復讐
「ご報告します! 魔族に城門を破られました!!」
その報告があったのは、王都が陥落した翌日の昼頃だった。
城は大量のアンデッド達によって包囲されており、そのアンデッド達の踏み鳴らす音や魔族達の雄叫びが昼夜問わず聞こえてきたため、城に残った誰もが眠れぬ夜を過ごした。
たった一晩であったが、城内にいた者達にとっては長い夜に感じられた。
魔族が城門を破ったと聞いて、国王が呟く。
「ついに来たか……」
国王やルーファス、聖女ユウリ、そして残った重鎮達などは謁見の間にいた。
やがて、魔族と騎士達が戦う音が聞こえてくる。
微かな喧騒が段々と大きくなる。
見える窓からは僅かだが黒煙が上がっているのも見え、国王は小さく、細く、息を吐いた。
千五百年近く存在し続けたイングリス王国。
その最後が迫っていることは明白だった。
ルーファスもまた、それを悟り、拳を握り締める。
たった一人の公爵令嬢の死が命運を分けた。
聖女ユウリは俯いたままブツブツと何やら呟いており、その殆どは意味の分からないものだったが、前日からずっとそんな様子なのでもう誰も触れることはなかった。
喧騒がもうすぐそばまで迫っている。
バタバタと何者かの走る音が近付いて来る。
バタンと謁見の間の扉が開けられた。
「陛下、殿下、ご無事ですか──……」
瞬間、騎士団長が足元から生えた鋭利な黒い棘に刺し貫かれた。
ヒッと聖女ユウリの小さな悲鳴が響く。
黒い棘は一瞬で消えて、騎士団長がばったりと倒れて動かなくなる。
その体の下に血溜まりが広がっていった。
扉の前に二つの影があった。
「皆様、ご機嫌麗しゅうございます」
そう言ったのは豊かな金髪に鮮やかなピンクレッドの瞳を持った、青白い肌をした美しい娘だった。
横には銀髪に血のように赤い瞳をした、褐色の肌の男がいる。頭に生えたツノから魔族だと分かる。
国王が玉座から立ち上がった。
「レイチェル=シェリンガム嬢」
娘、レイチェルが微笑んだ。
「いいえ、違います。わたくしはリッチのレイチェルですわ。処刑され、アンデッドの一種であるリッチとして蘇り、復讐のために戻ってまいりました」
「やはりそうか……」
ルーファスが声を上げた。
「レイチェル、すまなかった! あの処刑は、君は無実だった!! 聖女ユウリの言葉を信用した私達が間違いだったんだ!!」
ルーファスが深く頭を下げる。
もう滅ぼされかけているとはいえ、一国の王子、それも次期国王である王太子が頭を下げる。
恐らくルーファスには初めての経験だろう。
だが、レイチェルは微笑んだ。
「謝罪など不要ですわ、殿下」
優しい声にルーファスは顔を上げ、そして次の言葉に凍りついた。
「そんなもの、何の意味もありませんもの」
優しいと感じた声が、急に冷え冷えとしたものへかわる。
「あなたが今謝罪をしたところでわたくしの名誉が回復することはなく、処刑された事実がなくなることもなく、この国が魔族によって滅ぼされることも変わりませんわ。それに、今更謝罪されても不愉快なだけ」
レイチェルの頭を横にいた魔族がそっと撫でる。
それにレイチェルが顔を向けて笑いかける。
まるで大輪のバラのように美しい笑みだった。
幸せそうなそれにルーファスは息が詰まった。
幼い頃より長い間、婚約者としてレイチェルとルーファスは過ごしてきたが、そんな笑顔は一度として向けられたことなどなかった。
今のレイチェルはもう以前のレイチェルではないのだと嫌でも思い知らされる。
しっかりと上げられた顔。まっすぐな視線。
ピンと伸びた背筋に堂々とした姿。
幸せそうに微笑む様はとても美しい。
「感謝するぞ、人間どもよ。貴様らの愚かな選択のおかげで我は愛しい妃を手に入れることが出来た」
魔族の男の言葉にルーファスは呆然とする。
「っ、まさか魔王……?」
「そうだ。我は貴様ら人間に魔王と呼ばれる存在。そして、レイチェルは我の封印を解き、完全復活させてくれただけではなく、我が妻となったのだ」
魔族の男、魔王がレイチェルの肩を抱き寄せた。
レイチェルが微笑んでそれに身を預ける。
「嘘よ!」と悲鳴のような叫びがした。
全員の視線が聖女ユウリに注がれる。
「ありえない! ファウストは完全復活したら、レイチェルを殺すはずなのに! なんでレイチェルがファウストの妃になってるの?!」
レイチェルがふふ、と笑った。
「そうでしたわ、それについて聖女ユウリにはお礼をしなければと思っておりましたの。わたくしに無実の罪を着せて、殺してくださり、ありがとうございました。おかげでわたくしは人間だった頃より自由に生きて、愛する方の妻になることが出来ましたわ」
「ファウストから離れて! そこは私の居場所よ!! ファウストのそばにいるのは私のはずなのに!!」
聖女ユウリが怒りの交じった声で叫ぶ。
「あんた、何なのよ?!!」
それにレイチェルが微笑んだ。
その目がルーファスへ向けられる。
「殿下は最後に『死霊術師など穢らわしい』とおっしゃられましたね。そうしてわたくしは魔族と通じているなどとありもしない罪で処刑されました」
レイチェルが歌うように話す。
「だからわたくし思いましたのよ」
ピンクレッドの瞳がルーファスと聖女ユウリを見る。
「それならお望み通り魔族になって差し上げましょう、と。これでご満足ですか、殿下、聖女ユウリ」
ルーファスが緩く首を振る。
こんなこと、誰も望んでなどいなかった。
「わたくしを殺した報いを受けてもらいます」
瞬間、聖女ユウリが声を上げた。
* * * * *
「あぁあああっ!!」と聖女ユウリが叫んだ。
それは意味をなさない言葉だった。
けれども、聖女ユウリがわたくしへと手を翳す。
そこに浮かんだ魔法式を見て、わたくしもとっさに手を翳して魔力をぶつけた。
発動した二つの魔法がぶつかり合う。
ぶわっと衝撃波が広がって、わたくしとエヴァルト様以外の者達が地面に転がった。
「ありがとう、エヴァルト様」
エヴァルト様が支えてくれたのでわたくしは衝撃波を受けても立っていられた。
返事の代わりにそっと額に口付けられる。
視界の端で聖女ユウリが立ち上がった。
「『聖なる魔力よ、悪しき魔族達を封じ、弱らせよ!』」
わたくし達の足元に聖属性魔法の魔法式が現れる。
白い光に包まれた。
「あははは、これで弱体化したはずよ! 私の邪魔をするからそうなるの! 弱体化した魔族なんて大したことないんだから!!」
嬉しそうに言う聖女ユウリに微笑みかける。
「『闇の魔力よ、彼の者達を捕らえよ』」
「きゃあ!!?」
わたくしが魔法を発動させれば、足元から伸びた影が室内にいた全員に絡みつく。
「なんで?! 魔族なら聖属性魔法で弱体化するはず……!!」
聖女ユウリの驚いた顔に笑ってしまった。
「ふふ、ごめんなさいね。わたくしは闇属性の魔力を持っているけれど、同時に聖属性の魔力も少しだけ持っています。だから聖属性魔法に耐性がありますの」
聖属性魔法を受けると少し体はだるいけれど、動けないほどではないし、魔法も問題なく使えるようだ。
でもエヴァルト様が鬱陶しそうに眉を寄せた。
「しかし邪魔だな」
エヴァルト様がパチンと指を鳴らすと足元の魔法陣はパキンと音を立てて砕け散った。
「聖女などと呼ばれているからどれほどの実力かと思いきや、レイチェルの足元にも及ばないではないか。これで聖女とは、最近の聖女の質も大分悪くなったものだ」
「初代聖女と比べてはダメよ。それにわたくしだって、初代聖女の生まれ変わりだもの」
「まあ、確かにあれもレイチェルも特殊だがな」
エヴァルト様の言葉に苦笑しつつ、聖女ユウリに近付いて行く。
逃げようともがき、聖属性魔法で解こうとしているけれど、わたくしの闇属性魔法の方が強いようだ。
……それもそうよね。
原作で言えば、まだ最初のはずだ。
聖女ユウリは物語を通して強くなっていくので、今はまだ、それほど聖属性魔法も強くないのだろう。
逆を言えば、生かしておけば後々面倒なことになる。
「聖女ユウリ。いいえ、藍沢ユウリさん」
名前を呼べば、びくりとユウリが震えた。
わたくしが正しい発音で彼女の名前を呼んだからだ。
「なんで……」
「わたくしも『聖運』を知っています」
「っ、あんたも転生者なの?!」
それに首を振る。
「いいえ、わたくしは前世の記憶があるだけ。わたくしはわたくしですわ」
「でも、そんな素振り見せなかったじゃない!」
「記憶を思い出したのは処刑された時でしたから。あなたがわたくしを処刑したからこそ、わたくしは記憶を思い出し、魔王様の復活を行うことが出来たのよ」
「じゃあ、私のしたことって……」
聖女ユウリが呆然とした顔をする。
「そう、あなたはレイチェルを消すことで魔王様の完全復活を阻止して、自分が死ぬ未来をなくそうとしたのでしょう? でもそれは原作にはないこと。しかも魔王の封印を解くには本来、初代聖女の直系の血筋である乙女が必要だったの。それはわたくししかいない。わたくしを殺したことであなたは魔王の封印を解く方法を失った。……それは原作では語られなかった部分だったからあなたが知らないのは仕方なかったわ。でも結果的には全てが裏目に出てしまったのよ」
もしもユウリが原作通りにしていたら、今頃わたくしはまだ人間として生きていただろう。
ユウリと殿下が仲良くなっていくのをつらいと思いながら、時には諭し、時には警告し、それでもやがては諦めて受け入れる。
そうしてユウリが魔王を復活させた後、きっと、わたくしは魔王の甘言に乗って魔力を捧げ、魔王の完全復活を手助けしたことだろう。
何事もなければ原作通り殺されて終わるはずだった。
でもユウリが原作と違うことをしてくれたおかげで、わたくしは記憶を取り戻し、復讐すると共に、わたくし自身の未来も変えることが出来た。
「わたくしを殺さなければ良かったのに」
そうすればイングリス王国が魔族に侵略されて滅ぼされることもなかっただろう。
そう言えばユウリは視線を彷徨わせ、そしてエヴァルト様を見た。
「そんな、私は、ただ死にたくなかったから! ファウストが好きだっただけなのに! こんな未来望んでない!! っ、ファウスト……!!」
伸ばされた手をエヴァルト様が冷たい目で見る。
それが全ての答えだった。
ユウリはエヴァルト様の冷たい目に、ひぐ、と息を詰まらせて泣き出した。
わんわんと子供みたいに泣く姿は憐れだけれど、同情する気は欠片も起きなかった。
「この者達はどうする?」
エヴァルト様に問われて考える。
「そうね、わたくしが受けたものと同等のものを返したいと思っているのだけれど、何からすればいいかしら?」
わたくしが拷問の末に処刑されたように、同じことを経験させて、苦しませてやりたい。
「レイチェル」と殿下に名前を呼ばれた。
それが不愉快で手を振って、殿下の口を影で塞ぐ。
「もう婚約者でもないのに名前で呼ばないでいただけますか? わたくしの名前を呼んでいいのはエヴァルト様だけですわ」
「そうだな、そして私の名を呼べるのもレイチェルだけだ」
ユウリが顔を上げる。
「え? ファウストじゃないの……? エヴァルトって……」
と、言いかけたユウリがびくりと体を震わせた後、ばたりとその場に倒れる。
あら、とわたくしは困ってしまった。
「死んでしまったわ」
「私の名を勝手に呼んだ報いだ。我が名を呼ぶには魔力が足りなかったのだろう」
「でも死なれたら困るわ。……仕方ないわね。アンデッドにすると苦痛を感じ難くなってしまうのに」
しかし、と考える。
アンデッドにした方がいいのかもしれない。
アンデッドにしてしまえば簡単には消滅出来ないし、わたくしの命令は絶対だし、長く苦痛を与えられる。
「まあ、いいでしょう。エヴァルト様、全員の首を刎ねてくださる?」
「ああ」
エヴァルト様が軽く手を振ると全員の首が何かに斬られたように刎ねられる。
同時に死霊術を発動させ、アンデッドとして全員を蘇らせる。デュラハンにすると忠誠心が生まれてしまうので、今はまだ、ただのアンデッドでいい。
影はもう必要ないので回収した。
殿下が驚いた顔で自分の首に触れた。
「私は、死んだのでは……」
それにわたくしは笑う。
「アンデッドにして差し上げました。簡単には死なせませんわ。わたくしが受けたものと同じ苦しみを与えなければ復讐になりませんから」
「同じ、苦しみ……」
エヴァルト様がわたくしに歩み寄る。
「拷問の末に公開の斬首刑にしたのだろう?」
それに殿下の顔色が悪くなる。
……ええ、そうよね。
わたくしにした拷問は凄惨なものだった。
「殿下、他人にした行いというものは必ず、いずれ自分に返ってくるのですわ」
「拷問ならばファーレン・テインに任せると良い。あれはああ見えて魔族の中でもより残忍な質だ。きっとレイチェルの望むような苦痛を与えてくれるだろう」
「わたくし自身でやってはダメなの?」
「ダメではないが、こんな者達にあなたの時間を使うのは勿体ないと思わないか? そんなことに時間を割くくらいなら、私と一緒に過ごしてほしい」
手を取られてエヴァルト様に口付けられる。
チラと見たが、ユウリは目覚めていない。
もし目覚めていたらきっと騒いだだろう。
「エヴァルト様がそう望むなら」
国王も殿下も聖女ユウリも、もうわたくしのアンデッドになっているから問題ない。
わたくしを殺せとあの日叫んだ民達も恐らく、魔族達に殺されているだろう。
わたくしを捨てたイングリス王国は滅んだも同然で、復讐は果たせたようなものだった。
手を翳してユウリと殿下に魔力を向ける。
詠唱を行い、二人に封じをかける。
エヴァルト様にかけられていた封印魔法を弱くしたもので、これで二人の魔力はかなり弱まっただろう。
封じがある限り魔力は弱まったまま。
魔法を使おうとしても初級魔法すら扱えないはずだ。
ユウリも殿下も特に魔力量が多いから、暴れると面倒なので、封じは念のためだ。
「次はどうしましょうか?」
わたくしの言葉にエヴァルト様が笑う。
「私も一つ、国を落としてみせよう。私が魔王国の王になるならば、レイチェルは王妃だ。あなたはこんな小さな国の王妃など似合わない」
「それを言うならエヴァルト様もそうよ。魔王様なら、大陸全土を支配してもいいのではないかしら?」
「ははは、それも愉快そうだ」
エヴァルト様が手を横に振ると、足元に出た影にどぷりと国王達が沈んで消えた。
「あれらは魔王城の牢屋に送った。ドラゴンの伝令でファーレン・テインに殺さない程度に遊んで良いと伝えておけば良いだろう」
エヴァルト様に手を引かれて玉座へ向かう。
そうして、玉座へ導かれた。
「復讐おめでとう、レイチェル」
わたくしはそれに心から微笑んだ。
「ありがとう、エヴァルト様。ここまで頑張ってくれたみんなにもお礼を言わないといけないわね」
わたくしだけでは復讐は成し得なかった。
エヴァルト様や魔族の皆がいたからこそ出来た。
「魔族は人間を殺すのが好きで、人間が嫌いだ。今まで苦戦を強いられてきた人間の国を侵略出来て、さぞ喜んでいることだろう。礼など不要だと思うがな」
エヴァルト様は愉快そうに笑っていた。