第八十四話 復讐
騎士団長に呼び出され、彼の部屋に向かうと、書類仕事をしている騎士団長の姿が目に入る。最近は騎士団長に呼び出される事が多く、騎士団に所属していないのに、と周りの人から言われている。
「騎士団長、何のご用でしょうか。」
「ん、用があるのは俺じゃあない。アンデルビート国王が呼んでる。」
騎士団長は「ついて来い。」と言って、騎士団長の部屋から移動を始める。意味が分からないまま付いてきているが、大丈夫だろうか。
「騎士団長、アンデルビート国王は何の用で......。」
「知らない。」
「え。」
「命令だけされたからな。ライラッシュを連れて来い、ってな。」
アンデルビート国王からの呼び出し。何を言われるのか、どうなるのか、生きて帰れるのかが分からず、非常に緊張する。そんな様子を見てか、騎士団長は話題を変えた。
「ライラッシュ、秋で十七歳か?」
「は、はい、そうです。」
「身長も俺に近付いてきて......、ここに来たのは十二歳の頃か?」
お姉様が騎士団に入団した瞬間、急に会える機会が減ってしまった。給料の一部を俺に送ってくれていたりもするが、やっぱりちゃんと話し合いたい。年に数回言葉を交わしたりもしたが、何かに怯えているようでもあった。
「お姉様が騎士団に入って、世話が出来なくなるからと言って......。」
直接聞いた訳ではないが、そう言っていたらしい。両親がいないのに神具を持つ家として成り立っていたのは、お姉様がいたからだ。しかし、何故かお姉様は騎士団に入ってしまった。家は潰れ、俺は騎士団長の庇護下で育てられた。庇護下といっても生活費はお姉様が出している。神具は表面上はお姉様の物だが、事実上はアンデルビート国王の物になってしまった。
「親が居なかったんだよな。」
「ええ。」
その時、廊下の向こう側から人がぞろぞろとやって来る。その先頭には、アンデルビート国王の妻であるフィリア様が歩いている。騎士団長と共に廊下の端に移動し、敬礼をする。通過しようかという所で、フィリア様はふとこちらを向いた。
「この子は?」
「私の庇護下にございます、ライラッシュと言う者です。」
俺は何も言わずに下を向き続ける。これが上の立場の人に対する対処法だ。騎士団長が何とかしてくれるだろう。そう思った時、フィリア様の側近の女性が「何故この子の事を?」と問う。
「......少し、懐かしさを感じただけです。」
ありがとう、と言って、フィリア様は先を行ってしまう。懐かしさとは何だろうか。「何だったのでしょうか。」という話をしていたら、アンデルビート国王の生活するエリアの手前まで辿り着いた。大きな扉の前に見張りの兵士が五人ほど並んでおり、彼らに騎士団長が事情を説明する。
「存じております。ですが、ライラッシュ一人で来るようにという連絡が。」
「一人?私でも駄目なのか?」
「ええ、かなり個人的なお話だと仰っておりました。」
心配そうに騎士団長が見つめているが、全然大丈夫ではない。一人というのは、味方もおらず、相当心細いものだ。騎士団長の庇護下に入った当初は実際そのようなもので、打ち解けるまでに色々な挫折があったものだ。
「決定事項らしいです。」
「むうぅ、そうか......。行けるか?ライラッシュ。」
「あ、......やって、みます。」
そうか、と言って騎士団長が笑うと、扉を開けるよう兵士に指示する。扉が中央から二つに割れはじめ、兵士の二人が扉の先へ足を踏み入れ、こちらを迎え入れる。ふと、トンと背中を押された感触がした。ゴツゴツした手は、騎士団長のものだ。
「行ってこい、ライラッシュ。」
二人の兵士に連れられ、アンデルビート国王の部屋らしき扉の前に着く。木の扉なのに光沢があり、飾り気がないのに豪華に見える。一人の兵士がノックし、用件を伝える。
「ライラッシュをお連れしました。」
「......入れ。」
許可が出たので兵士が扉を開け、俺だけを入れる。足を踏み入れた瞬間に後ろで静かに扉がしまり、アンデルビート国王とその側近だけの部屋に、俺がいるという状態になる。
「フレアダイトの弟、か?」
「は、はい。」
ふかふかのカーペットを踏み締め、何を言われるのかと恐縮する。「緊張は解いていい。」と言われるが、やはり威圧感で押し潰されそうだ。アンデルビート国王は人間が入りそうな木の箱を側近に運ばせ、床に置いた。
「残念な知らせがある。君の姉、フレアダイトはハウッセンの防衛に派遣していた所、戦死した。」
「......え?」
一瞬、何を言われたのかが分からなかった。お姉様が死んだ。それは、もう二度と会えないという事なのか。心が燃え広がるように何も考えられなくなり、怒りも覚える。
「誰が......。」
「我々の敵の誰か、だ。......幸いな事に遺体は残っている。顔だけでも拝むといい。」
粗相など、この時は微塵も考えておらずにその木の箱まで走る。箱の上部分はガラスになっており、お姉様の顔が見える。白く、冷たそうに目を閉じているお姉様を見て、泣き出してしまう。そして、歯を食いしばって。
「許せない......!」
そう言った。アンデルビート国王は俺の肩に手を乗せ、耳元で囁く。
「許せない、か。復讐を望むか?」
「はい......。」
「手を貸そう。」
「何を......。」
何か案があるのかと問うと、まっすぐこちらを向いて言う。
「意思を継ぐのだ。君は姉に似て才能がある。」
アンデルビート国王はとある実験をしていたらしい。神具を使えるようにするという実験であり、成功すれば絶大な力を持つ神具を振るう事が出来る。
「本来は神具が使える者の犠牲が必要だが、言い方は悪いが......。」
「もう死んでしまったお姉様がいる、という事ですか。」
言い方など関係ない。お姉様の力を使い、無念を晴らす。
「やりましょう、実験。」
「そうか。フレアダイトも喜んでいる事だろう。」
そうして、実験が始まろうとしている。怖くはない。だって、今からお姉様と一緒になれるのだから。