第八十五話 ライアンズの村
執務をしている時、サーテレラが息を切らせながら部屋に入室してきた。サーテレラが普段からそんな事をするとは珍しく、私も危機感をあらわにする。
「ファントレアル騎士団長!ラッテルタの魔石の光が消えています!」
「......そうか。時間は分かるか?」
「今戸籍を確認していた所で......、それまで誰も管理室に入っておりませんでした。」
ラッテルタが死んだ。一番考えられるのはハウッセンだろうか。ただ、ラッテルタの他に報告は入っていないようで、それだけは幸いだ。
「すまなかった、ラッテルタ......。」
微かな光が通路を照らし、俺達に目覚めの合図を出す。戦いが終わっても、また戦い。うんざりとは言わないが、少し悲しく思う。体を起こした。
ハウッセン内部の会議室。全員が集合し、これからの方針を確認する。といっても本当に確認だけで、すぐに終わらせて出立するようだ。
「これよりサイサンシュレイトの食糧庫である、ライアンズの村に向かう。ハウッセンを出て約二日、道中に魔物もいない。山賊にさえ気を付ければ無事に着くだろう。」
ディリオーネが身を乗り出すのを抑えて質問する。
「やはり私は待機でしょうか......。一緒に向かいたいのですけれど。」
「動けるとはいえ、大きな癒しをかけた為にまだ体に馴染んでいないだろう?」
ディリオーネはしゅんとして引き下がる。彼女は一部のベルグラートの騎士団と共に、ハウッセンを守るという名目で待機させるそうだ。しばらくすれば、ここを引き継ぎにサイサンシュレイトから増援がやってくるらしい。
「トートルートと一緒に居てやってくれ。」
「はい......。」
その後、ハルセンジアさんが作戦の確認を促す。と言っても注意すべき点はそんなにない。スターディアやスティアビートを討ち、ここにいた王国兵はほぼ王都の者かと思われる。ライアンズの村を押さえているのは、一部の王都の者もいるとは思うが、ほとんどサイサンシュレイトの領民だろう。
「サイサンシュレイトの領民の説得、ですね。」
「そうだな、ヴィンデート。......今回はちゃんと救うぞ。」
......グアンの件は本当に胸糞が悪かった。今回こそは、彼らを助けたい。俺はそう決意している間に、会議は終了したそうだ。
「朝食後、すぐに上にて集合だ。荷物の最終確認をしておくよう。」
朝食を終え、ハウッセンの上に出る。早めに準備を終えた数名が集まっており、その中にはオスターさんの姿が見える。ラッテルタが戦死して以来、何か近寄りがたい雰囲気を纏っている。それはラクタウトも同じ事だが。
「......オスターの顔に何か付いていて?」
「あ、カルテラッシェ......。」
後ろからカルテラッシェが声をかけてきた。彼女も王国兵を憎んでいるようで、何かを言ったら地雷を踏んでしまいそうだ。彼女もまた、近寄りがたい雰囲気を纏っている。
「いえ、何も。」
「そう......。」
少し気まずい。しばらく無言で立ちすくんでいると、段々皆が集まって来た。全員が集合すると、整列し、号令をかけ、ライアンズの村へ向けて出立した。
特に魔物にも山賊にも出会う事なく、山の上で二日目の朝を迎えた。予定よりやや遅いか。昼前には着くだろうと考えていたが、昼頃になってしまうだろう。寝袋を片付け、輸送用の箱に詰めて輸送隊に渡す。
「到着まで時間はまだある。気を抜かないように。」
そう言われ、いつでも戦闘に移れるように武器を装備し出発する。後はこの山を下って平原に出れば、ライアンズの村が見えるだろう。この山は高くないのですぐに下れるという見立ては正しく、木々を掻き分けた先に平原が広がった。ライアンズの村が、粒みたいな点として見える。あと少しといった所か。
「気は抜けない。」
そう気合いを入れたのだった。しかし、この気合いは空回りとなる。
「変だな。」
騎士団長がそう呟く。俺もそう思った。何故なら、いくら騎士団が近付いても、防衛をする様子が見えない。いや、街の外に人々は居るのだが、どう見ても武器を構えているという事ではないようだ。
「こちらに手を振っているようですね。」
ラクタウトが目を細めてそう言い、さらに何かに気が付いたようだ。
「二人、こちらに寄って来ています。武器は持っていない様子。」
「私が前に出て対応する。」
そう言って、騎士団長は前に行ってしまった。何が起こっているのかは気になるが、これだけは分かる。戦いが起こる気配はない。それだけで、安心した。