短編 あれから一週間
「なあ、ヴィンデート。久しぶりに森に行かないか?」
そうハルセンジアさんに誘われたのは、ベルグラート領主へ反撃の書類を送ってから、一週間前の事だ。明日の朝から森に行って、魔術具を直す為の素材を取りに行くという事らしい。あんまり暗くない夜の中、瓦礫に腰掛けている俺達を、生暖かい風が通りすぎてゆく。
「昔、ハルセンジアさんと特訓をしていた森でしょうか。」
「そうだな。......昔ってほどじゃあないだろう。半年も経っていない。」
「......感覚、ですかね。」
あの頃はねーちゃんが居た。街も賑やかだった。今よりも、ずっと平和だった。
「環境の変化が早すぎるんですよ。」
「......。」
泣きそうだった。必死に堪えて、そうしたら、声が震えていた。ハルセンジアさんは俺の頭にそっと手を置き、撫でる。
「......ごめんな。本当は、こんな経験させるつもりなんてなかったんだ。」
俺は必死に俯いていて、ハルセンジアさんの顔は見えなかった。けれど、息遣いや、上ずった声で、俺と同じく泣くのを堪えているという事が分かった。溢れる気持ちを抑えるのに必死で、堪える風の温度も感じない。ただ、不意に零れた涙が冷たかった事、ハルセンジアさんの手が温かかった事は、これからもずっと感覚として残るだろう。
目が覚めて、体を起こす。あれからの事は覚えていないが、記憶が確かなら、今日は森に行く日だろう。自分の部屋から出て、お茶会部屋へ向かった。
「......おはよう、ヴィンデート。」
「おはようございます。......昨日はありがとうございました。運んでくれたのですよね?」
「ああ。とりあえず朝食だ。」
保存食が机に置いてあったので、それに手をつけはじめる。そういえば、しばらくちゃんとしたご飯を食べていなかった事に気づいた。しかし、それ以上考えると、また泣きそうになってしまうので、止めた。すぐに保存食を食べ終え、準備をしに部屋に戻った。
「あんまり必要な物はないだろう。」
「まあ、そうでしたね。」
素材を入れる為の袋と、保存食ぐらいだ。後は武器を持って、街を出発するだけ。ハルセンジアさんは茨の城から出て、大通りを進み始める。俺もそれについて行った。しばらく歩くと更地に出て、門にたどり着く。流石に門周辺は更地という事ではなく、防衛施設が集合しているようだ。セントレイクから足を踏み出すと、ハルセンジアさんが口を開いた。
「必要な物、といったらヴィンデートのスキルだ。[ステータスオープン]で魔獣の魔力量を見てほしい。」
「質が良い物を採りたい、という事ですね。鑑定する時間の短縮にもなりますし、良い考えだと思います。」
しばらく歩いて、ハルセンジアさんと特訓をしていた森に着いた。しかし、今回は少し奥へ進むらしい。どうやらこの森はかなり深いようだ。
「サイサンシュレイト方面に進んで行くと、魔物も現れてくる。そうそうありはしないが。」
急にハルセンジアさんが足を止めた。どうやら、魔獣の気配がするらしい。手のサインで五、六体いるのが分かる。
「......アミルダーだな。見えるか?」
木に身を隠して顔を出す。小鳥に見えるが、魔獣にしては魔力量が多い。
「左から、82、78、73。最奥は95。地面に降りているのは88です。」
「最奥が一番高いな。狙うぞ。」
ハルセンジアさんが背中に背負っている弓を手に取り、矢を引く。そういえば、ハルセンジアさんは[基本弓術]を持っているという事を思い出した。ハルセンジアさんは手を離し、矢が飛んでいく。それは羽をかすめて、アミルダーが飛べぬ程度に傷付けた。残りのアミルダーらは、危険を察して飛び立っていったが、矢を受けたアミルダーは木から落下し、地面に叩き付けられた。
「行くぞ。」
ハルセンジアさんはアミルダーを回収し、一度撤退するようだ。安全圏で解体作業をしたいし、こちらも賛成だ。森から出ようと後ろを向こうと向こうとしたところ、横らへんで何かが光った気がした。
「......?」
「何かあったか?」
「何か光ったような気がして。」
警戒をしつつ、そちらの方向に向かう。確か、木の上の方か。
「あれでしょうか。」
「魔石......。アミルダーの巣だな?」
木の枝の上に、お皿のような形のアミルダーの巣がある。その中に、何やら魔石があるみたいだ。ハルセンジアさんはすぐに木に登り、魔石を回収して木から飛び降りる。
「思わぬ収穫だな。帰ろう。」
「そうで......」
肯定しようとしたところ、左側から魔弾が飛んできた。間一髪ヴァインドを展開し、魔法を跳ね返す。しかし惜しいことに、その魔弾は飛ばした魔獣に当たらなかった。
「アミルダーが四、六、七......。退きつつ撃退するか?」
「ある程度退いたら全部倒しましょう。素材も回収したいですし。」
引き寄せつつ、まとめて撃退してゆこうという事になった。ここで戦うには、魔物が割り込んでくる可能性もある。来た道を戻りつつ、ヴァインドを展開して背中を守る。
「ここで良いだろう。まとめて倒そう。」
「了解です。」
身を翻し、一番先頭で飛んでいるアミルダーの羽を斬り落とす。ハルセンジアさんも、一本の矢で二匹を落とし、矢を剣代わりにもう一匹斬り捨てた。
「デート・ヴァインド・アルペネイン。」
残ったアミルダーが連携して魔弾を放とうとしているのを察知し、詠唱付きで二人サイズのヴァインドを展開する。魔弾が次々と放たれ、薄い壁にひびが入ってきた。しかしなんとか耐えきって、ヴァインドを解除する。
「はっ。」
素早く剣を縦に往復させ、二匹を落とす。ハルセンジアさんも、少し退いた最後のアミルダーを打ち落として、全ての撃退が完了した。全て回収し、解体をしていこうと思う。試してみたが、やはり死んでしまった生物に[ステータスオープン]を使う事は出来ないようだ。
「成長しているな。」
「少しずつ、練習しているのですよ。」
解体を進めている中、ハルセンジアさんからそう言われた。実際休憩の合間を縫って、ヴァインドを詠唱無しで唱える事ができるようになった。
「......そうか。そうだな。」
「ハルセンジアさんは、しないのでしょうか。」
「この歳になると、実践を積み重ねるという感じだな。」
実際ギルドで働いていたし、そうなるのか。ハルセンジアさんは最後の解体を終えて、立ち上がる。
「......これで終わりだな。帰るぞ。」
「帰ったら少し遅めの昼食ですね。」
そう言った時。あの頃に戻ったような、そんな感覚が俺を一瞬襲った。




