3 マーガレット
入学式の翌朝、ヘンリー王子は約束通り、マーガレットを迎えに来た。
本当に来たわ!ヘンリー王子、ま、眩しい!
朝からキラキラ見目麗しいヘンリー王子。
そんな彼に心を奪われたマーガレットは、そのまま優しく手を取られて馬車に乗り込んでしまう。
「ヘンリー王太子殿下……いえ、ヘンリー様、お忙しいと思いますので、これからは無理に迎えに来なくてもいいですわ」
とマーガレットが断るが、
「大丈夫だ。婚約者だから当然だよ。マギー、君が道中で何かあったらと心配なんだ」
ヘンリー王子に言われた。
そんなことを言われたら、心ときめいてしまう!
でも、学園の道中って何があるのかしら。通学する学生の馬車も連なっていて、それを衛兵が見守っているし。
王家の婚約者ってそんなに頑なに守らなくてはいけないの?王室の威厳にでも関わるの?
学園に着いたマーガレット達。
またもやヘンリー王子に手を取られて馬車を降りる。
ヘンリー王子に鞄を奪い取られてあたふたしながら、教室に向かった。
ヘンリー様、紳士で優しい。
彼の変貌ぶりにオタオタしてまう。
でもこれは全部、婚約者の義務ってやつね。
惑わされてはいけないわ。
教室の前でヘンリー王子は先生に捕まってしまい、なにやら話し込んでいる。先に教室に入ると、違和感を感じる。マーガレットはすぐさま、ケイティの座っている席に行き、言い放つ。
「ケイティ様、貴方、どこに座ってらっしゃいますの?
そこは貴方の席ではありませんわ」
マーガレットの突然の物言いに、クラスの皆が振り返る。
「え?ここがあたしの席って、決められていて……」
「そんな訳ないでしょう?早く席を替わりなさい。ヘンリー王太子殿下の隣の席に!」
ケイティは目をぱちくりとして、マーガレットを見た。明らかに戸惑っている。
えー?逆?逆よね。普通は、隣の席は婚約者が座るものよ。とか、言うのが定番よね。それを平民の特待生に強制的に譲っているの?
クラスの皆も戸惑っている。マーガレットも同じことを思っている。
< 貴方の席をわたくしと代わりなさい。平民ごときがヘンリー王子の隣の席に座るなんておこがましい。婚約者のわたくしに譲りなさいよ!>
これが預言書の中の婚約者の言葉だ。
なのに何故か譲っている。だってここにヒロインが座らないと、二人の交流が少なくなるし、そこからのイベントなるものだって少なくなる。
「え?だって、黒板の張り紙に席替えが貼ってあって、あたしの席はここだって」
確かに黒板には席替えの張り紙が貼ってある。
それにはヘンリー王子の隣の席がマーガレットになっていて、その隣にエレオノーラ、その隣にケイティ、後ろにはコゼット、ナタリー、レジーナが座る。側近候補やカインはヘンリー王子側だ。
「それは何かの間違いです。そもそもクラスの席は成績順だった筈。だから、ケイティ様はヘンリー王太子殿下の隣に座るべきなのです。それからエレオノーラ様も、ヘンリー王太子殿下のもう片方の席にお座りなったら?これで成績が上位の3人が並んで座る事になり、万事解決ですわ」
「とんでもないです!平民のあたしなんかが、この国の王太子様とこれからも隣の席だなんて、恐れ多くて座れません」
ケイティが即効、拒否する。
エレオノーラもきっぱりと断る。
「いいえなりません、これはヘンリー王太子殿下が決められた席なのです。だから、私はヘンリー王太子殿下の隣の席に座れません」
まるで3人揃って、ヘンリー王子の隣に座りたくないかの様に拒否し合っている。
やっぱり逆じゃない?普通はこの国の王子様の隣の席を取り合うんじゃないの?
クラスの皆はこの異常事態とも言う騒ぎを呆然と見ている。
「何を騒いでいる。マーガレット、席順に何か不満でも?君が一人離れていたから、ローレライ嬢やキャンベル嬢達と一緒にしたんだ」
そこにヘンリー王子が教室に入るなり、マーガレットに問いただす。
「それに君がケイティ嬢にそうやって無理強いすると、平民のケイティ嬢は何も言えなくなるだろう」
マーガレットはビクンとした。
無理強いは嫌がらせと取られ、断罪に繋がるかも。
ここは大人しく引くべきね。
「そ、そうなんですか?ケイティ様、ごめんなさい。無理を言ってしまいましたわ。それから、ヘンリー様のお心遣いに感謝致しますわ」
急に素直になってヘンリー王子の隣の席に座った。ヘンリー王子も着席をして、ケイティ達やクラスの皆はほっとして、ようやくそれぞれの席に着席した。
だけど、それからもマーガレットはめげずにケイティの世話をヘンリー王子にさせたがっていた。
『ケイティ様、授業でわからないところがありませんか?ヘンリー様、ケイティ様に教えて差し上げたら如何です?……え?エレオノーラ様が教えている?そ、そうですわね。わたくしもエレオノーラ様に教わっていたもの、教えるのはエレオノーラ様が適任ですわね……』
『ヘンリー様、ケイティ様が先生からの頼まれ物の次の授業の荷物を抱えてますわ。助けて差し上げて。………え?既にカイン様が持ってくれている?もう、カイン様、邪魔しないで』
『ケイティ様、ランチは個室でヘンリー様と一緒に召し上がりません?……え?無理?皆と食べる?……わたくしも皆と一緒に食べたいわ……あら、ヘンリー様、聞こえてしまいました?……勿論駄目ですって?わたくしと個室で2人で過ごす?……わ、わかりました!無理やりエスコートしなくても、個室に行きますわ。わたくしの肩と腰に当てた手を退けて下さい』
その度に騒動が起きて、マーガレットをヘンリー王子が諌めて収まるのだが、めんどくさいことこの上ない。その都度ヘンリー王子の機嫌が悪くなるのも困る。
それから、暫くして、今日はダンスのレッスンの授業の日だ。この授業は学年全クラス合同になる。
令嬢達は皆、ヘンリー王子やカイン、側近候補をきゃあきゃあ言いながら見ている。
講師の先生が男女誰かとペアになって練習するようにと言うと、皆ははにかみながらも、男女ペアになって行く。
ここでもマーガレットはやらかしている。
「ケイティ様、貴方ダンスは苦手でしょう?ヘンリー様、ケイティ様とペアを組んで教えて差し上げたらいかがですか?」
またかとAクラスの皆はため息を付いた。
「あたしは、まだ初心者だから先生と一緒にステップの練習から始めるんです」
と、ケイティが断われば、マーガレットは
「あら、ステップなんて飛ばしてもヘンリー様のリードがあればすぐに踊れますわ」
と、言い募る始末。ヘンリー王子がまたも諌める。
「マーガレット、先生から君と私でペアを組んでダンスの見本を見せてやってくれと言われているんだ」
「見本ですか?それなら、エレオノーラ様の方がいいんじゃないですか?」
彼女の方がダンスは上手だ。それにヘンリー王子のお気に入りだったし。
「マーガレット、婚約者の君が私とペアを組まなくて、誰と組むんだ。まさか他の誰かとペアを組んで踊ろうとしているんじゃないだろうな。誰だ!マーガレットと踊ろうとする奴は!」
また、ヘンリー王子の機嫌が悪くなったよ。
皆がうんざりしている。
「え?わたくしは誰とも踊りませんわ。だって、王太子妃教育で散々練習してきましたもの」
「そ、そうか。それならいいんだ。ローレライ嬢もケイティ嬢に付いてもらっている。カインも一緒にだ。だから、マーガレット、君は私のダンスの相手を頼むよ?」
そう言うとヘンリー王子はマーガレットの前で手を胸の前に当てお辞儀をして、もう片方の手を差し出した。
そのヘンリー王子の仕草にどきまぎする。
「わ、わかりました」
マーガレットは制服のスカートを摘まんで腰を落として、ヘンリー王子の手を取った。
その途端、ヘンリー王子はマーガレットの腰をぐいっと引き寄せる。
「え?ちょっとヘンリー様、くっつき過ぎでは?」
「ダンスとはこんなものだ。ちゃんと他の生徒に見本を見せないと駄目だからな」
そう言ってヘンリー王子はマーガレットと踊り出した。
マーガレットの鮮やかな赤い髪がたなびく。
「わあっ……」
生徒達が感嘆の声をあげた。
スタイルのいいヘンリー王子もダンスする姿はスマートで格好いい。優しくマーガレットをリードして、二人の息はぴったりだ。
皆がヘンリー王子とマーガレットのダンスをため息を付いて見とれている。
あー、また失敗だわ。ここでは、ヘンリー王子がヒロインとペアを組み、余り踊れないヒロインを上手くリードして、アレンジしながら、くるくると踊る2人を皆が感嘆な声を挙げて見守る筈なんだけど。
ケイティはカインと向かい合い、手を繋いでステップの練習をしている。それをエレオノーラがワン、ツー、スリーと手拍子を入れてリズムをとっている。
「マギー、どこを見ている?ダンスの時は相手に集中してと言われていただろう?ほら、私を見て」
「!」
耳元で囁かれて、真っ赤になる。ヘンリー王子に目を向ければ、にこっと笑顔を向けてマーガレットを見ている。
マーガレットはますます顔が赤くなった。王太子妃教育で何度も踊ったけど、その度に顔が赤くなるのを思い出した。
でも、ヘンリー王子とのダンスは楽しい。好きな人とのダンスは幸せな気分にさせてくれる。マーガレットも自然に笑顔になった。その笑顔を見て、ヘンリー王子はますます嬉しそうに笑った。
良かった。今日はヘンリー王子の機嫌はよさそうだ。
皆もほっとした。
あれ?でも、いつまで踊っているんだ?一回終わる度に拍手をしているけど、何回拍手したらいいんだ?
自分達の練習は?
「ヘンリー王太子殿下!」
ヘンリー王子はエレオノーラの声ではっとした。
「一体、何回踊るつもりですか?マーガレット様の体力を考えてあげて下さい」
見ればマーガレットが息も絶え絶えになってへなっている。
「マーガレット様、こちらの椅子にどうぞお座りになって。どなたか飲み水を持って来てくださらない?」
エレオノーラはマーガレットを椅子に座らせた。
「王太子妃教育の時、ヘンリー王太子殿下は婚約者候補の私達5人と連続で踊っていましたが、私達は順番で踊っていたのです。それをマーガレット様ひとりで踊るのは体力が持ちませんわ。鍛練を積んでいるヘンリー王太子殿下の体力と一緒にしてはいけませんわ」
「マーガレット、大丈夫か?悪かった。嬉しくてつい」
「は、はい」
「えーと、このように舞踏会では令嬢を休ませることも、紳士の務めですね。スマートに飲み物も取ってきてあげましょう」
先生が取りなす様に皆に告げた。
マーガレットはエレオノーラから手渡されたコップの水を飲みながら、考えていた。
また、自分の気持ちに流されてしまったわ。
ヘンリー王子は婚約者の義務でわたくしと踊って、皆に見本を見せようと頑張っただけだろうけど、自分はこの幸せな時間が続けばいいと流されてしまった。
ヒロインとヘンリー王子をくっつける作戦は失敗続きだ。
ヘンリー王子が律儀に婚約者の義務を守り過ぎだわ。
だから上手くいかない。
まずは、ヘンリー王子を避ける所から始めなくては駄目なのかも。
今後は絶対に自分の気持ちに流されないわ!
誠実なのはいいけど、後から断罪なんて余計に傷つくだけだもの。