5 エレオノーラ
エレオノーラの話です。
過去に遡ります。
私はエレオノーラ・ローレライ。ヘンリー王子の婚約者候補でした。そして、ここは乙女ゲーム <スクールライフで捕まえて> の世界です。
はい。こんなことを言うからには前世の記憶があるんです。前世での私は勉強やバイトに励む普通の大学生で、ゲーム会社に勤めるお姉ちゃんから乙女ゲーム <スクールライフで捕まえて> のサンプルをもらってプレイしていました。
いわゆるヤンデレのゲームで、こういうのがいいと思う人も多数いるわけで、けっこう売れたと言っていました。
この世界の私は、8歳の時に、いずれこの国の王太子になるヘンリー王子の婚約者候補に選ばれました。同じく選ばれた4人の候補者の令嬢達と王太子妃教育が始まります。
「私が絶対に婚約者になってみせますわ!」
私はとても意気込んでいました。
ヘンリー王子はこの国の王太子様で眉目も麗しく、その上優秀と聞いています。
私は幼い頃から物語の中の王子様に憧れていて、よく義弟と一緒に王子様やお姫様ごっこをしていました。
そんな夢の様に素敵な王子様と結婚できるなんて!
え?まだ候補?他の婚約者候補なんて、けちらかしてやるわ!
私はやる気満々で初顔合わせに挑みました。
しかし……
< エレオノーラ!貴様とは婚約破棄をする!ケイティにしていた悪事の数々、中には命まで脅かせるものがあった。決して許されるものではない!貴様を処罰するぞ! >
そのヘンリー王子の顔を初めて見た時、頭の中に画面がフラッシュバックの様に浮かびました。
え?画面?四角い画面?何かしら、これは……
……この目の前にいる人は、ゲームの攻略対象者、ヘンリー王子、もといヤンデレ王子!
そして画面の中で、断罪されているのは婚約者のエレオノーラ・ローレライ。
嘘!私、処刑されちゃうの?
頭の中に甦るゲームの記憶。
そのゲーム、<スクールライフで捕まえて> のメインヒーローが、今目の前にいるヘンリー王子。ヒロインを監禁、拘束する一番危険な攻略対象者。そして、婚約者の悪役令嬢に対する断罪は処刑。運が良くて国外追放。そして、その悪役令嬢の名はエレオノーラ・ローレライ、はい、今の私です。
私は前世の記憶を取り戻しました。
それだけでもパニックなのに、自分が断罪される悪役令嬢なんて。
初顔合わせもそこそこに気分が悪いと言って、早々に帰りました。そして部屋に閉じ籠り、一生懸命考えました。
婚約者候補を降りよう。
ああ、私の人生詰んでしまいました。
婚約者候補の令嬢は婚約者に選ばれなくても、条件のいい縁談がまとまるとされています。王家の取立てと、王太子妃教育を受けたので淑女としての評価が高くなるからです。
なので婚約者候補を降りるなんて、余程の事がないと出来ないと言われていました。
でも、断罪より全然ましです!
そんなことを考えていると、
ーコンコンー
「姉上、気分が悪いと帰って来たそうですね。大丈夫ですか?入ってもいいですか?」
ノックと共に声を掛けて来たのは、義弟のラファエルです。
「ラファエル?心配してくれたの?ありがとう」
翡翠のような緑色の瞳とサラサラのプラチナブロンド。
心配そうに私を見つめるこの子は、常々この地に遣わされて来た天使の様だと思っていました。
ラファエルは小さい頃、両親が亡くなって、母親の縁で引き取りました。私が王家、もしくはどこかにお嫁に行くので、公爵家の跡継ぎにするのも引き取った理由のひとつです。でも私、どこにもお嫁に行けないかも。
「姉上、今日は王太子殿下との初顔合わせだったのでしょう?張り切って出掛けたのにどうしたんですか?」
「え、ええ。それが、余り乗り気じゃなくなって、婚約者候補を降りようと思うの」
「本当ですか?婚約者候補に選ばれてあんなに喜んでいたのに。何かあったのですか?もしかして他の婚約者候補の令嬢から苛められたとか」
「苛め?は、まだしてない……え?私が苛められる方?そ、それはありえないかも」
悪役令嬢の私が苛めるならともかく、苛められるなんてあるわけない。
「そうですか。いずれにしても、姉上らしくないですよね。1日で辞めるなんて。……でも、僕はその方が嬉しいですけど」
「え?嬉しい?私が婚約者候補にならないのが?」
「そ、それは、王宮に通わなくてもよくなって、家にずっと姉上がいたら、僕は嬉しいなって、ち、違う、そ、そう義父上や義母上が喜ぶかなって……」
顔を赤くして焦ったように言うラファエル。
本当に天使の様に可愛いんだから!
幼い頃は、姉上、姉上といつも後ろに付いてきていた義弟。それが最近は全然懐いてくれなくなって、姉は寂しく思っていたのだ。
……でも、
「それはないと思うわ」
両親は逆に悲しむでしょうね。
王太子との縁談がなくなるだけでなく、縁談そのものがなくなりそうだもの。
そうね、家族の憂いの種になりそうね。
ラファエルがお嫁さんをもらったら、私、小姑になるのかな。お嫁さんからしたら邪魔者だろうな。そもそも私なんて小姑がいたらお嫁さんが来るのかな?
私だったら、そんな懸案物件、お断りだわ。
「ごめんなさい、ラファエル、あなたの幸せな結婚に影を落としてしまうかも」
「え?僕の結婚?何を突然。今は姉上の婚約の話でしょう?」
そうなったら修道院に行くか、いっそのこと、この国から出ようからしら。隣国のパルム国とか。
……苛め、隣国……。このキーワードに引っ掛かりました。
そういえば、ゲームでは過去に婚約者候補のうちの一人が苛めが原因で途中で隣国に行ってしまったとありました。
「!」
思い出しました!
ヘンリー王子がヤンデレの原因になった出来事を。
その子はヘンリー王子の初恋の女の子。
ヘンリー王子の攻略が進むと彼はヒロインに打ち明けます。初恋の女の子を守れなかったと。
その女の子も婚約者候補で、ヘンリー王子のお気に入りだった彼女はエレオノーラを始め、他の婚約者候補に苛められて、心根が優しい彼女は反抗もできずに、心が深く傷つき、隣国の祖母の所に行ってしまい、二度と戻って来なくなります。
ヘンリー王子はヒロインに告白するのです。
まだ子供だった自分は好きだった女の子を守れなかった、そして、自分の手の届かない遠い所に行ってしまった。
凄く後悔をしている。でも、ヒロイン出会って救われた。
今度こそ、好きになったヒロインを必ず守って見せる、絶対に自分の元から離さない。
と、ヤンデレになってしまうのでした。
その初恋の女の子、婚約者候補の中に当てはまる子がいます。その女の子の名前はマーガレット・デバル。
赤い髪が鮮やかな、可愛らしく、優しい面差しの女の子です。母親が隣国の王家に繋がる公爵家から嫁いで来たと聞いていました。
候補の中で最大のライバルになるとその時は思っていたのです。
ヘンリー王子ルートではエレオノーラへの愛情がありませんでした。マーガレットを苛めていたエレオノーラはその時は上手く他の婚約者候補のせいにしましたが、ヒロインを苛めた時に、その婚約者候補達が全部ばらして、余計にヘンリー王子の怒りを買い、断罪されるのです。
私の人生終わったと思っていたけど、
いいえ、まだ、ゲームは始まっていない、私はまだ婚約者にもなっていないわ。
そうよ!彼女を婚約者にすればいいんだわ。
彼女なら、ヘンリー王子の想い人だもの、断罪されないわ。ヘンリー王子も初恋の人と結ばれたんだもの。ヒロインにも惹かれないと思うの。
そうだ。彼女なら大丈夫。
「ラファエル、貴方の結婚、無事にできそうよ」
「は?だから、何の話ですか?」
私は握り拳を作り、ひとりで頷きます。
それをラファエルは不審な目で見ています。
そう、悪役令嬢なんかにならないように。断罪から逃れる為にヤンデレ王子を初恋の女の子に押し付けるべく、明日から、頑張らなくては。