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魔王の娘と旅をした。

幼い頃に両親を魔族に殺された少年アデルは、魔族根絶を目標に生きてきた。

村長の家の下男としての過酷な労働に耐えながら、日々武術や知識の研鑽に余念がなかった。


そんなある日、世界を揺るがすような事件が起きた。

彼の部屋を訪れた少女ノインが、こう告げたのだ。


「妾は魔王の娘じゃが、人間と争いたくはないのじゃ。じゃから未来の勇者殿。妾と結婚してはくれまいか?」


実現すれば意義ある政略結婚となるが、もちろん世界はそんな二人を許さない。

ほどなくして対人間強硬派の魔族がアデルを襲い、王国騎士団がノインを襲った。

二人は共に助け合いながら窮地を脱し、そしてそのまま旅に出た。


魔族絶対殺す勇者(の卵)と、平和主義者の魔王の娘。

二人は悩み、話し合いながら各地を歩いた。

平和とは何か、愛とは何か。どうすれば人と魔族はわかり合えるのか。

これは悩める二人が旅した十年を描いた、奇跡の物語である――

 俺の名はアデル。歳は十五。

 大陸西端カルディア王国のさらに端。人口三百人の寂れた村の村長の下男をしている。


 下男と言えば聞こえはいいが、ほぼ奴隷だ。

 今にも崩れ落ちそうなあばら家に住ませてもらえること。

 しなびた野菜やくず肉をわけてもらえることと引き換えに、あらゆる雑用を任されている。

 雑用の内訳は掃除に洗濯、薪割りに畑仕事に家畜の世話に――


「あててて……。あの野郎、思い切り叩きやがって。木剣ぼっけんとはいえ、下手したら死ぬぞ?」


 その日も俺は、体中の痛みに耐えながら家路に着いた。


 俺は同い年の村長の息子ガルムに剣術修行――という名のいじめを受けている。

 木剣を使った打ち合いだが、俺が勝つことは許されず、終始受けに回ることを強制される。

 小さい頃はそれでも良かったが、このぐらいの歳になるとしゃれにならない。


「『立って帰れるだけマシだろ』だと? ――ふざけんな」


 別れ際のあいつの言葉を思い出すと、ハラワタが煮えくり返るようだ。

 一度本気で叩きのめしてやりたいところだが、そんなことをすればきっと、明日には路頭に迷うこととなるだろう。 


「……これも仕事の内ってか? やってらんないぜ」


 ぼやくうち、村外れにある家に着いた。


 野宿よりはマシという程度のあばら家の、軋むベッドに腰掛けながら俺は、小さな壺の中に入った軟膏を傷口に塗りこんでいく。


「……うっ」 


 薬草を集めて作った軟膏には痛みを止めて傷の回復を早める効果があるが、しょせんは気休め。僧侶の神聖術や魔法使いの治癒術には叶わない。


 かといって教会に頼むには金がかかるし、村で唯一魔法の使える村長の娘ネモフィラに頼むには、性的ご奉仕が必要だ。

 色狂いの女の足元にひざまずき、つま先を舐める。そんなのはまっぴらごめんだ。

 

「死にやがれ、クソったれども」 


 軟膏を塗り終えた俺は、毒づきながらベッドに横たわった。

 同時に、思い出したように腹が鳴る。


 そういえば、昼にカチカチのパンと豆スープを口にして以降は何も腹に入れていない。

 食事を用意しなければならないのだが、野草を摘むのも、ウサギ罠を見にいくのも正直辛い――


「……おおっと、おまえいいところに来たなあ~?」


 熱のせいだろうぼうっとした視界の端を、鼠が一匹チョロついた。


「たしか串焼きにして食う地方もあるんだっけなあ~?」

「――さすがにそれはやめておけ。腹を下すでは済まないぞ?」


 鼠を捕まえようと手を伸ばした俺に、不意に誰かが話しかけて来た。


「……はあ?」


 ドキリと心臓が跳ねた。


 いつの間にか、室内に誰かがいる。

 すぐ横、手を伸ばせば届くような距離に立っている。


 入り口に仕掛けておいた侵入者用の罠はどうなった?

 つうか、物音はもちろん気配すらさせずにどうやって……っ?


「――てめえ誰だ?」 


 ベッドから飛び降り、身構える。


 年の頃なら十五、六の女だ。

 手入れのされた白い肌、メリハリのきいた肢体。背中まで届く金髪が豪奢に波打っている。

 どこぞの貴族のお嬢様なのだろうか、黒いドレスと臙脂色のコルセットに施された金細工の見事さは、思わずため息が出るほどだ。

 しかし――

 

「斧槍……?」


 驚くべきことに、女は斧槍を背負っていた。

 大人の男ほどもある大きなもので、背負うだけでも女には難しいはずだ。

 しかも―― 


「なんだ……この匂い?」


 俺は思わず顔をしかめた。


 嫌な匂いじゃない。

 男なら一瞬でコロッといっちまうような蠱惑的な香りだが、俺は知っている。

 これは……不快極まるこの匂いは……。


おまえ(・ ・ ・)魔族だな( ・ ・ ・ ・)?」

「ほう、見事じゃ」


 俺の問いかけに、女はパッと顔を輝かせた。

 

「さすがはわらわが見込んだ男よ。高位の僧侶や魔法使いでもなかなか見抜けぬ『変化の術』を、匂いひとつで見破るとはな。わっはっはっは」


 さも嬉しそうに女が笑うと、辺りに濃い霧が立ち込めた。

 次の瞬間には霧は晴れ――かと思うと、女の姿が変貌していた。

 造作の美しさそのものは変わらないが、頭に山羊の形の角が生え、尻からは先端の尖った尻尾が生えている。


 変化の術とやらを解いたのだろう。

 ということは、これこそが女の真の姿というわけだ。

 人間の言葉を解し、術を使う。つまりは相当な高位にある魔族ってことだが……。


「ちくしょう、よりによってこんな時に……」


 俺は呻いた。


 傷や疲労は、気力でなんとかなる。

 問題は武器だ。

 手近にある武器は台所の包丁と、表の切り株に刺さっている鉈のみ。

 物置には対魔族用に集めておいた武器があるが、まさかのんびり取りに行かせてはくれないだろう。

 助けを呼べば近隣の村人が犠牲になるだけだし――ならばこのまま、殺るしかない。

 

「おっと、どうした? そんなに殺気を膨らませて」


 女は両手を広げ、余裕の態度を崩さない。


 舐めてやがるな?

 こんな子供に何ができると侮っているんだろうが……。


「おお、そうか。名乗りが遅れたことに怒っておるんじゃな? 妾が礼を失しておると。そうか、こいつはすまないことをした」

「うるせえ――」


 俺は包丁を手にすると、女に向かって走り出した。


「妾はノインペリフィ=アスモダイ。人呼んで『金月姫きんげつきノイン』。現魔王マハザントの娘で……」

「――魔族は死ね!」


 得意げに語る女の胸に向けて、まっすぐ突き込んだ――が、刃先が肌に刺さらない。

 金属で出来てでもいるかのようにカチンと弾かれ、傷ひとつけられない。


「……はあ?」


 呻いた瞬間、天地が回った。

 気が付くと、俺は仰向けになって床に横たわっていた。


 投げられたのはすぐにわかった。  

 だがそれ以上に衝撃だったのは、己の力の及ばなさだ。


 女は「にひひ」と男みたいに笑いながら、絶望する俺の顔を覗き込んできた。


「イキがいいのう。さすがは未来の勇者にして、妾の夫となる者よ」



 □ □ □



 魔王の娘と名乗る女――ノインは、それから毎日姿を現した。

 近所の友達の家に遊びに行くような感覚でふらりと家にやって来ては、くだらない話をして帰っていく。


 もちろん俺は何度も殺そうと試みたのだが、殺せなかった。

 不意打ちで喉を突いてもダメ、熊用の罠も踏み壊される。

 かといって正面から戦えば、デカい斧槍を小枝のように振るってあしらわれる。


「……なんでおまえは、そんなに強いんだ?」


 毒入りのお湯を飲ませてもけろっとしていた時には、さすがに頭を抱えた。


「そりゃもうそなた、魔王の娘じゃもの」


 ノインは豊満な胸に手を当ると、誇らしげにふふんと笑った。


「持って生まれた素質の違いってわけかよ?」

「まあそうじゃな。じゃが、素質というだけならそなたも負けてはおらぬはずじゃぞ?」


 ノインは俺に、まだ開花していない素質があるという。

 当代の『勇者の資質』。

 対魔族の最終兵器たるそれが、近々に目覚めるだろうという。


「ふん、信じちゃいねえが、もしそうだったら嬉しいぜ。おまえら魔族をぶっ殺せるんだからな」

「これこれ、そう剣呑なことを申すな。何度も言うが、妾はそなたと戦いに来たのではないぞ?」


 ノインはプウと頬を膨らませる。


「求婚しに来たのじゃ。妾は魔王の娘、そなたは勇者。二人が結婚すれば向こう百年、子供らの出来次第では未来永劫の平和が築けるかもしれぬからな」

「し……信じられるか、んなもんっ」


 なぜか赤くなった顔を見られまいと、俺はそっぽを向いた。


 ノイン曰く、魔族の中にも平和主義者はいるのだそうだ。

 自分自身がそうだし、それ以外にも多くの者が、長引く戦いに憂いを抱いているのだそうだ。


 だからノインはこう考えたのだ。

 魔王の娘と勇者の政略結婚、それこそが世界を平和に導く鍵なのではないかと。


「魔族はこの世にいちゃいけないんだ。共存なんてあり得ない」

「ふうむ……そなたはなんでまた、そこまで魔族を恨んでおるのじゃ? 雑用の合間に行っておる武術の鍛錬も、方々に隠してある武器も、人を殺せる罠に毒物の数々も、ちょっと異常な量じゃぞ?」


 ノインはどこか寂しそうに訊ねてきた。


「ガキの頃、親父とお袋を魔族に殺された。それ以外に理由が必要か?」


 斬りつけるような俺の言葉に、さすがのノインも言葉を詰まらせた。


「ほら、わかったらさっさと出て行くんだな」


 とどめとばかりに冷たく追い出したが――しかしノインは、その後も家を訪ねて来た。


 押しかけ嫁ぶって料理を作ったり、勝手に人のベッドに入り込んで来たり。

 俺らがぎゃあぎゃあと騒ぐのが面白かったのか、やがて近所の人らも家を訪ねて来るようになった。

 明るく豪快なノインは皆の人気者で、俺の周りには笑い声が絶えなくなった。

 

 そうして、三か月が過ぎた。



 ■ ■ ■



 魔族による家畜被害が多いことから、大人はもちろん子供たちにも外出禁止令が出ている。そんなある日のことだった。


 どんより曇天の中、近所のおばさん連中が俺の家に押しかけた。

 未だに戻らない子供の安否を口にし、不安がった。


「魔族の仕業だ!」


 俺は納屋から取り出した背嚢を背に負うと、ベルトに鉈を挟み、手に弓を持って家を出た。


「行先はわかっておるのか!?」


 全力で走る俺に、ノインもピタリとついて来た。


「この天気で子供が集まって遊ぶ場所なんて限られてんだよ! おまえも一度は行ったことあんだろ!?」

「……コーネリアの霊廟か!」


 かつてこの地に住まう魔族を退けた聖コーネリアを祀った霊廟が森の奥にある。

 地方貴族が建てた石造りの建物で、村の子供たちが遊び場にしている場所だ。


 読みは正解。子供たちは霊廟にいた。

 下は五つから上は十一まで、実に七人。

 聖コーネリア像の足元で固まって、震えて泣いている。


 子供たちの目の前にいるのは巨大な魔族だ。

 口の中に無数の歯が生えたミミズのような化け物が、霊廟の入り口にいる。


「こいつは……」

永遠蠕虫(エンドレスワーム)じゃ! 地中を移動し人を喰らう化け物じゃっ!」

「こいつはあの時の……っ」


 血が凍った、背筋が震えた。 

 覚えてる――そうだこいつは、あの時の(・ ・ ・ ・)魔族( ・ ・)だ。

 十年前に俺の両親を殺した――また戻って来たのかよ!


「くそっ、ビビってる場合か!」


 自分で自分の頬を殴ると、俺は叫んだ。


「おまえら動け! ジッとしてんな!」


 叫んだが、子供たちは動かなかった。


「その図体だ、小回りなんかきくわけがねえ! 像の裏に回っていったん距離を置いて、近づいたら走って逃げろ!」


 子供たちは動かない。

 というより、動けないのだ。

 恐ろしさで体が硬直していて、たぶん俺が何を言っても理解できない。


「ちいっ……!」


 俺は背嚢から毒の入った小瓶を取り出すと、鏃に毒を浸した矢を放った。

 狙いは過たず永遠蠕虫の胴を捉えたが、分厚い皮膚に傷ひとつつけることが出来ない。

 ならばと鉈の刃に毒を塗って思い切り叩きつけたが、こっちもやはり刃が通らない。

 くそっ、ノインといいこいつといい、魔族ってのはなんて硬いんだ。


「ちくしょう! 通れこの野郎!」

 

 どれだけ叫んでも、何度斬りつけても――


「なんでおまえらは! 人間ばっか襲うんだよ!」


 永遠蠕虫の肌には傷ひとつつかない――


「他にいくらだって食い物があるじゃねえかよ! そっちにすればいだろうが!」 


 毒の入った小瓶を投げつけたが、頭の一振りで弾き返された。 


「ちくしょう!」


 永遠蠕虫はこちらを振り返ると、無数についた歯をガチガチと鳴らした。

 ガチガチ、ガチガチ。

 まるで、俺の無力を嘲笑うかのように。


「きゃああああ!?」 

「やだ! 助けてえ!」


 永遠蠕虫は子供たちに向かって首をもたげると、のそり前進を開始した。


 こいつはおそらく、全員は喰わないだろう。一人か二人はわざと(・ ・ ・)喰い残すんだ。

 ちょうど十年前、泣き叫ぶ俺の目の前で親父とお袋を喰った時と同じだ。

 魔族だから、人の悲哀や絶望が大好物って連中だから。 


「……クソったれ」


 俺は無力だ。

 どれだけ鍛えても、敵の肌に傷の一つもつけられない。

 用意しておいた毒も弾かれ、飲ませる方法すら思いつかない。


 無力で愚かで――だが知っている。

 今ならひとつだけ、方法があることを。

 

「ノイン……頼むっ」


 後ろで戦いを見守っていたノインに、俺は懇願した。


「子供たちを、助けてくれよ」


 大嫌いな魔族に向かって。

 絶対に言いたくなかった言葉を口にした。


「なあ……俺、もう嫌なんだよ。自分のせいで誰かが死ぬの、嫌なんだよ。だから頑張ってきたんだよ。体鍛えてさあ、罠や毒の勉強もしてさあ。でも、現実は厳しいんだ。俺なんかじゃダメなんだ」


 喉が震える、拳が震える、涙が流れて、止まらない。


「助けてくれたらなんでもしてやる。寄こせというなら魂だってくれてやる。だからノイン!」


 ノインは黙って聞いていた。 

 腕を組み瞑目し、やがてひとつ大きなため息をつくと――


「言質取ったりー、と盛り上がりたい所ではあるのじゃが。どうも納得いかんなあ」


 なぜだろう、不満そうに眉間に皺を寄せている。


「心が籠ってない」

「……は?」

「妾も女。政略結婚とはいえ、殿方には心の底から愛して欲しいのじゃ」

「は? え?」

「よって、助けは無しじゃ。自力でなんとかせい」

「ちょっと待ておまえ……」

「ふん、まだ気づかんのか? そなたがもう目覚めていることに」 


 ノインはまっすぐに俺の目を指差した。


「ほら、そなたの右目に揺らぐ、炎の如き青き輝き。それこそは『救世眼』。世のため人のために身を捨てる覚悟を持つことで開花する『資質』の一つじゃよ」


 言われて気がついた。

 右目がジンジンと痛んでいる。

 目の周りに触れてみると、ドクドクと脈打つように震えてる。


「では、改めて挨拶しよう」


 ニヤリ笑うと、ノインは言った。


「アデル殿。いや――おはよう(・ ・ ・ ・)勇者殿( ・ ・ ・)

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