第四十七話 復讐心
寮に入って一人きりになった途端に、涙が溢れてきた。
プォージートが潰されたあの光景を思い出す。
「何で......、死んじゃったの?」
答えは返って来なかった。ふと右を見ると、そこには鏡がある。そこに映っていたのは、怒り狂ったような、人を殺しそうな、そんな顔が映っている。
「ううん、殺すんだね。私。プォージートを殺した王国兵を。」
でも、まずいとも思った。もし人を殺したいなんて思ったら、もしかして最低な人間なんじゃないかなって。
「落ち着こう。」
そう思った。だから、このぐちゃぐちゃな感情を、誰かにぶちまけたい。
「ねえ、アンネリア。約束なんてどうでもいいよ。」
「ううん、覚悟は決めた。命を奪う覚悟も、奪われる覚悟も。」
ここは逆毛の霊獣団の庭。風邪通りが良い為、落ち着いて話ができると言われて、アンネリアに連れて来られた。沈む夕陽のせいで、アンネリアの顔が見えない。
「助けるって言ったから。」
「......アンネリアには無理。俺も、人を殺すのが怖かった。」
森の中での襲撃では、大事なあと一歩が踏み出せなかった。結局ハルセンジアさんに助けてもらって、......あの時、何を思ってたんだっけ。
「あの時、人の血を沢山見て、頭が真っ白になった。アンネリアも......。」
「大丈夫。大丈夫だよ。」
声が、肩が震えている。戻るに戻れないのだろうか。深呼吸の音が聞こえる。息を吸っている途中で、しゃっくりの音も聞こえた。
「ごほっ、けほっ。」
「だ、大丈夫?」
様子を見る為に近づく。大丈夫だよって言う声は、もうぼろぼろだった。涙を流して泣きじゃくっている。
「そんな泣いているなら、やっぱり......。」
「王国兵が襲って来た時、私を庇ってプォージートが死んだ。だから、約束だけじゃなくって......、奴らを殺したいから......。」
「......プォージートさんが?」
確か、アンネリアに付いていた老人だと思う。確かに逆毛の霊獣団では見かけなかったが、まさか亡くなっていたなんて......。
「考えないようにしていたの。プォージートの事。だって......、私、だめになっちゃうから。だからいつも通りを装って、皆に大丈夫だよって......。」
またアンネリアの目から、涙が落ちる。
「でも、奴らを殺せる機会がやってきて......。プォージートを思い出したの。......泣きそうになるのを必死で抑えて......でも、寮に戻って一人になった途端に、限界だった。」
辛かったね、なんて、言えない。他人の主観で彼女の感情を一つに決めてしまったら、本当は言葉に表せないほどにぐちゃぐちゃな感情になっているアンネリアは、もっと壊れてしまうから。
「辛くて、怖くて、憎くて。でも、鏡を見て思っちゃった。人を殺したいって思っている私は、酷い顔をしてたの。......こんな事になったのは何のせい?って考えていたら、また王国兵を殺したくなった。そんな私を、憎くて、悲しくもなった。」
「アンネリア、もうやめて。」
「嫌っ......。ここで貴方に全部吐かないと......。」
ここで一度言葉を切った。アンネリアの目は焦点が合っていなく、虚で、だけど口もとは酷く歪んでいる。アンネリアは言葉を選んでいるようで、ぶつぶつ呟いている。
「......て、...酷......怖......死......。」
「アンネリア、落ち着こう?ここは落ち着ける場所でしょ?」
「ひっぐ......、えっぐ......、ここで......全部吐かないと......私......壊れ、ちゃう。」
しばらくの間、沈黙が続く。アンネリアがすすり泣く音だけが聞こえ、段々とその音も消えていった。暗いとはいえない夜の闇に。
「......ありがと、ヴィンデート。」
「落ち着いた?」
「うん......。でもね、心に穴が空いたみたいな......、なんでだろ。」
彼女は泣き止んだだけだ。虚な目も、復讐心も、何一つも......。
「ヴィンデート。寝る前に、一つだけお願いしてもいい?」
「......俺に出来るなら。」
アンネリアは俯いて、顔を歪めた。その後、バッと顔を上げて俺を見つめた。
「ヴィンデート、笑って。」
「......え?」
笑う?何を言っているのか分からない。少し戸惑っていると、もう一度言われた。泣きそうな顔で、もう一度。
「......笑って。」
俺は笑った。頬を上げて、目を細めて、不自然なほどに笑った。
これでいいのと言うと、アンネリアも、目を細める。
「ありがとう。貴方と話せるのが今日が最後かもしれないから、一緒に笑いたかった。......いっそ、あの日に戻ってしまいたいほど。」
「あの日?」
「何でもないよ。......明日出撃だから、もう寝よ?」
そう言って、アンネリアは逃げるように逆毛の霊獣団へ入って行った。




