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騎士令嬢と偽物悪女の共謀〜婚約破棄させたので自由に生きます〜

「リリアーナ・クレメンス嬢。君との婚約は破棄だ!」


 王太子ロミオが告げた突然の婚約破棄。

 底辺貴族の娘ジュリエットが王太子を唆し、婚約破棄させたのだと皆が噂する。


「かしこまりました、殿下。今日を限りで婚約者をしりぞかせていただきます」


 クレメンス辺境伯令嬢のリリアーナは、高らかに宣言して去った。従者ジェイドを連れて自由な旅に出る。



 悪女の汚名を被ってでも婚約破棄させたジュリエットだが、別の思惑があった。

 婚約破棄させたら、そこで令嬢としての人生は終わり。これでお役ごめんだから、後は自由に生きます。



 自由に生きる二人の令嬢による物語。いざ開幕。

「リリアーナ・クレメンス嬢。君との婚約は破棄だ!」


 王太子ロミオの一言で舞踏会は一気に静まり返った。名指しされたリリアーナは動じることなく毅然として、扇で口元を覆った。


「なぜと申し上げても? 国王と我が父クレメンス辺境伯が決めた取り決めを破る、相応の理由がおありで?」


 ロミオは側に立った黒髪の令嬢の肩を抱きよせた。


「僕は知っているんだぞ。君がこのジュリエット嬢に嫌がらせしていると」


 黒髪の令嬢ジュリエットは、震えるように肩をすくめながら、ロミオに見えない角度で笑っていた。その笑顔を舞踏会に参加している貴族が見ていることを知っていてあえて、笑っているのだ。


「まさか。わたくしとの婚約を破棄して、その底辺貴族を恋人にするとでも?」

「そのまさかだ。僕は真実の愛に目覚めたんだ。なあ、ジュリエット」

「はい。ロミオ様」


 輝くような銀髪と紫水晶の瞳に甘やかな顔立ちのロミオは、まさに乙女が憧れる王子様。

 艶やかな黒髪と、小動物のような黒目がちのジュリエットは愛らしく、密かに想いを寄せるものもいたらしい。

 ……二人が、こんな愚かな行いをするまでは。

 愚かな王太子と悪女にはめられた悲劇の令嬢。そう自分は見えているだろうとリリアーナは確信する。


 ――ここまでは『計画通り』。


 最後の仕上げに、この舞台をできるだけ派手に魅せよう。扇を投げ捨て、近くにいる従者ジェイドに声をかける。


「かしこまりました、殿下。今日を限りで婚約者をしりぞかせていただきます。ジェイド、剣を」


 無言で鞘ごと差し出され、リリアーナは一気に引き抜いた。舞踏会会場が一気にどよめく。


「な、何をする! まさか僕を殺す気か!」


 ロミオの顔には『聞いてないぞ』と書かれているかのようだ。ジュリエットも表情が引きつっている。

 巷ではリリアーナは『騎士令嬢』とも呼ばれている。武門の誉れクレメンス家に育ち、女だてらに剣術を嗜む武闘派令嬢という揶揄だ。

 リリアーナは優雅に微笑んで、髪飾りを引き抜いた。長い金髪がこぼれ落ちる。


「まさか。婚約破棄された身ですので、修道院に行きます」


 高らかに宣言して、リリアーナは自分の髪を潔く切り捨てた。はらりと金髪が舞踏会に舞う。

 皆があぜんとする中で、剣をジェイドに預け、リリアーナは会場を出ていった。






「リリアーナ!! 何で髪を切ったのよ! 髪は乙女の命でしょ!」


 我が事のように嘆き悲しむジュリエット(・・・・・・)を見て、リリアーナは思わず苦笑した。


「元々髪を切る必要があったのです。早いか遅いかの違いなら、効果的に派手にしたほうがよいでしょう」

「リリアーナの綺麗な髪なら売れたわよ! もったいない」

「いや、そこで金の話か? ジュリエットは相変わらず金に汚いな」

「金に汚いなんてレディに失礼よ! ロミオ」

「……今回の婚約破棄計画の為に、僕が君にいくら払ったと思ってるんだ」


 王太子ロミオの言葉に、リリアーナはぱちぱちと瞬きした。


「お金を……払ってお願いしたの?」

「そうよ。私みたいな底辺貴族の令嬢が、王太子と結婚できるわけないし。恋人のふりをする契約金をもらわないと損よ」

「ジュリエットごめんなさい。わたくしのワガママのせいで……」

「いいのよ。リリアーナは気にしないで。弟さんを探すために、婚約を破棄しないといけなかったのでしょう?」


 リリアーナはこくりと頷いて、寂しげに微笑んだ。


 事の起こりは、リリアーナの弟ユリシスが何者かに襲われて行方不明になったことから始まる。

 自ら探しに行きたいけれど、王太子の婚約者の身では王都を出る許しも得られず。

 リリアーナ側から婚約破棄を申し出るのは、クレメンス家が王家から疎まれかねない。

 王太子の意思で婚約破棄をした。そう周りから見えるように一芝居打ったのだ。


「ユリシスがどこにいるのか、あてはあるのか?」


 ロミオの問いに答えたのは、リリアーナの従者ジェイドだった。


「ユリシス様は国外に留学なさっていました。今回ご帰国の途中、我が国内で賊に襲われたようです。行動を共にしていた従者の話では、襲われた後の行方はわからないと」


 ジェイドは地図を持ってきて広げると、襲撃された場所を指さした。王都から遠く、クレメンス辺境伯の領土に近い土地だった。


「何者かはわからない。でもユリシスを殺そうとした者は、もしユリシスが生きていたら、また殺しにくるでしょう」


 そう言いながらリリアーナは短くなった髪を撫でた。そこでジュリエットは気付く。


「まさか……リリアーナ。ユリシスに成り代わるつもり?」

「あくまで囮。もしもユリシスが生きていたら、今も危険な状態かもしれない。わたくしがユリシスのふりをして、敵を引きつける」

「それはリリアーナが危ないだろう!」


 ロミオが慌てて立ち上がると、ジェイドがリリアーナを守るように前に出る。


「俺がリリアーナ様をお守りいたします」

「ありがとうジェイド。それに私の剣術の腕前は、ロミオも知ってるでしょう?」

「ロミオ、リリアーナより弱いものね」


 ジュリエットがちゃかすと、ジェイドが哀れみの目でロミオを見た。


()可哀想なことです」

「……ジェイド、悪意を感じるぞ」

「滅相もない。ただ事実を申し上げただけです。この中で俺が一番強く、次がリリアーナ様。女性に勝てないのは()可哀想かと」


 ジェイドの言葉に反論できず、ロミオが黙り込んだ所で、ジュリエットが大きな笑い声をあげた。


「笑うな! ジュリエットは剣を持ったこともない癖に」

「当たり前でしょう! 普通の令嬢は剣なんてもたないわよ。リリアーナが特別なの! ……懐かしいわね。三人が剣術を学んでるのを、私が見学してた頃を思い出すわ」


 ジュリエットの言葉に、残る三人も昔を思いだす。

 ここに集う四人は、世間では知られていないが幼なじみだった。時に共に遊び、共に学び、育んできた絆があった。

 だからこそ、リリアーナは己の我儘を押し通せたのだ。


「みんな、本当にありがとう。でも、やっぱりジュリエットには申し訳ない。わたくしは、てっきりロミオとジュリエットは結婚するものと思っていたわ」

「……」

「あ、ありえないわよ!」


 ロミオが何かを言いかけて、ジュリエットが割って入る。


「ユリシスを助けるために、ロミオと契約で恋人のふりしてるだけよ。ユリシスの無事が分かったら、すぐに恋人契約は解消だわ。ロミオなんて……」

「僕なんて……とはあまりに酷くないか? これでも王太子だぞ」


 肩を落としてがっかりするロミオはあまりに可哀想だ。ジュリエットはそっぽをむいているが、その目がかすかに潤んで見える。

 リリアーナは常々、ロミオとジュリエットがお似合いのカップルだと思っていたので、自分が身を引いた方が二人のためにもなると思っていたが、そう簡単にはいかなさそうだ。

 黙って見守っていたジェイドが口を開いた。


「いずれ恋人契約を解消するとして、ジュリエット様はどうなさるのですか? 王太子殿下なら代わりはいくらでもいるでしょうが、今回のことでずいぶんと悪評を買ってしまったのでは?」

「そうね。社交界を退いて、商売をするつもりよ。男なんて選び放題なくらいしっかり稼ぐの」


 胸を張って堂々と宣言するジュリエットの勇ましさに、思わずリリアーナは拍手した。


「そういえば、ロミオから貰ったお金を投資したのだけど……」

「おい、もう僕の金を使い込んだのか?」

「うるさいわね。もう私のお金よ。最近、小麦と鉄鉱石が急激に値上がりしてるの。何かあると思わない?」


 ジュリエットの言葉にジェイドは淡々と答えた。


「小麦はパンを、鉄鉱石は鉄を。つまり食料と武器ですか」

「戦争の匂いがするな」


 ロミオまで深刻な顔を作る。先ほどまでの賑やかな空気は鳴りを潜め、重い空気が漂う。


「値上がり始めたのが一ヶ月前くらい。ユリシスがいなくなったのは?」

「一ヶ月前。まさか、ユリシスの失踪が戦争の引き金に?」


 リリアーナが驚くと、ロミオは真顔で頷いた。


「ユリシスはクレメンス辺境伯の跡取りだ。国境を守る辺境伯に因縁をつけて、隣国が戦争に引きずり込もうとしているのかもしれない」

「儲かるのは戦争の当事者だけじゃないわよね? 実際、小麦と鉄鉱石は値上がりしてるし、戦争になれば物が売れるもの。戦争してほしい誰かが、火種を捲いてるのかも?」

「国内、国外問わず、誰が敵で誰が味方か解らないのでは、誰も信用ならないかと」


 ロミオの推測も、ジュリエットの指摘も説得力があり、ジェイドの言うとおり、ここにいるメンバー以外誰も信用できないとリリアーナは思っている。

 あれこれと推論を浮かべても、情報が足りないから答えはでない。


「わたくしがユリシスの振りをして、敵をおびき寄せるしかないですね」

「お供いたします」

「王都の動きは僕が見張っておく。何か分かったら連絡しよう」

「市場の値動きは私がみておくわ。他にも何かわかったら知らせるわね」


 リリアーナとジェイドが立ち去ろうとした所で、ロミオが引き止める。


「リリアーナ。これを持っていってくれ」

「これは……王家の家紋?」


 柄に王家の家紋が入った、見事な彫刻の小刀を受け取ってリリアーナは戸惑う。


「もしも旅先でトラブルにあったら、これを見せるといい。王家の関係者に喧嘩を売れる者はそうそういないだろう」

「ありがとう。ロミオ」

「私からも贈り物があるのよ」


 ジュリエットが差し出したのは、鎖に金属板を繋げた武骨な首飾りに見えた。金属板には模様が刻まれている。


「これは国中に広がる大商会の手形よ。どこの街にも商会の店があるから。そこでこれを見せれば、金を都合してくれるわ。路銀はあればあるだけいいでしょう?」

「……どうやってこれを?」

「この大商会は商売の取引先なの。遠慮なく使って」

「ありがとう。ジュリエット。愛してる」

「私もリリアーナを愛してるわ」


 リリアーナがジュリエットの頬に口付けすると、ジュリエットはリリアーナの頬に口付けを返す。


「……相変わらず、二人は仲がいいな。まったく」

「本当に……仲がよろしいようで」


 女性陣の仲が良すぎる姿を、男二人は微妙な目で見守った。





 舞踏会から一夜明けた朝。リリアーナは旅支度を整えて、男物の服を着た。短く切り揃えた金髪と白磁の肌。腰に剣をぶらさげ外套を纏うと、凛々しい少年に見える。


「ジェイド、どう? ユリシスに見えるでしょう?」

「お上品すぎます」

「え?」


 ジェイドは眉間に皺をよせて、こんこんとつめる。


「男物の服を着ていても、歩き方、仕草、言葉遣い。すべて貴族のご令嬢にしか見えません」

「そ、そう……ですか? じゃあ、こうかしら?」

「お綺麗でございます。もう少し足を広げて歩いて」

「これならどうです?」

「お美しくあられます。小指を立てない」

「んんん、じゃあ、これなら」

「……お可愛いこと」

「もう! どうすればいいんですか!」


 リリアーナが困ったようにため息をつく。ジェイドは眉間の皺を緩めて膝をつき、リリアーナの手を取った。姫君に付き従う騎士の誓いのように、手の甲にくちづける。

 ジェイドの亜麻色の髪が陽の光に照らされて、男らしく精悍な顔立ちに彩りを添えていた。

 驚きでリリアーナが頬を染めると、ジェイドにしては珍しいくらい優しい笑顔を浮かべた。ジェイドの翡翠の瞳から目を逸らせない。


「リリアーナ様。いえ、今日からはユリシス様ですね。俺が貴方を守ります。ですから、どうぞ貴方はご自由に」

「……ありがとう。ジェイド」


 リリアーナが微笑みながら手を離そうそした所で、強く握り返される。


「……自由に生きていただいて構いませんが、もう少し早くお着替えできませんか? これからは侍女のいない生活になるのですから、身支度はご自分でなさらないと」

「……わかってる。努力する」

「俺が手伝いましょうか?」

「そ、それは! ダメです!」

「……でしょうね」


 残念そうに手を離すと、ジェイドは何かを呟いた。リリアーナには聞き取れなかったが、その表情は酷く甘く見えた。


「……ジェイド」


 真意を問いかけようとした所で、ドアがノックされた。リリアーナの元に来客がやってきたようだ。通すように告げると、ジュリエットが部屋の中に入ってくる。


「リリアーナ、ううん。今日からユリシスね。とっても凛々しいわ。本物の王子様みたい」

「ジュリエット。どうしてここに?」

「親友が旅立つのだもの、見送りにきたのよ。本当はロミオも来たかったみたいだけど、流石に婚約破棄の直後に、クレメンス家の屋敷に近づくのはね」

「それはそうですね。来てくれてありがとう」


 そう言いながら、リリアーナがジュリエットに近づくと、ドレスが汚れているのに気付いた。


「それは?」

「ああ、これ? 出かけにインクをかけられたの。避けたけどちょっとかかっちゃった。ああーあ。もったいない。良い生地を使ってるのに」


 ジュリエットは明るく笑ってみせたが、婚約破棄させたせいで悪女と噂されて、嫌がらせを受けたのだろう。


「わたくし……ボクのせいだ。ジュリエットを悪女にしてしまった」

「気にしないで。ユリシスが無事に戻ってきたら、さっさと恋人契約を解消して自由に生きるんだから」

「……それで、本当にいいのですか? ジュリエットはロミオのことが好きなのではないの?」


 ジュリエットがさっと顔色を変える。ちらちらとジェイドの顔を見ると、気を利かせてジェイドは部屋を出ていった。

 乙女同士の会話に、男がいるのは無粋だという風に。

 ジェイドが出ていったのを確認し、ジュリエットは憂いを帯びた瞳で語る。


「そうね……私はロミオが好きよ。ずっとそうだった。リリアーナとの婚約が決まった時、こっそり泣いちゃうくらい」

「ごめんなさい」

「謝らないで。でも、ロミオが好きなのは私じゃないから」

「え? そうは見えない。二人はとてもお似合いです」


 親が決めた政略結婚でしかないロミオとリリアーナより、幼い頃から互いを思い合ってきたロミオとジュリエットが結ばれるべきだ。そう思ったから、婚約破棄劇の協力を頼んだのだ。

 なのに、ロミオが好きなのはジュリエットではないのはおかしい。リリアーナはそう思うが言葉にはできなかった。幼馴染とはいえ、二人の恋愛に口出しはできない。


「いいの、気にしないで。私の心配より、自分の心配をしてね。ちゃんと怪我せずに帰ってきてね。待ってるから」


 ジュリエットは花のように可憐な笑顔を浮かべた。その優しさにリリアーナも微笑む。


「ありがとう。行ってきます」


 親友に見送られユリシスに扮したリリアーナは、従者のジェイドと共に旅立った。



 ジュリエットが行方不明になったと、リリアーナが聞いたのはその一ヶ月後。

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