聖女ユウリ / 破滅への始まり
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私、藍沢ユウリは転生者だ。
前世では平凡な女子高生だった。
普通の両親に、友人がいて、どこにでもいる普通の女の子に過ぎなかった。
クラスで目立つほどではないけれど、他の子達にそれなりに認識はされているような、そんな立場だった。
私はネット小説や乙女ゲームが好きで、その中でも、一番好きだったのが『聖なる恋〜運命の人は〜』という乙女ゲームだった。
ファンの間では『聖運』と呼ばれていた。
そのゲームにハマって、何周も何周も繰り返し遊んで、それこそキャラクター達のセリフすら暗記してしまうほどだった。
女子高生の主人公・藍沢ユウリは突如異世界に召喚され、聖女と呼ばれ、そこで人間と魔族が戦争をしていることを知らされる。
人間のためにユウリは戦うことを決める。
魔族との戦いの中で成長しつつ、ユウリは攻略対象と呼ばれる男性達と次第に親しくなり、やがて恋に落ちる。
このゲームは主人公ユウリとカッコイイ男性達との恋愛物語なのだ。
いつも、私は主人公が自分だったらと思いながらゲームを遊んでいた。
中でも一番好きだったのは魔王ファウストだ。
銀髪に紅い瞳、褐色の肌をした、魔族の王。
冷たく、残忍な面もあるけれど、主人公を愛することで葛藤し、魔王としての自分と愛情との間で揺れ動く。
選択肢によってはユウリは殺されてしまうこともあるが、ハッピーエンドを迎えれば、冷酷な魔王の甘い一面が見ることが出来る。
ファウストが私の推しだった。
でも、ある日、私は死んでしまった。
何の前兆もなく、気付けば真っ白な空間にいて、とても美しい女性に謝られた。
「ごめんなさい、間違えてあなたを死なせてしまったの。本当は別の人間が死ぬはずだったのに……」
「え……、私、死んだの?」
当然私は怒ったが、その女神だという女性は代わりに一つだけ何でも願いを叶えてくれると言った。
その時に頭に浮かんだのが『聖運』だった。
「じゃあ、聖運の主人公ユウリになりたい」
ゲームの世界に入りたい、なんて普通だったら笑われることだろう。
でも女神だという女性は頷いた。
「藍沢ユウリに転生させましょう」
そうして、本当にあっさり私は生まれ変わった。
藍沢ユウリという女の子に。
ユウリの家は裕福で、両親は美男美女だし、二人の間に生まれたユウリもまた見目が良かった。
それに色々な才能があるのか何をしても上手くいく。
勉強も運動も出来るし、自然と人々が集まってきて、ユウリに優しくしてくれる。
もちろん私も主人公ユウリらしく振る舞っていたけれど、それもそのうち自然と身についた。
誰からも愛される存在が藍沢ユウリだった。
それでも私には夢があった。
十六歳になれば、彼のいる世界に行ける。
私が一番好きだった魔王ファウストのいる世界。
心待ちにしたその日は訪れ、私は聖女として異世界のイングリス王国に召喚された。
召喚された理由は、この国にいる聖女の末裔が聖女としての役割を果たせず、魔族との戦いで人間を救ってくれる存在を得るためだった。
ゲームではそこまで細かく描かれていなかったので、話を聞いた時は笑ってしまいそうになった。
王太子ルートで悪役となるレイチェル=シェリンガムは実は初代聖女の末裔で、しかし、闇属性の魔力を持っているせいで聖女としての役割が果たせない。
……よくそれで王太子の婚約者になれたよね。
一番の推しはファウストだけど、王太子ルーファスも見目が良いのでわりと好きなキャラクターだ。
セリフを覚えるほどやり込んでいたので、ルーファスの好感度を上げるのは簡単だった。
魔王ルートに入るには一度王太子ルートに入る必要があった。
ただレイチェルとの仲は微妙なままだった。
……レイチェルと仲が悪いのはまずい。
魔王ファウストの封印を解いた時、レイチェルが味方になってくれていないと、ファウストの甘言に惑わされたレイチェルは魔力を捧げて魔王が完全復活してしまう。
そうなれば魔王はユウリを殺してしまう。
だからレイチェルに何度も話しかけようとしたけれど、避けられ、やっと話せても全く味方になってくれる気配はなかった。
……死ぬなんて嫌!
どうしよう、と考えた時に思ったのだ。
味方に出来ないなら消せばいい。
レイチェルがいなければ魔王は完全復活出来ない。
私が殺されることはない。
そのために私は予言を行うことにした。
原作ゲームの流れは覚えていたので、魔族がどこに出現するか、どんな魔族が現れるのか、知っていた。
最初は疑うような目を向けられていたけれど、予言が二度、三度と当たるとすぐに私の予言はありがたがられて、より聖女としての地位は高まった。
そして私は王城で開かれた夜会で予言を行った。
「レイチェル=シェリンガム公爵令嬢は危険です! 彼女は闇属性の魔力を持ち、死霊術を使えます! このままにしておくと、いずれ魔王の復活に関わり、ルーファス様や王家に害をなす存在になります!!」
ルーファスも王家も、レイチェルの家族である公爵家すらも、聖女である私の言葉を信じた。
レイチェルには少し可哀想なことをしたかもしれないが、所詮、この世界は私ユウリが主人公なのだ。
私のために死んで。
ボロボロになって処刑台に引きずられていくレイチェルを見るのは愉快だった。
何度も避けられて、話しかけても全然仲良くしようとせず、しかもルーファスの婚約者というのも実は気に食わなかった。
だって、愛されるべきは主人公の私なのに。
ルーファスは私を愛している。
それなのに他に婚約者がいるなんて、なんだか面白くない。
レイチェルが死んだ時はつい笑みが漏れてしまった。
……これでファウストは完全復活出来ない!
そうなれば聖女の私が言う和平に同意するしかないし、一緒に過ごすことで、ゲーム同様に攻略出来るはずだ。
レイチェルがいなくなれば私の死亡ルートはなくなる。
それからは晴れ晴れとした気分だった。
ファウストに出会うまでは、ルーファスとの恋を楽しめばいい。
ルーファスは優しくて、カッコイイし、王太子だからお金持ちでドレスや装飾品など色々な物を贈ってくれる。
神殿側がちょっとうるさいけれど、王家に対して強くは出られないようなので気にすることはなかった。
豪華なお城に住んで、華やかな装いをして、素敵な王子様に求愛されて、本当にお姫様になったようだ。
午後のティータイムをルーファスと楽しんでいると、騎士が少し慌てた様子で部屋に入ってきて、ルーファスに何か耳打ちする。
それを聞いたルーファスが驚いた顔をした。
「なんだと?」
眉を寄せたルーファスに訊く。
「ルーファス? どうかしたの?」
ルーファスが私を見た。
「アーレント戦線が崩れた。我々人間側の軍は敗走し、魔族達が戦線を越えて来た」
「え?」
……そんな流れ、序盤にあったっけ?
「ユウリ、予言はなかったか?」
訊き返されて、頷き返す。
「う、うん、なかったよ。その、予言は見たいことを見れるわけじゃないから……」
「そうか、そうだったな、すまない」
「ううん、いいの。役に立てなくてごめんなさい」
謝ればルーファスに手を握られる。
「ユウリが謝ることはない。大丈夫だ。戦線からは距離もあるし、すぐに各国に連絡して人員を補充すれば立て直せる」
ルーファスはこういうところがカッコイイ。
私がホッとした顔をすれば、ルーファスも微笑む。
王太子妃や王妃の座も惜しいけれど、やっぱりファウストが一番の推しだから、残念だけどルーファスの好感度はこれ以上上げない方がいいだろう。
今は婚約者という立場でも十分満足だ。
それに私には原作の記憶がある。
ちょっと不測の事態が起こっても、何とか出来るはずだ。
これまでだって原作通りだったのだから。
本当なら戦線が崩れるのはもっと先だけど、その後魔族がどうやって来るかは知っているし、今までと同じく予言で先回りして勝てばいいだけだ。
「ルーファス、大丈夫、勝てるよ」
だって私はこの世界の主人公だから。
* * * * *
「戦線が崩れたぜ」
ロドルフの言葉にわたくしは微笑んだ。
「それは何よりです」
イングリス王国に一歩近付いた。
わたくしの復讐が始まった。
「楽しそうだな?」
ロドルフに言われて頷いた。
「ええ、とっても。イングリス王国に、王太子に、聖女ユウリに復讐が出来るのですもの、楽しくて仕方ありません」
「魔王妃様を殺すとか、イングリス王国ってのは実は馬鹿なんじゃねーか? こんな有能なのによ」
「そう言っていただけて嬉しいですわ」
魔族は正直者が多いので、ロドルフの言葉は本心からのものなのだろう。
そう分かっているから褒められると素直に嬉しい。
「さあ、ロドルフ、今から追撃をお願いします」
ロドルフが膝をついた。
「了解しました、魔王妃様」
立ち上がったロドルフが離れていく。
これから彼は配下のウェアウルフなどを連れて、敗走する人間達に追撃を行う。
きっと、多くの人間達が死ぬだろう。
でも悲しみや哀れさなどは感じなかった。
むしろ人間が死ねば死ぬほど、イングリス王国までの侵攻が早まるので、死んでくれてありがとうという気持ちだった。
……わたくし、どこかおかしいのかしら?
人間だった頃は誰かが傷付いているのを見るだけで、自分のことのようにつらかったのに、今はそれがない。
心まで魔族になったのだろうか。
だけどそれすらもどうでも良かった。
イングリス王国に復讐出来ればそれでいい。
しかし、今は少しだけイングリス王国に感謝している。
処刑してくれたおかげでリッチという不死者になれただけでなく、エヴァルト様と出会い、魔王妃にもなれた。
妃という立場に執着しているわけではないが、王太子の婚約者だった身としては、それまでの教育が無駄にならずに済んだような気がして嬉しいのだ。
わたくしの努力は無駄にならなかった。
「魔王妃様」
声をかけられて振り向けば、ヴィルヘルムが立っていた。
「我々の出番はまだか?」
ヴィルヘルムの向こうには何匹ものドラゴン達が待機していた。
そわそわしているので早く戦いたいのだろう。
「ロドルフ達が敵を追い込んだ後に狼煙を上げます。赤い狼煙が上がったら、人間達の軍に好きなだけブレスを浴びせかけてください。それまでもう少しだけ時間がかかるでしょう」
「そうか。我々が出るのは久しぶりだ」
「そうなのですか?」
ドラゴンがいたら戦争なんてあっという間に終わりそうな気がするのだけれど。
「人間達は我らドラゴンを地に落とす魔法を編み出した。それに人間と魔族とが乱戦することも多い。下手に我らが参戦すると魔族側にも被害が出る」
それに頷き返す。
「ええ、そうですね。だからロドルフに人間達を追い込んでもらっています」
ロドルフとその配下達が人間を追撃する。
恐らく、戦線の他の場所でも同じような状況になっているだろう。
いくつかの地点に人間達を追い込むために。
崖や沼地など、逃げ場がなかったり逃げ難い場所に人間達を追い込んだら、頭上からドラゴン達による一斉攻撃が始まる。
人間達は逃げ場がない、または逃げ難い場所でドラゴン達のブレスを受け、鋭い爪や牙でやられて死んでいく。
これは戦線を崩すだけでなく。ドラゴン達にも活躍の場を与えることで、その誇りを保たせる目的もある。
ドラゴン達は強いのに、これまで、ブレスなどの範囲攻撃のせいで戦いに出ることはあまりなかった。
それに体も大きいので目立ってしまう。
だが、今回はそれでいい。
「逃げ場のない場所で突然頭上からドラゴンの攻撃を受けたら、人間達はひとたまりもないでしょうね」
しかもドラゴンには普通の矢や剣は効き難い。
体表を硬い鱗が覆っているため、魔法で強化されたものでなければそうそう傷付けることは出来ないのだ。
……本当にもったいないわ。
「人間の街や村を襲おうとは思わなかったのですか?」
そう訊けばヴィルヘルムが首を振った。
「我々が戦うと全てを破壊してしまう。補給物資も何もかも。中には殺した人間を食べる魔族もいるため、苦情が多い」
「苦情ですか?」
「ブレスで殺せば焼けてしまったり細切れになってしまうし、握り潰せばぐちゃぐちゃになる」
「……なるほど」
でも、とヴィルヘルムを見る。
「今回はそういったことは気にしなくても大丈夫ですよ。思う存分、暴れてください」
ヴィルヘルムが頷き、後ろのドラゴン達が顔を上げた。
釣られて見れば、遠くからいくつもの赤い狼煙が上がっていた。
「さあ、ドラゴンの皆様、出番です」
声をかければヴィルヘルムがやや俯いた。
その体が瞬く間にドラゴンへと変わる。
「好きなだけ人間を殺してくださいな」
わたくしの言葉にヴィルヘルムが頷いた。
「了解した。行くぞ、同胞達よ」
次々と空へと飛び上がっていくドラゴン達は美しく、太陽の光が鱗に反射して、キラキラと輝いている。
恐らく敗走した人間の軍は、大半が死ぬだろう。
生き残った者達が王都に辿り着いたとしても、その頃には、わたくし達魔王軍もその後ろに迫っている。
……ああ、本当に楽しみだわ。
聖女ユウリ、王太子、公爵家、そして民達。
彼らはわたくしを見た時、どんな反応をするか。
……これから行くから待っていて。
会うのがとても楽しみだ。
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