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我が妃は働き者 / 何事も下準備が大事

* * * * *






 レイチェルがエヴァルトの妃となって、一月が経った。


 この一月の間、レイチェルは毎日、休まずに動き回っているらしい。


 最初の一週間は最前線に向かい、その周辺から大量のスケルトンやゾンビを生み出した。


 よほど大量の死者を蘇らせたのだろう。


 途中、エヴァルトの魔力のいくらかがレイチェルに流れるのを感じ、エヴァルトは笑ってしまった。


 リッチとなり、魔王と魔力の繋がりを持つレイチェルの魔力量はかなりのはずなのに、足りずにエヴァルトから抜き取られたのだ。


 その後の報告で、死者の軍団は数千から一万ほどに増えたとのことだった。


 それらは即座に戦線に投入された。


 不死者は休息を必要としないため、人間側は朝も夜もスケルトンやゾンビに突撃されて、確実に心身共に消耗している。


 スケルトンもゾンビも火属性と聖属性の魔法に弱いが、誰もが魔法を扱えるわけではなく、ほとんどの人間の兵士は剣で戦うことになる。


 スケルトンは粉々になるまで何度でも立ち上がるし、ゾンビは手足を切断しても構わず動く。


 元が死んでいる状態なので死というものが存在しないのだ。


 人間側にとってはさぞかし厄介な敵だろう。


 倒しても倒しても立ち上がってくる敵が、朝だろうと夜だろうと襲いかかってくる。


 休息など取らせてはくれない。


 人間側は必死で戦うが、こちらは基本的にスケルトンやゾンビの指揮を行い、崩れたところにウェアウルフなどの魔族が追撃を行うだけだ。


 じわじわと消耗させて弱ったら叩く。単純だ。


 しかし魔族の消耗は少なくて済む。


 その間も、レイチェルは定期的に戦線に赴いてはスケルトンやゾンビを補充し、そうでない時は幹部達と戦線について話したり、他の魔族達と交流を重ねたりしているようだった。


 それでいて、こうしてエヴァルトとの茶の時間や食事の時間には必ず戻って来る。




「私の妃は随分と働き者のようだ」




 エヴァルトが笑って出迎えれば、レイチェルは首を傾げた。




「そうかしら?」




 レイチェルの手を取り、テーブルへ導く。


 エヴァルトが席を引けば、レイチェルは「ありがとう」と微笑んでそこに座った。


 その向かい側にエヴァルトは腰を下ろす。




「何日かに一度は戦線に赴き、他の時間は幹部やその配下達と交流を重ね、それぞれの戦力がどれぐらいあるのか確かめているのだろう?」


「ええ、その通りよ。どんなことでも大事なのは、誰が何を出来るか知り、仕事を誰に割り振るかだと思うのよ」


「なるほど」




 レイチェルは魔族達があの作戦を行えるか確かめる目的もあって、彼らと交流しているのだろう。


 エヴァルトは可能だと思っている。


 魔族は集団行動は苦手だが、それと同じくらい、愉快なことが大好きな種族でもある。


 レイチェルの作戦は魔族にとってはとても愉快なことだ。


 きっと、魔族達は喜んでやるだろう。


 エヴァルトが口を挟む必要もない。




「レイチェル、復讐の下準備は楽しいか?」




 エヴァルトの問いにレイチェルが笑顔で頷いた。




「とっても楽しいわ」




 レイチェルが妃となったことで、彼女との約束を守るために、魔王軍はイングリス王国を潰すことに決めた。


 そもそも、人間側の要がイングリス王国なのだ。


 イングリス王国自体は大国というほどではないが、魔族側の土地に近く、そして、聖女を召喚した国という地位故に周辺国の中でも立場が強い。


 だからこそ、この国を潰せれば面白いことになるだろう。


 聖女を失ったら人間達はどうするだろうか。


 また異界より喚び出すのか、それとも聖女を失っても一致団結して向かってくるか。


 だが周辺国を纏め上げていたイングリス王国が魔族に蹂躙されれば、大混乱に陥るはずだ。


 そうならないために戦力を向けてくるのは考えなくても分かる。




「この前、各国に人狼部隊をいくつか行かせたの。戦線が崩れ始めたけど、このままだとすぐに増援が来てしまうもの。そうならないように、人狼部隊には各国で暴れるように言っておいたわ」




 前線が乱れ始めたことに各国も気付くだろう。


 そのままにしておけば、各国が前線に人員を投入し、また魔王軍は劣勢になってしまう。


 けれども、もしも自国内で突然魔族が現れたら?


 それも複数の場所で魔族の目撃情報と被害があったら、国はそちらの対処に追われる。


 自国内に魔族が入ることで不安定になる。




「これは物語にはないことだから、聖女ユウリも予言は出来ないわ。きっと、いきなり自国に魔族が現れたら各国はとても驚くでしょうね」




 ふふ、とレイチェルが楽しそうに笑う。




「だから人狼を選んだのか」


「ええ、彼らは人間の姿に擬態出来るもの」




 人狼という種族は人型と魔族、両方の姿を持つ。


 普段はウェアウルフとよく似た姿をしているけれど、人間に擬態も出来るのだ。


 ウェアウルフよりかは力は劣るものの、人間にしてみれば、十分な脅威となりえる存在だ。


 しかも彼らは基本的に群れで行動しているため、魔族の中でも集団行動に慣れている。




「各国が国内に人員を割かれていれば、戦線に送られる兵士の数は減る。そのためにも人狼部隊には派手に、好き勝手に暴れるよう言ってあるわ」


「きっと愉快なことになるだろう」




 人間達は自分達の中に人狼が紛れたことに気付き、そして、互いに疑念を感じ、警戒し合うことだろう。


 人間同士で潰し合うかもしれない。


 そうなったらとても面白い。




「そういえば、サキュバスやインキュバスも動かしていたな?」




 レイチェルが妃となってすぐに、彼女はヒルデに何事か頼んでいた。


 ヒルデはサキュバスとインキュバスの族長だ。


 見た目は若く見えるが、そこそこ生きている。


 エヴァルトの言葉にレイチェルは頷いた。




「ええ、各国に送り込んだわ。情報収集もそうだけれど、出来るだけ国の上層部達に取り入って、甘言で惑わせようと思って」




 エヴァルトはレイチェルの手を握った。




「聞かせてくれ」


「いいわ、でも、大したことではないの」




 まず、サキュバスやインキュバス達が国の上層部の者達の愛人や恋人などになる。


 そうして、最初は魔族の正しい情報を伝える。


 ただし、内容はこちらが知られても問題のないものに限定してある。


 いくつかの情報を渡すことで、相手は信用するだろう。


 そうこうしているうちに各国で人狼達が騒ぎを起こすので、そうしたら、こう囁くのだ。




「戦線は確かに少し崩れているけれど、まだ問題ない。それよりも自国内に魔族が侵入したことを片付けないと。でも不思議。聖女様は今まで何度も魔族の動きを予言してきたのに、今回は何も言わないなんて。もしかしたらこれを機に我が国の力を弱めさせて、自分達の地位を盤石にしたいのかもしれない」




 これまで聖女は戦線だけでなく、どこにどんな魔族が現れるかという予言を行ってきたそうだ。


 それ故に各国も聖女を信じてきた。


 だが、今回の件で聖女が予言を行わなかった、もしくは予言を外したとなればどうだろうか。


 一度ならまだしも、二度三度とそれが続いたら?


 各国は聖女を信用しなくなっていくだろう。




「聖女ユウリは物語の通りに魔族が動くと思ってるわ。だからこそ、こちらも相手の動きが読める。わたくし達は先の先を読むの」




 しかし完全に物語と違う動きをするわけではない。


 最初は物語に似せて、でも途中から変えていく。




「予言が何度も外れたら、聖女ユウリの立場はどうなるかしら?」




 聖女と言っても最初から完璧に聖属性魔法が扱えているわけではない。


 訓練を行うことで魔法は使えるようになる。


 レイチェルがイングリス王国にいた頃も、聖女は魔法を扱う訓練を受けている最中だったらしい。




「今の聖女ユウリにはエヴァルト様を封印することは出来ないわ。まだそこまで魔法の扱いに長けていないはずだから、主に予言で聖女の立場を保っているの」




 しかしその予言が当たらなくなれば、聖女ユウリの立場も危うくなってくる。




「そして、そんな聖女の後見をしている王太子やイングリス王国にも疑念の目が向けられるでしょう」




 レイチェルが笑う。




「そうしているうちに人員を投入出来なかった戦線は崩れ、わたくし達魔族が侵攻していく。まず被害を受けるのはイングリス王国よ。他国は疑念を感じ、すぐには動かないでしょうね」


「動いたらどうする?」


「そうならないようにサキュバス達に囁いてもらうの。イングリス王国には聖女がいるから大丈夫だ。今は自国内の魔族をどうにかしよう、ってね」




 実際は、他国からの人員派遣がなければイングリス王国は魔族と対抗出来ない。


 聖女が一人いたとして、それが初代聖女様ほど聖属性の魔法に長けた者ならば広範囲魔法で多くの魔族を弱体化させることが出来る。


 しかしレイチェルの話によれば、まだ聖女は数メートル範囲で展開させるだけで精一杯らしい。




「今は物語ではまだ序盤なの。聖女ユウリは物語の展開が進むに連れて強くなっていくから、現在はあまり強くないわ」




 あとはサキュバス達が上手く各国の上層部を手玉にとって転がしてくれているうちに、魔族はイングリス王国へ侵攻すれば良い。




「もし各国が介入した場合は、わたくしも前線で戦うわ。きっと死者の軍団は必要になるでしょうから」


「その時は私も出よう」


「エヴァルト様も?」




 レイチェルが不思議そうな顔をする。




「妃ばかりが働いて、王が何もしないのでは格好が悪いからな。それにたまには体を動かさないと」




 それにレイチェルの戦いを近くで見たい。


 レイチェルの練った策がどのように動くのか、どんな結果をもたらすのか、そばで眺めたい。




「では、その時はお願いするわ」




 そう言って、レイチェルはエヴァルトの手を握り返した。








* * * * *








 エヴァルト様の妃になってから、毎日が充実している。


 約束した通り、エヴァルト様はイングリス王国への侵攻を進めるようにと魔族全体に通達してくれて、おかげで、わたくしの作戦も魔族達から反対されることはなかった。


 まず、最初にヒルデに頼んでサキュバスとインキュバスをイングリス王国の周辺国に紛れ込ませた。


 サキュバス達は人間の精を得て生きている。


 誘惑に関することなら、サキュバス達に任せるのが一番良い。


 サキュバス達は国の上層部達に上手く取り入ってくれるだろう。


 サキュバス達は相手の好みの容姿に変化することも出来るそうなので、その手練手管と合わせれば、恐らく愛人や恋人になることは容易いはずだ。


 そうして上層部達の手綱を握ってもらう。


 それからすぐ後に人狼部隊を各国に送り出した。


 こちらは人間に擬態出来る珍しい魔族で、ウェアウルフよりも能力面では劣るけれど、擬態が出来る分、人間の中に紛れ込むのが得意だ。


 各国に二つか三つのチームをそれぞれに送り出したので、到着し次第、それぞれの国で暴れ出すだろう。


 あちらの村が襲われ、今度はこちらの町で魔族に襲われと、国を混乱に陥れるだろう。


 人狼達は喜んで出かけて行った。


 魔族は基本的に人間を殺すのが大好きだ。


 最前線では少しずつ、投入したスケルトンやゾンビの数を増やして、じわじわと戦線を崩しているが、時にはわざと撤退させるなどして、まだ膠着状態のように思わせている。


 サキュバス達が上層部の者達に近付き、各国で人狼部隊が動き出して、事態が混乱し始めたら一気に戦線を崩す。


 その時は時間との勝負になる。


 イングリス王国の王都まで到達するのに時間をかけすぎれば、さすがに他国から介入されてしまう。


 そうならないためにも戦線を崩した後は王都まで一直線に向かう必要がある。


 その間でも戦うことになるだろう。


 ……まあ、そうなったらわたくしが出るけれど。


 試してみたい魔法もあるので、王都までの道のりはわたくしも、そしてエヴァルト様も恐らく出るだろう。


 一国を攻め滅ぼすのだ。


 そうして同時に華々しく魔王復活を宣言する。


 ……きっとそうなったら大混乱ね。


 対魔王軍の主要国であるイングリス王国が潰れる。


 しかも聖女も失えば、各国の足並みは乱れるだろう。


 わたくしはイングリス王国さえ滅せれば後はどうでも良いのだけれど、魔族になった以上は、人間の味方をするつもりはない。


 そのまま周辺国に侵攻するも良し。


 ……絶対に逃がさないし、許さないわ。


 王太子も、聖女ユウリも、公爵家も、民も。




「捕まえたらどうしようかしら?」




 楽に終わらせてなんてあげない。







* * * * *

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― 新着の感想 ―
 魔族は基本的に人間を殺すのが大好きだ。 魔王が共存をめざした日も関わらず手を取らず、散々殺されてるからこその文かもしれんけど前後に「その理由」がないから物語として矛盾する。 そりゃ滅ぼされるわって…
[気になる点] 吸血鬼でも耐えられないマミーの臭いが漂う戦場にウェアウルフを投入して ウェアウルフは平気なのかな? 嗅覚を遮断出来るくらいじゃないと悶絶して使い物にならなさそうなんだけど
[一言] 今日も楽しくお仕事中! レイチェルは、働き者ですね! レイチェルばかりが、レベルアップしていますね。 聖女はバチが当たったんだろうな…。
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