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三つ手の彼!

腕が三本ある彼と、そんな彼に恋をするちょっとテンションが高い女の子のラブコメディ


・各話タイトル

【第一話】〈五月〜七月〉ライド・オン!

【第二話】〈八月〉続くこともあるんです

【第三話】撃ちぬいたもん勝ち

—————————————————————

【第四話】〈九月〉風の到来

〈五月〉


「どうだ、凄いだろう?」


 朝のホームルーム前の教室で、彼は得意げにジャグリングを披露する。


「う、うん! 凄いね! 回ってるね!」

「そうだろう? 回っているだろう?」


 ヒュンヒュンと空中を行き交う三つのボール。


 ボールを三つ使ったジャグリングは凄い。私は出来ない。二つなら出来る。三つだと、どのボールを最初に投げ上げていいのかも分からない。だから三つのジャグリングは凄い! よね?


「もっと速く回すことも出来るぞ?」


 彼が得意気に言う。

 見せたいのかな? 見せたいんだろうな。よーし、ここは乗っかれ! 乗っかれ私!


「ホント!?」

「本当だ。見たいか?」

「うんうん! 見たい見たい!」

「よーし……」


 彼は腕を忙しなく動かしてボールを高速回転させる。わあ! ボールがめまぐるしい! 思った以上に速い! 三つのボールの軌道が繋がって一つの円を描いてる!


「どうだ? 速いか?」

「凄いね! 速い速い!」

「いやあ、照れるな」


 あ、嬉しそうに照れる顔! はああっ! その顔を見れただけでも乗っかって良かったなーって思えるよ。うん。良かったなあ。


 彼と私の楽しい時間。

 その春色の雰囲気に水をさすように溜め息が飛び込んでくる。


「なー、オッチ、こいつなら三つのジャグリングくらい出来て当たり前だろ? 普通、出来るんだよ。凄くも何ともねえよ」


 彼の隣の席で雑誌を読んでいたエンドウがうんざりした表情で言った。エンドウの髪の毛は今日もつんつんだ。つんつん頭は触ると痛い。その後怒られる。


「何言ってるんだ佐屋(さや)。お前は二つまでしか出来ないだろう。二つしか出来ないお前が言っても嫉妬にしか聞こえないぞ」


 ムッとする彼。はああっ。そんな顔も良いなあ。ちょっと叱られてみたい。ちょっとだけ……。ちなみに佐屋というのはエンドウの本名だ。サヤエンドウ。エンドウはあだ名。どうでもいいかな?


 言い返されたエンドウもムッとした。うーん。普通に怖い。叱られたくない。


「あのな、俺とお前じゃハンデがあるだろ! お前は腕が三本あるじゃねえか! 三つのボールでジャグリングなんて楽勝に決まってるだろ! 俺が二つでジャグリングするのと難易度は同じだからな、それ!」


 エンドウのつんつんツッコミがさくれつした。つんつんツッコミとは! とか、説明する気はない。


 だから! その代わりに彼のことを説明しようっ! 彼は腕が三本あるのだ! 三本目の腕は胸の中心からにゅっと生えている。にゅっ。以上! 説明終わりっ!


「ほう。じゃあ俺が四つのボールでジャグリングしたら、お前は負けを認めるのか?」


 彼は不敵に笑う。はーふっ! その顔も良い! ダークだね! 渋い悪役とか好きだよ!


「ふん、はったり効かせようったって無駄だぜ。お前が三つまでしか出来ないのは知ってんだ」


「フフフ、佐屋よ。人は日々進化する生き物なのだよ」


 そう言うと彼は鞄からもう一つボールを取り出した。……なんか、今チラッと見えた限り鞄の中にすっごい沢山ボールが入っていたような。というかボールしか入っていなかったような……。


「本当はこの後落合(おちあい)に披露する予定だったんだがな。まあいいだろう」


 えっ、わ、私にっ⁉︎ わ、わわっ、それって私のためって意味で良いんですか! イーンですかね?


「本当!?」


 すかさず訊く。気になったことはすぐ訊く。彼は首だけでゆっくりこっちを向くと、無表情で頷いた。


「ああ。落合だけはいつも褒めてくれるからな。そのお礼に新技を見せようと思って、ずっと練習してたんだ。それに、落合以外は誰も褒めてくれないんだよ。俺の三つジャグリング」


 そりゃそうだ。だって手も三つあるんだもんね。私だってあなたじゃなければ褒めないよ!

 はーっ、でも嬉しいなあ。私のために練習してくれたんだ。わ、私のためにっ! はああっ、自分で言ってて恥かしいっ!


 ああ! だから鞄の中にボールが沢山あったんだね! でもあれは持って来すぎだと思うよ!


「さあ、とくと見よ!」


 彼は四つのボールを三つの手に持ち、ジャグリングを開始した。


「すごいっ! 出来てる! 出来てるね!」

「そうだろう。出来てるだろう?」


 四つのボールはよどみなく彼の手と手の間をひょいやらひょいやら回り続ける。わあっ! なんか感動! やっと普通に褒められそうだよ! なんだろこれ、すっごい嬉しい! 練習したのは彼だけど、三つのジャグリングを褒め続けてきた私の努力も報われたって感じだよっ!


「回っているだろう? 四つが回っているだろう?」

「うんうん! ちゃんと回ってるね! 四つが回ってるよ!」

「佐屋、どうだ。これで負けを認めるか?」


 彼は勝ち誇った顔でエンドウを見る。これは勝ったよ! エンドウが負けを認めたらどさくさに紛れて彼とハイタッチしようっと!


「……んなもん、まだ分かんねえだろ」

「ほう。それはどういう意味かな」

「お、俺が三つでジャグリング出来たら引き分けだ! それでいいだろ!」

「ふーむ。落合はそれでいいか?」


 えっ。なんで私?


「落合はジャッジだ。第三者だからな。ジャッジしてくれ」


 ジャッジ! わたくし落合は今からジャッジとなりました! それではジャッジを行います!


「ダメです」

「な、なんでだよっ! 別にいいだろ! た、頼むオッチ、負けたくないんだ」


 ええーっ。そんなに? そんなに悔しいの? ジャグリングだよ? ううーん、男子ってこういうとこが分かんないんだよなあ。仕方ないなあ。


「分かったよ。いいよ。その代わり、一発勝負ね!」

「お、おおっ! 任せとけ! よし、やるぞ。俺は勝つ!」


 出来ても引き分けだけどね。


 エンドウは彼からボールを受け取り、精神を集中させている。


「ふー……うし。いくぜっ。ほっ。……くっ、このっ! ああっ……」


「ジャッジ! エンドウの負け!」


 あああああ……。と、エンドウはその場に崩れ落ちる。

 彼は無表情ながらも小さくガッツポーズ! ひゅー! 冷静と情熱のあいだ!


「ち、ちくしょう……!」


「お、勝敗が決まったところでちょうどチャイムが鳴ったな。落合、筆記用具貸してくれ。俺今日全部忘れた」


「ジャッジ! 喜んで!」




〈六月〉


 季節は夏……の前の梅雨! 雨はびっしゃら降りやまない。雨に降られると私は非常に困る。なぜなら、私はチャリ通だからだ。


 私を産んでくださった偉大なお母さま! どうかこの哀れな娘に定期を買ってください! 電車通学がしたいんです!


『いやよ』


 ああっ! 母の声が聞こえた気がする! うう、雨の日の自転車は最悪だよ……。濡れるし、カッパはダサいし、転んで小学生に笑われるし、カッパはダサいし……。朝からブルーだよ……。


「お、落合か。おはよう。ここで会うなんて珍しいな」


 うわーっと! 目の前に彼が! やったあ! あさイチ! 恵みの雨! ちなみにここは駐輪場!


「おはよう! ホントだね、珍しいね! あれ、カッパは? 着て来なかったの?」


 彼はカッパを着ていなかった。でもほとんど濡れてない。雨はかなり強く降ってるのに。


「いや、着ていたんだけどな、途中で破けてしまったんだ。ほら」


 彼は自転車の籠からボロボロのカッパを取り出した。


 う、うわあ。破けてるっていうか、さ、裂けてる! 草とか土もついてるし。これ、どうなったらこうなるの?


 そんな疑問を浮かべる私の表情を読み取ったのか、彼は説明を始めてくれた。こういうとこ好き!


「なんかな、反対側の道にもう一人チャリ通の奴がいたんだけど、そいつが盛大にすっ転んでな。それを見た小学生達が大声で笑っていたんが、そのあまりの笑いっぷりに目を奪われていたら、俺も歩道脇の植え込みに突っ込んでしまったんだ。これはその結果のカッパだな」


 それ私だよっ! あああっ! 見られてたああ! うう、恥かしすぎる……。ご、ごめんね。間接的とは言え、私のせいでカッパが破れちゃって……。ダサいけど、カッパはカッパだもんね……。


「あいつ大丈夫だったかなあ。凄かったんだ。文字通り吹っ飛んでたからな。うちの学校指定の雨具だったと思うんだが……。あれ、落合、膝から血が出ているじゃないか。どうしたんだ、それ」


 うっ! 見つかった。ど、どうしよう。恥ずかしいけど、でも、転んだって素直に言ってカッパのことを謝った方がいいよね……。元は私のせいみたいなものだし……。

 うん、そうしよう。言おう。よし! 言うぞ! 私は言う! 犬のウンチを避けようとしたらスリップして自転車から五メートルくらいふっ飛ばされました! って言うぞ! いざゆかん愛の試練! 私を産んでくれた偉大なお母さま! どうか哀れな娘の恥ずかしい告白を見守っていてください!


『言わない方がいいわよ』


 ああっ! また母の声が聞こえた気がする! でも、私は言います! 愛は気持ち! 素直な心! 私は今、それを試されているような気がするからっ!


「こ、これは、あ、あのね、犬のね、犬のウ、ウン、ウン……」

「うん? 何だ?」

「――うんと! そう! うんと蚊に刺されて! 痒くてたくさん掻いちゃったの!」


 ああああっ! やっぱり言えない! ウンチなんて無理! うう、お母さん……。私の愛は犬のウンチに負けました……。


「そうか。痒いもんな。俺もダメだと分かっていても血が出るまで掻いてしまう時がある。そうだ、ちょうどいいものがあるぞ。ほら」


 そう言うと彼は、鞄から取り出した何かを私に渡してくれた。


「そいつを貼っておくといい。痒くても多少我慢出来る」


 あ! これ、絆創膏! 地域によって呼び方が違うことで有名な! あの絆創膏だね! 私も一度でいいからこれを、サビオ、とか呼んでみたいよ! こんなものを常備してるなんて、感心しちゃうなあ。


「ありがとう! 大事に使うね! この絆創膏」

「絆創膏? ……ああ。サビオのことか」


 よ、呼んでる! サビオって呼んでる! じゃあ、どっかからこっちに引っ越してきたのかな? 今はどの辺に住んでるんだろ? そういえば聞いたことないなあ。

 あれ? というか、転んだ私を見かけたってことは、ひょとして、家の方向は同じなんじゃ……。も、もしかしたら一緒に登校したり出来るかも!


「あ。そろそろ予鈴が鳴ってしまうな。教室へ行こう」


 彼はビニール傘を掲げて歩き出す。たぶん途中のコンビニで買ったんだろう。私はカッパだ。蛍光色を振りまきながらついていく。

 もうね、すっごい目立つんだよ、これ! 事故防止も兼ねてこの色合いらしいけど、これで事故にあったら詐欺だよ! 詐欺!


「じゃあ、今日は傘差し運転で来たの?」


「いや。傘は差しながら来たけどな。運転はしてないぞ。危ないからな」


「ええー、でも、それじゃあどうやって自転車を……」


 そこまで言ってハッとする。そ、そうか! 両手で自転車のハンドルを握って、真ん中の手で傘を差せば……!


「傘差し運転は得意だけどな。凄く安定感があるってよく言われたよ。でも、先生に見つかると必ず校門で止められるし、危ないから、雨の日はやっぱりカッパだな」


 手が三つあるって便利だなあ。私もちょっと欲しいなあ。とその時初めて私は思った。




〈七月〉


 夏! 彼は野球に打ち込んでいる。彼は野球部だ。そしてなんと! 彼は一年生にしてレギュラーになったらしい! 凄い!

 正直、野球に触れたことがほとんどない私には凄さがよく分からないんだけど、皆が彼のことを褒めてたから、私もなんとなく褒めている!

 彼を褒めるのはすっかり得意になった。この分野なら誰にも負けない自信がある! こういう大会とかないかなあ。


 野球のことは知らないけど、でも、夏といえば甲子園! くらいは知っている。高校生なら誰だって知っている。

 野球部が勝ち進むと、生徒は無理矢理応援に駆りだされたりする。負けると野球部員の頭が青くなる。それが甲子園。


「あいつな、守備がうめえんだよ。すげえよ。あいつの守備は。まずな、何が凄いかって――」


 ふんふん。私は一生懸命、分かった振りをしながら頷いた。守備が上手、という初めの言葉以外は正直さっぱり分からない。


 でも、私にだって、守備と……攻め? 攻撃! くらいは分かる。バットを持つ方が攻撃! 外野がダルそうにグラウンドの隅まで駆けて行く方が守備。それくらいは知っている。


「オッチも見れば分かるぜ。あいつの凄さがよ」


 自分のことじゃないのに、エンドウはなぜか自慢気だ。


「分かるかなあ。私野球なんてさっぱりだし」

「インパクトがあるからな。素人目にも分かるはずだ」

「インパクト?」

「ああ。ぶったまげるぜ。なんなら放課後、校庭に見に行くか?」


 ……いや、まさか。そんな筈ないよね? 



(放課後!)



 ――ああっ! あーっ! やってる! やっぱりやってる! グローブ両手につけてるーっ!


 いいの!? あれ! いいのかな? いやあ、流石にダメだと思うなあ……。なんか周りの人も、ウチのチームの最終兵器! みたいな感じで接してるけど、やっぱりダメだと思うよ!


「どうだ? すげえだろ? 俺とあいつは中学ん時、ショートとセカンドでコンビ組んでてよ、県の準決まで行ったんだぜ」


 ショート? セカンドは『二』だから真ん中にある塁だよね。うん、それは分かる。でもショートってどこ? 分からないけど、今彼がいる場所がそうなのかな。なんか、セカンドの横? 中途半端な位置に思えるけど。


「ほら、次あいつの所にボールが行くぜ。よく見てな」


 私は遠くで練習に励む彼に目を凝らした。


 ズーム愛!


 キン、と高い音がして、打者に打たれたボールが勢い良く彼のいる方向へ転がっていく。彼はそれを――やっぱり左右にはめているグローブの片方でキャッチし、真ん中の手で素早く『一』の塁に送球した。

 ううん、流れるような動きだったけど、やっぱりあれはダメだと思うなあ。


「な? すげえだろ? 惚れなおしたか?」

「う……って、え!?」

「何驚いてんだよ。いい加減見てりゃ分かるっての」


 ええっ! 私って、そんな分かりやすかった? うそ! 自分なりに上手く感情を抑えつつ愛情を注いでいたつもりだったんだけどなあ。やっぱり滲み出てたのかなあ。なんか照れちゃうね!


「あいつな、ああ見えてモテるんだよ」

「う、うそ! あ、いや? ほ、ほんと! どっち!」

「落ち着け。まあモテるはモテるんだが、なんつーのかな、オッチみたいな奴にモテるんだ」


 私みたいな……? そ、それって、こんなに、こーんなに彼が好きな感情が止まらない! って感じの女子にってこと!? や、やばいよ……超強力なライバルだよ……。どうしよう……。


「昔から、変な女ばっか寄ってくるんだよなぁ。やっぱあの腕がいけえねえのかなぁ」


 変! 変じゃないよ!

 それに腕は関係ないよ! 確かにちょっと個性的で最初は目がいっちゃったけど! それで好きになった訳じゃないからね! ちゃんと中身で好きになりました! 人は中身が大事! 腕が二本でも三本でも四本でも! 私は彼のことが好きになってたよ!


「ま、頑張れよ。俺はあいつよりはオッチの方が相性良いと思うぜ」

「あ、あいつって……? あいつって誰?」

「……風」

「えっ」

「風みてえな女だ」


 ……ど、どういうこと……?


「フッ。じゃあまた明日な」


 ち、ちょっと待って! 何それ! ちょっと!


 おおーい、待ってよう! ……ダメだ。行っちゃった。

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