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スキル・ステータスオープンはステータスを見るだけ  作者: ぐざいになったねこ
第五章 魔王アルニエス
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第九十八話 いつも通り

「アンネリア......、違う、この部屋じゃない。」


アンネリアを呼ぶ時、たまに部屋を間違えてしまう。隣の部屋をノックして、今度こそアンネリアを呼ぶ。


「うん......、今日は何がある?」


ドア越しに、途切れるような声で彼女は問う。今日は団長がいない日。エンディストもサイサンシュレイトにいるので、今日のアンネリアは部屋から一歩も出ないだろう。


「団長がいません。」

「そう。......朝食を食べに出ないといけないかしら。」


そう言われて、手にかけているバックの中のパンを見つめる。ここにありません、と言えば、彼女を外に出すことができるだろう。けれど実際手元にあって、準備も何もしていない為、部屋の中で食べてもらう事にした。


「ここにあります。」


そう言うと、扉がキィと音を立てて少し開き、アンネリアの銀色の瞳が見える。パンを三つ手渡しすると、扉は閉まってしまった。


「ありがとう、ストルラッシュ。」



「ストルラッシュ、アンネリア、どうですか?」

「あ、いえ、いつも通り......。」


ロビーでカァリバルァといつも通りの会話をし、私は市場へ向かった。このいつも通りじゃいつまでも駄目だけど、私には一歩が踏み出せない。アンネリアに対して、何かを変えてしまったら、何かに触れてしまうかもしれない。


......その何かが分からないのよね。


外に出た事で、プォージートとの思い出の場所が目に入ってしまうかもしれない。それが、どれが該当するのかが未知数で、不意にそうなった時に私は対処できないかもしれない。


......だからって、支える事もできないなんて。


自分のふがいなさに落胆した。



「やっぱり高いですね。」

「テル方面から食材が流れるようになって、少しましになったんだがな。」


店の主人と話をしながら、食材をかごに入れる。先の戦いでギルドの人数が減っても、食材の値段は高くなり、結局食費は前より高い。少し憂鬱な気分になりながら、お金を払って店を出た。



ギルドに帰る時、私は自分を責めながら帰る。アンネリアを産んだのは私で、利用しようとしたのは私なのに、全てプォージートに任せてしまった。そのせいで、アンネリアはあんなことになってしまった。私があんなことを考えなかったら、アンネリアは産まれずに済んだかもしれない。そう鬱々と考えていると、ぽんと肩を叩かれた。


「顔、酷いぞ。」

「あ、団長。」


団長が見下ろしている。が、今は勤務中ではないだろうか。そう言ったら、「それでも団員の青い顔を見たら心配するに決まっている。」と、言われた。ただの団員、なんて関係じゃないでしょう?そんな言葉を飲み込み、私は心配させまいと笑う。


「私は、大丈夫ですよ?」

「強情な所は昔と変わらないな。......ギルドに連れて帰ってから仕事に戻るよ。」

「......聞いてくれますか?歩きながらでもいいので。」


そう言って団長に、さっき私が考えた事全てをぶちまける。団長は何も口を挟まずに黙って聞いてくれて、話し終わった頃にはギルドに着いていた。


「俺も背負ってやる。」


そう言われて、背中をぽんと押された。



「カァリバルァ、仕事は午後?」

「そうです。昼食、食べます。」


それなら、私が作ってるしまおうか。ロビーに行ってギルドの皆に昼食の有無を尋ねる。そこにいた七人中五人が、昼食が欲しいと言った。


「俺は......、少し寂しいから、一人で食べる。」


いらないと言った団員の一人がそう言って外に出て行ってしまう。たくさんの団員が亡くなって、がらんとしたこの空間の事を寂しいと言っているのだろうか。


「寂しい、また増えました。」


少しずつ、でも確実に皆の心が壊れ始めている。それに対して、私は何もできない。だから、こんな毎日を過ごすしかない。


「まずは、昼食を作ろう。」


目の前の事をこなすので精一杯だ。



「できたよ。」


安い食材を合わせて、バターで炒めた物だ。少し前のバターが残っていたので、躊躇いはあったが使う事にした。


「おいしそうです。......バター、使う、いいのですか?」

「少し前の物だからいいの。使わずにだめになったら勿体ないでしょう?」


そうやりとりをしている間に、他の皆は手をつけはじめている。はっとして私もスプーンで取り、口に入れる。


......あ、明日でも良かったかもしれない。今にしては、おいし過ぎる。


明日はサイサンシュレイトに行った人以外は皆居るということで、この味をここの人達だけで味わうというのは気が引ける。が、作ってしまった物は仕方がない。


「ストルラッシュが作った料理って、こんな美味いのか。」

「す、少し、教わった事があるのです。......彼女に。」



「へぇ、団長のお嫁さんねぇ?」

「そ、そうですが......。」

「うん、じゃあまずは皮剥きからね。あ、手も洗って。」


あの時、私はそのまま厨房に引っ張られて行った。そうして手を洗わされ、野菜を持たせられた。


「な、何故私が......?」

「私じゃなくて、貴方が作った食事が美味しいって、団長は感じると思うから。」



記憶に靄がかかって、顔が思い出せない。けれど、思い出さなくてもいいのかもしれない。


「アグリーネ、死んじゃって......、もう食べれないかと思った......。」


そうだ。アグリーネだ。


「アグリーネ、近い味します。」


忘れなくたって、悲しくなるけど、心は温かくなるんだ。


「アグリーネの味、受け継ぐ人が居て嬉しい。だって、食べる度に彼女の事を思い出せるから。」


思い出さなくていいなんて甘言に流されなくて良かった。気が付けて良かった。気が付けた私が、動かなくちゃいけない。


「アンネリアの分、持って行きますね。」


自分の分を平らげ、アンネリアの分の昼食を持って彼女の元へ向かう。



アンネリアに会う前に、行っておかなくちゃいけない場所がある。それは今のアンネリアの部屋のすぐ隣にある、前のアンネリアの部屋。今日の朝、間違えてしまったこの部屋。一歩踏み込んで、中を見る。アンネリアが部屋を移った後、すぐに掃除がなされてこの部屋は綺麗になったように見えた。けれど、よく見ると、壁に傷が付いていたり、大きな焼け跡がベッドで隠されていたり、彼女の心の傷ともいえるような物が残っている。感傷に浸ること十五秒。昼食が冷めない内に、アンネリアに届けようと我に返り、アンネリアの部屋をノックする。


「昼食、冷めない内に食べて。」

「ありがとう。」


ドアが開いて、手を出してくる。いつもならそこに迷わず皿を置くところだが、今日は違う。その上に、私の手を置いた。


「中入って、いい?」

「......どういうつもり?ストルラッシュらしくない。」


そうは言っているが、彼女は入っていいよと言わんばかりにドアを開く。カーテンも閉まって、暗い部屋の中に足を踏み入れた。


「ドア、閉めてくれる?」


言われた通りにドアを閉める。けれど、今は昼だからか、そんなに暗いという訳ではない。アンネリアに昼食を渡し、彼女はベッドに座ってそれを食べ始める。けれど、すぐに手を止めて私を睨んだ。けれど、その瞳は潤んでいる気がする。


「嫌がらせでもしに来たの?ねぇ。」

「ううん。私が作っただけ。」

「......ストルラッシュが?」

「うん。......味、どう?」


その問いには吐き捨てるように、「今すぐ忘れてしまいたい味。」と、答えた。やっぱり、彼女は忘れて逃げてしまいたいんだ。


「......いっぱい逃げて、何か分かった事はある?」

「......。」


黙り込んだアンネリアに、私は立て続けに問いかける。


「忘れる事なんて出来ない。だって必ずふと浮かぶから。その度に苦しんで、それは......」

「何もわかんなかったよ!」


アンネリアがお皿をぶちまけて激怒する。投げ出されたお皿は、悲鳴を上げるように割れる。


「プォージートの事を思い出す物を全部壊して、十二年過ごした部屋も変えたのに、思い出すの!」

「うん。」

「忘れる事は出来なかった。でも、プォージートの事を想うたびに楽しい夢のような日々と、地獄のような今が酷く浮かんでくる。」

「じゃあさ、夢のような日々が浮かんだ時はどんな気持ち?」

「ずっと......、そんなものを思い浮かべていたい。」


言うたび言うたび、アンネリアは涙を流し始める。


「アンネリア、私は全部の気持ちを共有できる訳ではないの。プォージートを失った悲しみだって、私には貴女視点で悲しむ事は出来ない。けれど、悲しみは和らげる事だってできるんだよ?」


皆で食べたアグリーネの味。思い出を語り合って、励まし合って、私に勇気をくれた。


「私が語ってあげる。始めは辛いかもしれないけれど、いつか笑える日が来るから。だから、それまでずっと、プォージートの事を語り継いであげる。」

「......ありがとう、ストルラッシュ。」


そう言って抱きしめて、私の体に顔を埋める。


「本当は、嫌だったの。けれど、きっかけが無かった。」

「うん。」

「だから、本当に、ありがとう。」



アンネリアが泣き止んで、割れたお皿を片付け終えた。私はロビーに戻ろうかと思って、アンネリアを誘ってみる。けれど、返事は不可だった。


「まだ、皆がいないのは耐えれない......。」

「まだ無理しなくていいいよ。少しずつでいいから。」

「ふふっ......。あのね、照れ臭くて少し言いづらいのだけれど......。」


そう言って、もじもじした後に覚悟したように俯き、顔を赤く染めながら。


「私のお母さん、みたい。」


胸の奥がじーんとなる。ふと、堪え切れなかった涙が溢れてきて、私はアンネリアを抱きしめる。


「ちょ、ちょっと......。さっきと逆じゃない......。」

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