第九十話 領主からの呼びだし
「レンタレスト様、サイファリア様、領主様がお呼びです。」
そうシリアスという者に呼ばれた。何かを悟られたようで、私は身構える。
「付いて来て下さい。」
「......分かりました。」
「大丈夫か、サイファリア。」
「だ、大丈夫です。」
そうは言っているが、震えている。この呼びだし、確かに何か意図はあるだろうが、領主があの人の子供なら安心ではないだろうか。城の廊下を歩きながらそう考えていると、シリアスが扉を開けた。
「どうぞ、お入り下さい。」
言われた通りに入ると、そこにはあの人がいた。
ように、見えた。
「レンタレスト、サイファリア、まずはライアンズの村の解放、感謝する。」
「ありがたいお言葉です。」
机に座るように指示され、お言葉に甘えて席につく。シリアスと高齢の女性に挟まれた領主の格好が、昔表立って私を庇ってくれたあの人に見えてしまう。それに、やっぱりこの子は似ている。
「では、単刀直入に聞こう。」
「な、なんでしょうか。」
ふと、領主の口調が変わった。
「レシアボール様、ですね?」
「......。」
予想はしていたが、実際言われると驚く。フードを被って顔を見にくくし、何十年も地下牢に閉じ込められていたので表舞台にいた時より老けていても、気付かれてしまった。
「もしそうだったとしたら、どうしますか?」
「......力を、貸してくれませんか?」
「何に対して、でしょうか?」
「打倒アンデルビート国王に対してです。」
やはりだ。私という旗頭が居れば、各国を纏めあげ易くなり、容易く王都を包囲できる。悪い相談ではないし、暴走した弟を止めることができる、唯一の手段かもしれない。
「......旗頭としてなら、引き受けましょう。この体では、大きい戦いは厳しいので。」
「やっぱり無理をしていたのですね......。」
サイファリアがしゅんとしてそう言う。道中では追っ手もそうだが戦いは無かった筈だ。しかし、顔色はサイファリアに分かる程には酷かったらしい。
「こちらとしても、それ以上の事は求めません。」
「......では、早速準備をしましょうか?」
シリアスがそう言い、日程を確認する。どうやら宣戦布告をするに丁度良い日にちを探すらしい。ミレーマーシュという者がお茶を持ってきて、「やや時間がかかりますので。」と言った。
「サイファリア、姉には会いたいか?私はここから離れられそうにないが。」
「......会いたい、です。」
「そういう事なら、明日にでも行けるようにしておきますね。」
そう言ったシリアスは日程を調整する為に、各幹部に色々と話をしに行くらしい。退出をし、領主の側近はミレーマーシュだけが残った。
「少し、雑談でもしましょうか。」
「気晴らしには、なりそうですね。」
こういう時には何かしらを探る意図がある。少し警戒をして、雑談に望もう。
「ヴィンデートという男の子は、記憶にありますか?」
「ああ、会議にいた......。君の領地では子供も戦争に使っているのかい?」
「......そうなるだろうな。決めたのは彼だが、巻き込んだのは私だ。」
ほんの小声で彼はそう言う。ミレーマーシュが手を止め、目を伏せた。ヴィンデートという子は、少なくとも上層部でも認知されている存在のようだ。
「今の私は権力等持ってはいないので、各領地の方針にとやかく言うつもりはないが......。」
「わかっています。戦闘ができるから、という理由だけで私が許可してしまった事も......。それで、そのヴィンデートの父親はご存知ですか?」
「父親?」
「あの子の父親は、貴方様を守る為に妻子を置いて向かったと聞いたのですが......。」
......彼か。言われれば確かに顔が似ている。ふと、彼の言葉が脳裏に浮かんだ。
「俺、逃げずにここまで来れましたよ、レシアボール様。」
「最後まで付いていきます。」
「レシアボール様、お逃げ下さい!私は、逃げずに残ります!」
「最後まで付いて行けなかった俺を、お許し下さい。」
「うぅっ......。」
「レシアボールさん?」
犠牲にしてしまった彼を思いだし、頭痛がする。結局誰も守れなかった事を思いだし、吐き気がする。
「大丈夫だ。心配ありがとう、サイファリア。」
「お気に触りました話題なら......。」
「いいや、自分の罪を思い出したんだ。もう問題ない。」
お茶を飲んで抑え、ふう、と息を吐きながら彼の事についてを話す。
「ドレディビートという名だった......。逃げないって言うのが口癖で......。っ、ある時、私が逃げる時間を稼ぐ為に、ごく少数を率いて応戦して......。そこから、彼の姿は見ていない。」
「そう、ですか。......生きてれば良いですが。」
本気でそんな事は考えていないだろう。生き残れるはずがない。だから、私は皆に期待されてきた分の事ができずに、牢に入れられた。
「それにしても、彼がドレディビートの息子ですか。」
「娘もいましたよ。今は、行方不明ですが......。フィリアという、緑の髪をした、花のような少女でした。守りたかったのですがね......。」
「フィリア!?なんだと!?」
「ええ!?でも......!」
急な大声にびっくりしたのか、領主はお茶を少し机に零した。すぐにミレーマーシュが机を拭き、綺麗にする。
「服に汚れは付いておりませんか?」
「大丈夫だ、ミレーマーシュ。それで、二人はフィリアを知っているのですか?」
「知らせは届いてないですか。......フィリアは、アンデルビート国王の妻であり、王国の女王という事になりました。」