第二十九話 火事
「エン......ディスト、たの......んだ。救援を......がはっ。」
「......わかりました。団長、どうか......安らかに......。」
ここから南へ向かおう。多くの街が並んでいる為、沢山の助けを呼べるはずだ。
この狂ってしまった王都を戻す為に、団長の死を無駄にしない為に。
エデルジート団長が火打ち石の件で管理支部から帰ってきた時、ここに新たな依頼が回ってきた。お茶会部屋にいるのは、エデルジート団長と俺の二人。依頼に関する話しらしい。
「......結局ここに回ってきたか。」
「さっきの二人の依頼でしょうか?」
俺がそう呟くと、エデルジート団長はこくんと頷いた。
「......行くか?ヴィンデート。」
「ここから北に十キロメートル、デート・ガルディアの街へ護衛の依頼ですか。本当はここに回ってくるはずはない依頼ですよね?」
「そうなんだが、ビート関連の魔法が使えなくなった混乱で、依頼どころではないらしい。場所によってはデラストレイレスの被害を受けたギルドもあるしな。」
少し不安だ。今回は人命を預かっているので、他のメンバーやギルドに回した方がいい気がする。そのことを理由に辞退し、エデルジート団長の判断をあおぐ。
「まだ荷が重い、か。ただシリアスとテレヴァンスはこんな事態なのでここに置いておきたい。エミラッシェは不安定で、他に回せるギルドが無いんだ。ハルセンジアとヴィンデートにお願いしたい。」
「......それに、ねーちゃんの捜索がありますし。」
この混乱では行けないと思うが、一応言ってみる。
すると、予想外の返事が帰ってきた。
「一週間ほど延期すると言っていたし、時間はあるんじゃないのか?」
「え、延期ですか?」
そうだ、と言って理由を告げられる。
「ビートの魔術が使えないとは言っても、火打ち石があれば多少は大丈夫だと騎士団長が言っていた。......それに、その他の魔法でも道中は安心だろう。」
「......ハルセンジアさんが良いと言うなら、です。」
エデルジート団長は満足そうに俺の頭を撫で、去って行った。
夜八時。エミラッシェさん以外の人が集まり、食事を始めようとしていた。
「いつもは炎の魔法を使いますから、今回は少し怖かったですね。」
「微力ながら、協力させていただきました。」
ミレーマーシュさんとテレヴァンスが協力して作ったスープ。
炎の魔法が使えずとも、温かいスープが机の上に乗る。
魔獣レレティックの肉と、近くの村で採れる色鮮やかな野菜が入っており、肉の油が琥珀色の汁に浮いている。俺は具材を汁と共にスプーンで掬い、口に入れた。
「おいしいです。」
「あらよかった。」
今回のスープは皆に受けが良いようだ。
そんなとき、シリアスさんが窓を見て、眉を寄せた。
「......やけに外が明るくないですか?光源の魔術具が機能しないので、蝋燭の火ではそんな明るくなるはずがないと思いますが......。」
「火事か!?」
ハルセンジアさんがガタリと立ち上がり、外へ向かう。
エデルジート団長も、間違いないと言ってエミラッシェさんを呼びに行った。
「消化活動及び、住人の救出をしましょう。」
シリアスさんが指示を出し、俺達は外へ走り出した。
黒く染まりきった空に黒煙が昇る。
眩しいぐらいの炎が、離れていても肌に刺激を与えるほどに燃えている。
「怪我人を癒します、出てきてください。」
エミラッシェさんとエデルジート団長も辿り着いた。エミラッシェさんは火傷を負った住人を癒し、エデルジート団長は現状を確認する。
「逃げ遅れた人はいないか?」
「大丈夫です。」
ここの住人らは、しっかりと逃げる事ができたらしい。
しかし、付近にいた野次馬が、恐れるような声で叫んだ。
「向こうでも火事だ!」
黒煙が昇っているのが見える。
急いで消化するぞ、と言ってエデルジート団長は魔法を使う。
「デート・サイファ・アルペネイン!」
そう唱え、エデルジート団長は補助の魔方陣を描いた。魔方陣から大量の砂が湧いて、炎を覆い尽くす。
「今だ、水をかけろ!」
「「デート・ウォルタ・アルペネイン!」」
シリアスさんが呪文を唱え、付近の人達はバケツいっぱいの水をかける。
火はじきに小さくなり、周囲に白い煙りが漂うだけとなった。
「ここの消化は完了だな......。向こう側も他のギルドが消化しているだろう。」
少し立ち上がる黒煙の量が少なくなっている気がする。ほおっておいても他のギルドが消化するだろうと判断したエデルジート団長は、帰還の命令を下し、俺達に茨の城へ帰るように伝えた。
「俺は原因を調査する。......そうだ、テレヴァンスとシリアスは残って補佐だ。」