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19 隣国



隣国に行く陸路は山の崖道を行かなくてはいけない。過去にその崖道で王族が土砂崩れに捲き込まれて亡くなってしまった。それ以来、セルニナ国では遅いが内海の安全な航路を利用し、港から馬車でそれぞれの街に行く人が殆どだ。

数日、船に揺られて隣国に着いたケイティは、とても面食らった。

まず、港に着いたらすごい豪華な馬車と馬に乗った騎士が二人、ケイティを待っていた。そして馬車から出てきたのはいつもの制服とは違う、長い紺色のジャケットを羽織ったカインだ。その高価そうな仕立ての服を纒い、護衛の騎士を従えた、立派な出で立ちのカインに驚いた。


「ケイティ、ようやく来たね。待っていたよ」


カインが満面の笑顔で出迎える。


相変わらず破壊力満点の笑顔だ。

ケイティは顔が赤くなってしまう。


「カイン、港まで迎えに来てくれたの?ここからも馬車で数日はかかるのに、ありがとう!……ところでこの方達は?馬車も凄いわね」


1人の留学生を迎えるには大袈裟すぎる。しかも馬車には

ある紋章が……


「ああ。勿論ケイティを迎える為だよ。他ならぬ俺の客人だからね」


「カインの客人?あたしは只の留学生でしょう?」


「まあ今は気にしなくていいから、ほら早速行こうか。荷物は従者が違う馬車で運んでくれるから」


そう言ってカインはケイティに手を添えて馬車に乗せた。

ケイティはとてもどぎまぎしたが、カインに優しく手を引かれて馬車に乗り込んだ。カインもそのまま馬車に乗り込んでくる。馬車の中は狭くてしかも二人きりだ。

ケイティの心臓はドキドキしっぱなしだ。


「こっちに来るまでは何もなかったか?セルニナ国の学園で変な輩が構ってきたりとかは?」


カインがケイティを心配そうに見つめてくる。


そんな琥珀色の瞳で見つめてきたら、ドキドキし過ぎて心臓がやられてしまうかもしれない。


「え、ええ。そんな人はもういなかったわ。コゼット様達が牽制してくれてたから」


あの事件の後、素行の悪い男子生徒が言い寄って来たり、心ない令嬢が誹謗中傷を浴びせて来たりしたが、ケイティを守る為にコゼット達は味方の令嬢達で取り囲み、代わりに言い返してもくれたので、そういう事もその内なくなったのだ。


「……そうだったな。キャンベル嬢のおかげで俺もケイティには近づけなかったしな」


カインも例外でなく、

あんな公衆の面前でケイティを抱きしめるなんて、とんでもない行為だ。それでケイティがあっちにもこっちにも言い寄っていたというデマが余計に広まった。その原因であるカインは絶対に近づけさせない。


という令嬢達の固い結束でカインは声を掛ける事さえ出来なかったのだ。

ラファエルは、女の子怖えー。という感じで遠くから見ていた。エレオノーラも何も出来ずに歯痒い思いをしていたカインの事を憐れみの眼差しで見ていた。


「まあ、俺も頭に血が上っていたとはいえ、あんな行為をしてすまなかった」


そう言ってカインは隣に移動してあたしの手を握りしめる。


え?手を握る行為はいいの?

先ほどからカインがどんどん距離を詰めてくる。


「それから、君を迎える為の準備や根回しで先にパルム国に帰ってしまいすまない。でも、こうして君を迎える事ができて嬉しいよ、ケイティ」


カインはほっとした様子でケイティに微笑む。


その笑顔に癒される。

が、準備や根回しって何?


「これからは、邪魔者はひとりもいないから、遠慮なく、いかせて貰うよ」


カインはそう言ってまたもやにっこり笑う。目には金色の差し込みが光っている。


格好いい。素敵だ。胸は相変わらず高鳴っている。

でも、それにも関わらずカインの言葉に引っ掛かりを覚えてしまう……。


モヤモヤした気持ちを抱えたケイティを乗せた馬車は、カインを隣に乗せたままひたすら走っていった。



宿賃が心配になる高級そうな宿で泊まったりしながら、一同は王都にようやく入った。


「ケイティ、寄宿先に着いたよ」


うとうとしていたケイティはカインの声ではっとした。


「え?あたしいつの間に眠っていて、きゃあ!ごめんなさい、カイン」


いつの間にかカインが隣に座っていて、その肩にもたれかかっていたのだ。


「いいよ。ケイティの寝顔を拝められたから役得だよ」


優しい笑顔を向けながら、

ずっとこのままでも良かった位だ。

なんて言いながら、ケイティの手を取って馬車から降ろしてくれる。


この人ってこんな人だった?何でこんなに甘々な事を言うの?あたしなんかに。


赤面したケイティだが、馬車を降りて見上げた途端、そんな事も忘れてしまう位またも面くらってしまった。これまた立派なお屋敷がそびえ建っていたからだ。


「こ、このお屋敷は?」


「ここはバーンズ公爵家。公爵夫人がマーガレットの祖母の家だから、気兼ねなく滞在できるだろう?」


「寄宿先ってバーンズ公爵家のままだったの!?」


気兼ねなくって、こんな公爵家のお屋敷でできるわけがない。元々はエレオノーラが留学する予定だったが、あたしに代わったので、学園の寄宿舎にでも入ると思っていた。


カインが出迎えた執事に聞く。


「大叔母様は?」


「大奥様は朝からずっとお待ちかねです」


大叔母様?元王女の公爵夫人を大叔母様と呼ぶこの人は……


そのまま玄関から客間に通されたケイティは緊張していた。


「はじめまして、ケイティさん、よろしくね。そんなに緊張しなくてもいいのよ。あなたの事はカインから聞いていたからお会いするのを楽しみにしていたの」


ケイティのぎこちない挨拶が終わると、バーンズ公爵夫人は優しく微笑んで話しかけてきた。


「お心遣いありがとうございます。あの、あたし、明日にでも学園の寄宿舎に移りますので」


「何を言っているの?そんなことしたら、カインに怒られてしまうわ。遠慮なくここで過ごしてね。だってあなたはカインの大事な客人だから」


カインも頷いている。


バーンズ公爵夫人にもカインの大事な客人って言われた。

あたしは学園の留学生で、しかも平民なのよ。

だんだん不穏な心持ちになってくる。


「ケイティ、ここの暮らしに気詰まりを感じるなら、王宮で暮らすのはどうだ?」


「王宮!?」


王宮で暮らすなんて気詰まりどころか、窒息してしまうかもしれない。


「何を言っているの、カイン。性急過ぎるわよ。物事には手順と言うものが必要なのです。まずは、このバーンズ家で暮らしてみて、ケイティがやっていけるか見るのが先ですよ。彼女の気持ちを無視して、一緒に住むだの何だのって、先走りし過ぎです。それから、ケイティの了承を得て、バーンズ家が後見人になってという話ではなかったかしら」


バーンズ公爵夫人がカインに諌める様に言った。


「後見人っ!?」


ケイティが素っ頓狂な声をあげた。

何の話だ、一体。王宮だの、後見人だのって。


「でも、ここには、未婚の男の子もいるし」


カインが言うと、


「……もしかして、孫達の事ですか。はあー……何を言っているの。あの子達はまだ、10歳にも満たないのですよ。

あなたってこんな残念な人だったかしら。訳のわからない焼きもちをやかないでほしいものですね。

本当に周りはこんな人ばっかりね。マーガレットのお相手のヘンリー王太子殿下も大概ですし」


バーンズ公爵夫人は顔を横に振りながら、ため息をつく。


「わかったよ。大叔母様。

ケイティ、学園の送り迎えは必ず俺がするから。それからお昼休みも一緒に過ごすからね。二人きりで。休みの日も勿論ここに来るよ。ちゃんと心構えしていて欲しい」


「ええ?」


今度はマーガレットとヘンリー王子の日常を彷彿とさせる様な事をカインから言われて、混乱に陥った。


カインがあたしを見つめて笑う。その細められた瞳にはいつもの様に金色の差し込みが見える。


……前は神秘的だと思っていたが、今は不穏な感じがしてしまうのは何故だろう。


もしかして、あたしはとんでもない所に来てしまったの?

嫌な予感にケイティの心は混迷と不安の渦にどんどん飲み込まれていった。



せっかくセルニナ国から離れる事ができたのに

だって、ゲームの時期はまだ終わっていない。

まだ、隠しキャラの攻略対象者がいるのだ。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『はあ!はあ!駄目よ。ラファエル君、もう、逃げられないわ』


『ごめん。ケイティ、お前を巻き込んでしまって。姉上を殺したヘンリーを許せなかった。お前がヘンリーのものになるのも耐えられなかった。だから、殺した。そしてお前を無理やり連れ出してしまった。でも、もう、無理だ。捕まってケイティと離ればなれになる位なら……!』


ゲームの隠しキャラ、ラファエル君ルートのヤンデレバッドエンドのセリフだ。

実はエレオノーラ様の義弟、ラファエル君は隠し攻略対象者だ。全ルートを攻略しないと出てこない、隠しキャラ。

あの翠色の瞳。ヘンリー王子の従兄弟という証。

王位継承権第2位の実質第2王子だと言われている。

そして、シスコン王子とも。


ひとりぼっちで公爵家に引き取られた、ラファエル君に義姉のエレオノーラは幼い頃は一緒に過ごしたが、ヘンリー王子の婚約者候補に選ばれると、ヘンリー王子一筋になり、ラファエル君には見向きもしなくなる。

ラファエル君は、何でも持っているのにその上エレオノーラの気持ちまで持っていってしまう、従兄弟のヘンリー王子に卑屈な気持ちを持つようになる。

だって、ラファエル君は美しいエレオノーラに幼い頃から憧れを抱いているのだ。

でも、エレオノーラはヘンリー王子にぞっこんだから、気が付かない。それどころか、王子に近づくヒロインを遮断してと言ってくる。

それで、ヒロインに近づいた彼は彼女と仲良くなり、優しい彼女に少しずつ心がほだされて、エレオノーラの事を諦められる事ができる様になり、ヒロインにも惹かれていく。

ところが、ヒロインが強引にヘンリー王子の物となり、閉じ込められて、その上、エレオノーラが断罪で処刑されると、ラファエル君は復讐を誓うのだ。


ゲームでは、公爵夫妻の義両親は、爵位を剥奪された。

愛娘を処刑された義両親は体を壊し、二人共期間を空けずして亡くなってしまった。

公爵後を継いだラファエル君は、味方の様に振る舞い油断させると、ヘンリー王子や攻略対象者の側近の令息を次々と殺してしまうのだ。

そして、王宮の奥深く監禁されているヒロインを連れ出し、二人で逃亡を始める。

隣国への海沿いの山道に馬車で逃げたが、そこで追っ手の騎士団に捕まりそうになる。

馬車から何とか二人は逃げ出し、走って走って海沿いの崖に追い詰められてしまう。

もう、逃げられない二人は、そこでなんと抱き合いながら海沿いの崖から飛び降りるのだ。


『ケイティ、ずっと僕が側にいる。いつまでも一緒にだよ』


と言いながら。これが最悪のヤンデレエンドだ。


ラファエル君ルートはサンプル版にはなかったかもしれない。ゲームを買って、全ルートをプレイした人だけに出てくるサプライズの隠しキャラだから。


ということで、エレオノーラ様が隣国に留学して、いなくなり、あたしがこのまま、セルニナ国に残っていたら、もしかしたら、ラファエル君に捕まっていたかも知れないの。ゲームではヒロインとエレオノーラの目の色が同じ青色で、髪もよく似た色でと言うことで、ラファエル君は惹かれていくのだから。


『平民の癖に王太子殿下の周りをうろちょろするなよ。高貴な姉上の婚約者でもあるんだからな』


ゲームではそう言ってヒロインに近付くラファエル君。

毒舌でヒロインに絡んでくる。

何かと言い合ながらも、二人でパンを分け合うようになる。その内に自然と夢や想いを語り合程に親密になっていく。


同じだ。今のあたしとラファエル君に。


ラファエル君のあの毒舌は寂しさの裏返しだ。

両親がいない、義姉に恋情を抱くが叶わないという、心の内の。それがわかるから心が絆されてしまう。


ゲームの悪役令嬢のエレオノーラもラファエル君だけには優しかった。

わかる。あたしもラファエル君と話していて情が移ってしまう。あの天使のような、それでいて消えてしまいそうな微笑み。避けなくてはと思うけど、放っておけない気持ちになる。


もし、カインに出会う事なく、先にラファエル君に出会っていたら、ラファエル君ルートに入っていたかもなんて考える。

でも、ここはゲームに似ているけど、ゲームとは全く違う世界だ。

あたしはカインと出会い、彼に特別な想いを抱くようになった。そして、ラファエル君もエレオノーラ様の事を諦めることなく、ずっと想っている。


だから、エレオノーラ様、ごめんなさい。詳しく語ることなく、エレオノーラ様のご厚意に甘えて隣国に来てしまいました。

ラファエル君の初恋のエレオノーラ様なら大丈夫だと思うの。

そうよ。最悪心中はないわ。


あー。女の友情って儚いわ。男を取り合うんじゃなく、押し付けるなんて、何だかおかしいけど。





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