第九十四話 ハルセンジアの怒り
「はあ、疲れた。」
「面倒だったな。腕は確かだったが。」
エンディストが訓練所に駆け込んで、俺にしつこく構ってきた。剣を交わしているので邪魔をするなと言ったら、なんとエンディストも剣を取り出して俺と打ち合い始める事となった。
「なんとか勝ったが......、勝った後がしんどかったな。すまないが今日はもう休ませてもらう。」
「ははっ、ゆっくり休め。それで明日また来い。お前と剣を交わしている時が一番楽しいからな、ハルセンジア。」
「ありがとう、ダーロンド。」
訓練所から退出しようとした時、ふとダーロンドがベルグラートの騎士団だという事を思い出した。サイサンシュレイト掃討戦も終わった事だし、帰るのはいつだろうか。
「そういえばダーロンド。帰るのはいつだ?」
「予定は不明だが、近い内だろうな。」
だから、少しでも多くの時間を俺と打ち合え。そう言って、ダーロンドは一人で新たな技を編み出し始めた。俺は今度こそ訓練所から退出しようとすると。
「ハルセンジアさん、伝令に来ました!」
「またお前か!」
エンディストが駆け込んで来た。思わず怒鳴ってしまったが、気に留める事もなく、報告を開始する。
「騎士団長がハルセンジアさんを呼んでいるようで。軍部の作戦室に来るように、と。」
「そうか。いきなり怒鳴ってすまなかった。」
そう言い置いて、さっさと訓練所から出て行く。疲れている時に呼び出しとはついていないが、エンディストと関わるよりかはだいぶましだろう。
「......グランデア騎士団長。」
「座ってくれて構わない。」
お言葉に甘えて座り、「何の用でしょうか。」と、尋ねる。
「......君の出生を知って、帰って来たら言い出そうと思っていた。」
「代々ここの騎士団長だった事ですか。それで?」
彼には触れられたくない話題で、イライラが溜まっていく。騎士団長というのは、騎士の指揮をとって各々の領地を守る事が主な仕事であり、領主を守る仕事でもある。その重大な役目に就いているのが、カタラプラに指名され、王国兵として活動していた目の前にいるグランデアだ。今の体制に最も相応しくない人物なのに、何故領主は彼を起用し続けているのだろうか。
「元々、私は王国が支配していた時代の者だ。勿論私がここの座に続けて就いている事から分かる通り、領主様からはある程度信頼されているが、それを良く思わない人もいる。」
「結論を述べて下さい。」
「......ここの騎士団長になってほしい。」
......馬鹿か、こいつは。
「あんたは周りの目にびびって、騎士団長を降りるって事だな?馬鹿馬鹿しい。」
「なっ、ただ私は周りの者の心情を......」
「領主だって、周りの者の心情ぐらい分かっているだろう。それを踏まえて、あんたを信頼しているんだ。」
何かを言い返そうとするグランデアだが、睨んで黙らせて続ける。
「本来なら、俺が継ぐべきかも知れない。でも、納得いかないがあんたが騎士団長って認められているんだ。信頼しているんだ。で、周りの目を気にして領主の信頼を裏切る、と?」
一度息を吸って、思い切り机を拳で叩きつける。
「ふざけるな!」
「っ......!」
俺は立ち上がり、退出する。扉を閉めようとするが、ふとある事を思い出した。
「あんたを良く思わない人がいるのは分かるが、慕っている人がいるのも俺は分かる。無理に変える必要は無いとは思う。」
ディリオーネやトートルート等、別にあちらこちらで恨みを買っている訳ではないようだ。ちょっと良く思わない人が居たって、支障をきたす程では無いだろう。それだけ言って、俺は扉を閉めた。
......ここまで感情的になったのは久しぶりだ。
怒りで怒鳴り散らかすなんて、普段は有り得ない。やっぱり今日は調子が悪いのか。俺は部屋に帰って、横になった。