第八十二話 最後の将兵
「ライラッシュ、騎士団長が呼んでいる。」
訓練室で素振りをしていた俺に、友達がそう言った。最近は騎士団長と話す事が多い。いつもの事だろうと思って騎士団長の下へ向かったこの日から、俺の人生は狂い始めた。
「報告。ハウッセン内部に敵が侵入。スターディア様が罠に引き込もうとしましたが、失敗したように見えました。そして、彼の愛剣が破損しているのも確認......。」
「砲台は?」
「そこに回せる兵力がもう......。そこの防衛をしていたスティアビート様は......。」
伝令兵は絶望の表情を浮かべ、涙を流している。そんな彼らの為に、私が出来る事は戦う事だ。
「......私が前線に出て、スターディアを救助します。」
「お止め下さい、フレアダイト様!」
伝令兵がどれだけ不利なのかを語りはじめる。もはや魔弾を放つ兵は、敵の崖の上からの射撃によって壊滅したらしい。その状態で、スターディアと同じような身のこなしでハウッセンを飛び回る片手の将兵。スターディアは持たないとその伝令兵は踏んだようだ。
「ククク......、彼の言う通りですね。」
「ヒューマイン?」
私の補佐としてここに送り込まれた、アンデルビート国王の側近であるヒューマインが口を開いた。表情を変えずに、もはや女性かと疑うような長髪で目を隠しながら言う。その黒髪の隙間から、細い視線を私に向けて。
「アンデルビート国王が言うには、ここの最後の役割はなるべく戦力を削ること。最後の将兵であるフレアダイト様が無駄死にされては、アンデルビート国王が困ります。出来るだけここ、最奥に引き込み、道連れを増やすのが良いですね。」
「え?」
「事実です。......伝令、感謝します。」
伝令兵が信じられないという顔で、最奥地から退出する。ぐるりと辺りを見渡すと、王都から送られてきたヒューマインの部下数人のみとなっている。急に味方がいなくなった気がして、ふとぞっとした。ここは陥落前提。これを知っているのはヒューマインの部下のみ。では、何故アンデルビート国王は私をここの防衛に付かせたのだろう。
「フレアダイト様。そろそろ妖精槍テレファーレを持ってはいかがです?もう前線は持たないと考えておりますが。」
「......ええ。」
ヒューマインは私に妖精槍テレファーレを装備するよう促す。私は神具が使えるとはいえ、神具が持つ不快感が嫌だ。とはいえ、敵襲が近いのも事実で、わがままも言っていられない。そう思って、妖精槍テレファーレを探す。ふと見ると、保存用の魔術具入りガラスケースに入ったまま、部屋の隅の床に放置されているのが見えた。誰が置いたのだろうと思い出しながらそこに向かおうと、ガラスケースの方向に向いた瞬間、腹に痛みが走った。
下を見ると、腹から出てきた剣が見える。私の血を浴びながら、それはまた私の腹に戻っていき、何かが抜けた感触が腹を襲った。後ろにいるのは、ヒューマインだ。
「あ、が......、何故......。」
「ふむ、これでいいでしょう。」
妖精槍テレファーレを部屋の隅という遠くに置いたのは、ヒューマインだった。そして私がそれに向かうように仕向けたのもヒューマイン。そう思い返しながら、私は床と衝突した。
「嵌めた、わね......。」
「転移陣を敷きなさい。」
転移陣?それがあれば、脱出は容易だ。皆がないない言って、覚悟を決めていたのに、彼らは......。
「心配せずとも、しばらくは生き続けられますよ。瀕死状態で保存させておくだけです。」
悪魔だ。
必死で考えた。奴らの狙いを。そして、一つの結論に達する。
「弟を......戦いに、巻き込まないで......。」
「ふむ。無理な相談ですね。貴方の弟であるライラッシュは、アンデルビート国王が欲しました。貴方よりも使えるらしいですよ?」
ヒューマインがそう言い放ち、保存用の魔術具を私に使用した。そこから先は記憶がない。