表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/26

婚活魔王(コブつき)を、幼女が勝手にプロデュース ~不幸を望まれた人質王女が、魔王国で溺愛されるまで~

 謁見の間の、ど真ん中。入り口から王座までまっすぐに伸びた赤い絨毯にチョンと正座して、私は亡きお母さまから叩きこまれた礼儀作法に倣い三つ指をついていた。


「魔王さま。本日からお世話になります、リコリスともうします。ふつつか者ではありますが――」


 言い切る前に、目の前から「はぁぁぁぁぁぁぁぁあー……」という、それはそれはものすごく深いため息が聞こえてきた。

 何だろう。何か間違えたのだろうか。


 いや、作法は完璧なはず。

 大好きだったお母さまの、母国の嫁入り挨拶。他国から嫁いできた上に体の弱かったせいで、お母さまから聞くお話は母国でのものが多かったけど、そのお母さまが楽しそうに話した『私が生まれた国』での話だ。


「貴女のお父様は、この挨拶でイチコロだったんだから!」


 そう言いながら満面の笑みでグッと親指を上に立てた姿を、そうして教えてもらった作法を、私が忘れる筈がない。

 でもじゃあ何で、彼はこんなにも深いため息を……?



 その答えがどうしても気になって、私はお母さまから教えられた「声を掛けられるまで顔は上げない」という作法を破ることにした。


 恐る恐る顔を上げてみる。

 王座には、一人の男が座っていた。カラスの羽のように黒い髪と、陶器のように白い肌。整った顔立ちの男性だけど、頭にある朱色の角だけが、彼が人間ではない事を視覚的に証明してきていた。


 頭の端で「国では魔族は、みんな『コガネムシ色の肌をしていて、血は緑』だって言われていたけど、少なくとも肌の色は普通だ」と考える。

 ……いや、今はそんな事よりも。


 彼は何故か、うなだれていた。自らの膝に肘をつき、その手で額を支えるような体制で前かがみになっていて。


「せっかく俺にも“嫁”ができると思ったのに」


 言いながら、彼は伏せていた顔を上げる。


 彼の灼眼に、やっと私の姿が映った。

 正座のまま、彼を見上げる私。肩より少し長い髪に、大きな瞳。ぷっくりとした頬とまだ幼い体。


「来たのがまさか、こんな()()()()()だなんて」


 これを嫁だなどと言ったら、逆に馬鹿にされるではないか。

 先日やっと五つになったばかりの私に、彼は再度ガックリと肩を落とした。





 王国では、『二百年にも及ぶ戦争の原因は、すべて魔王国――ひいては残忍な魔族たちのせいだ』と言われていた。


 普通の人間よりも高い魔力を有し、それを武器にして自分の意思を押し通そうとする。

 思い通りにならなければ、すぐに暴力で解決する。自らを上位種だと高らかに騒ぎ、戦闘能力的に下位にある人間を見下している。

 魔族が人間にした残虐な振る舞いは、数知れず。魔王国や魔族という存在は、私たち普通の人間にとっては、恐れるべき脅威以外の何物でもない。

 それが人間の国での常識だった。


 私は、そんな国に行くことになった。

 名目は『友好の証』。しかし実態は、人質だろう。おそらく「王族の娘をあげるので、王国には手を出さないでください」という意思表示であり、供物でもあるのだ――と私に隠れて泣いていたのは、良くしてくれていた優しい一人のメイドだった。



 その言葉を聞いても、私はそれ程絶望したりはしなかった。

 亡くなる前に、お母さまが「もしかしたらそんな事があるかもしれない」とあらかじめ教えてくれていたから。


 きっとその時には、私はもう貴女の助けにも盾にもなってはあげられないだろうから。

 そう言って優しく私の頭を撫でてくれたお母さまは、今までで一番痛そうで、悲しそうで。

 だから私は言ったのだ。


「だいじょうぶ! 私はお母さまの娘だもの! 強くて優しくてカッコいいお母さまみたいになるのが、夢だもの!!」


 私は大丈夫。だって私には、体調がいい時にお母さまから教えてもらった『七歳から教えてもらうお勉強』と、『お母さま直伝、秘密のお勉強』がすでに叩きこまれているのだから。

 いつも根気強く教えてくれたから、できるようになるとお母さまがとても嬉しそうに笑うから、私は頑張って覚えたのだ。


「あんなに頑張って、あんなにたくさん『もう覚えたのね、すごいわ!』って褒められたんだもの。たとえお母さまがお空の星になってしまっても、私はちゃんと生きていけるよ!」


 私がそう言って胸を張ると、お母さまは私をギュッと抱きしめた。

 温かなその体温に、安心してその日はそのまま眠った。



 だから大丈夫なのだ。

 ――たとえ『魔王領にやった後の私の身柄の保証なんて、まったくされていないのよ』と正妃さまが出発前に、私に耳打ちしてきていても。



 正妃さまが他国から嫁いだ側妃なのにお父さまからの寵愛を受けているからって怒っている事も、私はとてもよく知っていた。


 嫌な人には、不安になる事を吹き込んで反応を見て楽しむものだ。

 そう教えてもらっているから、私は正妃さまの言葉に心を傷つけられてなんてあげない。


 メイドだって言っていた。

 お母さまは、正妃さまの嫌がらせを跳ねのけて堂々と胸を張っていられる強さがあった。結局お母さまを打ち負かす事ができたのは、ついに病だけだったって。


 そんなお母さまを、私はとてもカッコイイと思う。

 お母さまみたいになりたいと思う。 

 だからお母さまからの忠告も、私は絶対に忘れない。


 現実はきちんと受け止めなければならない。きちんと周りを見て、自分がどうすればいいのか、生き残れるのか、いつだって考えていなければならない。

 それが、私が生きていく上で一番強い武器になるって、お母さまは言っていた。

 

 だから。


「はぁぁぁぁぁぁぁあああ……」


 魔王国に連れてこられた私は、なんとしてもこの王さまに気に入ってもらわなければならない。

 それなのに。


「私も最初に見た時は、非常に驚きました。王国側の言い方からして、てっきり婚姻相手を送り込んでくるものだと思い込んでいましたから。陛下が『丁重にもてなせ』と言うから、わざわざ私自ら領地の境界まで迎えに行ったというのに」


 さも「無駄足だった」と言いたげにやれやれと首を横に振るのは、王さまの隣に立っている頭にトラ耳が生えている男性だ。


 魔王国へと向かうのだ。どんな驚きがあっても覚悟はできているつもりだったけど、彼が火を噴くドラゴンに乗って引き渡し場所に現れた時は、流石にものすごく驚いた。


 驚きすぎて声も出なかった。

 私を見て若干目を見張った彼は、一体何を勘違いしたのか。何やら取り繕うように「ふむ、まぁいい度胸ではありますね」などと呟いていたけど、そんな事は全然なかった。


 その時には、いや、ここに来るまでもずっと、驚いた感じも落胆した感じも、まったくなかったのに。そんなふうに思っていると、王さまは何故か少し呆れたような顔になる。


「お前が自分で立候補して、勝手に出て行ったのだろう。『陛下を篭絡せんとする女狐をけん制する必要がありますからね』などと言って」

「だって陛下では、すぐに女の綺麗な外面にコロッと騙されてしまうでしょう。結婚に夢を見ているくせに、見た目の恐ろしさと地位の厳つさのせいで女に免疫もなく、その上近頃は『周りが結婚ラッシュだから』などというよく分からない理由で、結婚を焦ってもいらっしゃる」


 トラ耳の人の言葉に、王さまが「うっ」と言葉を詰まらせた。


 お母さまが「人は直視したくない事実を言われた時、大体一度押し黙る」って言っていたもの。

 それなら。


「王さまは、誰でもいいからとりあえず結婚がしたいのですか?」


 王さまが目をそらす。

 これも何かを誤魔化したい時の人の行動。お母さまが言っていた。

 でも、それなら。


「私は王さまと結婚してもいいですよ?」


 キョトンとしながら首をひねる。


 もし王さまが私の事を気にして結婚ができないと思っているのなら、私は別に大丈夫だ。

 そもそも私は人間の国から放り出されてしまった身。お母さまのような強くてカッコいい人になるために、ここで生きていかなければならない。


 お母さまが言っていた。この世で一番安全な場所は、権力者の側なのだと。

 権力者に庇護されそれが知らしめられている状況こそが、非力な人間の最善の防衛策。私はまだ小さくて、力も助けてくれる人もいない。だから私には『頼れる人』が必要なのだと。


 しかしそんな私の覚悟に、王さまの言葉は否を唱えた。


「……結婚相手は誰でもいいという訳ではない。お前はあまりに幼すぎる」

「そうですね。精々あと十年は経たねば」

「えっ」


 そんなに長い間王さまの庇護もなく生きていくには、私はあまりにも何も持っていない。


 どうしよう。考えながら、視線を下げる。


 ストンと落ちた何の凹凸もない自分の体に、たしかに私はまだ『大人のレディ』ではないものねと、シュンとした。

 お母さまは言っていた。『だいなまいとぼでぃ』は女の武器なのだと。そしてそれは、大人になれば私にもきっと備わるのだと。

 でも今の私にはまだそれはなくて、だからその武器は使えない。


「はぁ……嫁が欲しい」

「そのような事、間違っても外では呟かないでくださいね」

「俺の周りに女が寄り付かないのは、見た目や地位だけではなく、お前が事実を誇張した噂を方々に流したからだろうが!」

「若い王は舐められてはなりません。あれらはすべて陛下を思っての措置であり、宰相としての仕事です」


 シレッとした顔で言う宰相さまに、ムッとしながらも口をつぐむ王さま。目の前では、生命の危機を感じている私には呑気にも聞こえるやり取りが繰り広げられている。


 しかしここで考える事を放り出してはいけない。

 お母さまは言っていた。情報を集めることは大切だ、と。会話には、その人の性格や手に入れたいものの情報が隠れている。聞き逃すのは、損をする事だ。


 ……二人を見ていると、何だか不思議な気持ちになる。

 私にとっての『王さま』は、威厳あるお父さまの姿だった。

 上から指示を出すお父さまと、粛々と付き従う臣下たち。そこに敬意はあったとしても、こんなふうに軽快なやり取りをしているところは見たことがない。


 お父さまとは、まるで正反対の姿だ。

 私はけっこう好きだけどね。仲よしなのは、いい事だし。


 それに、有無を言わせずに私を魔王国に放り出したお父さまよりは、私の話も聞いてくれそう。


「で、いかがします? このちんちくりんは」


 宰相さまの猫のような目がこちらに向いて、私は思わずビクッとなる。

 移動中、ずっとこちらの品定めしているような目を向けられていた弊害だろうか。ものすごく居た堪れなかったし、もちろんモフモフな耳を触る機会なんて、一度も訪れはしなかった。

 ……本当はものすごく、触りたかったけど。そんな我慢と居た堪れなさが体にすっかり染みついて、彼の目にはどうしても敏感になる。


 王さまは忘れていたのか、「そうだった……」と言いながらまた軽く頭を抱える。


「正直、いらない」


 思わずサァーッと血の気が引いた。本格的に、ピンチである。

 どんなに心は「お母さまのように強くあろう」と思っていても、体は子どもなのだから、温かい場所と食事がなければ生きていく事はできない。

 子どもの私が見知らぬ土地で、見知らぬ種族たちの中で一人で生きていける程世の中は優しくないというのは、最後に会った時に正妃さまが私に耳打ちしてきた事だ。


 一体どうしたら。ねぇお母さま。心の中で、亡きお母さまに呼びかけた。

 すると一つ、お母さまの言葉が思い出される。


『交渉を成功させるためには、相手の利を提示する事。リコリスが有用だと分かったら、相手も貴女を助けてくれるわ』 


 相手の利。つまり、王さまのために私ができる事……。

 子どもで、まだ『大人のレディ』ではない私にできる事は、とても少ない。

 私は王さまと結婚してもいいけど、王さま自身が私に結婚相手としての魅力を感じていない。交渉の材料にはならない。


 でも私にはただ一つ、武器がある。


「なら、私が王さまをモッテモテにします!!」


 私には、お母さまから叩きこまれた『異性を虜にする方法』がある。絶対に王さまの利になれる。そんな強い意志を込めて、私は王さまを見上げて言った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ