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魔王復活

 






 魔王軍の幹部の方々の許可を得た後。


 アレクシア様の案内で、わたくしは魔王様のお身体が安置されている場所へ向かった。


 魔王城の最上階かしらと思っていたのだけれど、どうやら、魔王様は地下深くにいらっしゃるらしい。




「最上階ではありませんのね」




 わたくしの後ろをついて来たロドルフ様が言う。




「地下の方が安全だろ。最上階なんて、空から入り放題じゃねーか」




 ロドルフ様は青みがかった灰色の毛並みの、二本足で立つ狼のような姿をした魔族で、先ほどまでわたくしを仲間に引き入れることに反対していた人物だ。


 その説明に、それもそうね、と納得する。


 アレクシア様に案内されるわたくしの後ろには、魔王軍の幹部全員がついて来ていた。


 出来るなら今すぐにでも魔王様を復活させて欲しいと言われ、わたくしもそれに頷き、すぐに魔王様のいらっしゃる場所へ向かうことになったのだ。


 魔王様が目を覚ました時にいないなんて配下ではない、と言っていたけれど、わたくしを監視する目的もあるのだろう。


 分厚い鉄の扉を抜けて、地下深くへ続く階段を降りていく。


 途中で必要なものは用意してもらえた。


 と、言っても必要なのは小さなナイフと器が一つ。


 たったそれだけだった。


 それに全員が目を瞬かせていた。


 緩い螺旋階段を延々と降りて行き、もう自分達がどれほどの深さまで降りてきたのか分からなくなった頃、階段の終わりが見えた。


 そこにも分厚い扉があった。




「ここに魔王様がおられるのじゃ」




 アレクシア様が振り返り、そうして、ヴィルヘルム様が頷き返して、扉へ手をかけた。


 ヴィルヘルム様は濃い緑の短髪にくすんだ青い瞳の、人間で言えば四十代ほどの男性で、その肌にはうっすらと鱗模様が所々にある。


 なんでも本性はドラゴンなのだとか。


 ただドラゴンの体だと不便も多いため、人の姿に擬態する魔法でその形をとっているらしい。


 他のドラゴンも基本的には人型で過ごしているとのことで、その方が何かと便利だからということであった。


 本来はドラゴンだからなのか、重そうな扉をヴィルヘルム様が押せば、ゴゴゴゴ……と重い音を立てながら扉が開かれる。


 暗いかと思っていた室内は明るかった。


 全体を覆う青い水晶のようなものから、深い青色の光が出て、室内を照らしている。




「この青い水晶はなんですの?」




 宝石とは違い、自ら輝きを放っている。




「それは魔核まかくじゃよ」


「魔核?」


「うむ、魔族の心臓のようなものである。我々魔族は死ぬと、魔力が魔核に残り、肉体は塵となって消える。これらは今まで死んでいった魔族達の魔核を回収し、集めておいたもので、多量の魔力を保管しておくことが出来るのじゃ」




 ……魔族達の心臓。魔核。


 室内は天井が高く、広く、そしてこの部屋は壁から天井、床に至る全てがこの結晶に覆われていた。


 今まで多くの魔族が死んだということだ。


 そう思うと足を踏み出すのを躊躇った。




「どうした?」




 立ち止まったわたくしにロドルフ様が訊いてくる。




「いえ、その、踏んで良いものなのかと思いまして……」


「ああ?」


「これらが魔核で、魔族の心臓であるというのなら、とても大切なものなのではないかと思うのです。それをこのように踏みつけてしまって良いのでしょうか?」




 なんだか、とても悪いことをしている気分だった。


 死者を踏みつけているようなものなのではないか。


 そう思うと動けなくなってしまう。


 ……わたくしなら、絶対に嫌だわ。


 死してもなお、誰かに踏みにじられるなんて。


 それに、うふふ、と柔らかな笑い声がする。




「大丈夫よ〜。心臓と言っても、正確に言うと、魔族の肉体が生命本来の魔力に転換されて出来た物質だから〜、これらに意思はないし、ただの魔力の塊なのよ〜」




 そう言ったのはヒルデ様だった。


 ヒルデ様はサキュバスで、艶やかな黒髪に宝石のような美しい紫色の瞳をした妖艶な女性である。


 同性のわたくしでも微笑まれるとドキリとしてしまう。




「そうなのですね」




 ただの魔力の塊と聞いて、少しホッとした。


 歩き出したアレクシア様について行く。


 やがて、天井から幾重にも垂れ下がったレースのカーテンに辿り着いた。


 この先に魔王様のお身体があるのだろう。


 アレクシア様が立ち止まった。




「ファウストよ、入るぞ」




 その声には親しげな雰囲気があった。


 アレクシア様がカーテンを捲り、入って行くので、わたくしもそれに続く。


 カーテンはまるで羽根のように軽く、薄く、驚くほど柔らかな感触がした。


 何重にもかけられたそれを潜って進むと、そこには、大きな棺が安置されていた。


 棺は蓋がなく、棺というより、縁のある大きなベッドと言った方が良いのかもしれない。


 その中心に長身の体躯が横たわっていた。


 腰近くまである長い銀髪がシーツに広がっている。


 ハッとするほど美しく整った顔立ちは、まるで一つの芸術のようで、褐色の肌は滑らかだった。


 今は目を閉じているが、原作のゲーム通りならば、紅い瞳のはずだ。


 細身だけれど、纏っている黒衣の上からでも筋肉質なのが伺える。


 外年齢は二十代半ばから後半くらいだろうか。


 若く見えるものの、わたくしよりもずっと長く生きているのは確かだ。


 心が微かに震える。


 前世の記憶のせいだろうか。


 わたくし自身の記憶ではないし、前世の別の世界の人間だった頃の感情もないのに、何故か吐き出した息が震えた。


 ……感動、しているのかしら?


 今、目の前に前世のわたくしの『推し』がいる。


 そして、この魔王はわたくしの願いを叶えてくれるかもしれない存在。


 王太子も聖女も、イングリス王国の人間など、皆、苦しみ抜いて死ねばいいという思いを実現してくれるのではと心のどこかで期待している。


 魔王は人間と敵対し、憎んでいる。


 それが事実ならば、目覚めさせた時、わたくしは殺されるかもしれない。


 不死者リッチとなったわたくしが死ぬかどうかは分からないけれど、前にいたリッチがいなくなったということは『死』に近い何かはあるのだと思う。


 ……いいえ、殺されても構わないわ。


 魔王が復活し、人間を滅ぼすなら、どうせそのうちイングリス王国にだって魔族の手が伸びる。


 滅びゆく様を見られないのは残念だけれど。




「ナイフをください」




 アレクシア様が小さなナイフを差し出した。


 それを受け取り、左手首に刃を当てて滑らせる。


 痛みは全くなかった。


 下に器を置いて滴る血を貯めた。


 ある程度すると傷は自然と消えてしまう。


 それでも必要な分くらいはありそうだ。




「……魔王様のお体に触れてもよろしいでしょうか?」




 ヴィルヘルム様が頷く。


 聞こえていないだろうと分かっていても、つい「失礼いたします」と声が出た。


 魔王様は死んでいるとはとても思えない見た目で、まるで、ただ眠っているだけのように感じられる。


 今すぐにでもその瞼が開きそうな雰囲気すらある。


 魔王様の服の胸元を寛げる。


 それから、指にわたくしの血を付ける。


 褐色の肌の、鎖骨の少し下辺りに指を置く。


 そこに少しずつ、わたくしの血で魔法陣を描いていく。


 間違いがないか確認しながら、丁寧に、血が途切れないように、時間をかけて。


 触れた肌は冷たかったが、張りのある肌だった。


 ……男性の肌に触れたのは初めてだわ。


 元婚約者の王太子ですら手袋越しにしか、手に触れたことはなかった。


 幼い頃から王太子の婚約者として育ってきたわたくしは、他の異性と触れ合うことなどなかったし、父や兄とも直に手を触れたことはない。


 思えば、わたくしは他人の体温というものを知らない。


 アレクシア様に抱かれて魔王城まで来たが、アレクシア様の体は冷たく、体温を感じられなかった。


 ……そう、お父様もお母様も、お兄様ですら、わたくしを抱き締めるどころか、頭を撫でてくれたことすらなかったわ。


 それを悲しいとは思わなかった。


 代わりに胸の内に憎しみが湧き上がる。


 でも不思議と冷静で、頭の中に浮かぶ魔法陣を間違えずに描くことが出来た。


 描き終えた後にもう一度確認する。


 学んだ通りの魔法陣だ。




「これより魔王様にかけられた封印を解除します」




 魔王様の胸元、魔法陣の上へ両手を翳す。


 手の平へ魔力を集中させた。


 心臓から、手の平へ、血が流れるように魔力を移動させて、手の平から魔法陣へ魔力を注ぎ込む。




「『我は聖なる者の末裔なり』」




 詠唱を開始する。


 魔族は詠唱がなくても魔法が扱えるらしい。


 だが、人間には詠唱が必要だ。


 この魔法にも詠唱が必要である。




「『聖なる封じよ、この血、この魔力、この身に従い、その印を顕現けんげんさせよ』」



 わたくしの血で描いた魔法陣の下にやや大きく、眩い白い光で別の魔法陣が現れる。


 これが初代聖女が魔王に刻み込んだ魔法陣だ。


 封印と言っているが、要は状態を固定する魔法だと教わった。


 魔王の死の状態を固定する魔法。


 ……初代聖女様は凄いお方だったのね。


 何百年も魔法を維持させるなんて相当な魔力量が必要だったはずだ。


 もしかしたら初代聖女様は自分の全ての魔力を注ぎ込んでこの魔法を完成させたのかもしれない。


 全ての人間の平和を願って。


 現れた魔法陣がわたくしの描いた魔法陣と重なる。




「『聖なる者の末裔、レイチェル=シェリンガムの名において命ずる』」




 ……平和なんて、消えてしまえ。




「『封印を解きて、の者を解放し、』」




 ブワッと魔王様を中心に真っ白な光と風があふれる。


 それと同時に一気に魔力を持っていかれる。


 それでも構わず魔力を注ぎ込んだ。




「『その役目を終えよ』」




 原作でレイチェルわたくしの闇属性の魔力は魔王を完全復活させるのに必要だった。


 それなら、目覚めと同時にわたくしの魔力を魔王に分け与えたらどうなるだろうか。


 殆どの魔力が吸い取られて手が震える。


 眩しい白い光がわたくしの黒い魔力と絡み合い、そして、黒が辺りを支配する。


 けれどもそれは一瞬のことだ。


 次の瞬間には黒い魔力は魔王様の体へ吸収されて、胸元に描いた魔法陣と、封印に使われていた魔法陣が砕け散るように同時に消失する。


 立っているのもやっとである。


 それでもわたくしは見守った。


 目の前で、銀の長い睫毛が微かに震える。


 スッとその瞼が持ち上げられた。


 その瞳は血のように少し暗い色味の紅だった。


 一度瞬きをしたそれが怪しく煌めいた。


 …………ああ、なんて……。




「綺麗な瞳」




 こぼれたわたくしの声は震えていた。


 光と風が収まっていく。


 もう一度、深紅の瞳が瞬いた。




「──……ああ」




 溜め息のように、薄く形の良い唇から低く艶めいた声が漏れる。


 ぞっとするほど耳触りの良い声だった。


 ゆっくりと伸びてきた手がわたくしの頬へ触れる。


 先ほどまでの冷たさは勘違いだったのかと思うほど、その手は温かかった。


 ふ、と自嘲が浮かぶ。


 人間だった頃は誰もわたくしに温もりを与えてくれなかった。


 それなのに、魔族となって、魔王を復活させて、その魔王から初めて他人の温もりを与えられるなんて。


 その温もりに喜びを感じてしまうなんて。


 じわりと滲んだ涙を瞬きで誤魔化した。




「名は?」




 低い艶やかな声が問う。




「リッチのレイチェルと申します。……あなたを封じた、聖女イルミナ=フェルバーンの末裔でございます」




 魔王はわたくしを殺すだろうか。


 答えたわたくしの声は思ったよりも小さかった。


 後ろでザッと音がしたけれど、振り向く余裕はない。


 目の前の魔王から濃密な魔力を感じる。


 わたくしと同じ闇属性の、しかし、わたくしよりももっと純粋な闇の気配。


 怖いとは思わなかった。


 むしろ、初めて出会った同属の魔力に安堵した。


 その形の良い、薄い唇が緩く笑みを描く。




「我が名はエヴァルト」




 濃密な闇属性の魔力がズシリと重みを増す。


 ……エヴァルト?




「ファウスト様ではなく?」




 魔王様が小さく笑った。




「それは通称にすぎない。私の真名は力が強いため、呼べる者はまずいない。だから皆、私を始まりの者ファウストと呼ぶ」




 ……知らなかった。


 原作でも魔王はファウストと呼ばれていたし、名乗っていたから、それが通称だなんて思いもしなかった。


 ジッと深紅の瞳に見つめられる。


 名を呼べと、そう言われた気がした。




「……エヴァルト、さま」




 呼ぶのと同時に残っていた微かな魔力が奪われる。


 ぐらりと体が傾き、魔王様の体の上へ倒れ込む。


 全身から力が抜けてしまった。


 逆に、魔王様がゆっくりと体を起こす。


 グイとベッドの上へ引き上げられ、何故か魔王様に抱き寄せられる。


 酷く近い距離で魔王様と目が合う。


 ぐったりするわたくしを見て、魔王様が笑った。




「なるほど」




 何が『なるほど』なのか。


 それを問う前に魔王様が言う。




「あなたは私の運命だ」




 …………運命、て、なに……?


 そう訊きたかったが意識が遠退いていく。


 魔力を失いすぎたのだろう。


 完全に意識を失う寸前、声がした。




「聖女よ、我の勝ちだ」




 その意味を理解する間もなく、わたくしは意識を手放した。 







 

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― 新着の感想 ―
……こいつ、まさか……?!
愛を知れ!心無き悪魔よ〜!的な展開が過去にあったんかな
[良い点] 魔法によって、封印が解けていく様子の描写が、美しいです。 [一言] 封印が解けていく様は、悲しくも美しく、また禍々しくも清らかに感じました。 シェイクスピアの作品の中に、 「きれいは汚い…
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