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シェリンガム公爵家

 






 イングリス王国の王都近郊に到着した。


 ここに来るまで色々あって、結局四週間近くかかってしまったが、それでも魔王軍は王都まで侵攻した。


 何より役立ってくれたのは死者の軍団だった。


 いくつかの村や街、領主軍を潰したおかげで当初の何倍ものスケルトンやゾンビを軍団に追加することも出来たし、何より、デュラハン部隊も強かった。


 ウェアウルフ達が強いと判断した者達は確かに優れた戦闘能力を持っており、デュラハンとして蘇らせて、わたくしに忠誠を誓った彼らは非常に便利である。


 死なないし、休息もいらず、生前の知識や記憶を持っているので指揮を執るのも問題ない。


 死者の軍団は数としては申し分なかったが、増えるゾンビの臭いだけは魔族達も嫌がっていた。


 だから臭いを気にしない同じ死者の方が指揮に向いている。


 王都よりやや離れた位置に魔王軍は陣を構えた。


 あえて見える場所に留まっているのは、心理的に圧力をかけるためだ。


 ……いつ攻め込まれるのか恐怖すればいい。


 魔王軍は王都まで侵攻したことで全員興奮し、士気が上がっている。


 たまに雄叫びや足踏みを鳴らして騒いでいることもあったが好きにさせた。


 地鳴りのように響く雄叫びや足音は王都の住民達に恐怖を植えつけることだろう。


 王都の周囲を死者の軍団で包囲させた。


 偵察に出てきた飛竜達はドラゴン達によってほぼ全滅した。数頭だけわざと逃して帰還させたのは、現状を理解させて、絶望感を与えるためだ。


 ……もっと、もっと恐怖しなさい。


 わたくしが苦しんだように苦しめばいい。


 王都の周囲に布陣して二日後、動きがあった。


 王都外壁の上に人影が現れたのだ。


 すぐにヴィルヘルムが報告に来た。




「魔王妃様に似た容姿の者達が現れました」




 その言葉にエヴァルト様が立ち上がった。




「我が出る」


「魔王様が直々に?」


「うむ、その者達は恐らくシェリンガム公爵家だ。レイチェルの生家であり、初代聖女の末裔だ。我が妃を冷遇し、真っ先に捨てた者達でもある。その礼をせねばならん。手出しは無用だ」


「御意」




 わたくしも立ち上がる。




「エヴァルト様、わたくしも立ち会っていいかしら? もちろん、手は出さないわ」




 エヴァルト様の手がわたくしの頬に優しく触れる。




「会うのはつらくないか?」


「ええ、大丈夫。許すこともないわ。あの人達がどうやって死ぬのか見届けたいだけ。死ぬところを見れば、少しは心が癒されるから」


「そうか、ならば共に行こう」




 差し出された手に、わたくしのそれを重ねる。


 そうしてエヴァルト様の飛行魔法でわたくし達は軍の最前へ向かった。


 どんどんと王都の外壁が近付く。


 それに比例して、わたくしの心は冷えていった。


 ……ああ、わたくしは戻ってきたのね。


 この憎らしくもおぞましい王都へ。









* * * * *









 レナルド=シェリンガムは目の前の光景に息を呑んだ。


 王都は現在、魔王軍に包囲されている。


 この街の周囲はゾンビやスケルトンといったアンデッド達に囲まれ、飛竜部隊を出せばドラゴンにやられるという状況であった。


 しかもこの国は軍隊自体が少ない。


 王都や周辺の領主達の下にある軍を全てかき集めたとしても、目の前に広がる魔王軍ほどの数はない。


 報告で聞いてはいたが、実際に目の当たりにすると、じわりと絶望感が胸の内に滲んでくる。


 いくら父上や私が聖属性魔法を扱えても、母が火属性魔法が得意だと言っても、相手に出来る数には限界がある。


 王都は魔王軍に対して籠城戦を行うしかなく、我々シェリンガム公爵家は最も魔族の多い西門、街道正面に位置するその場所を任された。


 ここが一番大きな門であり、ここを突破されて王都に侵入されてしまえば、あっという間に街に魔族があふれることだろう。


 ギュッと剣の柄を強く握る。


 ……守りきれるだろうか。


 外壁には連れてきた公爵家の兵士達も並んでいる。


 彼らも、レナルド達も、命がけの戦いとなる。




「報告いたします! 魔王軍より接近する影を確認! 宙を飛びながらこちらへ向かってきます!」




 見張りをしていた者の一人が叫ぶ。




「数は?」




 公爵である父の問いに兵士が返す。




「数は二つです!」


「なんだと、たった二つ?」




 どういうことかと全員の目が正面へ向けられる。


 確かに、魔王軍の方向から何かが近付いて来るのが見えた。


 初めはチラチラと光を反射させていた二つの影であったが、段々と近付いてくる中で、色が判断出来るようになる。


 一人は金髪で、一人は銀髪だった。


 その影が外壁からやや離れた空中で止まる。


 そこにいた人物に誰もが絶句した。


 柔らかく豊かな長い金髪に、やや離れていても、その鮮やかなピンクレッドの瞳の輝きが見えた。




「レイチェル……?」




 思わずといった様子で母が呟く。


 レナルドの元妹にして、公爵家から除籍され、そして王家によって処刑された王太子の元婚約者。


 レイチェル=シェリンガムがそこにいた。


 レイチェルの腰を抱いているのは魔族だった。


 銀髪に褐色の肌をした、黒いツノを持つ魔族の男が軽く手を振ると二人の背後に半透明の膜が現れた。


 そこにレイチェルと魔族の男の姿が映る。




「公爵家の皆様。お元気でしたか?」




 レイチェルは無表情だった。


 それはレナルドにとっては見慣れた表情だった。


 妹はいつも俯いて、表情はあまりなく、あったとしてもどこか陰鬱として、華やかさに欠ける。


 初代聖女の末裔でありながら闇属性の魔力持ち。


 そんな妹にレナルドは興味を失った。


 むしろ、同じ公爵家の一員として恥だと思っていた。




「レイチェルの死体がなくなったという話は聞いていたが、魔族め、蘇らせて操っているのか!」


「ああ、なんてこと……!」




 父と母の驚きと怒りの混じった声がする。


 両親もレイチェルには関心を持っていなかったと思ったが、やはり、我が子のこととなれば別だったのだろうか。




「魔族に操られるなど、初代聖女様の末裔たる者とはとても思えん!!」


「このシェリンガム公爵家に更に泥を塗るなんて!」




 そう怒る両親の声が届いていたらしい。


 レイチェルがふっと微笑んだ。


 これまで見たこともないほど嬉しそうな、それでいて、心の底から何か欲しいものを手に入れた時のような、そんな笑みだった。


 あまりにも美しくて一瞬、見惚れてしまう。


 ……妹はあんなに美しかっただろうか。


 レイチェルが口を開いた。




「ああ」




 溜め息交じりのそれは艶めいていた。


 兵士達もレイチェルに見惚れている。




「やっぱり、会えて良かったです」




 同じピンクレッドの瞳がこちらを見据える。


 スッとレイチェルの顔から表情が抜け落ちた。




「あなた方が最低の人間だと分かって、本当に良かったです。こんな人達を家族だと思い、愛していた自分が恥ずかしいですわ」




 冷え冷えとした声だった。




「仕方ない、その頃のあなたの世界は狭かった」




 魔族の男がレイチェルの額に口付け、レイチェルがそれに嬉しそうに目を細めて微笑んだ。


 あんなに嬉しそうな妹の顔など、一度も見たことがない。




「ええ、そうね、王太子の婚約者、そして公爵令嬢としての立場が全てだと思っていたもの。闇属性の魔力を持つわたくしは、それだけで公爵家では『出来損ない』扱いだったわ」




 だから、とレイチェルが振り向く。




「わたくしを平気で王家に差し出せたのですよね? 聖女ユウリが言ったから。ただそれだけの理由で、確固たる証拠があるわけでもないのに、シェリンガム公爵家はわたくしが処刑されると知りながら、除籍して王家に渡しましたね。邪魔な出来損ないを捨てる良い機会だと思いましたか?」




 両親も、レナルドも、言葉が出なかった。


 レイチェルの言う通りだった。


 公爵家ではレイチェルは確かに出来損ない扱いされていて、両親も、親戚も、そして使用人すらもレイチェルに対して冷たく当たっていた。


 レイチェルが国に害をなすと言われた時、父も母も即座にレイチェルを切り捨てた。


 もしそのままにしておいて公爵家に非難の目が向けられたら、家門に傷が付く。




「処刑されて嬉しかったですか? それとも、どうでも良かったですか? まあ、どうでも良かったのでしょうね。そうでなければ殺されると分かっていて実の娘を差し出すなんて非情な真似、出来ませんもの」




 ふふふ、とレイチェルが笑う。


 何がおかしいのか分からない。


 だが、背筋をぞくりとしたものが落ちていく。


 ……レイチェルの魔力はあんなに膨大だったか?


 離れていても、濃く、強い闇の気配がする。




「わたくし、復讐をするために舞い戻ってきましたのよ。でもあなた方を殺すのはわたくしではないわ。それをするのは『魔王様』よ。ねえ?」




 レイチェルが横の男を見上げた。




「魔王だと?!」




 父がまじまじと魔族の男を見て、そして微かに震えた。


 レナルドも不意に幼い頃の教育を思い出した。


 初代聖女様が戦った魔王。


 銀髪に紅い瞳をした褐色の肌の魔族。


 そのツノは黒く、美しい顔は人外めいている。




「愚かな人間どもよ」




 低く、よく響く声がする。




「貴様らがレイチェルを処刑してくれたおかげで、レイチェルはリッチとなり、我が封印を解いた。美しく有能な妃を与えてくれたこと、礼を言おう」




 嘘だ、と呟いてしまう。


 ……レイチェルが魔王を復活させた……?




「貴様らの愚かな選択が魔王を復活させたのだ」




 ぶわりと風と共に殺気が広がる。


 ざわ、と兵士達の中に動揺が走った。


 もしあれが本物の魔王だとしたら……。


 レナルドの額から、つ、と汗が伝い落ちる。


 この恐ろしいほどの威圧感も、魔力も、その存在感も、殺気も、只者ではない。


 初代聖女様ですら苦戦し、殺すことが出来ず、封印するしかなかった存在。




「我が妃を長年冷遇した報い、受けてもらうぞ」




 魔王だという男が手を軽く横薙ぎに振った。


 瞬間、バタバタと外壁の上にいた兵士達が倒れていく。


 慌てて見れば、口から泡を吹いて絶命していた。


 ……今、あの男は何をした?


 ただ、手を横に振っただけなのに、外壁の上にいた兵士は全員倒れ、ピクリとも動かない。


 状況に頭が追いつかずにいると、レイチェルが「まあ!」と明るく声を上げた。




「さすが魔王様、一瞬で数百の人間の魂を刈り取るなんてすごいわ!」


「この程度、造作もない」




 体が震える。剣の柄をなんとか握っているものの、それを抜けるかどうか、分からない。


 ……本当に魔王なのか……。


 一瞬で数百の人間を殺してしまった。


 あんなものに敵うはずがない。


 初代聖女の末裔と言っても、初代聖女ほどの力など持っていない。


 ただ初代聖女が扱った魔法を知っているだけ。


 それらを全て扱えるわけではない。




「レイチェル、貴様、裏切ったのかっ!!」




 父の怒号にレイチェルがおかしそうに笑う。




「あら、先に裏切ったのはあなた方ですわ。わたくしを冷遇してきたのも、捨てたのも、裏切ったのも公爵家よ。だからわたくしはそれに応えただけ。裏切りには報いを与えるべきでしょう?」




 レイチェルの言葉に魔王が頷く。




「そうだな、裏切り者には相応の報いを受けさせねばならん。だがレイチェルに肉親殺しなどという汚名を着せるつもりはない」




 魔王がレイチェルの頭を撫でる。




「さあ、公爵家の者達よ、我が相手だ」




 視線を向けられただけなのに息が詰まる。


 本能が敵うはずがないと告げている。


 父も母も、一歩も動かない。


 いや、動けない。


 ハッとして足元を見れば、足首に黒い影のようなものが巻きついており、動くことが出来なくなっていた。




「逃がしはせぬ。レイチェルが苦しんだ分、貴様らも苦しませてやろう。安心せよ、すぐには殺さん。少なくとも、レイチェルが良しというまではな」




 それにレイチェルがまた、ふふふと笑った。




「最後は首を刎ねてね」


「デュラハンにする気か?」


「ええ、本音を言えば顔も見たくないけれど、でも聖属性魔法を使えるアンデッドがいたら便利でしょ? デュラハンにして絶対服従させるわ」


「あなたがそう言うなら」




 レイチェル、と妹の名前を呼ぶ。


 振り向いたレイチェルはまっすぐにこちらを見た。


 そこにはもう、俯きがちで陰鬱な少女はいなかった。




「わたくし、あなた方のことが大嫌いですわ」




 それは、死刑宣告に等しかった。




「レイチェル、話を──……むぐっ?!」




 足元の影が伸びてきて、口元を覆われる。


 レイチェルは微笑んでいた。


 魔王がまた腕を振る。


 背後の外壁の下、待機させていた兵士達の断末魔が響き渡り、振り向かずとも濃い血の臭いが漂ってくる。




「もう、何もかもが遅いのですよ」




 妹は、レナルドの知るレイチェル=シェリンガムではなくなっていた。







* * * * *

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― 新着の感想 ―
悪意を持って無駄に拷問された事を話さないの優しい 私だったら百年間位拷問して復讐するのに
[気になる点] この話と次話の間に1話挟むべき
[一言] 顔も見たくないなら、デュラハンは良いチョイスですね。 顔が無いわけですし。
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