってくる達磨。「殺したのは私です」とでも言うように。
「お、お前が悪いんだ! こうなっても当然だ!」
彼は止まらない。震える手で金属バットをもちながら金本を殴り続けた。
『2…1…0! 達磨タイム!』
「僕はわるくない! 僕はわるくない! ぼくは──」
パチュン。そんな音を立てて、金本のそばにまた一つ死体が添えられる。
『達磨クローズ! 10…9…』
血溜まりが二つ。一瞬で、二人の学友が消えた。
茫然自失とする生徒達の中、去来川はこのゲームの本質に気づいた。
「考えたやつは、性格が最悪だ……!」
──『今からお前達には殺し合いをしてもらう』
──「達磨さんを転がせ」というゲーム名。ボール型の達磨。
──誰かが死ねばカウントダウンはリセットされる。
(このゲームの本質はドッジボール! 達磨が目を閉じている間に誰かにぶつけて、自分を生き残らせる。これはサバイバルじゃない……殺し合いなんだ!)
恐らく長引けば、誰かが本質に気づく。気づいたとき、皆が正気でいるという保証はない。
夢田が叫ぶ。
「このゲームまさか……なんなんだよ、何者なんだよお前ら! 正直に答えろ!」
《正直に答える。我々はゲームマスターだ》
(夢田も気づいたか。地頭はいいはずだ)
去来川は、夢田が成績で言えば自分よりもいいことを知っている。だが普段は目立たないため、クラスの指揮はとれないだろう。リーダーは自分がやるしかない。
「皆、落ち着け! 今度はこっちに固まるんだ!」
『達磨タイム!』
二秒。
『達磨クローズ!』
「このまま引き付ける! 待機!」
『達磨タイム!』
三秒。
『達磨クローズ!』
「今度は逆だ!」
まだ、去来川が予期した事態、殺し合いのドッジボールにはなっていない。
だが時間の問題だ。仮にそうなる前に終了時刻が来ればいい。だがゲームの性格の悪さからして、それは望み薄であろうと去来川は考えていた。
『達磨タイム!』
去来川は気づいた。達磨が移動するときの風切り音が、普段と違うことに。
(誰か動いたのか? 不味い!)
達磨との距離は8mもなかった。仮に四秒間、倍速で動いていれば、その動いた誰かが死ぬ。
目蓋が自由になった。
人塊の最も前にいた、夢田の1m手前。
達磨は目を開けたまま停止していた。
『……ゲーム、終了!!』
「あ、あれ?」
拍子抜けであった。
しかし、達磨はいつの間にか消えてしまっていた。
(杞憂、だったのか……?)
『2-A、ゲーム終了。生存者36名。他のクラスのゲームが終わるまで待機しろ』
何はともあれ、彼らは死者三人を除いて生き残ったのだった。
夢田はほっと息をつく。
(うまくいって良かった)
彼がもつスマホ、その開かれた催眠アプリには、《今すぐゲームを終了させること》と書かれていた。
スマホをかざし、動いたものを追う達磨にスマホの画面を見せたのである。
彼はまずピエロで二回、催眠を試すことにした。
一回目は《今後この画面を見たら、見た事を忘れろ》
二回目は《俺の質問に正直に答えること》
そしてピエロはルール外の質問でありながら、「何者なのか」という夢田の質問に答えた。
(そしてピエロは「我々は」と言っていた。つまり達磨もピエロも同質の存在。ピエロに催眠が利くなら達磨にも利く道理)
このアプリは、初めて催眠を掛ける者には三秒画面を見せる必要がある。そのルールのため少々手間取ったが、少なくともこの力が対抗しうるものであることが証明できた。
(この力で、なるべく多く生き残らせてやる。そしていずれ、このゲームそのものをぶっ潰す)
彼は人知れず、自らの拳を握った。
(全ては俺の催眠エロライフを取り戻すために)
なお生き残らせてやるのは美少女に、それも処女に限る。
最低の決意だった。




