第七十九話 本心
「カルテラッシェが居ません!」
「は!?」
あえてサイサンシュレイトへ援軍へ行った事を知らせなかったカルテラッシェが消えた。その報告を受けたファントレアル騎士団長は、焦る逆光の鏡団に、「捜すな。」と言った。
「今はここの復興が最優先だ。」
「......はい。」
「寝る事はできます?」
「寝れない。」
皆が寝静まった頃、俺、ハルセンジアとエミラッシェは今日話し合った会議室でたまたま出会った。寝れなくて当てもなく施設内を歩いていたところ、そこにいるエミラッシェと出会ったのだ。
「......なあ、本当に行くのか?」
「死ぬ気はないって言ったの。安心して。」
「安心できないんだ。そんな様子じゃあ。」
フィリアがいなくなったあの日から、エミラッシェは変わった。ずっと部屋に引きこもって、食事も滅多に顔を出さない。ヴィンデートに対しては何も関わらないようにして、ふさぎ込んでいた。フィリアを捜索しに行く直前は少し落ち着いてきた印象があったが、今はまた違う方向に向かっている気がする。
「自暴自棄になっていないか?」
「そんな風に見えるかしら?」
「じゃなきゃこんな役目に立候補しない。エミラッシェならな。」
「心外です。」
夜なのに、今までより暗くない。そのせいで、エミラッシェの表情が良く見える。声も震えそうで、顔は泣きそうなのを堪えて酷く曲がっている。隠しきれないのを悟ったのか、彼女は心中を明かし始めた。
「元々ね、立候補する気は無かった。」
「何故参加する事を決めた?」
エミラッシェはそれに対し、迷わずに答える。悲しい程にはっきりした声で。涙を堪えているのを感じさせない程に。
「ヴィンデートがね、その未来にはハルセンジアさんがいないじゃないですかって言っていたの。」
「覚えている。」
「それでね。もし、ヴィンデートとフィリアちゃんが再会した未来があったなら、私は邪魔だって思った。まだ言っていないけれど、知ることになる。私がやったことを。そして、ヴィンデートは幸せに暮らすには程遠い感情を抱く事になるでしょうね。」
「......だから、いなくなろうってのか?」
ヴィンデートはエミラッシェがやった事を知らない。何かを察しているようだが、確信には至っていないはずだ。だからこの戦いで、意味のある死に方をしたいと言われ、俺は頭にきた。
「騙すなよ。」
ただ一言。怒りを抑えるように低い声でそう言う。エミラッシェは笑って、ごめんなさい、と笑った。
「私は納得しているわ。」
「俺は納得していないぞ。」
意味のある死に方より、意味のある生き方をしてほしい。そう訴えても、彼女は意味のある生き方を知らないようだ。
「私が死んだら悲しむ人はいるでしょうね。けれど、それはヴィンデートだけよ。他の皆は全部知っている。私がどんなことをしてきたのか。」
「......もしお前が死んだのなら、ヴィンデートにその事を教えてあげればいいのか?」
「理解してくれた?」
「してないさ。」
死なせる気は毛頭ない。皆で生きて帰りたい。けれど、どうしようもない理不尽がこの世にはある。彼女はこの戦いで死ぬ気だ。それを止める為に何ができるか。エミラッシェに一言置いて、俺は就寝するために部屋へ戻る。部屋の中は人の波ができているようで、全員が明日に備えて熟睡している。
「ヴィンデート......。」
その中に、他と変わらず眠っているヴィンデートの姿を見つけた。彼が戦いに身を投げた以上、失う物は沢山あるだろう。けれど、その前にも、彼は沢山のものを失っている。
両親、フィリア、日常。
せめてフィリアと日常だけでも取り戻してやりたい。その日常にエミラッシェもいないと、納得がいかない。フィリアがいる王都を思い浮かべ、めまいを覚える。俺とミラシュレインとファントレアル騎士団長だけで共有しているこの真実を、ヴィンデートに伝えるべきだろうか。
アンデルビート国王を処分するなら、フィリアも同時に処分されること。
フィリアは彼女の夫がアンデルビート国王であることを知っている。共謀だ。何故彼女がアンデルビート国王の下にいるのかは知らない。けれど、ああやっている以上は、俺も擁護ができないのだ。
......無理、か。
ふともう一度ヴィンデートに目をやる。ぐっすり寝ており、その顔は、街に普通にいる男の子の顔だったのかも知れないと思うと、胸が痛くなる。それが嫌になって、俺も横になった。